Episode 2. nation break-ups

 日本国の電子戦輸送機C-130GRLから降下した直轄管理部隊の56名は板門店郊外の放逐された田畠に降り立った。「nation break-ups.23」のバックステージ迄500m程は作戦通り、後はどう一気に畳むかに掛かっている。パラシュートユニットを投げ打ち装備品の再点検に入りながらロザリオ作戦の概要を今一度反芻する。

 日本国韓国中国の役割は決まっている。

 日本国は電子戦輸送機C-130GRLで全ての回線にジャミングし、集った参加者主催者のオフラインのGPS索敵に入る。そしてバックステージ本体に突入し臨検に望むが、その過程でジャミングによって通話手段は直接通話に指サインに限られる。これでは作戦遂行の為に動きにくいの声を三国作戦会議で進言したが、精鋭をきっちり揃えるからと中国に押し切られた。

 韓国は鎮圧輸送機C-130NKで中高度から催涙ガスを巻き、そのままスタンド全域を掌握する。推定6万人収容を正規鎮圧部隊56人で制圧出来るかは、レイヴパーティーの佳境は体が軽やかになった16時頃からなので、11時作戦開始時点では手間を取らないだろうで、ここも三国作戦会議で押し切られる。

 中国は銃座付属輸送機Y-9C3で後方広場一体を仕切る。飲食と営みに励むほぼ5万人を精鋭の後方支援部隊120人で制せれるかは、三国作戦会議でいつも長い沈黙に入るが中国を信じてくれで立案国に任せる外なかった。

 分かっている。板門店で爆音のレイヴパーティー「nation break-ups.23」を実行すると言う事は、韓国は愚か北朝鮮をも巻き込むという事だ。中国も韓国も地経学的に緩衝地帯である独自国家北朝鮮を一切刺激したくないが一致意見だ。「nation break-ups.23」によって、絶妙なバランスを崩されては20世紀のベルリンの壁の如く完璧なオセロ対戦になるのは、過去の3つの革命騒動で想像し難い。

 ここに何故日本国を招聘したかは、「nation break-ups.23」のレジデントBrown Camel Tourがほぼ邦人であることから、ロザリオ作戦に不具合が起こった時に全て日本国に被せるつもりは目に見えている。ただ三国作戦会議皆が終始笑顔もテーブル下で拳を厚く握りしめてるのは周知として、日本国はここで汚名を被せられる訳にはいかない。そう、的確に柊充希を捕獲出来れば作戦は終了となる。ここからはコンマ1秒での動きを求められる。

 疾駆の準備に入った俺の視線に入ったのは、腕章A31の湊康真海上自衛隊海曹長だ。今日の俺の獅子座運勢5位は捨てたものじゃない、確実に付いてる。

 腕章のAシリアルはヒエラルキーそのもので、それは参加者56名総合格闘技の順位その物になる。湊のA31は中位そこそこだが、追随出来ない瞬発力がある。入隊後に格闘技を嗜んだ事からとてつも無い伸び代を持ち得ている。この複雑な作戦に必要なのは直感ではなくレスポンスだ、ほぼ自衛組織の事から専守防衛が要だ。躱して往なす事に大義がある。

 それもだ、いざのヒエラルキーになると、辻本慶一陸自房総空挺部隊三佐がA01/実園亜生厚生省渉外課主任がA02/俺本栖秀知内閣調査室主査がA03/和久井唯喜警視庁外事五課係長がA04と戊種権限4人がトップの権限を占めるも心穏やかでは無い。俺の準決勝は辻本が優勢で勝ち進むのは当然だが、もう一つの準決勝で和久井が実園亜生に空中延髄斬りを食らう寸前でダッキングダウンし一本負けしたところにある。和久井はスポーツ競技だからお堅い事を言うなと言うが、俺の序列の上にあの食えない実園亜生がいる事がただ不愉快だ。

 不意に、湊がアイコンタクトを送ってる事に気付いた。湊が確認で、指のサインで5人で前方にgoを示すが、俺はtwo・goのバディで行くぞを送った。湊は一瞬躊躇したが、俺と一緒に前方に駆け寄る。俺には俺の憶測がある。


 空はうっすらの噴霧が漂う。これは韓国の鎮圧機C-130NKが中高度から催涙ガスを適時に噴霧してるからになる。スタンドのヤングヒッピーの咳き込む音が徐々に連なるのは、どうしてもその場に居残り、何かしらの焼きワラが流れてきたのバイアスだと勘違いしてるに違いない。それはそれで好都合だ、ここで査察だとアナウンスしようものなら、即時にソウル市デモの熱狂の二回戦目になる。レイヴパーティーを心待ちにしていたのなら、そうなっても致し方無い。

 そして、放逐された乾いた田畠を走りきり、バックステージのテント群の目の間に辿り付いた。テント群は大中小含めて移動車両の持つバッテリー中心に展開されて、俺達は右端のオレンジのやや小さなテントに向かった。

 内閣調査室は入念にも「nation break-ups.21」と「nation break-ups.22」のオフラインGPSを調査衛星で会場周辺をトレースしていた。調査会議で出た意見が、ずっと固まったままでmithuki hiiragiのアクトで動いた信号があるのは何故かと。一つはライフラインの携帯電話を放ったらかしにしていた。一つはバックヤードのモニタリングルームでシーケンスデータを見届けた。一つは何かしらのトラップ。俺は進言した。今のmithuki hiiragiならば、会場の雰囲気を読んでリリックにする筈だから、シーケンスデータを見届けたに違いないと。この裁定は内閣調査室だけに止まり、今のバディ進行になっている。

 柊充希身上書のフォトファイルのアイドル時代ソロアーティスト時代の健康的な笑顔がただ過ぎったが、一際鮮明なのは仲介人が携帯で撮った長いワンレングスで大ステージで熱唱するディーヴァmithuki hiiragiだ。人柄は歩んだステージで変わって行く。俺はその対面に一抹の不安を覚えながら、大中小のテント群の通路なりに右端のオレンジのやや小さなテントへと向かう。

 この刹那にバックステージの各所で驚愕の声が上がるのは、日本国の直轄管理部隊が早くも展開してる証拠だ。予備演習以上のあまりの優秀ぶりにまずいが過ぎったが、それはそれで止む得ない。


 たどり着いた俺達の前に、グレーのハイフロントのダイバツの軽ワゴン:ムーブスを巻き込んだ、オレンジのやや小さなツールテントに入り口には「public monitor room」の表札。そして「music staff only」の警告看板が掛かる。俺は湊にここだのアイコンタクトを送り、拳銃は無用だ見張りを頼むのサインを送る。

 そしてツールテントの入り口の幕を開けると、気配は二人。半ば呆れ顔で声を張る。

「臨検だ、大人しくしろ」

 棒立ちの男は上半身裸で膝までパンツとデニムを降ろしたまま脊髄反射で背筋が伸びては果てた。屈んでる女は、その用済みの男を邪魔とばかりどんと押すと無様に転がりテント脇の機材ラックに後頭部を激しくぶつけ二度目の昇天に入る。女は立ち上がりながら濁った液体を芝生に唾棄し、はだけたゴールドのファッションキャミソールの両肩紐を上げては、露わになった豊かな乳房を照れもなく隠した。俺が動じるか、ワンレングスの長い髪に越しの見た目吊り上がった瞳で見つめるとはとことん性根が座ってやがる。

 俺は、当たりと分かりつつ、感じた違和感のままに問いかける。

「You are the mithuki hiiragi?」

 女はまだ薄化粧でリップを完全に張ってない唇を手の甲で拭っては。

「Which language is better, Korean, English, Japanese.」

「日本語に決まってるだろ、誰かを聞いてる」

「そう。そのままmithuki hiiragiよ、分かって貰えるでしょう。全くボディガードだって、私にまとわりつくトオルもこんな有様なんて役に立ちもしない。高ぶるからどうにかしてくれって言うからさっさと放出させたのに。まあこんな毎度の世話でも、ステージで興奮するとD-zedanのバンドアクトでベースのシンコペーションを結局振り切ってしまうから、何処かで追放しないと駄目かしらね。ねえ、誰かさん」

 どんな言い草だ。mithuki hiiragi事柊充希は小動物の様なクリッとした瞳で愛くるしさをただ隠しきれない。目の前のmithuki hiiragiを騙る女は、トレードマークの同じ長く豊かな黒のワンレングスヘアーでも、何より顎のラインがシャープで、身上書より5cm高くローファーでも163cmはある。何より何人をも抉るその鋭利な視線は歴戦の義勇兵にそれだ。どうしても若くしてここ迄追い込んでしまったか。俺は質してこうも複雑な事情になったか解きほぐさなければならない。

「俺は本栖だ。それでは聞こうかdiva、ソロシンガー柊充希はどうやって始末した。それは超えては行けない一線だぞ」

「何か、いつもそこはアンニュイにされてしまうけど、いざよね。あの誇り高い柊充希を始末する輩なんてBrown Camel Tourのメンバーに誰一人いないわ。そうあれはね、2032年5月8日の「nation break-ups.07」のインドのチベット高地での出来事よ。柊充希は気性のオーディエンスの煽りも絶好調で、Return to Tibetの歓声が何時迄も鳴り響いたの。そしてカーテンコールに出る寸前で過呼吸に陥り、高地の自然環境とも相まってそのまま心肺停止したわ。勿論従属の若手医師さんはいるけど、柊充希のコンディションを考えたら何れは診断よ。そして柊充希は常に覚悟してたわ。私は両親から実家に帰ってくるなと突き放されてるから、もし死んだ見晴らしの良い場所に埋めてねだったわ。そう今彼女はチベットの高台でこの憂いに満ち溢れた世界を見届けてるの。私達のBrown Camel Tourは革新を矜持にこの世界を少しでも変えゆかなくては行けないのよ。その為にも一音響スタッフだった声質の近い私が、意思を引き継ぎmithuki hiiragiに成り代わって訴え続けないと行けないの。この思い、どうか分かって、」

 確かに何もかも合点が行く。ネットワークのエッジ・ザ・ナイト上のmute tubeの参加者の携帯動画はアップロード判定で悉く弾かれるものの、すり抜け垣間見えた動画はメインステージとの間隔が遠すぎてmithuki hiiragiはやっと女性かの判定だ。これは定着したソーシャルディスタンス故だが、何よりレイヴパーティーともなるとダンスと乱痴気騒動でどうしても爆音に身を委ねるので、ステージの眺望はそれどころでは無いだろう。

 またSNSのグルーピー評では「nation break-ups.07」と「nation break-ups.08」の間を境にトラックに魂が乗り始めたとある。柊充希はどうしてもアイドル上がりのノリノリのオーディエンスの煽りになるが、このdivaにすり替わった時期から詩情豊かなラップのリリックになりオーディエンスの魂も奮起せざる得ないだろうだ。

 本質の全てを受け止めれば、アーティストの思いは次への輝けるアーティストへと確実に引き継がれる。だがこれはナンセンスだ。神の采配なのか、divaの溢れる素質が惹かれるが如くステージに招かれたか、それはnation break-upsで体感せねば分かるまい。ただそれで側頭葉が破壊されるアンブロークン症候群になるのは御免蒙る。

「ふん、リベラル派の拗れたロジックだな。一人一人が世界を変えられるのなら、己を律しろ。この醜態はあるべき自由を逸脱している」

「そうね、営みを見せるのははしたないものよ。でもノックをしないで開けっ放しで入室して来るのはプライバシーの侵害よね。まあ隊員さんはせっかちだから仕方ないわよね」

「diva、俺が怒らないと知ってて挑発しているだろう」

 俺は、振り切ろうの発言を察し警戒しては、周りをツールテント内を見渡した。佇まいは確かにモニタルームで、事前レクチャーを受けた通り何かしらのシーケースソフトウェアが動いている。5台のノートPCから5つの外部モニターにはaudio to bluetooth-midiのカーブがリアルタイムに描いている。

 そして、朗らかにdivaが得意気に語り始める。

「そう、本栖さんもレコーディングに興味ある方なのね。意外とサウンドシステムは質素でしょう。希少な超アナログサウンドをシーケンスするにはこれ位で十分よ。平均的なDAW4.0のライブレコーディンソフトlinkstageと頑強なADコンバーターがあれば、溢れる感情も数値化出来るものなのね。私の中学生のピアノ教室止まりの音楽素養でも皆が熱狂してくれるものよ」

「それだ、レジデントのkaz sacrificeはどうした。仲違いしたのか、暫く現れていないそうだな」

「そうよね、政府意向筋さんもSNSの確認は小まめなのね。先達者kaz sacrifice、kazは2032年8月7日のbreak-ups.12のアフガニスタン郊外の会場で凶弾に倒れたわ。もっとパーティーを続けろのグルーピーの理不尽なテロでね。とても悲しかったわ。私をmithuki hiiragiとして場慣れさせる為にnation break-upsの開催を月二回に変更したてで、まさか観客のボルテージの方がそれを上回っての凶弾になんて。kazは悼まれるべきだったけど、メディアはBrown Camel Tour存在しないものとして扱ってるのが、一抹の寂しさを感じたわ。そして籾井リーダーは、警備は更に重ねるが、今後も憤りに任せた模倣犯が出てはまずいから、ここは伏せて凶弾死は無かった事にしようかですって。そこからは喪に服しながら、これ迄のnation break-upsは勿論Club halfmoon時代も含めて録ったaudio to bluetooth-midiのコントロールを編集しながら、新たなステージに挑んだわ。Kazは今も尚生きてると言えるわね」

「それがnation break-upsの絶好調期のブランク2ヶ月間か。ただこれは聞いておく。柊充希とkaz sacrificeの死亡日を鮮明に覚えてるなんて、言えない事情を抱えてるのだろ」

「そんなのじゃないわよ。Brown Camel Tour皆目的有りきの終わりの無いロングツアーのかけがえのない同輩よ。志半ばで身罷った月命日位は手を合わせるわ。そんな事あるかでしょうけど、ロングツアーは過酷そのものよ。地平線の夕日を超えたと思えばまた新たな地平線、灼熱の太陽光に晒されるし、豪雨で暫く動けず孤独を忍ぶも然り、何より道が道であるなんて涙が出る程よね、ぬかるみにはまって皆総出で車両を押しては3日はパンツの中まで泥まみれなんてざらよ。でも私達は支え合った。その微かな体温の温もり合いで、私も生きてると感じられるのだから、人の体は寂しさを堪える様に出来ているのね」

「不埒な、そんなサバンナの猛禽類みたいな生活を送って、健やかな歩みを送れると思うな。即刻、Brown Camel Tourは解散だ。そのらしくない自らの目を鏡でまじまじで見れるか、今ならきっと帰れる、ステージを降りるんだ」

「いいえ、それは出来ないわ。音楽が私達を待っている。そして行きついたボルテージの先に新世界の秩序のうねりがあるの。音楽も、世界も、そして私達も、もう誰も宥める事は出来ないわ。革命のあるべき過程とはそういう事でしょう」

 そのdivaの視線は揺るぎなかった。その凝り固まった思考は世界革命のうねりを作るかもしれない。

 俺はどう切り出そうかのその時、モニタリングルームのスピーカーから、聞き知ったる銃声が聞こえた。まさかライフルのセミオート音が聞こえるとは。

 三国作戦会議では、タジキスタン騒乱の轍を踏み十分に答えが出た筈だ。

 早期の最高潮の「nation break-ups.10」を基点としたタジキスタン騒乱で、政府鎮圧隊は戦車装甲車を容赦なく投入し蹂躙して踏み潰そうの進軍をするも、真っ向の観客は無類の働きを見せた。拳銃重火器迫撃砲果ては新式のマグネット榴弾も備え、政府鎮圧隊の車両を粉砕し、2時間で撤退させては「nation break-ups.10」を士気が高いまま再開させる働きを見せた。

 これは事前デモが苛烈過ぎた反発だろう、暗躍するロシアがルートを開いた、アフガニスタン戦争の闘士が未だ健在の条件が重なったの穿った見方が中国サイドの和かな仕草だった。

 だが今回のソウルデモはカジュアルで武装した観客になる素養はまるで無いのに、今ここ迄踏み込んでしまうのはどうしてだ。単純明快な政府鎮圧隊で囲む事は既に無毛化しての、今回の考慮の上での奇襲、パラシュート降下部隊での柊充希の確保の一点突破だろ。踏み込みすぎると降下部隊が武装した観客に囲まれたらどうする、そこ迄強硬な厳命が新たに下っているのか。一体中国の後方支援部隊が仕切る後方広場で何が始まってる。いや朝鮮半島統一に何かしらのしこりを入れておきたいのか、この銃声の持続音は。


 このオレンジのツールテント内で互いに深い沈黙を分かち合う。モニルームのスピーカーが、いよいよレジデントのドラムループ音がエンドレスになった。スタンド全域を仕切る韓国の正規鎮圧部隊も中国に感化されて、ステージも尋常ならざるか。これではバックステージを仕切る日本の直轄管理部隊もおもねて対応せざる得ない。このままmithuki hiiragiを名乗るdivaを確保すべきなのだろうが、このdivaの頭脳は明晰だ。このまま日本国に強制送還して外務省が聴取に入っても、名うて国際弁護士が割って入って、釈放時に高らかに勝利宣言する事だろう。それこそ純然たる革命家の最高のアジテーションに入って、世界の秩序が崩れかねない。nation break-upsは永久機関そのものか、その次の一手二手三手とは何だ。聞き出す為の時間を俺にどうか与えてくれ。

 divaがごく自然にテーブルへと手を伸ばし、この状況なら喉が渇いてペットボトルの軟水なら止む得ないの仕草も、俺はただ苛む事になる。

 divaの伸ばした手は、そのペットボトルの軟水のその下の大雑把に開かれたイタリア語版の大判ファッション雑誌VOLUNへだった。ペットボトルが芝生に落ちたと同時に、雑誌で隠すかの様に引かれた右腕から出たのは万能拳銃トカレフTT-33だった。改めてその二の腕逞しさは揺るぎない射的として俺の心臓を捉える。俺も視線そのまま身じろぎもせず、サスペンダーから9mm拳銃 SFP9を取り構える。但し定めた先はdivaの構えた右腕だ。

「俺は名無しの輩を撃つ程非道では無い、構えを解け」

「もう分かってるでしょう、nation break-upsは誰も止められないの。誰とて土足で踏みいれようとしても、mithuki hiiragiが一度ステージに立てば、皆が奮い立つの。もう、こんな縁になったのなら分かって貰えるわよね」

「いや、的はこのままだ。同士討ちなら、俺が呆気なく死ぬ。それを踏み越えて行ける気概があるのか。敢えて聞く」

「何か切ないわ。本栖さんの、もっと優しい視線をくれるかしら、それなら私達深く愛し合えると思うの。体温を優に超えて熱く確かに包み込んで上げるわ」

 divaがトカレフの照準そのままに、左手でゴールドのファッションキャミソールの左肩紐をパサと落とすと、確かにアジアのツアー先で購入したであろうかの純度の高い乳液の香り立った。

 頭では分かっているが、男としての体が動きを躊躇した。その性の0.1秒は瞬く間に駆け巡って行く。


 明確な拳銃発射音と後方からのなだらかな弾道。divaのしなやかな右手が砕け、宙に舞ったトカレフから薬莢舞い、オレンジのツールテントを貫く重い音が聞こえた。

 2発目、divaが堪らず目を瞑って前掛かりになった時、銃弾は確かに宙を進んでいた。そして眉間に着弾、柔く砕ける頭蓋骨の音が迸るとややで、後方モニターに飛び散った鮮血が静かに散る。

 3発目、もう止めろの内なる悲痛も、divaが射抜かれた反動で仰け反ろうかの躯のゴールドのファッションキャミソール越しの心臓部を確かに居抜いては、貫通した穴が開き、胸骨が砕ける音が聞こえた。もう既に即死の筈だが、その躯は確かに女であったかを証明するが如くしなだれては穏やかに散った。


 俺は膝が自然と折れ堪らず小さな嗚咽が漏れた。この華麗な三点着弾で稀代のdivaが即死した。どうしようもない切なさがただ胸を締め付ける。

 そして、ゆっくり発砲音の聞こえた後方のツールテント入口に振り向いた。そこにいたのは戦闘服の長い黒髪の女にしがみ付いて、泣きじゃくる腕章A31の湊康真海上自衛隊海曹長だった。女は言わずもがな腕章A02実園亜生厚生省渉外課主任で未だ拳銃を両手で構えている。一体何がなんだ。

「実園さん、何故、こうも撃った、右手を砕くだけで良かっただろう」

「その女は、歴戦の戦士そのものよ。右手が吹き飛んでも、左手でテーブル下に貼り付けてるであろうの拳銃をぶっ放しては、その時は私達全員が死んでるわ」

 芝生に跪いた視線から、テーブル下のガムテープで二点止めされた拳銃が確かに見えた、しかし。

「だからと言って、既成事実をだけを並べて、divaを殺して良いのか。俺達はその所以を全て辿り、今迄のnation break-upsを詳細に聞き出し、大いに改めるべきだろう」

「それもどうかしらね。私達日本の直轄管理部隊が、Brown Camel Tour全員大人しく拿捕しても、あの国連が引き渡しを要求し、各国の思惑のままに聴取を上書きされて、日本国に当てつけされては困ると思わないかしら」

「ふざけるな。澤村杜治厚生大臣の真の思惑は、莫大な成果有りきに優勢に進めては、日本の若者は元気過ぎるの事なかれで喧伝するつもりなのか、おい」

 実園、溜め息混じりに湊を宥めながら引き剥がし毅然と。

「ですから、そんな難しいお話では無いでしょう。私は途中から合流して入り口先で伺ってましたけど、このノリだったらほだされて互いに愛しあった事でしょう。あの彼女の懇願の仕草で、男が出るのも無理がない事と思います。Divaの直感分かります。本栖さんのその銀のロケットがなければ私もつい艷が出てしまうと思いますから」

「おい、人一人撃ち殺して戯れるな」

「それなら、本隊のヒエラルキーの訓令は守って貰えるかしら。連絡網が途絶えたら、何故各所で発砲に至ったか分からないままでしょう。全く本栖さんも和久井さんの少数精鋭も困ったものですよ。せめて連絡係をは、もう良いです。上がった発砲音ですが、韓国の衛兵が走りまくりって、この板門店全域で酷い騒動に展開しています。イムジンガンから、強硬にも北朝鮮の脱北者が大量に今も雪崩れ込んできては歯止めが利きません。北朝鮮と韓国の河川掃海艇が今も牽制し合ってますけど、いつ見せしめで機関砲掃討するか予断を許しません」

「まさか、この音量で河川超えて聞こえるものなのかよ」

「聞こえますよ。今回のnation break-upsはお手製の指向性スピーカー用意してて、そこそこの低音でも熱狂し、越境周辺流域にはどうしても軽く5万人が密集しています。これは音楽って素晴らしいものですで片付けられません。威嚇射撃でnation break-ups中止を勧告する、中国の後方支援部隊から始まり、韓国の正規鎮圧部隊の行動は正当化止む無しと言えます。まあと、止む得ないですよね」

「その間は何だ」

「このイムジンガン渡川はベルリンの壁崩壊における事実上の旅行自由化から始まる流れのそれかです。この現象は、脱北者の受入か送還かで、東アジアを超えて大きく揺さぶる事でしょう」

「そこ迄考慮しての、divaの射殺か。アイコンを失ったら士気が乱れるぞ」

「そこは成り行きです。私は本栖さんを本気で助けたかった。純粋な乙女の気持ちに他なりません。そうですね、ついでの処理しますので、皆さんどうか動かないで下さい」

 実園が左から舐める様に、9mm拳銃 SFP9でモニタリングルームの要所機材を丹念に撃ち抜き忽ち火花が散る。マガジンを適切に交換しては尚も撃ち抜く。そして例のトオルというバンドマンに銃口を向けては、鮮やかに外側を連射。飛び上がったトオルは、膝迄降りたパンツのままで無様に叫声を上げて跳ね回るが、やはり無様に前のめりに倒れ打ち所悪く再度気を失った。

「おい、気を失いぱなしじゃないのかよ」

「ええ、そうですよ。別に漏れて良いお話はしていませんので、このまま外務省本庁に送致します。何より晒した逸物と袋が縮み上がったままでは三下そのままですから、延々見たくもないですからね」

「潔癖なんだな」

「その流れで振られると、お話が下品に終わりますよ。お二方の命がけのロマンスにそぐわないと思います」


 オレンジのツールテント内は寛容な雰囲気に包まれる。しなだれ穏やかに眠るかの死を迎えたdivaは名前さえ知らないが、俺は確かに揺さぶられた。自由過ぎる恋愛の中で生き抜いてきたdivaが何処迄本気か分からない。それでも実園は俺に諭した。この堅苦しいがふわりと矛盾した俺の何処が良いのか。それは銀のロケットの中の彼女に会って、いつか聞く機会があればになるか。

 スタンドいや後方も、いつの間にか発砲音が止み、何故か歓声が溢れる。ステージからのドラムループ音もいつ間にか止んでる。何が起こってる。


 そして、nation break-upsのオーガナイザー事Brown Camel Tourのリーダー籾井白石の英語のマイクメッセージが切実に伝わって来る。公演はイムジンガンのかかる事情でここ迄だが言わせてくれと。

「親愛なる友、そして皆よ。未来の一番良い事は、一度に一日しかやってこないんだ。それが今日だ。大いに隣人と分かち愛し合おう」

 エイブラハム・リンカーンの名言を織り交ぜてに賛辞なるが、確かに今日ここでしか使えない言葉であろう。ボルテージは更に上がり、それは涙声も混じる。俺達全員は確かに導かれ集った。ただdivaを含めて犠牲者が出てしまうのは、多くの人が集ってしまうと止む得ない事なのだろうか。そんな世の中でも希望を見出すべく、俺は十字を切り主の言葉を待つ。目を瞑る前に湊も実園も敬虔に十字を切って続いてくれた。

 主よ、どうか私達に導きのお言葉を与えて下さい。もっと深く分かり合いますので、どうかこの切なる願いが届きます様に。


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