終幕 趙武記

(弌)

「そうか、報告、御苦労だった。まあ、壬嵐ミランから聞いておったが、そうか耀勝が、亡くなったか。我が国にとって、大きな損失だの」


 如親王国、国王、如恩ジョオンは、大きな溜息を吐きながら、嘆く。先の戦いで生き残った、揮沙と、穂蘭は、如恩の前に控える。


「はっ、ですが、壬嵐からすでに、聞いておられたのですか?」


「うむ。あやつは、余の手の者だからな。耀勝の動きを、知らせてもらっていたのだ。まあ、死ぬ前に耀勝の下を離れたので、狼煙の合図で知ったから、確信はなかったようだがな」


 揮沙は、驚いていた。如恩は、完全に耀勝の事を信頼して、任せていると思っていたのだが。だが、


「勿論、耀勝もその事を、知っておるぞ」


「そうでしたか」


「うむ。それでだ。貴君等きくんらは、どうするのだ?」


「はい、穂蘭とも話したのですが、我があるじ、耀勝は死にましたが、如親王国は、滅んだわけではありません。もし、お許し頂けるならば、そのまま、お仕えしたく、思うのですが」


 揮沙は、隣に控える穂蘭を、ちらりと見ながら、応えた。


「勿論、構わんが、我が国は、大岑帝国の属国となるのだぞ。大岑帝国の要求だと、この王都、北府ほくふは残るが、邑洛ゆうらくから向こうは、全て大岑帝国領となりそうだがな。まあ、経済の中心は、この北府。如親王国にとっては、領土は、狭くなるが、経済的には、何の損失もないがの」


 揮沙は、舌を巻いた。もう既に、趙武側と交渉し、如親王国が滅びない手を、打っているようだ。


「それでも、構いません。例え、一兵卒でも」


「ハハハ、我が国で、最も優秀な、二将を、一兵卒などにしてみろ。余は世間の笑い者よ。今まで通り頼む」


「かしこまりました」


 揮沙、穂蘭は、これ以後もしばらく、上将軍として、5万の兵を率いる事になったのだった。合わせて10万。残りは、国王直属の兵士、5万。これが、如親王国に残された兵力だった。


 耀勝が35万に増やした兵力は、15万に減らされる事になった。しかし、如恩は、トゥーゴーを通じて、趙武に連絡を取り、戦いには負けたが、国を残すことには、成功した。


 だが、揮沙は、考えた。海洋貿易で栄えた如親王国だが、大岑帝国が、このカナン平原を実質的に統一し、覇を唱えた以上。西方諸国の興味は、大岑帝国になっていくだろう。


 いくら、如親王国の商人達が、頑張っても。海洋貿易の中心地は、龍会ろんえか、あるいは、趙武が開発しているという、南龍なんろんに、なるだろうと。


 だが、如恩は、その心配を、吹き飛ばす。


「これからの時代は、海だ。しかし、西の海ではない。東の海だ」


「東の海ですか? 何があるんでしょう?」


「わからん。だから、壬嵐に、旅立ってもらったのだ。楽しみだの〜。ハハハ」


「はい」


 揮沙は、真剣に東の海に何かがあれば良い、と思った。そうすれば、また新たな航路が出来、如親王国も発展するだろうと。


「うむ。では、報告、御苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ」


「はっ、失礼いたします」


 揮沙と、穂蘭は、如恩の前を、辞し。王宮の外に出て。自らの屋敷へと向かったのだった。



「なあ、じいさん」


 王宮内では、何か考えているようで、一言も喋らなかった、穂蘭が、揮沙に話しかける。


「だから、じいさんではない!」


 揮沙は、むっとした顔をして、穂蘭を見る。しかし、


「なあ、じいさん。俺をじいさんの息子にしてくれないか?」


「ん? 何を、言ってるんだ?」


 穂蘭は、真剣な顔をして、揮沙に向かって話しかける。


「ほら、じいさん。今、独り身だろ? 俺も、天涯孤独の身の上だし」


 確かに、揮沙は、故国が滅びた時に、妻と、子供達を失っていた。すでに成人していた息子達は、戦いの中で戦死し、妻は、王都の戦いで、屋敷に火を放ち、自害した。そして、穂蘭も、孤児だと言っていた。だけど、


「何を、言っている。奥さんも子供も、居るだろうが」


「そうじゃない。ほら、じいさん前に俺のこと、息子みたいだって、言ったじゃないか」


 揮沙は、思い出していた、一度、酔ってそんな事を言った事を。そう、穂蘭を息子のようだと。


「まあな」


「だったら、俺を、じいさんの、息子にしてくれ」


「う〜む?」


 確かに穂蘭とは、気が合った。そして、息子だったら良いなとも思った。しかし、それは、揮沙のわがままであり、願望だった。実際、自分の息子とは、穂蘭とのような関係を築く事は、出来なかった。そして、失った。


 これも、最期の仕事か。


「分かった。では、養子縁組の届けを、出すか。これで穂蘭は、揮蘭キランか……。馬鹿そうな、名前だな」


「ハハハハ! 確かに。なあ、じいさん。このまま、俺んち来いよ。家族に紹介するよ。俺の、親父だって」


「そうか、だったら、うかがわせてもらうかな」


「おう」


 穂蘭は、揮沙の首に手をまわし、肩を組んで歩き始めた。



 こうして誕生した、揮家きけは、如親王国の守護神として、如親王国が滅びる、その時まで、君臨くんりんする事になった。



 そして、揮沙は、数年後、息子や、息子の嫁、そして、孫達に看取られながら、天寿てんじゅまっとうするのだった。こうして、激しくも、哀しい、だけど幸せだった男の物語は、終わったのだった。





 趙武は、岑瞬の死を見届けると、後処理を、呂鵬、呂亜の親子に任せ、岑平と共に軍を返し、帝都大京に入った。



 そして、避難させていた。自分や、配下の将の家族を、呼び寄せたのだった。だが、趙武には、家族との再会を喜ぶ前に、やらなければならない事があった。



「雷厳は、僕をかばって死にました」


 趙武は、雷厳の妻、雷梨園ライ・リエンに、雷厳の死の経緯けいいを、説明する。


「ええ、うかがってます」


 趙武は、早馬で雷厳の死と、その死の責任を感じ、び状としても、送っていた。趙武は、詳しく説明する。



 耀勝を討つために、雷厳と共に、森の中に入った事、耀勝を見つけ迫った時、地面にかれた、黒い土が爆発した事。


 その黒い土は、如親王国の人間、いわく、飛亀舞蛇ひきぶじゃという物だったらしい。硝石、硫黄、木炭を混ぜた物だそうだが、耀勝が死んだ今、作り方も分からないし、作って良い物でも無い様な気がした。



 雷厳は、その爆発から、趙武をかばって爆風を、もろにその身に受けた。そして、致命傷を負いつつ、一人耀勝を追い、討ち取った。


 雷梨園は、その美しいが、やや、やつれたように見える顔を曇らせつつ、聞いていたが、


「あいつにとって、本望だったんじゃないかな。親友を守れて、それに、あいつにとって、戦いのない世は、退屈だろうし」


「そうですか」


 雷梨園の、気高けだかな言葉に、趙武は、それ以上の事は、言わなかった。


 ただ、その隣で、黙って悲しみをこらえ、聞いていた、三つ子に声を、かけた。まあ、そのうちの二人の男の子に対してだったが、確か年齢は15歳になっていた。帰り道で、凱騎が、俺が鍛えると、息巻いていた。


「お父さんの様な、勇将になってくれよ。待ってるから」


「はい」


「任せてください」


「わたしも」


「あんたは、いいんだよ! 女の子らしくしな!」


「そうそう、お父さんを、ぶっ飛ばせるような猛将は、お母さん一人で充分だ」


「ああ。化物ばけものは、お母さんだけで良いよ」


「何だって! この、待て〜!」


「ハハハハ」


 趙武は、久しぶりに、心の底から笑った。何か取りいていたものが、心から消えたような気がした。


 雷厳、ありがとう、さようなら。心の中で、そう声をかけると、皇宮へと戻って行ったのだった。





 趙武は、呂鵬、呂亜の帰国を待って、岑平を含めての戦勝祝せんしょういわいうたげもよおした。


 兵士達は、兵士達と、士官は士官達と、官吏は、官吏達というように、お互い、気兼ねのない組み合わせで、酒や、料理をばら撒き、集まって宴を始めた。



 趙武の下にも、人々が次々と集まってくる。昔からの友人である、至恩に、陵乾。軍官大学校の先輩、呂亜に、その時、近衛禁軍で裨将軍だった、塔南。軍官幹部候補生学校の飲み仲間、龍雲。そして、泉水時代に配下になった會清。さらに、大将軍時代の同僚と言っても良い、条朱に廷黒。元、風樓礼州フローレス王国の、慈魏須文斗。凱炎の二人の子供、凱鐵に、凱騎。そして、東方諸国同盟の降将、泉小と麻龍。後は、禅厳。


 さらに、皇帝岑平が、呂鵬と、至霊を伴ってあらわれる。


「これは、陛下」


「趙武さん。一人で飲んでもつまらないので、仲間に入れてくださいよ」


「皇帝がそんな事、おっしゃっては……」


「まあ、良いじゃないですか。趙武殿」


 岑平の隣にいた。呂鵬が、岑平に助け船を出す。


「そうだぞ。共に戦った仲間なのだ、入れて差し上げろ」


 と、至霊。


「わかりましたよ。じゃあ、陛下もどうぞ」


「趙武さん。なんかそれだと、扱い軽いような気が」


 岑平の言葉に、趙武は、


「そうですか?」



「雷厳に、献杯けんぱい


 至恩が亡き友に、はいささげる。


 至霊や、呂鵬が、少し悩む。しかし。趙武が続ける。


「凱炎さんに、献杯」


 亡くなった将に、手向たむけの盃を手向けていく。至霊も続く。


「斤舷殿に、献杯」


 と、岑平が、


「叔父上に、献杯」


 皇帝の位を争った、岑瞬に盃を捧げ、趙武達は、苦笑する。


「じゃあ、一応、兄上に献杯」


「ハハハハ」


「こらっ、凱騎、さすがに笑うな」


 今度は、凱鐵が、兄、凱武に盃を捧げるが、中途半端ちゅうとはんぱな言い回しに、凱騎が、笑い。凱鐵にたしなめられていた。


 続いて、龍雲が、何故か、右手で徳利とくりの細くなっている首の部分を掴むと、下部の丸く膨らんだ部分に、盃を捧げ、


「師越さんに、献杯」


 趙武は、龍雲が無造作に掴んだ、師越の首を思い出し、顔を曇らせた。


 だが、最後に、趙武は、


「耀勝さんに、献杯」



 趙武は、最後の戦いを思い出していた。


 耀勝は、おそらくだが、四段階の策を考えていた。


 第一段階は、師越が本陣下の丘に、隠れ、趙武を強襲し、殺す策。これに関しては、趙武は、耀勝が少し無謀だったと思った。それだけ、師越の事を、信頼していたのだろうが。


 だが、趙武は、似たような策を、泉水で、すでに経験していた。そして、その時も、亜典アデンを失っている。その事もあり、耀勝が、そういう策を好む事を、趙武も心に留めていた。だから、察知して破った。



 続いて、第二段階は、戦場での事。耀勝の策は、廷黒がいてもいなくても、変わらない策だったろう。条朱、凱炎の左翼軍を主攻に、一気に、本陣を陥落させる。そして、中央軍として、廷黒が加わる。


 それに対して、趙武は、先の戦いと同様にこちらの中央軍を、敵の中央軍にぶつけ、さらに初日から動き、趙武は、雷厳、慈魏須文斗軍と共に、左翼へ移動し、敵右翼に攻撃をしかける。


 敵の主攻である、敵の左翼軍は、一気に呂鵬軍を押し込むだろうが、丘に陣取った後は、呂鵬、馬延軍に、手こずる事になっただろう。


 その間に、敵右翼軍を突破した、左翼軍は、中央軍に攻撃をしかけ、さらに、先の戦いと同じく、雷厳軍の一部は、森で耀勝を討ち、さらに、岑瞬軍の本陣に、後方から攻撃する。これで、岑瞬を討つ。


 まあ、実際には、廷黒は、戦線離脱したので、わからないが、この戦いも、趙武は、勝てたと思えた。



 さらに、第三段階だが。穂蘭軍による本陣を強襲して、趙武を討つ。これは、趙武が自ら動いたので、無意味となった。これも、大前提が間違っていた。趙武は、本陣に座って動かず指揮する事も、自ら動いて動きを把握し、全軍の指揮をとる事も、出来る。後方で隠れているような将ではないのだ。



 最後の第四段階だが、耀勝の自らをおとりにした、飛亀舞蛇による、攻撃。これは、分からなかった。耀勝が、何を考えて、この策を用いたのか。あれは、戦いではない、ただの、暴挙だ。趙武は、思った。



 ここまで、考えて思う。耀勝は、軍人じゃないのだろう。頭はとてつもなく良く、想像力も素晴らしい。そして、軍略も、色々、知っていた。しかし、人の命を軽く考えているような気がする。


「耀勝さん。戦いは、頭の中でやるんじゃないんだよ。実際に、起きている事なんだ」


 趙武は、耀勝に心の中で、盃をみ交わしつつ、そう言った。すると、耀勝は、苦笑して、


「では、軍の戦いを理解したら、趙武殿、あなたに勝てますかね?」


 そう聞かれたような気がした。趙武は、


「さあ? やってみないとわかりませんよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る