Dear K -kaz sacrifice remix-
判家悠久
Episode 1. ranger
建前上、台風12号上陸に伴うレシーバーのフルメンテナンスに付き韓国本土へと避難させられた済州島島民達を尻目に、喧騒はどうしても発着所に指定された済州国際空港になる。密命を帯びたロザリオ作戦はプラン通りに進み、韓国の鎮圧機C-130NK・中国の銃座付属機Y-9C3・日本の電子戦機C-130GRLは総計232名の降下隊員を乗せて無事飛び立った。
作戦地に向かう降下輸送機C-130GRLの中は至って物静かだ。それは作戦用のノイズキャンセルヘッドフォンのせいでもあるが、数々のいわく付き事変に如何に対応すべきかが、各々が最後の咀嚼に入っている。
俺も座席背後のタブレットを拾い上げ、ネットワーク上のエッジ・ザ・ナイトの膨大な書類に溜め息混じりに目を通す。
#指示書
本栖秀知内閣調査室主査は、2033年8月6日に三国共同のロザリオ作戦に参加し、邦人柊充希を、生死を問わず確保する事。それに当たり戊種権限を付与し臨機応変に対応すべし。
この指示書は他でもない総理大臣官邸の総理応接室で、俺を含む4人に手渡された。ツーカーの和久井唯喜警視庁外事五課係長、合同訓練で馴染みの辻本慶一陸上自衛隊房総空挺部隊三佐、そしていわくありの初顔だが女子オブザーバーの実園亜生厚生省渉外課主任で和気藹々と遂行してくれと、内閣支持率の衰えを一切知らぬ壮年の加賀美龍雄内閣総理大臣に朗らかに檄を飛ばされた。
日本は相変わらず保守大国で、近年で漸くPKOの国際貢献止む無し論調になったと言うのに、ここで密命が暴かれたら加賀美政権は危うい筈なのだが、ここは大きな懸念が有り、国際クローズドオンライン会談で決議されてのこのロザリオ作戦に至る。
#柊充希身上書
柊充希(女性)。2008年1月3日生まれ、現在25才。学歴は長野県長野市の私立一貫校長野パレス記念学園高等部が最終学歴。卒業後は兼ねてより都市圏で活動していたアイドルグループ:ストームラインに身を入れる。ただそれも上京組にありがちな異性交遊の活発さで、2028年に強制脱退させられる。その後は配信を主にする音楽事務所トータルバランスに身を置き、ソロシンガーでの芸能活動に入る。CD発売は無く、EP「primitive song」「anything dance」「Dear K」の3枚をサブスクリプションにて配信。そして忽然と消息不明。またSNSの全アカウントは2029年1月3日の自らの誕生日を素っ気なく祝うコメントで更新が途絶え、公式記録の柊充希はここ迄になる
何故元アイドルから転身した癖の強いソロシンガー柊充希を、世界中が血眼になって追うかは推定的な理由がある。
各国の諜報機関は地球上に隈なく配置されている訳でもなく、エンターテイメントにも登場する諜報機関であっても、結局は情報交換の多さが勝負になる。あのCIAでも、俺に何か情報は無いのかと聞いてくるのが、事態は常に急を要しているという事になる。
#「Dear K -kaz sacrifice remix-」詳細分析
「Dear K」はソロシンガー柊充希のEP3枚目の表題作。歌詞は野外フェスであった素敵なKと、また出会えて嬉しい賛歌。全般的に柊充希は拍子の裏に重きを置くことから癖が多く、それはサブスクリプション配信で細かなレコーディングエディットが減った事からより鮮明になる。
そして柊充希音沙汰無しからの2030年7月23日に契機が訪れる。麻布のClub halfmoonでオーガナイザーを務めるミュージシャンの日本人kaz sacrificeの手によって「Dear K -kaz sacrifice remix-」がストリーミングサイト:badcampで配信される。これはClub halfmoonのマンスリーナイトでのリミックスが好評を得ての発表に至る。
「Dear K -kaz sacrifice remix-」の構成は、音楽ソフトAssort-Toolsの機能で柊充希ボーカルのみをを抜き出し、あとはネイキッドにリズムマシーンとシンセウエーブのみの、アシッドテクノの上がった曲調に変容しており、クラブで盛り上がったのも許容出来る。
しかし、シンプルなリミックスな割にはbadcampでのレコメンドがあっという間に2000に達したのが早くから疑問になっていた。「Dear K -kaz sacrifice remix-」の真髄はClub halfmoonでのアナログなPAサウンドで掛かる事にある。
kaz sacrifice remixの使用機材は厳選されたアナログマシーン。その中核を占めるはMozzLandの音楽デバイスを改造したドラムマシーンRE:TZR90009とシンセウェーバーRE:TZR30003によるサウンドメイクである。その改造は、人間の可聴範囲である20Hzから20,000Hz超え、1Hzから60,000Hzの人間の脳に損傷を与えるフルレンジに存分に駆使された攻撃的倍音に仕様改造されている。普通のミュージシャンであれば、ただ小うるさいだけのサウンドメイクになるが、kaz sacrificeが一流たるところは、改造後追加されたモーフィングウェーブのノブを巧みに操作し増幅した倍音に快楽的な音程を付けるところにある。
尚ストリーミングの音声は辛うじて20Hzから20,000Hzであり。何故ここ迄賞賛コメントが多いかは、言葉少なげにClub halfmoonで体感しないと分からないとのSNSのやりとりから窺い知れる。そしてClub halfmoon でkaz sacrifice のプレイを原音で聴きたい一般聴衆が麻布界隈に集結しては小競り合いが広く続き、Club halfmoonは2031年3月29日に自粛閉店を余儀なくされる。
そしてClub halfmoon閉店間も無くから、「Dear K -kaz sacrifice remix-」愛惜しむ声が尽きず、派生としての「Dear K」のリミックス200曲コンポーズが、ストリーミングサイト:badcamp, sound around,mute tubeに展開され世界が確かに動き始める。ただ現時点ではタイトル及びファイル査読で「Dear K」オールは徹底的に排除されており、世界共通のストーリミング法の刑事罰が厳罰に適用される為ネットワーク上は沈静化の様子である。
この報告もどうなのかになる。足で稼がない情報は、どうしても非合法化したシンジケートの動きを損ねる。それも今更か。
そして何よりは、そのClub halfmoonで柊充希を頻繁に見かけた報告がある事から、どうにか別件でしょっ引くべきだった。この発露した何れの要素を見逃したのは大きすぎる。
だが和久井曰く、担当地域の所轄六本木第一分署の主力は組織対策課で地域対策に主力は避けないと。何よりアフターコロセアム感染症でも生き延びているアーティスト御用達の飲食店を総点検したら、営業時間のお目溢しが発露して軒並み閉店、再起に集い集いまくるエンターテイメント界も沈むぞなんて、警視庁外事五課にも忖度あるのかと、ただ向こう隣に一瞥を送ってみる。と、微笑むなよ。
#アフターコロセアム感染症推移
コロセアム感染症は、2019年旧正月にアジア地域で多発的に発症し、重度のインフルエンザ感染症の症状で熱病死に至った。感染力は尋常ならず3.2倍の強靭さで世界を瞬く間に席巻し、為す術もなくコロセアム感染症によって世界は途絶せざる得なくなった。ワクチンと治療薬も猛烈なスピードで治験に入ったが、コロセアム感染症はまるで意志ある如く、それに容易く乗り越え強靭なウイルスに目くるめく変容してゆく。病理学で対応すればする程、コロセアム感染症は手に負えないものになり、2021年夏にWHOは涙ながらに敗北宣言を出した、全ては神に委ねるしかないと。
そして信託は下った。2021年冬、コロセアム感染症は世界の人口の3/4の55億人を感染した時点で、雲散霧消するが如く消失した。死者3億5000万人は尊すぎる犠牲だった。
コロセアム感染症の不安は一切消えたが、アフターコロセアム感染症対策として世界がやっと一緒に手を組み、練りに練った新秩序の世界に進む。
その過程でどうしても生まれるのが派閥で教義派と数理派が激論を今も飛ばしあう。
教義派は語る。全ては神仏の計らいであり、改めて感染予防の厳重徹底政策を打ち出し応えようと。何処まで効果があるか分からずだが、1年に1回の全世界でワクチン摂取を行うこと。そして会合集結一切禁止、外出時間の徹底厳守。経済より生命を尊ぶが全容である。
数理派は語る。コロセアム感染症消失で完全免疫は出来上がった。またウイルス同士が共食いに転じ消滅したと。これは経路である空気感染と水質感染の生活様式は変貌していないのが根拠になる。
両派の趨勢としては、教義派が決議で根回し通過する事で厳粛な世界を邁進しているのが現状である。これに数理派が自由主義経済がどうしても破綻していると食い下がり、新たなテクノロジーの創出を妨げているとの攻防戦が今も続く。
教義派も数理派も互いの言い分はわかっている。そして合議した意見も頷ける。もう過去の世界様式には二度と帰れないと。世界の進むべき過程は敬虔社会か新技術社会かになるが、ロジスティックを駆使したリスクの大きい新技術社会にはどうにも二の足が踏むのが今もである。
ただ俺は思う、主は新たな試練を与えるべくこの休息時間を与えたと。俺達がこのコロセアム感染症で得た教訓とは誰も諭してくれないが、つい出てしまう言葉は人類は勝利しただ。過去何にでも勝利してしまう人類とは何だ、それは奢りしかないだろう。ここは親睦会で語り合った、人懐っこい顔の辻本も慎む深く頷く。先々も一人一人が丁寧に手を差し出せば世界はより確かに繋がって行くと、是非そうすべきですよと。俺は思い出しては微笑む、悪人が悔い改めるのも合わせてだと。ここで機微に察した左隣の辻本がダブルサムズアップを差し出す。それはヤングヒッピーのご機嫌のサインと知って差し出すのがお茶目なところだ。
#Brown Camel Tourの足跡
Brown Camel Tourは世界有数のレイヴパーティーのレジデント集団である。アフターコロセアム感染症で世界は更に閉塞し、若者は完全免疫が出来たのに何故と散発的にデモを繰り返し、その最後は決まってレイヴパーティーをとなる為、そのデモクラシーは日増しに集客力を持って行く。
何故Brown Camel Tourを注視するかは、メンバーがほぼ邦人である。中核メンバーは自粛閉店したClub halfmoon関係者であり、その姿はフォトアルバムSNS:Studiegramのタイムラインから読み取れる。その写真の大らかさと言ったら、世界中の若者の指標となり、ファッション及びジェネレーションとして、総じてヤングヒッピーと呼称される様になる。
重要人物評として、オーガナイザーはClub halfmoonの元店長籾井白石で莫大な収益を維持。チーフレジデントはkaz sacrificeでその音響システムの信頼は分厚い。何よりのディーヴァは推測柊充希であろうかのmithuki hiiragiで有り、国境を大いに跨ぎに抜群のステージを見せる。
またBrown Camel Tourの誇る音響システムは至ってアナログ志向で、アナログPA卓にアナログアンプスピーカーと、ハードなツアーであってもダイオードの部品調達と小まめなメンテナンスで、レイヴパーティーが事前に中止になった事は無いのは驚愕すべきであろう。
Brown Camel Tourのツアーに当たっての車両群は28台の敢えてのガソリン車で、車両は大きくても雨風を凌ぐのバンが精々である。これは何度も迂回しては道路整備されていない国境も往来するので良識的な判断とも言える。
Brown Camel Tourを何故拿捕出来ないかは、トレードマークである太陽下をひた歩くブラウンのラクダ5匹のペイントの描かれた車両と見るや、土地土地で直向きな歓迎を受けるからである。住民感情を大きく刺激したくない警備隊の冷静な判断もあるが、数理派がそこはかとなく暗躍しては目溢しをしてる気配もあるので、決して大事に至ってはならない。
結局は、教義派と数理派を真っ向から対峙させてはいけないで、何処の機関も慎重になる。しかしヤングヒッピーが度々引き起こすデモは投擲多数の有り触れた事案でどの報告書も一様だ。俺は知っている、真実は往々にして隠蔽される。最近のデモでは銃弾が確かに飛びあい、負傷者は警備側の同士討ちに報告書上集約されている。
熱狂的なデモの成果として、流れ着くのが過去の野外フェスを大きく逸脱したレイヴパーティーだ。教義派の理性的な摂理が何時迄も通用するものではあるまい。それを端的に摘もうとするのが、今回の邦人柊充希を生死を問わず確保する事になる。アイコンを失えば波が穏やかになるは、教義派重鎮の思惑は伸るか反るかであるが、俺の直感としては何も変わらないだ。
#「nation break-ups」概要
Brown Camel Tourのレイヴパーティー「nation break-ups」が名付けられたのは都合5回目からで、リストには遡って2031年7月5日の1回目から最近の22回目迄「nation break-ups」として表記される。
「nation break-ups」の名付け親は、飛び地興行のスロベニアで開催された「nation break-ups.05」の地元の宣言者であるリベラル派閥を束ねるトップ倫理学者レイ・アレクサンダーである。「こんな世界でも、繋がりを捨てては行けない」のダブルサムズアップが事あるごとに写真で重用され、ヤングヒッピーの挨拶として定着する。
あのレイ・アレクサンダーが加担したとも有り、非公式のレイヴパーティーは一気に増えた。たった一つの妥結点は日が沈む前に解散とだけで、片目を瞑れば時の政府のやむ得ないガス抜き素材として捉える。
ただ懸念はある。「nation break-ups」絡みで、アジア地域で三度も革命が勃発した。インドネシアは人心の良識が未だ混乱の渦中。スリランカは軍事政権により数理派に傾倒。アフガニスタンは世界中のリベラル派閥が集結し新政府の準備に余念がない。各国の対応としては、それは普段から揺らいでいるであろうの一言で終えるが、これはどうしても流されては行けない憂慮であろう。
ヨーロッパ諸国が何故安心安全なのかは未だ議論が続くが、それはBrown Camel Tourの存在そのものではないかになる。Brown Camel Tourの遠征は意外だが、例外は二つあるもののトルコ止まりでその先から侵食する事は無い。これは察するにオーガナイザー同士の所場代がもつれない様にの判断に至る。レイヴパーティーは多ければ10万人が集い、落とされる金銭も半端では無い。不毛な争いを避けて如何にレイヴパーティーを継続させるかが当然の帰結であろう。
ここからは「nation break-ups」が如何に危険であるかを述べる。タイムテーブルはレイヴパーティー横並びの日の出から日の入りで、音楽ジャンルはシーケンス機材を多様するミクスチャーの傾向、レジデントはアクトとDJとで程よいバランスで大いに盛り上げる。音質は不可超音域を大いに支えるPA機材でどうしても体が動かざるを得ない。その最高潮は後半の畳み掛けるシーケンスワークのレジデントが巧みに繋ぎ、大トリはmithuki hiiragiで圧倒になる。mithuki hiiragiの熱狂ステージは、サイドチェインでトリートメントされたトラックに、裏打ちの強いボーカルが大きなウネリを齎し、経文の様なラップも繰り出してはただ礼讃の対象となる。これは過去流通していた類似であろうかの柊充希とは全く別人であり、どんな名プロデューサーと共同作業してもここまで跳躍は無いと言える。過酷なツアーはアーティストをビッグモンスターに変える。この先もエンターテイメントが収縮して行くならば、mithuki hiiragi或いはどうしてもの柊充希かの一例は閉塞社会に大きな影響を与える危険な存在としてカウントしては行けない。
また病理的にも重要な事を述べなくては行けない。「nation break-ups」が一日中不可超音域掻き鳴らす事で。ほぼの治験者に聴覚から伸びる側頭葉損壊の傾向が色濃く見られる。それは通称アンブロークン症候群と呼ばれる。治験者の行動原理は側頭葉損壊で認知機能の低下が進み苛立っては攻撃的な姿勢を示す。ただそれでは日常生活は送れないだろうも、不可超音域の認知出来ない刺激でニューロンが増加し、辛うじて視床下部を下支えしは日常生活を無事営んでいる。経年と共に脳がどう衰退して行くか随時報告書に実用例を上げて行く予定である。
人はいずれ死ぬ。それは人類破滅のカウントダウン迄追い詰めたコロセアム感染症の新種かもしれない、不慮の事故かもしれない、患った三大疾病かもしれない。だが側頭葉損壊するアンブロークン症候群で衰弱死していいものかは疑問が残る。一時にレイヴパーティーに身を任せて命を削るなんて噴飯しかない。
しかし、このアフターコロセアム感染症下では出会いの場は全て失った。学校も職場も全てオンライン化し、人の繋がりが急激に途絶えた。俺達は主に試されるかもしれない、それでも愛を見つけられるかと。
でもレイヴパーティーに足繁く通う連中にとっては、そんな事知った事でもないだろう。日の出から日の入り迄、テントか深い茂みで深い営みを延々続けるのだから、凡庸な愛は高価な入場券一枚でとはかと甚だ呆れるしかない。
#千駄ヶ谷沿線大火仔細
2032年2月9日午後に千駄ヶ谷沿線大火が発生し、当日の春一番と共に254棟が焼損し、死者13名負傷者566名が巻き込まれる。
これは退避勧告が隈なくアナウンスされるも、スクープ映像の謝礼欲しさに野次馬の群れが引かず渋滞を巻き起こし、大火に図らずも巻き込まれた最悪の都市型厄災である。渋谷区を超えての各区の消防隊が動員されるも状況は逼迫、災害派遣で陸上自衛隊練馬駐屯地も動員されるも鎮火したのは翌日の午前8時31分になる。以降2週間は渋谷区の交通手段は隔絶され火災の後処理に尽力した。
失火原因としては、五大携帯電話会社が共同管理するワイヤレス充電塔からのワイヤレス漏電で、3日前より報告以外を含めた40台以上での端末が発火しては原因究明に当たっていた。その矢先に千駄ヶ谷沿線大火の大元として火災が発生した。これは共同メンテナンスの現場マニュアルがデバイスメーカーによって曖昧であったことから手遅れとなり、総務省の厳重業務改善命令を関係各社に発行する事になる。
ただ付記すべきは、千駄ヶ谷の改造楽器店add-on factoryも全焼となり、全てが燃え尽くした。
add-on factoryは人体に損傷を与える危険極まりない改造ブームマシーンを一手に担う個人ファクトリーである。その改造のほぼは1Hzから60,000Hzを発信する音楽機材、5種類の108台受け渡し以外に、店頭及び店内在庫として212台全てが燃え尽くし、改造ダイオードも設計図も消失したのはただ因果と言わざるを得ない。
果たしてそうであろうか。レイヴパーティーが右肩上がりになる過程での、その一翼を担う改造ブームマシーンがこうも綺麗に処置されるとは合点が行かない。
そこは西園寺照人内閣調査室室長も同意見で、俺は内閣府の急務タスクとして、総務省の総合メディア課のアーカイブ室の個室を貸し切り詰めては、持参したタブレットに繋いで総理官邸の学習AIに三日三晩ディープラーニングさせた。答えは自ずと出た。千駄ヶ谷沿線大火の全てメディアの映像に映り込んで、明らかに出自が場違いなのは厚生省の職員七人。その一人が俺の目の前にいる、実園亜生厚生省渉外課主任だ。視線はどうしても凝り固まる。
「私の表情そんなに固いですか、ロザリオ作戦に望んではご心配入りませんよ」
「いや、実園さんは美人過ぎて、目だし装備でも、はっとしてしてしまいますよ。偏向グラス装着しませんか」
「それは、お断りします。対象を見逃しては職務を果たせません」
「会食でも一環としてそれなんて、本当真面目なんですね」
厚生省はほぼ教義派が占める。コロセアム感染症蔓延の非常事態宣言遂行時の総理は澤村杜治であり、破綻寸前の省庁のタスクを分散させては、官僚の信頼が厚い。取り分け厚労省を厚生省と労働省に再分割させた功績は、日本国をアフターコロセアム感染症で発展途上国格に陥れなかったと政界財界学会から賞賛を受けている。その澤村杜治は半ば栄誉職として、GDP世界8位を挽回すべくの若手数理派が多く占める加賀美龍雄内閣でも、教義派厚生大臣として重きを置かれている。大人の微笑が絶えない澤村杜治厚生大臣の表裏の躍動は大きな声では語れないがそんなものだ。
目の前の席の実園亜生は厚生省渉外課で、実質アフターコロセアム感染症下での逸脱行為の取り締まりを横断している厳格な組織だ。
それも度を過ぎたら、千駄ヶ谷沿線大火に着手し、レイヴパーティーの厳選たる改造楽器店add-on factoryの隠滅を図るなんて、口さがにも出来ない。
そう、7つの遠距離解析映像ではウィッグでボブスタイルに短く変装しても、その不遜な横顔は学習AIでなくても、俺も気になったものだ。実園亜生は今回も何かしでかす。教義派の断行の数々は既に周知に事実だ。
ロザリオ作戦展開11時01分。C-130GRL機内の蛍光ランプが青く光出し軽快な到着音が流れる。目標の板門店郊外で敢行されているあの「nation break-ups.23」の上空に到着した。
辻本慶一陸上自衛隊房総空挺部隊三佐が手短かに最終アナウンスに入る。
「注視、今回のロザリオ作戦は最終ブリーフィング通り。日中韓の合同作戦は被らない様にテリトリー分けしている。くれぐれもいざこざを起こさない事。何よりも目標は柊充希の確保のみ。それに至る過程で威嚇はやむ得ないも拳銃射撃は一切禁ずる。尚着底後の行動は身近の戊種権限の分隊長身分四人に臨機応変に従い素早く展開すべし。今作戦を全力で駆け抜け、未来は幾重にも術があると知らしめるべし。以上装備確認後、装着に入れ」
俺を始め日本国の降下隊員56名は、ジャンプブーツの紐を締め直し、ミュゼットバックの中身を確認しロックし、サスペンダーの9mm拳銃 SFP9とカートリッジ5個の固定を再固定させ、ヘルメット・ニュー防塵マスク・クリアゴーグル・乗馬グローブを装着、ノイズキャンセルヘッドフォンも再装着、そしてパラシュートユニットを背負う。最終確認は左右の腕章のAのシリアルから始まるナンバーを隣同士で呼び合い、装備良しで健闘を込める。
そして開かれた風の吹きこむ後部扉から、垣間見えるその晴天の空に思いを馳せる。
不意に、西園寺照人内閣調査室室長の厳格な叱咤が蘇る。
「本栖に足りないのは戦場経験だ。せいぜい磨いて来い」
はいで終えたが、これだけ勇猛な輩が揃うと、日々の雑務の方より200倍ましだと今ここで溢したい程だ。それが油断と言うやつか。心しておくさ。
降下準備は順調に進み、俺に順番が回ってきた。不意に俺は思い出し胸の銀のロケットを拾い上げた。
「すまん、いつもの儀式だ、待ってくれ」
信号整備係が察して微笑む
「はい、」
俺は衒いもなく銀のロケットにキスをして、再び胸に銀のロケットを押し込む。
「皆無事に連れ帰る、レンジャー、」
後部扉を進み勢いよく宙に舞う。真夏の日差しはこれからだが、ジリとする太陽光がやけに沁みる。戦場とはこれさえも麻痺するのであろうから、刻み付けておく。
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