Episode 3. I'm so ID: K

 8歳年下の彼女の茶房である華流水仙は日比谷公園入り口の日比谷公園睦会商店会に有る明媚な佇まいだ。

 彼女はある日思い立っては警視庁を辞めた。どうしても未だ閉塞感漂うご時世で有り、この馴染みの立地はここの以前の店が閉店すると聞いて権利を委譲して貰ったらしい。俺は開業どうなのかも渋ったが、彼女は所謂特別措置法の名店法は、その厳格な基準に達せれば地代は現政府が支払いに応じると言う減免措置だからトントンに行ける筈よと算段した。もっとも彼女の開業の意思は後か先かだったので、彼女の全貯蓄から考えると、先々は下北沢でも心許ないが、志があるなら日比谷公園の一等地は格別な機会と思い、俺はやや折れた。他にも開業の理由はあるのだろうかとその都度聞くが、何となくねの感性で終える。まあそれも配慮してしまう。俺がこのまま内閣調査室勤めで、もし負傷したら、彼女の性分なら俺を養わなくちゃいけないだろうし。その前にテレワークで老眼になったらお役御免にならないかと、度々西園寺照人室長に相談するが、眼鏡掛けたらもっとモテるぞで一人爆笑してははぐらかされる。自分で言うのもあれだが、要は気に入られてるって事か。


 時間は9時開店から現在は11時は回ろうか。

 店内はアフターコロセアム感染症前の大フロアそのままの様子ではなく、完全4人個室掛けが主流となっている。店員もbluetoothコールを利用して必要最低限のシフトになっている。当然感性のままの彼女がここまでシスティマッティクに出来る筈もなく、先輩である大篠真凛の辣腕がほぼほぼだ。彼女が初っ端から、帳簿とは、改装とは、レシピの引き継ぎ加減とは、人事とはで、呆気なく挫けたので唯一の請負人に飛び込混ざるを得なかった。

 真凛さんは元所轄の防犯課で結婚退職後子育ても終わり、ややフリーになっていた所で良かった。俺が上手く助けなくてすいませんと謙るも、これも結構な生き甲斐よと、彼女に代わっての例の分かってるわよねの格別のプレッシャーを頂く。ははと躱そうものなら仕事そっちのけの尋問が始まるから、いつもはいで通している。

 そしてアフターコロセアム感染症以降、テレワークの週一で職場に行くフローも定着し、密度の高い仕事場でただコーヒーボトルで英気を養っていたのが今や朧になる。自宅でしなくてはいけない査読がほぼだが、可能な限りは華流水仙で仕事を淡々としている。コーヒーがただ美味しいだけで仕事が進むのは、ある面では良い事と思う。とは言えアフターコロセアム感染症以降は、どうしても完全個室で集客人数は減り儲けも少なくなるが飲食店界隈の永遠の課題だ。

 だからこそでは無いが、俺達は決まって表通りに面した縮小がちなオープンサイドの席に回される。彼女曰く、素敵なおじさんを好きな女子層はかなりいるからとにかく居てがご意見だ。こんな俺達でも、客寄せになるなら喜んで協力はするさ。

 そんなヒットマンに狙われるようなコーナーに居ても大丈夫かは、華流水仙は開店から三度の改装で完全な出城になっている。各ガラスの超防弾仕様は勿論、柱もトラックが突っ込んで来ても安心安全で造船所で見かけた様な竜骨相当になった。そんな費用はどこからも、華流水仙はお歴々のお忍び訪問が都度で官房機密費の範疇で何もかもが強化された。お歴々としても、料亭に行くより庶民派を適時にアピール出来るから何が問題なんだになる。それに至った経緯を思い浮かべると重い吐息が出そうになるのだが、まあいいさ。


 それで俺の斜め対面にいるのは、ツーカーの和久井唯喜警視庁外事五課係長だ。俺達二人が何故ここいるかは、2033年9月2日金曜日に至る迄の先週土曜日から通しで健気にタブレットと睨めっこする程の根を詰めて、果てには煮詰まって堪らず華流水仙に場所を変え集ったのは、それはこんな理由だ。

 2033年8月27日土曜日の各日刊紙の文化面程なくに一面広告としてまさかが起こった。それはBrown Camel Tourコンピレーション名義の2032年8月7日のアフガニスタンにおける「nation break-ups.12 true day」のバイナル限定12インチ5枚組が12月1日に完全受注生産発売との驚愕の内容であった。発売を一手に担うのは大手レーベルOmniで、カッティングに及んで破砕されず辛うじて残っていたメモリーレコーダーにライン録音されていたライブ音源をマスタリングし直し、全世界に向けオンラインショップにてバイナル限定の12インチ5枚組の全15曲1万セット発売と来たからには、SNSのアクセスが夜通し歓声が沸騰した。何故インディーズではなく大手のOmniなのか。それもユーロの老舗テクノレーベル:Einstein Recordとも提携しているから妥当な線だろうの一進一退の推移。

 そうなれば、どうしても当日土曜日日本時間12時の予約受付はスタートコンマ1秒からOmni社のOmni Online Music Shopのサイトはパンクする。これはエッジ・ザ・ナイトの理論設計ではパンクもハッキングもクラッキングも有り得ないのだが、それは起こってしまった。

 懐かしきインターネットも、コロセアム感染症のワクチン認証で各国ほぼがパンクし、あのインターネットも時代の流れと共に時代遅れといよいよ廃止された。先進国しか維持出来ないホストサーバー所持が解消されたのはどうしてもの良き潮流だ。そうしてアフターコロナ感染症が落ち着いた2025年熱暑のある一晩にマルチデバイス分散暗号型ネットワークのエッジ・ザ・ナイトへと完全移行された。皮肉な事は、マインソフトウェア社会長ビークル・マインが自らインターネットを開発したのに、新たなグローバルネットワーク:エッジ・ザ・ナイトを開発したのが、またものビークル・マインとはで飛び抜けた叡智とは一人にしか宿らないものであろうかだ。

 それでも1週間の今も大手のサイトがパンク状態とは、エッジ・ザ・ナイトは世界中に不可が分散してるのにどうしてなのかとネットワーク技術者の応酬が活発化するが、この状態では推して知るべしになる。総務省主管達の総括曰く仮想記憶のSSDを2倍に増加してもラッシュは続いており、5倍にして漸くかもの裁定に入っている。現在そのSSDの生産は内密に各国の増産体制に入っているが、柔軟性のある日本国のラインがほぼで有り、呉々も喧伝して株式市場を囃し立てない事になっている。

 それにしてもだ。二経由の伝手を辿ってOmniに直接強請れないものか模索したが、Omniは今や世界企業体The 9thに君臨して、大国の意を汲まない頑な公平性から容易くお断り申し上げられている。

 とは言えOmniは万全で最低の状況下での策を提示した。止む得ず1万セットはノーリミットになり、Omni Online Music Shopで受注生産特装版のまま当分は完全受注で販売し、一般販売は3年後の吉日に始まると言う。ノーリミットになるなら焦る必要があるかは、この配信時代にバイナル生産出来る工房など本当に限られる、いつ資料として、いや愛聴盤として手元に届くか分かったものでは無い。早ければ早い方が良い。あのdivaの声を忘れていかない為にも。

 和久井がタブレットから視線を外し天を仰いでは向き直った。

「駄目だ、トップページ見えたかと思えば、特設ページタッチする前にホワイトアウトだ。これ来週もやるのか」

 俺はタブレットからブックマークを呼び出し、熱田の地方局の言霊のコーナー動画を差し出す。

「降りるのは早いな、和久井の射手座は今日運勢1位だ。まあコメント動画見ろよ」

「本栖さ、本当Athuta TV好きだよな。この巫女さんコスプレって、空中分解した名古屋のアイドルグループのFiery Eyesの仁宮亜香里だよな。渋い趣味してるよ」

「渋い趣味は、前期音源のアイドルスイートソウル時代だけさ。まあ笑顔炸裂の距離感2.0タレントの仁宮亜香里を堪能してくれ」

「まあ、どうしても独自性のあるネットテレビだよな。地上波も配信の時代に揉まれて今や3局だしな。それで、獅子座は新たな大海の漕ぎ手になるでしょう、ラッキーアイテムはシェリー酒、まあ花金だし、銀座に流れるか」

「ここ最近、このバイナルセット一辺倒だから乗れるなら乗っておけ。熱田神宮の代理おみくじのここの運勢が一番当たるんだよ」

「最後はご利益かよ。ここ迄来たら縋ってみるさ」


 タブレットのリロードも休み休みに、外の残暑の景色を見ながら、ロザリオ作戦報告書を思い倦ねてみる。提出期限は決められていない事から、随時の思案差し替えはまだまだ許される。それにしても関連全調書の自由さと来たら、いや最近の若さの尖り方はアフターコロセアム感染症を超えてこなければ、決して勝ち得ない矜持なのかとも。何れもが隙あらば錯綜して行く。

 ロザリオ作戦は、nation break-upsのアクト要の邦人柊充希を生死を問わず確保する事が最終目標だったが、大凡mithuki hiiragiは喧騒の中の死亡し、悲しい末路だったが骨壷に入れられ日本に無事帰還した。ここだけ抽出すれば多大な成果になる。

 しかし韓国板門店郊外における「nation break-ups.23」のステージ全般は、北朝鮮からのイムジンガン渡河の突発事項によって三国人共同作戦の進行状況を繰り上げざる得なく、死亡邦人1人負傷者619人の死傷者は特務任務上瑣末な事として変わらざる評価に至る。それも前日のソウルデモはカジュアルであってもその盛り上がりから尋常ならざる兆候が見え隠れし、その中間に当日の「nation break-ups.23」が位置し、最後に北朝鮮からのイムジンガン渡河があれば、体系としてのロザリオ作戦は在り来たりの鎮圧作戦の報道が至極当然の隠れ蓑になる。

 これが正史で良いのだろうか。北朝鮮からのイムジンガン渡河はファットサウンドの指向性スピーカーが劈いたからで有り熱狂に至った。素直に前日から「nation break-ups.23」周辺地域に鉄柵網を敷けば、divaも死なず、負傷者も出なかった筈だ。

 だが偶発的に齎された結末が全てを打ち消す。北朝鮮からのイムジンガン渡河で最終の脱北者は総計5万人プラス未確認名簿に達し、それは“確かな抱擁な日”と歴史に残る日として受け継がれる。思惑としての報道管制はこれ以上北朝鮮からのイムジンガン渡河されては、韓国全体が麻痺し、北朝鮮の統制が苛烈を増すの配慮である。それも結局はアジアのある出来事で終えなかったのは、アメリカの一大メディアCNTA阿漕な熱い報道にある。パンドラの箱である東アジアを開ければ、新たな投資案件が増えると見込んでの事だ。投資は益があれば損もある、損を確実に被るのは当然隣国の韓国と中国で、益は滞る経済に資本を投入すべきのアメリカ合衆国に他ならない。この機を逃す訳もなかろう。

 日本国は、アメリカ合衆国と中国の間に挟まったが、依然として親睦の深いアメリカ合衆国に今回はがっちり手を組んだ。その始終があろうことかのBrown Camel Tourへの寛容だ。Brown Camel Tourの一団全て、韓国から日本国に強制送還させて、警視庁公安部で聴取されるべきだろうが、ここは内閣府が動き、海外往来で人材と経済を活発にさせたい外務省主導の完全事情聴取に委任された。推して知るべし。

 Brown Camel Tourの完全事情聴取するのは外務省の国際総括交流事務局で、何かにつけ決まって困難案件はここに回される。そこの八面六臂の田丸基次一課長とは常に険悪だ。田丸は数理派若手最右翼でいつも済し崩しに持って行く達人で、ビデオ通話はいつも喧々諤々で喧嘩別れしては最後は報告書だけのやり取りになる。だが今回の事情聴取はくれぐれも丁寧に頼むぞと釘を刺したら、田丸は言ったさ。総理官邸直々に頼まれた、こんな嬉しい事は無いぞで、ビデオ通話に映る全フロアが硬直したのが見て取れた。厚かましい田丸の決め台詞で固まらない訳は無い。当然俺は瞬時に呆れビデオ通話を切った。

 その呆れは、そのまま田丸からの調書に嫌が応にも反映されていた。強制送還から翌日の完全事情聴取は突貫ながらも頑張りは窺い知れた。ツアー出発同行メンバー総計58名から、4人死亡7人離脱の最終47名の調書があまりにも感性のまますぎて読むのが今もしんどい。マジは90年代意味合いの本気。デラはテラではなく名古屋弁のどえらい。けやぐは契約ではなく津軽弁での仲間。この簡易辞典が200項目弱に及ぶ。響きが良いからと言って密偵避けみたいな符丁を使うから、Brown Camel Tourに潜入成功と聞かない訳も頷ける。それにもましては、世界ツアーに飛び出したのに高校生英語主体で大成功出来る勢いがおそるべしだ。こいつらはと歯噛みしかない。

 この感性だけの調書が1週間の拘置で1000ページに及ぶが、国際総括交流事務局は敢えて注釈を振る事なく配布したので、主要局以外はあっさりそのまま重要書庫に回されたらしい。

 そんな出鱈目なBrown Camel Tourでも、ただ冷静に見つめてるスタッフはどうしてもいる。チーフマネージャーの萩原弓子だ。調書トップの彼女の聴取は全スタッフの人となりを細やかに描いているので、如何にも普通の若者の冒険譚を想起せざる得ない。ここだけでBrown Camel Tourよくも頑張ったの評価だ。この第1章が無ければ、実はそうだったのかと、何もかもが氷解され軽い感動で終える。それこそが田丸のやり口にみすみすはまる犠牲者多しなのだが、一斉配布されたとあっては後の訂正も手遅れ過ぎる。

 その外務省の調書の絶好調ぶりから配布翌日には各省庁容認の元、Brown Camel Tourの全員が嫌疑なしで解放された。トラブルはあれど殺傷は一貫して見受けられず、非合法組織との関与は具体的な人物名不明の為追求不可能、拳銃所持も困難地域の防衛手段として止む得ず、不定期ワクチン接種はあぜ道続きなら止む得ず、遠隔地でもネットワークがあるならば確定申告すべき、その何れも解放に当たって研修を行い厳格指導の訓告を行なったとある。ただ全員パスポートは没収され、甲種保護観察期間1年とされた。これでは実質この日本国でしばし熱りを冷ますべしでの解放になる。

 注釈から漏れた全ての事案は、結局聴取不振から被疑者不在で一切は内閣府内の預かりと案件となった。これはリベラル派閥のトップ倫理学者レイ・アレクサンダーの意向を受けて辣腕の国際弁護士手嶋新路が総理官邸に挨拶に来たのも過分にある。そうして俺、和久井、実園の進言は体良く封札される事になる。

 Brown Camel Tourはそれならば準備期間に入ると皆が思いきや、程なく動き出した。検察に送致されなければそれもそうなのだが、いちいちが派手だ。

 リーダー籾井白石は一大経済紙共生経済新聞で突如ウィークリー独占インタビューに答えた。0からのロングラン公演活動のマネジメントとはの秘訣から始まり、右肩上がりの売り上げと集客力とはの実例のレクチャー。何よりのインパクトは、初日インタビューにメインアクターであるmithuki hiiragiとkaz sacrificeの深い悼みにBrown Camel Tourとは何者の読者でもが泣いた。若者の志と不慮の死は常に密接し、それは時代のうねりに揉まれてしまうと。その示した道を俺達が引き継ぎ確かな道を作ると言う記事であった。これはリップサービスでも無く、細やかな構成の確実さで皆の心を掴んだとも言える。

 そして二番手としては、中幕前のトリと言えばアンセムソング「Our got knowledge」の男性ソウルボーカリストdehliya walkingになる。それは音楽雑誌「音楽の鳴り」の2万字インタビューにて、真摯に真のソウルとはその土地土地の衣食住を取り込み心体の一部にするストイックさと読まさせ、若い読者にまだ知らぬ地に思いを馳せさせた。「音楽の鳴り」は順調に大増刷30万部完売し、自動翻訳電子書籍もあれど、雑誌重版問い合わせも多く、早々と別冊の「Say.Brown Camel Tour」販売速報を、お堅い音楽雑誌に関わらず全国紙の文化面の記事下に載せたのは、この機運を機微に伺ったに他ならない。


 遠くを見つめる俺に、ふと和久井が察し過ぎて笑顔で話し掛ける。

「なあ、オンライン集会、いつにする。こんな楽しいなら毎週末でも良いよな」

「それは無しだ。ロザリオ作戦の固い絆で結ばれているからって、あいつらのサービス精神に頼り切るのもあれだろう。たまに会ってうんうんそれ、の共感位で良いんだよ」

「それもな、幹事役の実園にそのまま言えるかよ」

 重い沈黙が暫し。板門店郊外に降下したロザリオ作戦の日本国の直轄管理部隊56名は、防衛省警視庁内閣府厚生省は勿論、硬軟織り交ぜての官僚が集った最高の布陣だ。ただそれも一度職務を離れればオンとオフが抜群の仲間とも言える。実園の緊急アラートの告知で今迄に2回オンライン集会は行われた。

 そのオンライン集会は、ついで労いで集ってしまう。アフターコロセアム感染症以前なら付帯事項で集う事一切罷りならんにならんも、セキュリティが万全過ぎるエッジ・ザ・ナイト上ではハッキングも不可能だから、これはその側面としては絆が深まる良い時代になったものだ。

 まず一同皆が漆黒ラベルのビールを片手に取っては、飲むぞ全開の実園が豪快に乾杯の音頭を上げる。ただそれも始まって15分で高圧的な実園泣き上戸に転じ、女性隊員9名が和気藹々の場に入る。

 そしてついの会議的になるのが湊の去就だ。あの実園にしがみついたとの事でAナンバー競技会の仕切り直しに入ろか、いやその前にうちに来い、いやあっちに行けと絶賛のスカウトの模様に入る。ただ湊も返答に困っては、まずは海自の新造ドック型輸送揚陸艦つがるに乗艦してからですよ、万が一の災害派遣で人間一人に出来る事の本質って何かなと思いは馳せますし、と悩ませる。

 とここで一同一旦神妙になるも、防衛省組の磨き抜かれた演舞が幕を開ける。1回目のよさこい演舞も良かったが、真髄は2回目のオリジナルの全和太鼓組曲「旭日の祈り」がレイテンシー0で凄まじい演奏を披露した。もっとも和太鼓と言ってもテレビゲーム機の響き太鼓の小型の和太鼓端末がライン接続されてのだが、その一糸乱れぬ演奏の響きは前のめりにならざる得ない。リーダー役の辻本に演目増やしてサントリーホールでソロコンサートしろよと懇願するも、同じ防衛省でもそんなに集まれる面子では無いですから、と何故かしゃくれた微笑みで返す。まあ人生はサプライズだらけの方が風通しが良いものだ。

 そして締めの言葉はいつも俺に渡される。二次会相当なら和久井なのだが、あいつは決まって顔を横にして俺に促す。俺は率直に諭す。優秀な同輩は事があればどうしても同じ面子になる、だがそこは奢らず日々精進して行こう、また会う為に俺も頑張る、皆の鋭意に主の思し召しがあるように思いを馳せさせて貰う。またも最後は皆起立して長い敬礼になる。皆の画面はオートズームバックになるも、感気の堪えが具に分かる。

 酒が存分に入ってるも思いは深く、これを毎週オンライン集会していたのでは、感受性が敏感なり過ぎても困る。だが実園は日々の業務で忙殺されころっと忘れた頃に招集するのだから、まああいつも本当は悪い奴では無いかもの一定距離は保っておく。


 不意に店内の改装祝いで送られたカーニヴァル装飾飾り時計の秒針がゆっくり傾いて行く。お腹でも空いて神経が研ぎ澄ませられてるのか。そしてタブレットのスクリーンが束の間の0.08秒を垣間見せた。そこにはOmni Online Music Shopトップページ、次は分かってるBrown Camel Tourコンピレーション特集ページのボタンは左斜め上に迷わずタッチ。ここからが未知で、カーニヴァル装飾飾り時計の秒針の刻み音が只管ゆっくりに聞こえ、捉えた、中央右上のカートボタンを自然と勝手知ったる如くタッチした。

「カートに入った、しかし購入数量の選択が1しか無いな」

 店内に不意に歓声が上がった。一人目は和久井。

「ああ、これだよ本栖の持ってるよ塩梅、お前は本当ついてるよな」

 次は、肌身離さずに麻紐に一際大きな檜製ロザリオを下げている俺の彼女。

「それ和久井さんでも意外ですね。彼氏はそこついてるとかじゃなくて時間の分子迄見えてるのですよ。そうなんですよ真凛さんがヘルプ週三回入って茶房は回ってるので、ふふ彼氏とやっとデート出来るのですけど、大井競馬場に見に行っても雪崩れ込みの着順全部正解しちゃうんですよ。凄い能力ですよね」

「おい本栖、俺達の友情でそれなのかよ、そういうは有意義に使おう、例えば、」

「言うな、パチスロのロールは全部読める、当たるマシーンで景品貰って来たら、ギャンブルじゃなくてイカサマだよ」

「そうなんですよね。景品のJAZZの名盤バイナル欲しいと言っても、サブスクリプションで勉強してから厳選して買った方が良いですって。デートの記念品を何だと思ってるのでしょうね」

「遊戯場のあんな喧しい音響の中でデートなんて、俺にとっては拷問に過ぎない。そういう話は実に不快になる」

「あらやだ、怒ってます」

「本栖怒るな、らしく無いぞ」

 俺も冷静に気を取り直そうとするも。

「すまない。ロザリオ作戦の修羅場から、真眼がやたら敏感になりがちだ。今迄一定の境界線はあったが、つい超えて捉えてしまう事もある。今の所、実生活には支障は無いが、そのうち元の切り替えになれると思う。色々察してくれるだろうがここ迄にしておこう」

「いや知らなかった俺こそだが、あまり抱え込むな、ストレスで更に敏感になるぞ」

「だからこそ、私とのデートは最重要事項です。お仕事に邁進もそこそこですよ。えーと、カートに入れて特装版バイナルはいつ発送になります」

「そう言えば、シチズンナンバー入力と虹彩認証してないな」

「本栖、早く、ホワイトアウトするぞ、」

「まあ、彼氏はこれ位が丁度ですよ」

 俺は辛うじて画面が切り替わらない内に、タブレットにそら覚えの英数字24桁シチズンナンバーを入力し、カメラでの虹彩認証に入った。画面は3秒ローディーングマークが周り、発送状況は受注フラグに入った。プルダウンしては配送日を確認したが順次発送になっている。当初の1万セット限定を鑑みれば、製造計画も見直しもされるか。

 これで趣味と実益を兼ねた長いタブレット齧り付きは終えた。そう真眼の事は彼女にはそれとなく打ち明けたが、和久井にはまだは互いに難事で油断してはいけないの配慮故だ。和久井がそことなく機嫌悪そうなのは、立場が逆ならばあからさまな他人行儀で当面も口も聞きたく無いのは当然だ。しかし和久井が席を立たないのは、俺は本当に親友に恵まれているからとつい微笑む。和久井がちらと見ては微笑み返す。俺達はそんな感じだ。

 そもそもで言えば、俺は財務省国税局の会計員で入局した筈だが、いつの間にか内閣情報調査室に引っ張られる道義が分からない。真眼の事は知るは一族と彼女と和久井になった。ただ契機になったのは内閣府の剣道の朝稽古には暫し呼ばれる事にあったと思う。一族からは学力は後で良いから剣道と野球は嗜めと口酸っぱく言われてるも、俺はそこ迄筋が良いかが甚だ謎だ。でも元防衛省武官の上司西園寺照人内閣調査室室長には、その不可思議な太刀筋が見えるのだろうな。

 特装版バイナル獲得で俺よりご機嫌な彼女から聞こえるのはThe Rolling StonesのRuby Tuesdayのハミング。全くそれはmithuki hiiragiのダブルアンコールのチルアウト曲だろう。

「彼女さ、Ruby Tuesday知ってるなんて、どのnation break-upsに行ったんだよ」

「ああそうなんだ、これってmute tubeのOmni Online Music Shopチャンネルの第2弾ティザー映像なんですけど。このフローって素敵よね。早くバイナルでRuby Tuesdayのフルレングス聴きたいな」

「待てよ、チャンネルの新作あるね、第1弾のdehliya walkingのOur got knowledgeだけじゃないって、かなりの反響で急かされてるって事か。Upから二日で再生2000万も回ってかなり早いな。これは第3弾でmithuki hiiragiのDear K -kaz sacrifice remix-を打ちかますな。それでもサブスクリプションは毛頭に無いって、どういうビジネス頭脳なんだよ」

 和久井は敢えて触れずに、タブレットのティザー映像を皆に呈示する。やはりdivaのライブ動画は無しか、何とか溜飲は下がるも、歌詞通り誰でもない彼女が確かにそこにいるのがdivaらしい曲だ。

「ふふ、やはり本家よりも良いですよね」

「それは言っちゃ駄目だって、The Rolling Stonesは未だ健在何だから。いや、それにしてもバンドテイスト一欠片も無いけどカバーとして承認されてしまうものか」

「そこは経緯ありきだろう。ビッグバンド程苦いツアーは有るものさ。mithuki hiiragiは不慮の死で、kaz sacrificeは凶弾に倒れたのだから、どうしても胸に去来するものはあるさ」

 Omniのマネジメントが何処迄心配りされているか分からないが、全ての経緯をRolling Stonesのマネジメントに包み隠さず伝えた筈だろう。若い連中は何故生き急ぐか、その爪痕だけは形にしておきたいが人の情けかもしれない。

「やれ、Brown Camel Tourも、いざ驚愕のメジャーデビューか、当然特装版バイナル出してお終いじゃ無いよな、ここも厄介だな」

「そこは大丈夫だろう。散々絞られただろうし、機材も残らず板門店郊外で即時破壊されたとあれば、Omniの馴染みの音響会社に委託の線で、レイヴパーティーには発展しない野外フェスティバルが限度さ」

「おお、それでも周防あたりで行われたら行っちゃっうかも。彼氏はどうですか」

「まさか、俺は決して行かないよ。せめて、地元宮城のアフターコロセアム感染症前の松島ロックンロールカーニバルの様な健全な野外フェスの評判なら多少は考える」

「まあそういうなって、二人は大人だし有りは有りだろ」

「おおっと、そっちじゃなくて、もう嫌ですよ、想像も厳禁ですよ、私達は野外で営む程のエンジョイ派じゃ無いですから」

「こら、お客さんいるんだぞ。営みとか真昼間から言うなよ」

「そこは大丈夫ですよ、お客さんも何も、ほぼ換気個室で永田町密談ですから聞こえないですよ。そこも如何ですよね。初期のコンセプトは恋人達の憩いの場だったのですけど、知れずお偉い方の突飛の予約が多々になっちゃって。いっそはふむ」

「そこは換えの茶房が無いから、どうか頑張って経営してくれ」

「まあ、そう言う強硬策出そうものなら彼氏が酷い目に合いそうですし…そう、そうそう、お昼前ですけど、ちょっと待ってて下さいね、目的達成したら散開しちゃうんでしょう、察して無言で帰らないで下さいね」

 彼女は理由が有って不自由になった左足を引きながら、厨房の方へと急ぎ向かった。


 通称彼女は8才年下の御厨満月。元警視庁警視の準キャリア組の中でも優秀な成績を収めSPの職に就くに至った。内閣府の会合ともなれば、あの瞳の大きなSPは誰だ、今日も見れてついてるよと男共有志のファンクラブは小躍りに入る。そこの輪には何故か俺も引き込まれる。

 そのいつもの会合終わりに何故か彼女に声を掛けられる。その真っ直ぐな視線、私何かしましたか、とまじまじと見つめられる。俺は衒いもなく綺麗な瞳でつい見つめてしまうだけですと素っ気なく言ったつもりも。ああそうなんだの笑顔になり、それからつい顔を合わせると挨拶する様になっていった。そう彼女の笑顔を見る程に、俺は救われる様になった。この感情はいつからだろうと、和久井に伺う程に、それは恋慕だ踏み込んでみろと背中を押されるが、俺はそう言う人間じゃない。

 そして2028年7月18日衆議院統一地方選挙の関西の枚方での応援演説でそれは起こった。教義派重鎮澤村杜治厚生大臣は全国行脚の最中の応援演説で壇上に上がり、このアフターコロセアム感染症の閉塞感に鮮魚仲買人が忍びきれずに震える手を隠しきれず密輸拳銃で発砲した。いち早く応援民衆の挙動を察したSPの彼女が、澤村厚生大臣を壇上から弾き飛ばすも、放たれた銃弾は庇った彼女の左大腿部を貫通しそのまま病院に運ばれた。彼女だから出来た咄嗟の反応、それはどんな運命なのだろうか。凶弾それがなければ彼女はSPを決して辞めず順調に準キャリアトップで出世したに違いない。

 彼女は関西中央病院にそのまま入院となった為、彼女のファンクラブも迅速なお見舞いへと動き様がなかった。このままではファンクラブの沽券に関わると言う事で、和久井の鶴の一声で俺に大阪にお見舞いに行って来いになった。

 まあ病院個室はイレギュラーにもお見舞いの花が廊下迄飛び出した、VIP対応のそれかだ。送り人は俺の知る限り寄付行為に抵触しない家族親戚名義の名前がどうしても多いのは、いつ迄こんな慣習に縛られるんだの憤りしかなかった。そしてノック、彼女は薄化粧もそこそこにただ嬉しいと笑顔で微笑む。そしてファンクラブを代表してのお見舞い花と、過去出張で出来の良さから周防の教会で購入したロザリオは、今も彼女が堂々と身につけている麻紐に一際大きな檜製ロザリオで、その時は素っ気ない包装に飾りリボンを付けたものを手渡した。彼女は嬉々と広げその場でロザリオを首に下げて、何かずっと大切に付けていそうな気がしますと満面の笑みで返され、その時の俺は、ほっつ正解かで安堵の笑みを浮かべた筈だ。

 そしてリハビリ後彼女は退院し暫し内勤に入る。その出勤の良くも晴れた日、杖をつきながらも総理官邸に怒鳴り込まれた。2ヶ月も入院したら大阪であっても普通3回はお見舞いに来ますよね、本栖さん一体どうなってますからが延々土壇場だった。内閣調査室内は機微に察しは次第に微笑ましくなっては俺が根を上げないか待っていた。だが俺は只管右に流すのみ。察し過ぎた彼女が、俺の胸に3回どんどんしながら凝りに凝った包装紙を渡した。今直ぐ開けてから、取り出したものは銀のロケットで、何かと開けたら写真館で撮ったおしゃまな彼女であった。これで決して私を忘れられないでしょう、且つこんな危なっかしい部署で私を置いて死ぬに死ねないですよねで、内閣調査室が爆笑の中かなり大沸騰した。この彼女の説得力有り過ぎの高説が生じて、俺の単独潜入任務が無くなり、ほぼ管理方の後方支援になった。西園寺室長にもごく普通に扱ってくれと直談判したが、本栖の本領は大局を見据える所にある、これも抜群の機会だったのさで7度目にして俺は折れた。

 かくして彼女の積極的なアプローチから付き合い始めた。ファンクラブの面々も会長が付き合うなら妥当だに入るが、いつから俺が会長だったかは皆の好意に甘えるしかなかった。それからは何となくデートを重ねて行き、愛し合い、やがて男女の関係も自然になった。この間に彼女は警視庁広報課を辞しては今の華流水仙の茶房を持つに至ったが、俺達の関係は変わらず、いやより深いものになった。俺の家は資料の山だからで、彼女の家をやや訪ねては昔の写真アルバムも見た。それは活発そのもので将来は警官しかなかろうが正直な感想だ。ただはち切れんばかりの陸上部中距離の彼女の写真をつい長く眺めてからは大きな変化があった。日を空けずに華流水仙の仕事着が短めの七分丈のギャルソンパンツになっていたのは、女性に気を使わせる俺もどうなのかの顔をするが、彼女は屈託なく微笑む。ストーリーとは小さな出来事の積み重ねと俺は大いに知る事になる。


 そして彼女が厨房から、小さなワンホール3号ケーキをお盆に載せては、左足の不自由でも揺れもせず慣れた仕草で持ち寄る。これは、そうか。

 飲食店全般はアフターコロセアム感染症の影響も有り、今も経営が横ばいでままならないが、華流水仙は経営を安定させる為にソシオ制を取っている。年間チケットを購入すれば個室茶房も割引され、何より自らの誕生会とアニバーサリー1回のお任せコースが大好評を得ている。同僚が多いのは納得も、軒並み重鎮と諸大臣も会員なのは、これも時代で有り。料亭に行くよりオーダーショコラ目当てに足繁く通った方が好感度上がると言うものだろうか。いや現に上がってる。

 そして彼女が満面の笑みでこうと。

「はい、おめでとうございます。マスカルポーネスペシャルモンブランです」

 俺は強張りながらも。

「いや、頼んで無いぞ」

「だからね、いや知ってて言ってる。彼氏は7月28日の誕生日でもお店にずっと来てないでしょう。それって、そこまで恋人を放っておいて良いのでしょうか。メールも通話も仕事中の立て札って、四六時中浮気してる度胸なんて何処にもなさそうですし」

 俺は心にない言葉が浮かんだ。それは彼女とまだ向き合う自信がこれっぽっちも無いからだ。

「まあ、待たせたけど、本当込み入っててさ」

「当然、それは待ちましたよ。まあですね、お仕事しかないでしょうけどね。それでは、遅ればせながら本栖秀知さん、38才のお誕生日おめでとうございます。これは大好きなチーズケーキバリエーションのワンホールです。和久井さんと一緒にどうぞ。どうかご堪能下さいませ」

「それはどうも」

「ふっつ、本栖はまだびっくりか、いやいや、小腹空いてたし、有り難く頂きますね」

「そう、ままいるものよね。何事で気もそぞろも方はね。はい、これもでした」

 彼女は腰の作業ポーチから3本の花火らしきを抜き出し、誕生日ケーキに刺しては、手際良く多目的ライターで着火させた。

「これは、」

「おお凄い凄い、本栖喜べ、」

 俺への視線がやたら飛び交うも、俺は三色の牡丹花火をまじまじと眺めていた。

「もう、低体温花火でもこの反応は苦手かな、かなりのサプライズなんですけど、何が違うのかしら」

 いや、そうじゃないんだ。毎年の神宮外苑花火大会の事を思い出していた。真眼で新国立競技場の観覧席のチケットサイトは滑り込みで入れてはいるけど。俺はついと、人混みだから踏まれず動き易い服装が良いぞと促すも、彼女は自慢の浴衣で参加し、ただその意気に甘えていた。打ち上げ花火が豪快に開く中、この和やかな時間が延々続けばと彼女の横顔をそっと見つめながら、育んできた思いが毎回心に灯っていた。

 三色の牡丹花火が燃え尽きた瞬間、その言葉は出ざる得なかった。

「俺、満月と結婚したいけど、どうかな」

「ぐっつ、うーーーん」

 彼女はガッツポーズしながら柔軟過ぎる程に仰け反る二律背反を見せる。それどんな芸人なんだと今ここでは言えそうな雰囲気じゃない。

「本栖早いって。婚約結婚の順序はもう言ってしまったもののさ。ここは俺がこうだ、良い雰囲気でしょう、お二人いつ結婚するんだと俺が言ってから、二人はにかんで、えへの照れからだろう。本栖は毎度いきなり過ぎるよな」

 彼女が未だ思いっきり仰け反るには理由が有る。

「いや、本当ありがとうですけど、うーーーん。仲人候補さんが加賀美さんか澤村さんかで、何かと一向に譲らずですから、こっちは職務だったのに命の恩人と奉られる澤村さんが死んでからじゃ無いかなと思っていたのに、ここか、ここなんだ」

「そうなんだ」

「だから何でそういう目で見るのですか。私は、澤村さんを庇って撃たれても、回りくどい教義派のお目付役では一切有りませんからね。たまにそういう目をするのも苦手ですよ」

「そこの誤解は済まない、きっちり分かってるつもりさ。そう、せめてこのアフターコロセアム感染症下でも、結婚式だけは派手に上げたい。若い新婦と誓いを交わす以上夢は見せて上げたい」

「夢がすぐそこにですか、でもどうしてですか、」

「良い加減身も心も固めたい。そして、このまま老いる前に生意気盛りの子供に打ち負かされる訳にいかない。何よりいつもこんな尽くして貰ってると、どうしても満月を幸せにしたい。これは変わらない思いだ」

 彼女は泣きじゃくりになりそうも、幸せで溢れる涙を拭っては気丈にも

「うん、うん、凄く良いと思う、秀知さん、ありがとう」

「そうだな、御厨さんのお陰で、本栖も見違える程存分に幸せになったし、素敵は喜ばしい事だ。この先も互いに手に手を取って決して緩めない事かな。でもさ本栖、いつも衒いが無いけどどうした」

「たまには、心から絞り出して良い事を言うさ」

「でも、それって本当の誕生日に言うべきじゃ無いかな、今日が一つの記念日、ふむ」

「そうだな来年の誕生日に改めてしようか」

「何で!」

「本栖、遅過ぎだろ、」

「そうかな、そうだな、それでは、婚約指輪選んでくれないか」

 俺はタブレットのページを開いては婚約指輪の予約カートを見せるも、どうにも反応が思わしくない。

「嬉しい気持ちは、十分にあるのですけど、こう、何か割り切れなくて。ここはどうしても婚約指輪の現物支給ではないのですか」

「いや御厨さんね、これも今時のオーダーメイドだよ。流行りはマリアージュインデザインのオープンコンペサイトで婚約指輪選ぶ様な流れに乗ってるよ」

「和久井さん、既婚者なのに、最新のジュエリー事情に詳しいのは、とても怪しいですよ」

「いやいや、そこは上さんから、節目のアニバーサリーはどうなよからで、日々俺も勉強中な訳よ」

「そんなの駄目だ。そんな誰かお人も分からない輩に任せきれるか。今見ているページは、俺の縁戚の亘理祝宝石のオリジナルデザインだ。実家に戻る程に、地元では今やジュエリーの全般の事なら定番の亘理淑美に押されて、仮組みでお好きなのどうぞになる。人懐っこいから縁起物になると俺が約束する」

「そう、見る程に流線型が本当しなやかなのが素敵だわ。月桂冠も、いっそ3つは駄目ですよね、はは、お悩みが増えちゃいました」

 彼女は消えた花火を抜き取っては、マスカルポーネスペシャルモンブランのホールを小分けにしては俺達に取り分けた。分類チーズケースには余程の事が無い以上外れが無いので自然と笑顔になるのが信条も、何より秋の季節メニュー一番乗りはご機嫌なものだ。

 不意に携帯電話が鳴るも、この着信音は和久井だ。気取り屋から不意に真顔に鳴るのは何かか。そうか位しか言葉が出ないのは事情が込み入ってるのか。

「あっと、俺はここ迄にする。ご馳走様でした」

「和久井さん、今日はバジルパスタのセットメニューですよ」

「いや、上さんがね、1ヶ月早く産まれそうだって、今タクシー捕まえてるところ、二人目とは言え合流しないと」

「和久井、」

「分かってる、俺の射手座は今日の運勢1位だろ」

「言い忘れた、俺の獅子座は今日の運勢2位だ。2位の俺達がこの雰囲気だから、1位のお前はこの上ない幸せしかないよ。何も心配するな、愛情あれば子供はスクスク育つものさ。早く合流してやれ」

「済まないな、こっちもお目出度いのに中座なんて、何れ一緒にお祝いしよう。あとこれ暑中見舞い出し忘れた、直接受け取ってくれ。こんな感じも、またな」

 和久井は荷物をまとめては、店のドアを潜り抜けては、道路は先なのにもうタクシーを止める手を挙げている。これが父親って事か。

 俺の側には彼女がいつ間に寄り添い右肩に両手を掛ける。この温もりは一層和らいでいる。一緒に生きて行く誓いとはそういう事かと、この俺でもただ響いては来てる。


 昼を優に回った頃合いで、彼女はランチメニューの給仕に専念している。俺はまだマスカルポーネスペシャルモンブランのホールを消化中で。ランチメニューは幾つかの懸念でもう少し先になりそうだ。

 和久井から受け取った暑中見舞いを丹念に手に取っては、見た目は口角を上に上げて悦に入っている。別に和久井の律儀さに笑みが溢れているのではなく、俺なりの演技だ。

 直接渡された時季遅れの暑中見舞いには当然消印も押されていないのだが、何故か85円切手が貼られている。そして若干盛り上がっている。この下にまさかの極小チップが挟まれている筈だ。

 ロザリオ作戦の事前ブリーフィングの意見交換会で幾つか出た話題だが、何故nation break-upsはストリーミング展開しないのか。それは当然エッジ・ザ・ナイトの査定クローラーも動いている事から弾かれるだろうに結論付けられる。

 だが俺と和久井の仮定は同意見で、エッジ・ザ・ナイトの音声帯域を搔い潜ったオーサリングツールのそれは何れになるだろうだった。

 ロザリオ作戦の終結は会場から観客を締め出し、Brown Camel Tourの全ての機材を残らず集め爆破掃討して、全てを抹消した。

 だが、その前に和久井の少数精鋭班はある探索に当たっていた。Brown Camel Tourの各端末にコネクタチップを当て、あるファイルを探し、次第8分の速さでタブレットの不可視ファイルを見つけ、机の下で手際良く分解し極小チップを抜き取って元に戻した。これは誰も気が付いていないと和久井が保証する。

 ただ韓国を引き上げ日本国の帰国に当たって、俺達全員はしつこく臨検された。韓国サイドも何か持ち出していないかは想定の範囲だった。和久井の小慣れた所は上げ底の携帯ソーイングセットに不可透視フィルムの張り、極小チップを収納しては事も無げに持ち帰った。

 その極小チップのあらましはこうと想定される。エッジ・ザ・ナイト上のインデックスをディープラーニングしたら、成果と思しき.omega拡張子ファイルの表記が見つかった。それは技術者のプログラミング研鑽サイトのgarphubでの発振パッチの痕跡だった。内閣府の次世代技術チームが結論づけたのは、その発振パッチはリアルタイムエンコーダーの心臓部で、1Hzから60,000Hzのフルレンジの音声ファイルを破壊しないリミットカーブエミュレータ仕様になっており、波形打ち消さないの双曲線が見事に擬似可されては、一般的なスピーカーでも破壊される事はないだろうだった。だろうは、発振パッチのプログラムの、肝心の音像の擬似化に至るリアルタイム浮動点計算が意図的にupされていなかった点にある。

 もし、.omega拡張子ファイルが存在するならば、配信時代の驚異的な発明になる。これさえあれば家庭でも側頭葉が破壊されないご機嫌なレイブパーティーになるの懸念ではなく。感情に訴えかける音像そのものは全体主義を貫く団体にとっては、プロパガンダの必須アイテムになる。だがそれは否だ。それを懸念してgarphubには偽造論文と押し通して削除はさせた。しかしgarphubアクセス解析によると、既にページアクセスは3000超えで彼の大陸大国のラボもアクセスしており手遅れでしたの報告に至った。ここも厄介な事になる、GDP1位2位国がライバルであっても、推敲の結果が一致し手を組むと軽く世界の3/4の人民を波かせ、呆気なく信頼を手に入れかねない事になる。

 それも懸念に過ぎないが一次判定だ。.omega拡張子ファイルは天才的な略式プログラムがない限り、プログラムは膨大な長文になり、昔流行ったスパコンのセクター全て使って1曲作れるのからしいから、大の話好きな政治家の演説には向かない事だろう。

 ただ二次判定として、リアルタイムエンコーダーが演算処理した完成形であろうの.omega拡張子ファイルが、この極小チップの中にある筈だ。garphubでの発振パッチの発案者silentmanは、Brown Camel Tourのメンバーにいたらしい。チーフマネージャーの萩原弓子の調書から、帯同したエンジニアに西宮登志乃の脱法アカウントとしてsilentmanを使っていたらしいの未確定情報が有った。その推定silentmanは2032年4月3日のイスラエルでの「nation break-ups.06」後に途中下車し何処かへ消えたとの事。都度気になってメールは打てど普段の寡黙さ同様に短く元気を伝えるものの、日本国への強制送還と同時に返事が途絶えたらしい。これは追求を恐れての事であろうし、改めて離脱者の手配書を主管の外務省が配っては、そこ迄長引かせる状況なのかと各国に懸念を引きずらせる要素があるのでそれは阻止させた。ここが外務省国際総括交流事務局一課長田丸基次と一致するのが、はきと気付いている証拠やも知れない

 silentmanの消息は不明でも、この極小チップの中に.omega拡張子ファイルの現物があれば、リアルタイムエンコーダーが無くても分析して新たなアプリケーション作成は可能な筈だ。

 まあ見てろ、相応のデバイス会社と結託して、.omega拡張子ファイルを普及させ世界最高の音楽で再び日本国を浮上させみせるさ。そう、この.omega拡張子ファイルで聞かなくては行けない新規録音のクラシック音楽は存分に有る。そのタッチの奥まで澄み渡った音を聞ける事で、音楽家大家の意思がきっと伝わる筈で、芸術は高尚だと決して言わせないさ。

 ロザリオ作戦で革命イベントnation break-upsの幕は下りたが、教義派でも数理派でもリベラル派でも無い、切り崩し困難な全体主義派をどうにか新規フォーマットの音楽で変えれる余地はまだある。俺達はあるべき姿として、音楽で活気に満ち溢れた世界を作って行きたい。文化は不毛とは決して言わせないさ。



 #外務省調べ、関戸奏音かのん関連覚書

 関戸奏音(女性)。2010年5月2日生まれ、享年23才。

 大田区田園調布界隈に住み、名店である洋菓子店八艘経営の長女。

 学歴は千代田区の名門の中高一貫校:鷲羽学院に入学。成績は首席又は次席がほぼで優秀そのもの。

 特筆すべきは、演劇部のシェークスピア公演で好評を博すも、演劇部顧問と度々衝突し、要所を即興で変えては新たなヒロイン像を形成する。そして演劇講評欄は古典派と新派の解釈で二分しても、関戸奏音の類まれな素質の称賛を獲得する。

 後は首都圏御三家私立大学一折大学経営学部に進学。学科の何れの講価はA評価を勝ち得る。この時点で語学能力は7ヶ国語の日本語英語ドイツ語イタリア語フランス語中国語韓国語になる。ただそれも新学期の2030年9月からのオンライン講義前に休学届けを提出。理由としては実践経営を学ぶ為にインターンに入るとの面談評。現行の生涯学習法は30年の在学期間での卒業を認められている為、小学生の時より海外留学が豊富であれば、大きな選択肢の一つとして承認される。

 しかし、大学進学と共に大きな自立を求める関戸奏音意思によって、家族の保有するマンション生活に入った頃より、私生活は大いに乱れる事になる。インターン活動に至っては何れも短期間で終了し、後半は六本木のクラブのヘルプに入る。

 そして公式記載では、2031年5月25日にインドネシア入国からバイタリティ溢れる渡航の数々でパスポートの出入国証印の通り世界を股に掛けた。出国の経緯は、新たな挑戦の準備として家族に伝え、簡略的にメールでのやり取りに終始しする。ここは出国後の外務省への労働ビザの申し入れが無い為にどうしても詳細不足になる。

 この漂泊の様、所謂荒れた生活に至ったのは男性関係かになるが、学友証言を集計する限り9人の身元が判明出来るも一切の関与は無し。アフターコロセアム感染症時分の交際人数として多い方に入るが、とても無鉄砲な現代の若者らしく許容範囲に入る。もっとも凜とした関戸奏音の性格が、男性で揺さぶられる可能性がかなり低い事は各証言から断言出来る。

 そして、2033年8月6日に遡って関戸奏音の死亡認定される。その死亡原因は、イタリアのミラノでの玉突き事故に巻き込まれ即死によるものである。当時の関戸奏音はIDを所持していない為に、最終確認が出来たのは遅れに遅れ荼毘の終えた2033年8月23日になる。微かな証言を辿って写真確認したのは、靴職人見習いと入っていた先のミラノの靴職人の親方になる。遅れた原因としては、ありふれた弟子の懲りずに逃げ出したかで追い掛けもしていない故の悲劇になる。

 もう既に荼毘に付されていた為、骨壷での帰国になっては、家族は今も深い悲しみに有り、未だ洋菓子店八艘に顔を出すに至っていない。

 尚ニュースフィードの一覧には、アフターコロセアム感染症のありふれた女子大生の死亡として扱われた為インデックス化もされていない。ただその溢れるバイタリティーから、先々の可能性に思うと胸がかなり痛む限りではある。


 divaの死亡関連以外は本当の事だ。

 表向き「nation break-ups.23」におけるmithuki hiiragiの死亡は、柊充希の喧騒のパニックによる過呼吸の心不全で死亡した事にした。その遺骨に関しては、関戸奏音を除くBrown Camel Tourの4人が現地で荼毘に付された事から、外務省の国際総括交流事務局一課長田丸基次が余りに不憫に思い、現地外交官を動かし日本国に送致され柊充希の親族に正しく戻された。

 divaに関しては、Brown Camel Tourにおける奔放さから、残された家族を慮り、世界を渡り歩く若き経営発起人関戸奏音として書類上は分類した。遺体そのままは銃弾痕がある為ソウルで丁重に火葬に伏してから遺骨を家族に戻した。両親に疑われもしなかったのは、外務省の鬼の様な仕込みのパスポートの出入国証印の押印偽装に至る所が大きい。

 このdivaの扱いに関しては、Brown Camel Tourの全員も納得している。下の手解き受けたか受けないかに関わらず、関戸奏音の生き方としてはその方が潔いが判断で、先々も真実は口外される事も無いだろう。

 diva とBrown Camel Tourとの馴れ初めは、divaが麻布のClub halfmoonにおけるkaz sacrificeのオーガナイズパーティーにのめり込み、いつの間にかローディーとして抜群の働きを見せ親交を深めって行った。ローディー間では、divaの仮歌が好評でクラブアーティストになるべきだも、私はつい理想のその上を目指すから面倒を掛けますで止まっていた。

 それが柊充希の不慮の死で御鉢が回って来た事から、スターダムとは何かを引き換えしないのは、いやそれは単なる早熟かも知れない。不意にdivaの芳醇な乳液の香りの思い出が鼻腔をくすぐったが、これはいつ抜ける事だろうか。


 俺は結局セットメニューを頼まず、二種のムースケーキセットを平らげた。彼女はその皿を片付けながら、俺をまじまじと見やる。

「ちょっと、口元が緩んでますけど、昼間からそういうのは、今日は金曜日だからお家に来ますか」

 とても言えない。婚約の約束した日に、今はもういない魅惑的な女性の身姿視線香りその全てが駆け巡っていた事を。

「すまない。夏場の大出張の資料整理で、まだ自室に籠らないといけない。この埋め合わせはきっと、そう、今年は神宮外苑花火大会に行けなかったな」

 彼女はただご機嫌なままに諭す。

「そうですよね、ご心配なくです、夏場はもう見送りました。ただ年末のカウントダウンの花火は奮発して貰いますからね」

「勿論、喜んで」

 俺の仕事仕込みのポーカーフェイスが何処迄通じるか分からないが、気持ちだけは振り絞って出してみた。と言うべきか、もっと彼女の愛情に応えるべきなのだが。

 そして、俺の苦手の曲のイントロがランチタイムの盛況を越えた華流水仙のスピーカーから流れて来た。それは先週配信された今や人気沸騰の水本幸司の「I'm so ID: K」のヒット曲で、所以もあって世界中の視聴者がリピートしている。

 水本幸司はシンガーソングライターも小説家の方で有名なヤンガー。新人の登竜門である月刊海流の波の花大賞で初著作「ブロック塀を割る」が受賞。アフターコロセアム感染症下での社会人成り立て僕の苛立ちが如実に反映された文芸作品でスマッシュヒットする。

 俺が何故苦手な曲かは、「nation break-ups.23」と「確かな抱擁な日」の連日報道に差し込まれた2033年8月17日に、共生経済新聞でのリーダー籾井白石の独占インタビューの後追い認定記事として、mithuki hiiragi事柊充希の不慮の死が発表されて彼女の知己が思いを綴った事にある。

 水本幸司はSNSで、柊充希の楽曲の「Dear K」のKは水本幸司のKだと言い切った。馴れ初めは、互いにそれ迄パーティーで知り合うも、2028年8月月5日の幕張メッセのフェス「Serious Familiar Festival」で偶然会って意気投合し付き合い始めたと。ご丁寧にも、その日に撮った幕張イベントホールエントランスでのダブルサムズアップの写真も貼り付けては、偲ぶ所か何のアピールかがただ不快だった。その経緯から柊充希の配信EP「Dear K」が出たのですよと、半ば自慢気に語っていたのもどうかだ。世間の反応は、Kに出会えて嬉しいの歌詞から、謎がやっと解けたの概ね好評さ。こんな御時世だからこそ純愛は受け入れられるという事か。

 そしてサビを迎え、傍の彼女が上機嫌に綺麗にハミングする。


「I'm so ID: K, ID: K

 君が世界中で愛してる ID: K

 I'm so ID: K, ID: K

 ただ君だけを愛する ID: K

 思いは満天の銀河の向こうにも、きっと届く筈さ」


 メロディーは転調も交えながら綺麗に1オクターブ内に抑えたキャッチさは、確かにメロディーメーカーの手腕は垣間見える。

 ただBrown Camel Tourに参加した柊充希は、diva曰くもただ気高いと称される闘士だ。その柊充希が「I'm so ID: K」内でそんな甘いロマンチストを振り撒くのは余りにナンセンスだ。

 水本幸司が何処まで柊充希の素性を知っているか全く不明だが、そうであって欲しいのはくだらない男の願望に過ぎない。いや、それは世の男全てかも知れない。せめて「nation break-ups.07」のインドのチベット高地での臨終の間際にはロマンチストであって欲しかった。その愛くるしい瞳に映った、帳の向こう銀河の星々を浴びての生命の全うはただ美しいと形容出来る。

 そう俺も大して甘いものだ。「I'm so ID: K」における満天の銀河がせめて天の川銀河内なら、永遠の二分の一内の何千万回か生まれ変われれば、再び愛し合える筈さ、Dear K。そして俺の心の中の、Dear Kもなのか。

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Dear K -kaz sacrifice remix- 判家悠久 @hanke-yuukyu

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