(什肆)

 もう一方の戦いも始まろうとしていた。趙武軍の左翼軍と、岑瞬軍の右翼軍との戦いだった。


 呂亜軍、岑平軍、雷厳軍が、揮沙軍と、泯桂の軍に襲いかかった。


 趙武側は、15万。岑瞬側は、10万。正面から戦えば、岑瞬側は、不利な戦いをする事に、なりそうだった。


 だが、泯桂は笑う。


「くくくく。三段無限の陣。さあ、破れますかね〜」



 呂亜軍、岑平軍が、横陣で待ち構える、如親王国軍に、突撃をかける。如親王国軍は、中央に騎兵を配置、左右に歩兵が並び、横陣を構成し、後方に弓兵がいる配置だった。


 勢いでも数でもまさる、呂亜、岑平軍は、横陣に構えた如親王国軍の、薄い第一陣をあっさりと突破する。如親王国、第一陣は、左右に別れ逃げ出す。逃げ出した兵には目もくれず。第二陣へと襲いかかる呂亜、岑平軍。


 またしても、あっさりと突破。続いて、第三陣へと襲いかかった。さらに……。



 突破しても、突破しても、現れる薄い如親王国の横陣。呂亜、岑平軍も前後を入れ替えた戦う兵士を交代させたりしていたが、休み無く戦い続けて、次第に疲れ始め、突破力は弱まっていた。



「まだだ〜。まだだ〜。まだですよ〜。もう少しで、敵は崩壊しますよ、くくくく」


 泯桂は、自分の策の、成功に気を良くしていた。この策、自体は単純なものだった。


 如親王国軍を、弓兵を除き、三軍に分ける。一軍を騎兵を真ん中に、左右に歩兵を配置する横陣にする。これが、第一陣。そして、その横陣を三段に並べる。これで、第一陣から、第三陣までの横陣が出来る。


 第一陣は、ある程度、戦い、突破されそうになると、左右に別れ、後方へとまわる。この時、速度の速い、騎兵が移動距離が長くなっていた。そして、第三陣の後方で、第四陣となる。


 これを延々と繰り返していた。指揮は、左右の中段外側で、左の軍を、泯桂が、右の軍を、揮沙が指揮をとっていた。良く見ると、用兵の巧みな揮沙の軍より、泯桂の軍の動きは、ややぎこちない動きだった。



 呂亜軍、岑平軍の後ろからついてきた、雷厳率いる1万の軍勢。それを率いる雷厳は、苛立いらだち始めていた。


「まだ、突破出来ないのか! 呂亜さんも、塔南さんも、陛下はまあ良いとしてだが。何をしてるんだ!」


 すると、雷厳のそばにいた、将が、雷厳の方に馬を寄せ、何やら耳打ちをする。


「ん? 左右の中段に指揮系統がある、そこを叩けば、敵は混乱するのか。そうか、分かったぞ」


 雷厳は、左右を見渡す、そして、



「行くぞ! 右側だ!」


 雷厳は、先頭にたち、馬を走らせた。目指すは、如親王国の左陣。泯桂が率いる陣だった。雷厳の直感が、ややぎこちない軍の動きから、指揮に気をとられ、他に注意が向けられていないと思ったからだった。



 雷厳軍が、迂回しつつ、泯桂の陣へと迫る。泯桂の本陣は、5千程。しかし近づいても、何の動きもなかった。



 雷厳軍の突撃で、一気に粉砕される、泯桂の本陣。そして、


「貴様が大将か?」


「いや、ちがっ……」


「死ね!」



 雷厳の一撃で、泯桂は、肉塊となった。すると、泯桂軍は、崩壊し、呂亜、岑平軍が襲いかかる。


 だが、


「泯桂の軍勢は、わしの指揮下に入れ、立て直すぞ!」


 素早く、揮沙が中央へと移動し、両軍をまとめ、徐々に軍勢は、立て直されていった。


 しかし、一時的な混乱で、如親王国軍がこうむった被害も小さいものではなく。この戦いの勝利は、なくなった。後は、この軍が、岑瞬の本陣に行かないよう、時間稼ぎを、するのみだった。


 早くしてくれ、穂蘭。


 揮沙は、西の空を見上げた。その時、その見上げた空に、合図の狼煙のろしが、上がる。見つけたか。


 どうにかなりそうだと、揮沙は思った。後は、時間を稼げば良い。



 だが、この時、揮沙は、雷厳軍が、戦場から消えたのを見逃していたのだった。雷厳軍は、如親王国軍を突破し、さらに後方へと進んで行ったのだった。





 穂蘭は、如親王国の陣から離れ、遠く戦場の右手を迂回しつつ、趙武軍の背後へと向かっていた。趙武軍の左翼軍が動くと共に動き、その手薄となった趙武軍の本陣を叩く。耀勝の第三の策だった。



「急げ! じいさん達が、時間稼ぎしている間に、終わらせるぞ、この戦いを」


「お〜!」



 だが、なかなか趙武の本陣は、見つからなかった。旗指し物や、天幕が張られている場所が、複数か所あり。しらみ潰しに探した。


 そして、ようやく見つけたのだった。


「合図の狼煙を、上げるぞ!」


 穂蘭は、合図の狼煙を上げる。これは、趙武を見つけたという合図だった。後は、趙武を討ったという合図を、送れば良いのだ。それで、終わる。



「攻め込むぞ!」


「おー!」


 穂蘭、率いる5万の兵が、趙武の本陣へと攻め込む。趙武の本陣の軍勢も、慌てて守備を固めるが遅い。


 あっという間に、本陣へと、斬り込んだ。銀髪、銀髪、銀髪、いたぞ。


 本陣、中央の床几に座っている男が、立ち上がった。



「お前が趙武だな。俺の名は、穂蘭だ。悪いが死んでもらうぞ」


「おお、これは、これは。ようこそおいで下されました。我が名は、慈魏須文斗。趙武様は、こちらにはおられませんが?」


「なっ、趙武は、どこに行った?」


「さあ?」


「なに?」


「それよりも、わたしも命は惜しいので、反攻させて頂きます。重装歩兵隊。インペトゥス!」



 慈魏須文斗が、号令をかけると、西方の鎧をまとい、大きな盾を構えた兵士達が、走り込んできて、慈魏須文斗と、穂蘭の間に壁を作る。


 穂蘭も、慌てて、戦い始めた。すまん、じいさん。もう少し時間かかりそうだ。





 耀勝は、鉄の鎧を着せた、馬が引く、鉄製の馬車の中、穂蘭が上げた、趙武、発見の狼煙を見ていた。


 よし、勝ちましたね。耀勝は、勝利を確信していた。紙一重の戦いになったが、まあ、良いでしょう。


 耀勝は、馬車の中で、ほくそ笑んだ。



 その時だった。戦いの音が、すぐそばで沸き起こる。何者だ? まさか……、本当に来たのか、趙武。





 よし、いたぞ。


 趙武は、辺り一面、黒い土の上に停まる、一台の馬車を見つけた。趙武は、雷厳に命じる。


「あの馬車だ。雷厳、逃がすなよ」


「おう」



 趙武は、雷厳軍に、まぎれ込んでいたのだった。そして、泯桂の策を見破り、雷厳に話したのも趙武だった。



 雷厳が、泯桂を討った後、如親王国軍を突破した、趙武は、そこから森へと続く、微かな馬車の後を辿たどり、ここまでやってきたのだった。


 所々に守備隊がいたが、雷厳軍を分けつつ、守備隊に当たらせ、進む。趙武が悩むと、雷厳の直感に頼り、進んだ。そして、見つけた。耀勝だ。



 趙武は、耀勝を見つけ、勝利を確信した。岑瞬が心の拠り所にしている耀勝。これからの大岑帝国の事を考えても、生かしておくのは、あまりに危険だった。例え、この戦いが勝利に終わっても、耀勝がいる限り、趙武の戦いは、終わらない。だから、趙武は、自ら勝負に出たのだった。


 敵の総大将は、岑瞬。だが、岑瞬が頼りにしているのは、耀勝。その耀勝を討てれば、岑瞬の心も、折れる。そうすれば、この戦いも、趙武の戦いも、勝てる。



「よし掛かれ!」


 雷厳が、兵士達に命じた。雷厳軍は、護衛の兵士達を倒し、馬車へと迫った。



 だが、その時だった。馬車から、そっと手が出て、地面に向かって、何かを放り投げる。何だ?


「あぶね!」


 雷厳が突然、馬から飛び上がり、こちらに向かって飛び込んできた。不意をつかれた趙武は、どうする事も出来ず、馬から雷厳と、もつれるように落ちた。雷厳は、そのまま趙武に覆いかぶさってきた。珍しく混乱する、趙武。何だ?



 その時だった。周囲に、雷が落ちたかのような爆音が、響き渡る。



「ドッドーーーン!」



 そして、凄まじい光と共に、衝撃波が周囲を走る。雷厳によって、覆いかぶさられた趙武には、その凄まじい衝撃だけは感じられたが、何が起こったかは、把握、出来なかった。


 爆風が止むと、雷厳が立ち上がり、叫ぶ。



「逃さん!」



 趙武は、慌てて目を開ける、周囲は、煙に覆われ、その煙の中、走り去る、雷厳の巨体の影の、後ろ姿が見えた。



「何が、起こった?」



 趙武は、何が起こったかを、把握しようとした。周囲には、焦げ臭い匂いが、立ち込め、人々のうめき声が聞こえた。おそらく、趙武と共に斬り込んだ、雷厳軍の将兵達だろう。



 趙武は、自分の怪我を確認する。馬鹿力の雷厳に押し倒された為に、全身が痛むが、それは、打ち身やり傷で、大きな怪我は、していなかった。



 趙武は、立ち上がる。落ちていた、自分のげきを拾い上げ、それを杖、代わりに、ゆっくりと、雷厳の消えた方へと歩き出す。目は、チカチカとして見えにくい。煙によるものか、それとも、衝撃波と共に起きた光によるものだろうか? 


 そして、頭も動かない。もどかしい気持ちに、支配される。



 少し歩くと、徐々に、煙が晴れてきた。すると、前方に、真っ二つに、斬り裂かれた馬車と、その隣で、仁王立ちに立つ、雷厳の姿があった。目を見開き、顔は笑っているようだった。



 趙武は、慌てて駆け寄ると、馬車の中を覗く。そこには、大きく斬り裂かれ、すでに絶命した耀勝がいた。



 耀勝、紙一重だった。もし一歩間違えばこうなっていたのは、自分かもしれないな。それに、頭脳戦では、勝った気がしない。敵じゃなければ一緒に、飲むのも楽しかっただろうな。趙武は、正直にそう思った。


 それよりもだ。まずは、この戦を終わらさないと、いけない。



 趙武は、雷厳の方に振り返り、肩に手を置き、声をかける。



「良くやったな、雷厳! さあ勝鬨かちどきだ!」


 その趙武の言葉に、ピクリとも、反応しない雷厳。


「雷厳?」



 その時、雷厳の体が、ゆっくりと趙武にもたれ掛かってきた。趙武は、慌てて雷厳の巨体を、支える。ぬるっ。



 雷厳の背中は、ぬるっとしており、趙武は、慌てて、自分の体、全体で、雷厳の巨体を受け止める。そして、雷厳の脇の下から顔を出し、雷厳の背中を見る。すると、そこには、背中の筋肉が大きくえぐられ、背骨すら露出した、血まみれの背中があった。そこから、流れ出た血液は、雷厳の足元に、水溜りのように広がっていた。



 おそらく、あの衝撃波を、趙武をかばってまともに受けた事によるものだろう。趙武は、すでに、雷厳が走り去った時には、意識が朦朧もうろうとしていたのではなかろうかと思った。



「雷厳、雷厳、雷厳、雷厳、雷厳、雷厳〜!」



 趙武は、無駄だとわかっていたが、その巨体を揺さぶり、雷厳の名を連呼する。だが、反応は、なかった。すでに、趙武の目からは、涙が溢れていた。だが、



 趙武は、ゆっくりと雷厳の体を地面に、仰向けに横たえると、剣を引き抜き、ゆっくりと馬車に近づいた。


 そして、内部から、耀勝の体を引きずり出すと、髪の毛を掴み、首に剣を当て、一気に斬り離す。ドサッと、胴体が地面に落ちるが、趙武には、もはや何の感慨かんがいも湧かなかった。



「敵将、耀勝の首、趙武軍、雷厳が討ち取った!」


 趙武は、耀勝の首を、片手で持ち上げ、上にかかげる。そして、声を振り絞り、あらん限りの声で叫んだ。


「如親王国の耀勝は、雷厳が討ち取ったんだ!」


「雷厳がっ!」


 最後は、涙ながらの絶叫になっていた。趙武、自分の感情を理解出来なかった。ただ、ただ、悲しかった。


 すると、周囲にざわめきが起こり、波のようにそのざわめきが伝播していく。周囲は、静かになり、遠くで歓声が、響き渡る。生き残った雷厳軍の将兵だろうか? 



 趙武は、雷厳の体の傍らに、耀勝の首を置き。雷厳の体を掴んで、子供のように泣いた。周囲を取り囲んだ、敵も味方も、その姿を、只々、静かに見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る