(什伍)

 耀勝の死で、雷厳軍と、耀勝の守備隊との戦いは、終わった。しかし、耀勝が死んでも、他の戦いは続いていた。



 だが、耀勝の死の知らせが、届くと共に、各軍は、それぞれの動きを見せたのだった。



 一番先に動いたのは、如親王国軍だった。耀勝の死を伝える、狼煙が上がる。


「あ〜。時間切れみたいですね。残念だな〜。撤退します!」


 慈魏須文斗軍と、激しい戦いを繰り広げていた、穂蘭軍は、あっさりと撤退を開始する。穂蘭軍と、慈魏須文斗軍の戦いは、最後の激戦となった。5万対5万の戦い。


 穂蘭軍が、押し気味に戦闘をすすめたが、慈魏須文斗軍も善戦し、そして、突然、終わった。



「ふ〜。何とか生き残りましたね。それに、こちらの勝利のようですし。姫〜勝ちましたぞ〜。じいが、迎えに行きますから、お待ち下さいね〜」


 南の空に向かい、慈魏須文斗は叫ぶ。



「耀勝様が、亡くなられたか……。よし、撤退する」


 揮沙は、泯桂が死に、崩壊しかけた軍勢を、なんとか、立て直し、その後の、呂亜と、岑平軍の攻撃を耐え抜いていた。しかし、それも無駄になった。自分の主、耀勝が殺されてしまった。だが、


「また、主を失ったが、今度は、国が滅んだわけではない。まだまだ、やることはある」


 そう言って、穂蘭軍と合流。生き残った如親王国軍を率い、母国へ撤退していった。





 そして、中央での戦いは、凱炎軍を討ち破った、呂鵬軍、馬延軍、凱騎軍が、中央へと押し寄せた。その時点で、勝負は決まった。趙武側、19万、岑瞬側27万で始まった戦いは、趙武側の16万を越える援軍の到着によって、一方的な戦いとなった。


 条朱軍は、何とか持ち堪えていたが、斤舷軍は、乱戦の中、斤舷が戦死、軍勢としてのていを成さなくなっていった。



 さらに、耀勝の死が伝わると、総大将であるはずの、岑瞬は、それまでの、気迫が嘘のように、嘆き、落ち込み、そして、軍を放置して、龍会ろんえへと、逃げ帰ったのだった。



「師父が、亡くなった? そうか……」


 岑瞬は、そう言って、立ち上がると、ふらふらと歩き始め、一人、陣を出ると、馬に乗り、猛然と駆け去った。



 その動きに同調し、岑瞬の護衛に徹していた、近衛裨将軍の二人は、ほぼ無傷の軍勢を率い、後を追った。



 だが、ぼろぼろの斤舷軍、そして、条朱軍は、岑瞬の逃げる時間を稼ぐ為に残り、条朱は、慌てて駆けつけた、廷黒の説得により降伏。斤舷軍は、降伏勧告を受け、裨将軍、二人が自害。軍は、降伏したのだった。



 これで、平原の戦いは、終わった。結果的には、趙武軍の大勝利だった。



 だが、岑瞬側は、耀勝、凱炎、斤舷、凱武、師越、そして、泯桂の、各将が死に。趙武側でも、雷厳が死んだ。そして、両軍の死者も多数出て、負傷兵は、もっと多かった。


 如親王国にとっては、計り知れない、大きな痛手となり、大岑帝国にも、大きな損失となった。



 疲れきった、各将に代わり、廷黒と冒傅は、戦場を駆け回り、負傷兵を回収。戦死者を出来るだけ減らす、努力をしたのだった。


「自分が、参戦していれば、岑瞬様が、勝ったのだろうか?」


 廷黒は、ふと、そんな考えを口にした。しかし、そばで聞いていた。冒傅が、否定する。


「それは、どうでしょうか? わたしには、あの男が、趙武殿に勝てるとは、思えませんね。戦死者だけが、増えるだけかと」


「そうですね」



 廷黒は、そう言った。そして、間違っていない気もした。いくら天才が考えた策でも、使い方が悪いと、意味をさない。そして、勝ったのに、友人を失い、天幕に閉じ籠もっているという趙武を思う。もし、条朱が死んだら、自分も同じになるのだろうか?


 だが、こくだが、まだ、やらないといけないことがあるのだ、趙武の早期の復調を、願った。





「ごめん、雷厳が、ごめん」


「趙武、気にするな。お前を守って死んだんだ。雷厳も、本望だろ」


「いや、だけど」


 至恩は、趙武に強い口調で、さとした。


「雷厳は、お前だからこそ、命をして守ったんだ。そのお前が、雷厳の行為を、否定するのか?」


 そうだった。確かに、自分の読み間違いで、耀勝の反撃を許した。だけど、雷厳は、自分の考えで、僕を守ったんだ。その僕が、こんな事を言っていてはいけないな。だけど、


「ごめん。一日だけ待ってくれ」


「分かった。待ってるぞ」


 至恩は、そう言うと、趙武の天幕を、後にしたのだった。




 そして、翌日、元に戻った。いや、いつにも増して、冷たい目をした趙武が、いた。



「全軍で、龍会ろんえを攻めます」


「全軍で? 降将である、我々もですか?」


 条朱は、驚き聞き返した。すると、趙武は、条朱ではなく、龍雲を見る。


「龍雲、条朱さん、何だって?」


「さあ? もう一度聞きます? それとも……」


 龍雲は、矛を構え、数歩、条朱に向かい歩きながら、趙武に応える。


 すると、慌てて廷黒が、


「お待ち下さい。条朱は、先頭に立ち、戦うそうです。我々も、喜んで、攻めましょう」


「そう。龍雲」


「はい」


「良かったね。楽できそうだよ」


「そうですね」



 趙武は、岑瞬を倒すために、全軍の出立しゅったつを、命じた。ただ、大岑帝国皇帝、岑平を、趙武は、塔南と共に、帝都へと戻ってもらおうとしたのだが、


相国しょうこくよ、いや、趙武さん。最後まで見届けたいんです。例え、どんな結末になろうとも」


「かしこまりました、陛下」





 龍会を囲む、大軍。趙武、岑平、呂鵬、呂亜、至恩、龍雲、馬延、条朱、廷黒、亥常、朱滅、凱騎の各将が率いる、およそ100万の大軍が。さらに、狗雀那国軍も加わっていたが、今回は、完全に見物だけだった。


 対するは、近衛裨将軍、二人が率いる4万と、龍会守備隊、およそ1万の5万の兵力だった。戦力比20対1。勝負に、なり得なかった。



 趙武は、海軍も展開させ、ありい出る隙間すきまもないほど、徹底的に包囲すると、一応、降伏勧告をしたのだった。戦わず降伏すれば、命だけは助けると。



 呂鵬は、一応、趙武に、凱炎の遺言である、岑瞬を助けて欲しいという、話をした。


「そうですか。凱炎さんが……。分かりました。提案だけします」


「提案だけか?」


「あの人が、そうですかって、引き下がるとは思えませんね」


「そうかもしれんな」


「たぶんですが、あの人は、違う幕引きをすると思いますよ」


「それだったら、その方が、良いかもしれないな」


「はい」



 趙武の降伏勧告に対して、城門が開く。そして、近衛裨将軍や、守備隊長に率いられた5万の兵士達が降伏する。そして、率いていた将はというと、守備隊長は、許されたが、近衛裨将軍、二人は、


「い、命の補償は、していただけるので?」


 趙武は、応える。


「ええ、勿論です。ですが、岑瞬さんは降伏しないのに、それを守るあなた達が、勝手に降伏して、良かったのですか?」


 すると、裨将軍、二人は、お互い顔を見合わせ、


「いえ、もう皇帝では、ありませんし」


「ああ、仕える方を、間違えたなと、お互い話していたんです」


「そうですか」


 趙武は、返事をしつつ、狗雀那国王トゥーゴーを見る。


「トゥーゴー様、この二人の身柄、宜しくお願いします」


「あい、分かった」


「えっ!」


「それでは、約束が」


 裨将軍、二人は、趙武に文句を言うが、趙武は、


「命は助けますよ。ただ、あなた方のような人は、大岑帝国には必要ないので、いや、それでは、失礼だな。うん、狗雀那国の発展の為に、役にたってもらいたいので、トゥーゴー様にお預けします。ああ、希望すれば、家族も同道、出来ますので、安心してください」


 裨将軍、二人は、がっくりと肩を落とす。しかし、趙武は、戦場で、自害して果てた、他の裨将軍、二人を思うと、充分、寛大な処分だと思った。


 先の二将は、必死に戦い、さらに兵士達の助命を願い、自ら命を絶った。趙武は、罪を問うつもりも、なかったのだが。


 それに対して、この二人は、岑瞬と共に逃げ、さらに、最後まで、岑瞬を守る事はせず、降伏した。その行いの差を、趙武は、許せなかったのだ。


 そして、この二人は、狗雀那国で優遇されたが、一生、大岑帝国の地を、踏む事は出来なかったそうだ。





 龍会の城門が、落ちると、趙武軍は街の中になだれ込んだ、そして、岑瞬が立てもる、皇宮を包囲する。


 すると、官吏や、女官、そして、兵士達が、続々と降伏してくる。そして、最後は、岑瞬の他、100名程が、立て籠もっているだけとなった。



 趙武は、再び、降伏勧告を行った。すると、岑瞬より書状が届く。それは、皇妃と、皇太子含む、子供達の命を、助けて欲しいとの事だった。


「いくら僕でも、奥さんや、子供達の命は、とるつもりはありませんよ。今はね」


 趙武が、応諾おうだくすると、岑瞬は、皇妃と、皇太子だけを、そばに呼び、話をした。


「余は、破れた。師父も死んだ。これ以上は、無理だろう。だが、いつの日か、再び、我が血筋が、帝位につく。太子たいしよ、頼む。いつか、余の思いをかなえてくれ」


「父上。いえ、陛下。必ずや」


よ。太子を頼む」


「はい、陛下」


 こうして、最後の別れを済ますと、岑瞬の妻や、子供達が、降伏してきた。趙武は、約束通り、命を助ける。


 だが、男子は、出家させて、寺に入れ。岑瞬の妻も、岑英の皇妃が、開祖となった尼寺で、出家させたのだった。


 その後の事になるが、岑瞬の妻は、尼寺に入った数日後、石段から転げ落ち、亡くなった。


 さらに、岑瞬の長男も、いよいよ成人になろうかという、成人の儀が行われる、数日前、同じように石段から転げ落ち、亡くなった。偶然なのか、それとも、何者かの策謀だったのかは、分からなかった。





 そして、岑瞬は、皇宮に火をかけると、紫丹、他100名程の、配下と共に、自害して果てたのだった。


「趙武。余は、大岑帝国の為、そして、惑う民の為に皇帝になったのだ。それを……。この恨み必ず晴らしてくれ、太子よ。そして、妃よ。すまん。後は頼んだ」


 趙武に対する、呪詛じゅそを吐きつつ、この世を去った岑瞬。だが、その願いが届く事はなかった。


 岑瞬の皇太子の、一人だけの弟は、高名な僧侶として天寿てんじゅを、まっとうし、妹達は、政略結婚の道具として、大岑帝国の為に、血筋を残した。



 皇紀245年の夏の事であった。岑瞬。享年54歳。兄、岑英よりは、6歳、長く生きた。


 岑平の希望により、共に亡くなった、配下の者達と共に、龍会、近郊の丘に皇帝として、埋葬された。


 だが、おくりなは、簒奪帝。


 不名誉な名前を持った、不運な皇帝は、ここに滅び、趙武の乱は、趙武の勝利で、終わったのだった。

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