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○雲の上
薄明るいもやもやとした雲が漂う。
そのもやが次第に薄くなり、隙間から地上──町並みが真下に見える。
風景が動き、坂道を傘をさして歩く女性が見える。
○坂道(昼)
ケアセンターへいく坂道を早瀬綾香が歩いている。
舗道側に紫陽花の植込み。
傘の下で顔をあげる早瀬綾香。視線の先に白い建物。
200メートル程先。建物の入口には“高砂老人ケアセンター”と書かれている。
綾香、立ち止まってはあっとため息。
暫く睨みつけるようにセンターを見ていたが再び歩きだす。足どりは重い。
後ろから近づいてくる車。
車が綾香の横を通り過ぎるとき、タイヤが水たまりをはねる。
ばしゃりと水をかけられる綾香。
綾香「(よけた拍子に足が滑る)きゃあっ」
綾香の体が後ろ向きに倒れていく。
空に飛んでゆく傘。
頭がコンクリにぶつかりそうになって止まる。
仰向けのその姿がみるみる小さくなり、視点は雲の中に。
○雲の中
薄明るいもやの中で倒れている綾香。
やがてのろのろと起き上がる。
綾香「どこ、ここ」
綾香、起きあがって雲の中を頼りなげに歩き始める。
綾香「どこ、……ここ……」
果てのない空間を歩く綾香。上から。
綾香「(小声で)だれか……(大声で)だれかいませんか!」
綾香「だれか……っ」
綾香の目が見開く。
○雲の中の天国の門
視線の先にティッシュの花で飾られたアーチ型の門がある。綾香近づく。
綾香「(あきれた感じで)なに、これ………」
三六番「(背後から声)早瀬綾香さんですね」
綾香、驚いて振り返る。背後に二人の人間が立っている。顔はもやに隠れて見えないが、スーツ姿の男性。
綾香「(ほっとして)あ、あの、」
もやが晴れ、二人の顔が見える。中年の男・二六番と若い男・二四番だ。
三六番「こんにちは。私たちは天国の門のものです。私は三六番です」
二四番「(明るく)二四番ですっ、よろしく」
綾香「て、てんごく………?」
息を飲む綾香。
綾香「うそっ! あたし、死んだの?」
二四番「安心して下さい。まだあの世ではありません。ここは生と死の狭間。あなたは車のはねた水飛沫をさけるため、転びそうになっているんです。ご覧下さい」
二四番が何もない空間を指し示すと、そこにスクリーン上映のように映像が──コンクリに頭を打ちつけようとしている綾香の画像──が映る。
三六番「残念ですが、このまま転べば打ち所が悪く、あなたは──死にます」
綾香「な、」
綾香、口をぱくぱくさせる。
二四番「こんなことになったのもですねえ、綾香さん。最近あなたが生きることに対してなげやりになってたからですよ」
綾香「えっ」
二四番「まあ確かにつらい職場ではあるでしょうけど、仕事というのは多かれ少なかれつらいものなんですよ。人生いやになっているのはあなただけではない」
綾香「な、なんなの、あんた! えらそうに! あ、あんたになにがわかんのよ!」
二四番「わかりますよ、私たちはこれであなたを見ていましたから」
二四番が手を振ると空間に映像が映る。
○映像 ケアセンター・廊下(夜)
廊下をパタパタと走る白いスニーカー。
走っているのは綾香。ケアセンタのユニフォームを着ている。走っていく突き当たりの扉に老婆がとりついている。
老婆・河田はしゃにむにドアをあけようとしている。綾香はその河田の背中に抱きつくようにして止める。
綾香「河田さん、どこへいくんですか。もう夜中ですよ」
河田「うちへ帰るんじゃあっ」
綾香「河田さんのおうちはここですよ」
河田「ちがううっ、ここは牢屋じゃあ、うちに帰るうう」
綾香「河田さん、落ち着いて! ね、今は夜だから、明日になったらおうちに連れていってあげるから」
河田「いやじゃあっ、だれ、だれかっ、たすけてえっ、ころされるううっ」
○雲の中の天国の門
綾香、二四番にくってかかる。
綾香「なによこれ! 盗撮? いつのまにこんなもの撮ったの!」
二四番「盗撮じゃありませんよ、記録です」
綾香「どこが違うのよ!」
三六番「ああ、これ」
綾香、その声につられて映像に目をむける。三六番の声が映像にかぶさる。
三六番の声「これで綾香さんはやるせなくなってしまったんですよね」
○映像 同ケアセンター・四人部屋病室(夜)
ざーっと降る雨が窓を叩く。
その音に混じって老女のすすり泣く声。
カーテンでくぎられている中、老婆・桃井がベッドの上で泣いている。
彼女の背を撫でて慰めている綾香。
桃井「うう、うええっ、えっ、えっ……」
桃井の泣き方は子供が泣くようだ。
綾香「桃井さん、どうしたの? 泣かないで」
桃井「ええ……ん、えっ、えっ、お、おかあちゃ……おかあちゃーん……」
綾香「桃井さん、皆寝てるでしょ、静かにね」
桃井「うえーんっ、えーん、えーん……」
泣き続ける桃井。途方に暮れる綾香。
その二人の姿を雨の窓越しにとらえるカメラ。雨が窓のそばの木の葉を叩く。
○雲の中の天国の門
映像を見上げる形の三人。
綾香「……」
二四番「あの人雨の日いつも泣くんですよね」
綾香「そんなことまで知ってるの」
三六番「私たちは人の一生を管理する仕事なんです。綾香さんが関わった人のこともよく知ってます」
綾香、一歩さがる。
綾香「あ、あんたたちなんなの? もしかして……神様なの?」
三六番「そんな大層なものではありません。私たちも元は人間です。死後ここに再就職しました。下界から来た人を通すか通さないか、それを見極めるのが仕事です」
二四番「まあ、要は下っぱですよ」
二四番がおちゃらけたふうに言う。
三六番「あなた、手に絆創膏貼ってますよね」
綾香、はっと手を隠す。
三六番「その傷ができたときのことも……」
○映像 同ケアセンター・食堂(夜)
ケアセンターの食堂。床に食器が転がり金属の甲高い音。
老人と老婆がとっくみあっている。
老人・秋山「どろぼうっ! どろぼうっ!」
老婆・三島「たすけてえっ、ひ、人殺しいっ」
綾香と同僚の山縣祐介が二人をひきはがそうとしている。
祐介「秋山さん、落ち着いて! 三島さんを離して」
秋山「どろぼうっ、こいつどろぼうじゃ!」
三島「たすけてえ、たすけてえっ!」
三島は秋山の顔や肩を叩いている。
綾香「三島さん、やめて、やめてください」
秋山「わしのめしをとりおったんじゃ!」
三島「そんなのしらんわ、このぼけじじいっ!」
秋山「なんじゃとぉ!」
綾香「三島さん、秋山さんを刺激しないで」
三島「おまえもばかじゃあっ!」
三島、綾香の顔をひっぱたく。
綾香「きゃあっ」
三島「ばーかばーか」
綾香「こ、の……っ」
祐介「おい、早瀬!」
綾香「このくそばばあっ」
手を振りあげる綾香。その映像に綾香の声がかぶさる。
綾香の声「やめて!」
○雲の中の天国の門
綾香が顔を覆っている。
三六番「(なぐさめるように)でもあなたはあの人を叩いちゃいないでしょう?」
綾香「──叩きたいって思ったのよ」
二四番「よく我慢しましたね」
綾香、顔をあげる。
綾香「それ……、先輩が同じこと言ってた」
二四番「ああ、これでしょう?」
綾香、二四番が指さす上を見上げる。
○映像 ケアセンター・スタッフルーム(夜)
綾香の手の甲に絆創膏を貼る祐介。
祐介「よく我慢したな、早瀬」
綾香「ぶったたいてやればよかった……」
祐介「スタッフがそんなことしちゃだめだろ」
綾香「だって」
綾香、絆創膏を貼った手をもう片方の手で包む。
祐介、膝に両肘のせて綾香をのぞき込むようにして、
祐介「ん?」
綾香「三島さんて昔学校の先生だったのよ」
祐介「ああ、そうだっけ」
綾香「そんな人があんなになっちゃって。三島さんだけじゃないよ、みんな何もわかんない、動物みたいになって」
黙り込む二人、雨の音がフェードイン。
祐介、ふと顔を上げて、
祐介「また、桃井さんが泣いてる」
雨の音にまじって泣き声が聞こえる。
綾香「桃井さん、雨が降ると泣くよね」
祐介「何か雨に悲しい思い出があるのかもな」
綾香「何があったのかな……」
雨の音と泣き声。しばらく黙る二人。
祐介「早瀬は辞めるなよ…期待してんだから」
綾香「私は先輩みたいにちゃんとできない…」
祐介「俺だっていっぱいいっぱいだよ」
綾香「安定職だと思って選んだだけだし」
祐介「俺もさ」
綾香、顔を伏せる。
綾香「先輩みたいにちゃんとしてるの見ると……自信なくなっちゃうんだよ……」
祐介「早瀬だってちゃんとやってるさ」
綾香「うそだよ」
祐介「俺はうそつかねえよ、早瀬は立派なスタッフだよ」
窓に雨の滴が伝ってゆく。映像にかぶさる綾香の声。
綾香の声「やめてよー!」
○雲の中の天国の門
雲の中にしゃがみこんでいる綾香。
綾香「(顔を覆い)もー、なに恥ずかしいとこ撮ってんのよお!」
二四番「別に恥ずかしいことじゃないですよ」
綾香「恥ずかしいわよ! なにあれ。なにあたし甘えてんのよ」
二四番(にこにこしながら)「綾香さん、祐介さんが好きなんでしょう」
綾香、立ち上がって二四番につめよる。
綾香「な、なに言ってんのよ!」
二四番「人を助ける祐介さんに憧れて自分も福祉の道に進んだんですよね」
綾香「(二四番の襟を掴む)ちょっと、あんたねえ」
三六番「二四番、いい加減にしなさい」
二四番、にやにや笑いを消してぱっとまじめな顔になる。
三六番は一度咳払いをして、
三六番「死というのは些細なきっかけで人生に入り込みます。人間の一生というのはだいたい決まってはいるんですが、ときおりこんなイレギュラーなことがおきる」
綾香「些細なきっかけって……」
二四番「だから、綾香さんが人生もうどうでもいいって思ったことですよ」
綾香「あたしが……?」
三六番「そういうこともあります。他には、たとえば誰かを憎むとか、不満を持つとか夢をもたないとか、そういうネガティブな──負の念が死を呼び込むのです」
綾香「だって……だって、仕方ないじゃない。一日中あんなとこにいて、わけのわかんない年寄り相手にしてたら誰だってネガティブっていうか人生いやになるわよ!」
三六番「それでは困るのです、あなたはまだ死ぬ時期ではない」
綾香「あたしだって死にたくなんかないわよ!いくら人生いやになったって言っても、でも、死、死にたくなんかないのよ! 死んでたまるもんですか!」
二四番「(はしゃいだ調子で)うん、その意気やよし。ぜひあなたには生を掴みとってもらいましょう」
綾香「どうすればいいの?」
二四番「あなたにはある人を幸せにしてもらいます」
綾香「人を幸せに? 誰を? どうやって!」
三六番「貴方がこれから出会う最初の人です」
三六番「幸せにする方法は私たちから言うことはできません。でもあなたにはできるはずです。がんばってください」
綾香「がんばってって言われても……」
二四番「では、いってらっしゃい」
二四番が片手を振る。するともやが二人の周りに集まってくる。
綾香「ちょ、ちょっと待って……」
濃くなったもやが男たちの姿を隠す。伸ばした手の先ももやの中だ。
その白い色はたちまち綾香の目の前にまで迫ってきて、視界が白一色になる。
○暗闇
小さな子供の泣き声が聞こえる。
○路地
夕暮れ。紫陽花の咲いている雨の路地。
その紫陽花の花の下におかっぱの女の子・五歳の伊藤さくらが赤い傘を肩に乗せて泣いている。
茶色っぽい着物を着て、足には草履。
綾香「ここは……」
綾香は周りを見回す。
木の電柱が立っている。少し離れたと ころに小さな店。「駄菓子」と書いた 看板が乗っている。
その向かい側には 木造の家が並ぶ。妙に古く、懐かしい 町並み。
地面はアスファルトではなく土で、この雨にぬかるんでいる。
綾香、子供を見る。
× × × ×
フラッシュ──もやの中の三六番。
三六番「貴方がこれから出会う最初の人です」
× × × ×
綾香、はっとして目を見開く。
ごくりと唾を飲んでその子供に近づく。
綾香「ね、ねえ……」
呼ぶと女の子が勢いよく振り仰ぐ。
だがその顔は綾香を見てすぐにくしゃくしゃと崩れる。
五歳のさくら「うう……うわーん!」
綾香慌ててその子の前にしゃがみこむ。
綾香「な、泣かないで。いい子ね。ねえ、どうしたの? 一人なの? お父さんやお母さんはどうしたの?」
さくら「おっ、おかあ、おかあちゃん……っ」
さくら、しゃくりあげる。
さくら「お、おかあちゃん、いない、おかあちゃん、かえってこない……」
綾香「帰ってこない? 帰ってこないって……どこへいったの?」
さくら「すっ、すぐ、もどっ、もどるって…でもかえってこない、かえってこないー!」
さくら、わあわあと泣き出す。
綾香は困ってあたりを見回す。
雨の中、道を歩く人は誰もいない。車も走っていない。
綾香「じゃ、じゃあ、おねえちゃんと一緒におかあさん探しにいこうか……」
さくら「さ、さがしに?」
あげた顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。頭のおかっぱも雨で濡れている。
綾香「うん、そう。すぐ戻るって言ったんでしょう? だったら近くにいるんじゃないかな……おかあさん、どっちに行ったかわからない?」
さくら「えき……」
綾香「駅? おかあさん駅に行ったの?」
さくら「うん、えきいくって言った」
しゃがんでいたさくら、勢いよく立ち上がる。
綾香の手を握るとひっぱるようにして歩き出す。
さくら「(大声で)おねえちゃん、えき、行こう。おかあちゃん、さがそう」
綾香「ちょ、ちょっと待って……」
さくら「おねえちゃん、はやくぅ!」
綾香「待って。ねえ、あなたのお名前は? おとしは? いくつなの?」
さくら「いとうさくら、ごさい」
小さな手が綾香の手をひっぱる。
綾香「そう、さくらちゃん。さくらちゃんはこのへんに住んでるの?」
さくら「ううん、でんしゃにのってきた」
綾香「電車……」
さくら「さくら、でんしゃのんのはじめてー」
綾香「どうしてここにきたか、なんのご用事だったか、さくらちゃんは知ってる?」
さくら「(不安そうに)わかんない」
○駅・正面(昼)
雨の中、古い形の駅が建っている。
綾香「駅、だわ」
○同・改札(昼)
誰もいない。
○同・ホーム(昼)
そのホームにも人はいない。
駅名の書かれた白い看板がある。
綾香はその前に立って駅名を読もうとするが、駅名は雨に溶けて流れたようになって、読むことができない。
雨はホームにも線路にも降っている。
線路の両脇は果てのない草むら。
線路は緑の草原の中をまっすぐに伸び、その先は雨に煙っている。
駅は草の海の中に浮かぶ島のようだ。
やがて電車が雨の中をやってきて音もなくホームに滑り込んでくる。
さくら「おねえちゃん、電車だ。さくら、これにのってきたの」
古くさい、おもちゃのような電車が音もなくドアを開ける。
さくら「おかあちゃん!」
さくらが傘をさしたまま飛び乗る。
綾香「待って、さくらちゃん」
綾香もあわてて車両に乗る。
○電車・車内・通路(昼)
車内は木製。緑色のボックス席がずっと並んでいる。
綾香「さくらちゃん?」
通路を駆けながらボックス席を覗いていくが、少女の姿が見あたらない。
それどころか乗客の姿もない。
綾香「さくらちゃん……」
突き当たりまで行って次の車両。その次の車両へ行っても見つからない。
綾香「……」
車両はずっと向こうまで続いている。
○同・車内・ボックス席(夜)
綾香は席の一つに座る。
窓の外は雨。
外の景色は灰色の水の中のようにはっきりしない。
綾香(MO)「この電車はどこへ行くの」
見ているガラスが暗くなり、その中に女性の姿が浮かび上がる。
はっと振り向くと、同じボックスの向かいの席に、白いワンピースを着た女性が座っている。
綾香「あ、あなた……」
二十二歳のさくら「私は今からあの人のご両親に会いにいくんです」
女性は綾香に目をあわせず話しだす
女性はワンピースの膝の上に紫色の風呂敷包みを乗せている。風呂敷には紫陽花の模様が描かれている。
さくら「あの人は何も心配することはないと言ってくれたけど……、もし、母親のことを聞かれたらどうしよう……」
綾香「あなた……だれ……?」
さくら「母親が私をあの花の前に置き去りにした理由。それは私にもわかりません。あのあと私は警察に保護され、施設にいれられました」
綾香「あ……」
× × × ×
フラッシュ──雨の中で泣いているおかっぱ頭の幼女
× × × ×
綾香「さくら、ちゃん?」
さくら「施設で十四まで育って、それから私は工場に住み込みで雇われました。一生懸命働いて、去年あの人に出会いました」
さくらの顔の向こうの暗いガラス窓に幸せそうなさくらと若い男性の姿が。
さくら「親のない私をあの人はそれでも好いてくれました。結婚の約束もくれました。私は幸せです。でも時折どうしようもなく不安になります。母親はなぜ私を捨てたのでしょう?」
ガラス窓に浮かび上がる、紫陽花の根元で泣いているおかっぱ頭のさくら。
さくら「なぜ紫陽花の前に置き去りにしたの?私を育てるのに疲れたの? 私のことが重荷で憎んでいたの?」
綾香「そんな、」
女性は初めて綾香を見る。
さくら「母親に憎まれた私が幸せになっていいんでしょうか?」
綾香の耳にケアセンターの桃井の泣き声が一瞬聞こえる。
ゴオッと大きな音がしてあたりが真っ暗になる。
トンネル? いや違う。暗闇の中、遠くに明るい火が見えてくる。
それは一筋、二筋と尾を引いて下に落ちてゆく。
○裏山(夜)
十四歳のさくら「(悲鳴)ああ、工場が……!」
赤い光に照らされておさげの少女。その顔は泥で汚れている。白いブラウスが降る雨に濡れて透けていた。
綾香傘を広げ、その少女にさしかける。
綾香「こ、ここはどこ?」
さくら「避難先の裏山です」
雨が激しく傘に叩きつけて声が聞こえづらい。綾香は大声で聞き返す。
綾香「避難? 避難ってなに?」
さくら「空襲です。アメリカの飛行機が爆弾を落としているんです」
さくら、赤く燃えている場所を指さす。
さくら「私たちの働いていた工場です。戦闘機を作っていたから爆撃されました」
綾香「ばくげきって……」
頭の上をゴオッと音がして、なにか黒いものがよぎった。
それは鳥のような形をして、おなかから何かを落としてゆく。
ぴかっと下が光ったかと思うと炎と爆発音が追いかけてきた。
さくら「(泣き叫ぶ)町が燃える。燃えてしまうわ!」
さくら「あそこにもしかしたらおかあさんがいるかもしれないのに!」
× × × ×
フラッシュ──雨の中のおかっぱの女の子。
× × × ×
綾香「あなた……さくらちゃん……」
さくら「おかあさん、おかあさんっ!」
さくら、顔を覆って泣き出す。
その泣き声に別な泣き声がかぶさる。
○雨の児童公園(昼)
半ズボンをはいた男の子がしゃがんで泣いている。
その子の前に割烹着を着て買い物かごを持った女性が疲れた顔で立っている。
しとしとと雨が降り、女性は黒い傘を子供の上にさしかけている。
三三歳のさくら「どうして言うことを聞かないの。そんな子、お母さん嫌いだよ」
男の子の泣き声が大きくなる。
さくら「いつまでも泣いてたら置いていくよ。おまえなんか、捨ててしまうよ。私だってお母さんに捨てられたんだからーー」
男の子「(泣き叫び)いやだーいやー!」
男の子、母親の割烹着にすがりつく。
さくら「ああ、ごめんよ、ごめんよお」
さくら、男の子を抱きしめる。
手から落ちた傘が背後に立つ綾香の前まで転がってくる。
さくら「悪いお母さんだね、そんなこと言っちゃいけないのに。私は絶対に子供を捨てたりしないよ。絶対に私のお母さんのようなことはしないよーー」
綾香「さくら、さん」
綾香、走りよろうとする。のばす手。
○一戸建ての縁側(昼)
庭に面している縁側に老婆が座り、すすり泣いている。背後は仏間。仏壇があり、中年の男の写真(はっきり見えない)。雨の降る庭には紫陽花が植えてある。 奥から少女がきて老婆のそばに膝をつく。
幼い女の子「おばあちゃん、どうしてないてるの? ぽんぽんいたいの?」
七八歳のさくら「おかあさん……おかあさ…」
女の子「ママ、おしごとだよ? おばあちゃん、なかないで」
七八歳のさくら「おかあさん……かえってくる? さくらのことおいていかない?」
女の子「おいてかないよ、ママちゃんともどってくるよ」
さくら「お母さん、どうして帰ってこないの?」
○雨の降る庭
紫陽花の茂みの下に足が見える。
その足は立っている綾香の足。
縁側の風景を見つめ呆然とする綾香。
綾香「さくらちゃん……あなたは……」
× × × ×
フラッシュ──
いままでに会ったさくらの映像、そしてケアセンターで泣いている老婆のさくらのイメージ
× × × ×
綾香「いとうさくらさん……あなたは……桃井さくらさんだったの……」
○同縁側
女の子「(不思議そうに)だあれ?」
綾香「(うろたえる)あ、あたし……」
さくら、顔をあげて懐かしそうに呼びかける。
さくら「お……おねえ……ちゃん……」
綾香「さ、さくらさん……」
急速に縁側の風景が遠ざかっていく。綾香は手を伸ばすが自分だけが画面の外に放り出されたような感じ。
綾香「さくらさーん!」
○エフェクト
たくさんの写真が通りすぎたり大きくなったり透過したりするイメージ。
いとうさくらという女性の人生を断片的に追っているイメージ、
小学校で雨の校庭を見ながらぼんやりしているさくら、工場で働くさくら、
スーパーのレジを打っているさくら、
家族でデパートの食堂にいるさくら。
それは決まって雨の日。
綾香「もういやあっ!」
たくさんのイメージが一瞬で消え、暗い空間にひとり立つ綾香。
綾香「あたしにどうしろっていうのよ、さくらちゃんはずっと泣いてるじゃないの、どうやって助けろっていうのよ!」
綾香は顔をあげて怒鳴る。
綾香「聞いてんの、三六番、二四番! あたしには無理よ! あたしを帰してよ! もうこんなのいやだ、みたくないよ!」
グルグルとカメラが綾香を中心に回る。
綾香は耳を覆ってうずくまる。
綾香「かんべんしてよぉ……、あたしは、あたしは、さくらちゃんを幸せになんかできないよ……だってさくらちゃんはずっとずっとおかあさんを探しているんだよ……おかあさんがさくらちゃんを捨てちゃったから……だから……」
顔をあげる綾香。何かを掴んだ顔。
綾香「捨てちゃった、から?」
よろよろと立ち上がる。
綾香「だったら──だったら──」
暗闇の中、駆け出す素振りの綾香。再びさくらのイメージが押し寄せてくる。
綾香はこんどは立ち尽くすだけではなく、周りをたんねんに見ている。
綾香は探している。
ここではない、この時間ではない、この場所じゃない、あのさくらではない。
綾香「どこ?」
たったひとつ。あの日のあの時間。
綾香「さくらちゃん!」
すべてがはじまったあの時間を。
○古い長屋の一室
金を持った男に女がすがりついている。
男は女を蹴飛ばし、乱暴に戸を開けて出て行く。戸の向こうは雨。
女は畳の上にうずくまっている。
部屋のすみでその光景を見て怯えて固まっている少女、五歳のさくら。
女はのろのろと体を起こし、暗い目つきで畳を見つめている。
やがてため息をついて乱れた髪を直す。
押し入れからリュックや風呂敷を取り出す。それに服や着物をつめはじめる。
そんな母親をじっと見つめているさくら。
雨のざーざーという音が聞こえている。
○路地(夕方)
あじさいの咲いている小雨の降る路地。
母親は赤い傘を持ち、背中に少女をおぶって前にリュックを抱え歩いている。
母親「(自分の左手を見て)あら」
母親「いやだ、風呂敷のあれがないよ、どうしちゃったんだろう……」
思い出して顔をあげる。
母親「あ、そうか。あの駅だ。荷物を入れ替えたとき、置いてきちゃったんだわ、あたしったら……」
母親は疲れたように肩をさげると、子供を背からおろし、赤い傘をもたせる。
母親「ごめんね、さくら。おかあちゃん、ちょっと駅に忘れ物しちゃったよ。すぐ戻るからここで待っていてね、いい子だね」
五歳のさくら「うん」
少女はうなずき大きな傘を自分の肩に乗せる。
母親「じっとしてるんだよ」
母親はそう言うとさくらの頭を撫でる。
じっと見つめてから思い切ったように立ち上がり、腹の前のリュックを背中に駆け直す。
母親、雨の中を駆け出していく。
雨の中、少し離れて立っている綾香。
綾香はその母親のあとを追った。
綾香「ま、待って、待ってください」
母親は振り向かず走っていく。
綾香「待って!」
○大通り(夕方)
綾香「さくらちゃんのおかあさん!」
綾香はさくらの母親の腕を掴む。
母親「(驚いて)え、」
綾香「お願いです、さくらちゃんのところに戻って! さくらちゃんを捨てないで!」
母親「な、なにを。だれだい、あんた」
綾香「さくらちゃん、ずっとおかあさんを待ってるんです、大人になってもあの雨の中で待ってるんです、おかあさんに捨てられたことをずっと考えているんです!」
母親「ちょ、ちょっと。なにを言ってるんだい、あんた」
綾香「(泣きながら)お願いです、さくらちゃんを捨てないで、置いていかないでえ」
母親「(腕をふりほどいて)なにを言ってるんだい、あたしは、あたしは──」
母親、言いかけるが言葉を飲む。二人の上にしとしとと雨が降る。
母親「あたしが……子供を捨てるように見えたのかい」
綾香「……」
母親、片手で雨に濡れた顔をぬぐう。
母親「いやだねえ……ほんのちょっとだけ、そう思っただけだってのにさ」
綾香「おかあさん……」
母親、ため息をつく。
母親「ちょっとだけ、疲れちゃったのさ。いろいろ……思うようにいかなくてさ。なんかもう、なにもかも放り出して逃げたい、とか……思っちまった」
綾香「あ、あたしも」
思わず、という感じで身を乗り出す。
綾香「あたしもそう思ったの。仕事つらくて、もうやだって。もうどうでもいいって」
母親は綾香の顔を見る。
綾香「思うのは、仕方ないよ。でも、ほんとに逃げちゃだめなんだよ……」
うつむく綾香。
母親「あんた」
綾香、顔をあげる。
母親「誰かしんないけど、……ありがとね。あたし忘れ物取ってきたらすぐ戻るから」
綾香「ほ、ほんとに?」
母親「(笑って)ほんとさ」
綾香「ああ……!」
ほっとして晴れやかな顔になる。
綾香「(心から)よかった!」
母親「じゃあ、すぐとってくるから」
母親、身を翻して走っていく。その後ろ姿を見つめる綾香。
その綾香の姿に、キキィッと甲高い音と、どすん、という鈍い音がかぶさる。
○車道(夕方)
綾香「……そんな、」
雨の道にさくらの母親が倒れている。
頭からおびただしい血が流れている。
綾香「さくらちゃんのおかあさんっ!」
綾香は傘を放り出して駆け寄る。
母親を引いたトラックの運転手があわてて降りてくる。
運転手「あ、ど、どうしよ、びょ、病院に運ばなきゃ」
綾香「おかあさん!」
綾香、母親の側に膝をついて叫ぶ。
母親「あ、あ……」
母親は虚ろな目で綾香を見上げる。
母親「さくら、さくらを」
綾香「しっかりして! さくらちゃん、待ってるんです、ずっと待ってるんですよ!」
母親「迎えに、戻るって……あ、あの子……」
綾香「おかあさんっ!」
母親「ごめ……ん、ね」
母親がこときれる。
綾香は呆然と道にへたりこんでいる。
綾香「そんな、うそ……」
トラックの運転手が母親の体を抱き上げ、トラックの荷台に運ぼうとする。
綾香「ま、待って!」
綾香、運転手の手にすがりつく。
綾香「さくらちゃんが、さくらちゃんがいるの! お母さんを待っているの!」
運転手は綾香の存在に気づいていない。体にすがる彩香の体重もまるで感じていないようだ。
綾香「待って! さくらちゃんも連れていってあげて! お母さんを待ってるの、ずっとずっと待っているのよ!」
運転手は母親を荷台に乗せると車を出す。綾香なすすべもなく立ち尽くす。
綾香「さくらちゃん……」
綾香、駆けだす。
雨は激しくなり、綾香の視界を塞ぐ。
カメラ、流れる水が目に入ったように、なにもかもがゆがんで見える。
綾香「さくらちゃあん……!」
雨の音が激しく聞こえる。
○ケアセンター・廊下(夜)
雨にまじって泣き声がしている。
そっと廊下を歩く白いスニーカー。
廊下の壁にはいくつもの同じドア。
泣き声はそのドアの中から聞こえた。
綾香、ドアをあける。
○同ケアセンター・四人部屋の病室(夜)
綾香、カーテンを開ける。
老婆のさくらが布団の中で丸まって泣いている。
綾香「……桃井さん……」
ベッドには名札が下がっている。
"桃井さくら"
綾香「桃井さん……旧姓、伊藤さくら、さん」
綾香は枕元に近づき、しゃがむ。
震えて泣いている老婆の耳元にそっと話しかける。
綾香「さくらさん……お母さんはあなたを捨てたんじゃない。置いていったんじゃない。お母さんはすぐ戻るつもりだったんです。でも事故にあって、亡くなってしまわれたんです」
さくら、すすり泣いている。
さくら「おかあさん……おかあさん……」
綾香「お母さんは決してあなたを邪魔に思ったわけでも嫌いになったわけでもありません。それどころか最後まであなたを迎えにいこうと思っていました。でもかなわなかったんです。お母さんは、」
さくらの泣き声が止む。
さくら、小さくみじろぎ、涙の残った目で綾香を見上げる。
綾香「お母さんは、さくらちゃんのところへ帰りたかったんだよ!」
綾香の目から涙が零れる。
綾香「つらかったよね、ずっと考えてたんだよね、自分の何が悪かったのかって、どうしてお母さん、帰って来ないのかって。雨が降るたび思い出していたんだよね」
綾香「お母さんはずっとずっとさくらちゃんのことを思ってました!」
綾香、顔を覆って泣く。
綾香の手にさくらの手が触れる。
さくら「……ありがとう、おねえちゃん」
さくら、うっすらと微笑んでいる。
○天国の門
綾香「さくらちゃん……」
三六番「おかえりなさい」
白いもやをかきわけて二四番と三六番が近づいてくる。
綾香「あ……」
頭をさげる二四番と三六番。
二四番「お疲れさまでした、早瀬綾香さん。桃井さくらさんは幸せになりました」
綾香「でも、」
綾香、うつむく。自分のつまさきももやで見えない。
綾香「桃井さんにはわかりません。あの人は認知症なんです」
三六番「(優しく)伝わってますよ」
綾香「ほんとに?」
三六番が宥めるようにそっと肩を叩く。
三六番「ええ、もうつらい過去に悩まされることはありません。雨の日に泣くことも」
二四番が傘を差し出す。
二四番「あなたの忘れ物ですよ」
綾香「あ……」
綾香、傘を受け取る。
綾香「あの、あたしは……」
三六番「あなたももう大丈夫ですよ、きっと」
三六番、片手をあげる。
三六番「もう目を覚ましてもいいですよ……ここのことは全部忘れて……でもひとつだけお礼を言わせてください」
綾香「お礼?」
三六番「ええ、さくらさんを──幸せにしてくださったことを。私の生前の名前はね」
× × × ×
フラッシュ──公園の男の子、座敷の仏壇の写真たての写真(三六番)
× × × ×
三六番「(フラッシュにかぶさる)、桃井、というんですよ……(声小さくなる)」
○坂道(昼)
祐介「早瀬! おい、早瀬っ!」
体を揺すられ、綾香は目を開ける。
すぐ間近に山縣祐介の顔がある。
綾香「あれ?」
祐介「あれ、じゃねえよ! 大丈夫なのか!」
雨の中路上に座り込んでいる二人。
綾香「きゃあっ、なにこれ、冷たい!」
叫んで立ち上がるとぐらりと体が揺れる。その綾香を祐介は抱き止める。
祐介「びっくりしたぜ、おまえがこんなところで座り込んでるから。大丈夫か、けがでもしたのか?」
汗か雨か、びしょ濡れの祐介の顔。
綾香「ううん、さっき車がはねた水をよけようとして転んだだけよ」
綾香、体をひねって自分のボトムの尻を見る。かなり濡れている。
綾香「あーあ、ひどい」
祐介「ホームで着替えて洗濯だな」
祐介、綾香の傘を拾い上げる。
祐介「ああ、こっちはもうダメだな」
傘の骨がぱっきりと折れている。
綾香「いやーん! お気に入りだったのに!」
祐介「あきらめろ」
綾香「ひどーい!」
祐介「買ってやるよ」
綾香「(祐介の顔を見ながら)え?」
祐介「(笑顔で)もうじき誕生日だろ。プレゼントしてやる」
綾香「ええー……」
綾香は祐介の傾ける傘に入りながら。
綾香「(小声で)ビニール傘じゃいやだよ」
祐介「今度一緒に買いに行こう」
綾香「それって……」
綾香(MO)「デート、なのかな?」
二人であいあいがさで坂の上のケアセンターへ向かう。
○ケアセンター・廊下(昼)
河田「帰るんじゃ! うちに帰るんじゃ!」
突き当たりのドアの前で老婆・河田が、しゃにむにドアを開けようとしている。
綾香は背中から抱きついて、
綾香「河田さん、河田さんのおうちはお惣菜屋さんでしたよね」
河田、さかんに身をよじっている。
綾香「河田さんのお店のお惣菜食べてみたいなー。なにが一番人気でしたか?」
河田の動きが止まる。
綾香「やっぱりきんぴらとか煮物とか? あ、ハンバーグとかあったりするんですか?」
河田「おとうちゃんの作ったきんぴらは絶品だったよお」
河田は下を見ながら、
河田「朝の四時から作るンだよ。そんで午前中には売り切れちまうんだ」
綾香「へえ、きんぴらってどうやって作るんですか?」
河田「(顔を上げ)あんたそんなことも知らないのかい。それじゃ嫁に行けないよ」
綾香「教えてくださいよ、河田さん」
河田は機嫌よさそうに笑って、
河田「ああ、いいよ。まずはごぼうをこのくらいに切ってね……」
○ケアセンター・プレイルーム(昼)
ピアノをから拭きしている綾香とモップで床を拭いている祐介。
祐介「早瀬は最近、皆とよく話しているな」
綾香「え? そうかな」
祐介「河田さんがお惣菜屋さんだったなんてよく知ってたな」
綾香「あ、うん。みんなの履歴書を何度も読んでるのよ」
祐介「履歴書?」
綾香「履歴書には何年に卒業とか、何年に入社とか、たった一行で書かれているけど、その一行に何十年もの人生があったんだろうなって想像するの。あの人たちは入所者じゃなくて、河田さんだし三島さんだわ。記憶はなくしてしまってるかもしれないけど、人生をなくした訳じゃない」
祐介、ちょっと驚いた顔をする。
それに綾香はぺろっと舌を出して笑う。
綾香「やだ、私、ちょっといいこと言った?」
祐介「うん、すごくいいこと言った」
照れる綾香、その後笑いあう二人。
綾香のそばで窓に視線を向けた祐介は思い出したように言う。
祐介「そういや最近、桃井さんが泣かなくなったな」
窓の外は雨。雫がいくつもガラスを伝って流れている。
祐介「俺が働きだしてからずっと雨の日は泣いてたのに、最近ぜんぜん泣かない」
綾香は机の並んでいる場所を見やる。
桃井さくらが車いすに乗って、他の入所者と遊んでいる。折り紙を散らかしてなにか折っているようだ。
綾香「よかったよね、前は桃井さんが泣くとうるさいって文句もあったし」
祐介「顔つきもちょっと明るくなったよな」
綾香「そうね、今日も雨が降っているけど」
祐介「早瀬も明るくなった」
○同・プレイルーム・机のある場所(昼)
綾香と祐介はテーブルを回って桃井さくらの後ろに立つ。
さくらはていねいに色紙を折って大きな花を作っている。
綾香「あら、桃井さん、上手ねえ」
さくら、顔をあげてにっこり。
さくら「これはねえ、あじさい」
机の上には同じ花がたくさんある。
さくら「大きな、あじさい」
その花を両手を伸ばしてかきあつめ、いっぱいの花の中に顔を埋めるさくら。
さくら「お母さんの、花」
綾香「そうなの……」
不意に目の奥が熱くなり、綾香はあわてて手を目に当ててさくらのそばを離れる。祐介もついていく。
綾香「やだ、なんで」
ずずっと鼻をすする綾香。
祐介「どした」
綾香「わかんない。でも」
綾香、鼻をすする。
綾香「なんか、よかったなあって」
祐介「なにが」
綾香「桃井さん、もう雨の日に泣かないよ」
祐介「そうなのか?」
綾香「そうなの。それっていいことでしょ」
綾香は言いながら涙のにじんだ目で窓の外を見る。
雨に濡れてますます鮮やかな紫に染まる紫陽花が──うなずくように揺れる。
終
天国の門は開かない 霜月りつ @arakin11
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