(什参)

 銅鑼が鳴らされると、敵の本陣からも、銅鑼が鳴り響く。すると、戦場で戦っていた両軍は、戦いをやめて、攻め寄せていた方は、少し後退し距離をとると、野営の準備を、始めた。


 篝火かがりびが焚かれ、天幕が張られていく。そして、いたる所で、煙が立ち昇る。


 趙武は、自分の天幕に戻ると、横になった。そして、一日の戦いを振り返っていると、前線で戦っていた、龍雲、至恩、泉小、麻龍。そして、呂鵬に馬延。さらに、呂亜もやって来た。



 諸将は集まると、車座に座る。凱鐵も、趙武の後ろに座る。そして、夕餉ゆうげが運ばれて、少し酒も出た。大酒を飲むのは大敵だが、多少の酒は良いと、思われているのだった。



 諸将は、夕餉を食べつつ、話し始めた。


「趙武の旦那。もう少しだったんだぜ。岑瞬の首とるの」


 と、麻龍。


「何、言ってんの。敵軍の中で、孤立してるの助けてあげたのは、誰だったかしら?」


 と、泉小。


「それは、まあ、感謝してるぜ」


「だったら、いいわよ」


 すると、龍雲は、


「確かに、斤舷さんって、戦い慣れしてないのか、真正面から、俺達の突撃受けるから、結構、突破しやすかったんですけどね〜」


「でも、朱滅だったかしら? あの人が来てからは、戦況一変しちゃったわね」


 泉小の言葉を、龍雲も肯定する


「ああ。正直、危ないなって思う時も、ありましたからね〜。至恩さんが、来なかったら、危ないところでしたよ」


 すると、至恩は、


「俺は、もう少し条朱の軍勢を、叩きたかったんだけどな。やっぱり、朱滅だっけ? に上手くやられたよ」


「でも、合流して、ちょうど互角の戦いになって、上出来だよ」


 と、趙武。


「そうか? だって、俺達が、主攻だったんじゃないのか?」


 という、至恩の疑問に、趙武は、


「主攻だけど、そこで、決着つけるつもりもないよ。まあ、そこで、決着つけば、凄く助かるけど。明日、以降も頑張って。泉小さんと、至恩の頭脳も駆使して」


「ああ、わかったよ」


 と、至恩。


「ほほほ。任せて頂戴」


 と、泉小。


 さらに、龍雲と、麻龍も、うなずいている。



 中央軍の話が、終わると、今度は、呂鵬が話し始めた。


「凱炎殿は、やっぱり敵にまわしたくなかったよ、趙武殿。いや、強い、強い」


「ですが、その攻撃に耐えている呂鵬さんも、流石じゃないですか」


 と、趙武。


「ハハハ、なんとかですね。馬延殿、来なかったら、それこそ危なかったですよ」


 と呂鵬が言うと、馬延は、


「凱炎軍にも、隙がありましたからね。なんとか」


 すると、凱鐵が、


「兄ですね。あれは、唯の、父のものまねですから」


「ものまね?」


 と、趙武が聞くと、


「ええ、戦い方も、格好も真似て、中身が無い」


「凱鐵君は、兄上あにうえに手厳しいですね」


 と、呂鵬。


「すみません。ですが、昔から、身体の事とか馬鹿にしてきて、相性が良くなかったので、凱騎ガイキは、弟だったからかもしれませんが、そんな事なかったので。むしろ、色々気を使ってくれて、見た目よりも良い奴なんですよ」


 と凱鐵が言うと、呂鵬は、


「そうですか。では、遠慮なく弱点の、凱武君を、いじめましょうか、ね。馬延君」


「はい、お任せください」



 すると、趙武は、


「そう言えば呂鵬さん。お聞き及びとは思いますが、本陣の丘を、使って下さいね。明日の昼頃には、凱炎軍が、そこまで追い込んでくると、思うので」


「わかった。ところで、本陣を離れて、趙武殿は、どうするのだ?」


 呂鵬の、問いかけに、趙武は、


「左翼後方に、移動しますよ。雷厳と、慈魏須文斗さん連れて」


「なるほど、そちらが本当の主攻なのだな?」


 と、呂鵬のさらなる問いかけに、趙武は、


「う〜ん。まあ、後のお楽しみという事で」


「何だよ、それは?」


 と呂亜。


「ハハハ、分かった。楽しみに待っているよ」


 と呂鵬。そして、


「まあしばらく動きは、無いけど、呂亜さんも、すぐに動けるようには、お願いしますよ」


「分かった」


 と、呂亜。


「さあ、明日に向けて、備えましょうか」


 趙武の声に、諸将が応える。


「おう!」





 翌日も、銅鑼の音と共に、戦いは、始まった。龍雲、泉小、麻龍、そして、至恩の軍は、再び、条朱軍、そして、岑瞬の軍勢と、攻防を開始する。


 こちらの戦いは、趙武側19万。対して、岑瞬軍27万。だが、不思議な事に、引き続き互角の攻防をしていた。良く見ると、岑瞬を守る為か、一部のの兵が、まるっきり戦っていない。


 趙武は、場合によっては、援軍を送ろうと思っていたが、とりあえず、そのままにする事にした。



 もう一方の戦いは、凱炎軍が、呂鵬軍、馬延軍に襲いかかると、呂鵬、馬延軍はゆっくりと後退していく。こちらは、趙武側15万、岑瞬側が20万。損害自体も、趙武側の方が多かったのだ。そして、昼頃には、呂鵬軍が、本陣のある丘の下まで、追い詰められた。ように見えた。


 馬延軍は、一時戦列を離れると、一気に本陣のある丘に登り、眼下の凱炎軍に、弓兵が、雨のように矢を降らせる。そして、呂鵬軍も、丘に後退しつつ登り、防御拠点として活用すると、形勢は逆転したのだった。


 凱炎軍は、攻城戦を、比較的、苦手にする上に、呂鵬軍は、防衛拠点を使った防衛戦が得意な、王正オウセイの元将兵だった。


 さらに、凱武軍が、呂鵬軍に、丘に誘い込まれ、馬延軍の矢と、呂鵬軍からの挟撃きょうげきにあって、大損害を受け、戦線は、完全に呂鵬、馬延軍、優位の状態で、膠着した。



「なんで勝手に攻め込んだ!」


 凱炎は、息子である、凱武を怒る。


「いえ、ただすきがあったから……」


「隙ではない! 誘い込まれたのだ。感じんかったのか、危険な気配を?」


「いえ、特には」


「はあ〜。似てるのは、外見だけか。まあ良い。亥常。この状況どうすれば良い?」


「このまま攻めるには、被害が、大き過ぎます。されど、迂回して、敵本陣への攻撃をするにしても、敵本陣の位置もわからない上に、追撃も受けるでしょう。後は、逃げるしか。追撃されない事を願いつつですが……」


「いや、逃げる事はできん。ここで逃げたら、全て終わりだ」


 凱炎は、完全に手詰まりな事を悟った。そして、凱炎軍は、その後も丘を攻撃し続け、被害を無駄に、増やしていったのだった。



 二日目から、四日目まで、戦いは大きな動きは無く、膠着していた。ただ、中央軍の戦いは、数の多い岑瞬軍が、若干、有利には、なりつつあり、何らかの手立てをこうしないと、攻め手の龍雲、泉小、麻龍、至恩の軍勢は、崩壊する危険もあった。


 一方、凱炎軍は、亥常の撤退の助言を頑なに否定して、凱炎は戦い続けていたが、丘に布陣した、呂鵬、馬延軍に良いところなく翻弄されていた。こちらは、岑瞬や耀勝からの助言もなく、すでに戦線の維持は困難になってきていた。



 それを見て、趙武は動いた。


 五日目に、戦いは一気に動き始める事に、なったのだった。趙武は、予備戦力を投入し、現状を打開し始めた。





「さあ、来ましたね〜。楽しんでくださいよ。僕が考案した、三段無限の陣。さあ、破れますかね〜」


 泯桂は、迫りくる軍を、見つつ、軍を動かした。


 攻めるのは、呂亜の軍勢に、岑平軍。さらに、雷厳軍から、1万の精鋭を選んで、加えていた。


 待ち受けるのは、岑瞬軍の右翼。如親王国軍の、揮沙、と泯桂率いる10万の軍勢だった。



 残りの雷厳軍はというと、呂鵬軍のところに援軍として、送っていた。呂鵬、馬延軍が、凱炎軍を破れば、中央軍の援軍に送れる、との計算だった。



 その呂鵬軍への援軍を率いるのは、凱騎ガイキ。雷厳を師匠としたう、凱炎の三男だった。


 凱炎軍の損害は、三割程。かなりの損害だった。そして、その半数は、凱武軍だ。凱炎軍の兵力は、およそ14万。



 そこに、戦っていないので疲れも無く、力の有り余った、凱騎軍が襲いかかる。さらに、呂鵬軍、馬延軍も丘を下り、凱炎軍へと迫る。


 この時点で、呂鵬軍の損害は二割ほど、馬延軍は、およそ一割程で、総勢は、16万5千。兵力は、逆転し、守勢にまわった凱炎軍は、追い立てられつつ、後退を開始した。



「オラオラオラオラ! どけどけどけどけ!」


 凱騎が、崩壊しつつある凱炎軍を、縦横無尽に、切り裂く。そして、


「ん? そこにいるのは、凱武の兄者あにじゃか?」


「その声は、凱騎。貴様、何の用だ?」


「戦場で、何の用だは、ないだろ」


「ふん。まあ良い。さっさとどこかに行け」


「そうか。兄者は、本当に心がないな。だけど、良かった。凱家がいけは、凱鐵の兄者が継ぐから、安心しろ」


「なんだと」


「さっさと構えろ」


「くっ」



 凱騎は、馬上で、大刀だいとうを構える。仕方なく、凱武も、矛を構える。


 お互いの馬が迫り、大刀と矛が、交錯する。そして、走り抜け、凱騎が、振り返る。すると、凱武は、ゆっくりと、馬から転がり落ちた。


「さらばだ、兄者」



 凱武が死に、凱武軍の残存兵は、降伏する。



「凱武が、凱騎に討たれて死んだか。俺も、ここまでだな。亥常」


「はい」


殿しんがりは、俺がつとめる。残った軍を、率いて陛下の下に行ってくれ」


「しかし……」


「すまん。最後の頼みだ。頼む」


「かしこまりました」



 凱炎は、残存軍を、亥常に託すと、1万程の、兵を率い、呂鵬軍、馬延軍、そして、凱騎軍の前に、立ち塞がった。亥常達の、逃げる時間を稼ぐ為の、最後の命を賭した、行動だった。


 だが、多勢に無勢。あっという間に、討ち減らされていった。そして、最後、凱炎と共に残った数騎の将兵の上に、無数の矢が降り注いだ。



「うっ」


 凱炎の体は、ハリネズミのように矢が刺さり、ゆっくりと馬から転げ落ちる。それを見て、呂鵬は、ゆっくりと近づき、馬から降り、凱炎の体を、起こし、話しかけた。


「凱炎殿」


「おお、その声は、呂鵬殿か。負けた、負けた」


「すまない、凱炎殿。私は助けて貰ったのに、凱炎殿を助ける事が、出来なかった。申し訳ない」


「何を言っている。戦場では、仕方のない事だ。それに、俺が選んだ道だ」


「そうか」


「ああ、それよりも、呂鵬殿に頼みたい事がある」


「何です?」


「陛下の事だ。なんとか命だけは、助けて欲しいと、趙武に頼んで欲しい」


「分かった」


 呂鵬が、そう言うと、凱炎は満足そうに頷いた。さらに、


「それと、陛下に、どこか知らない地で、ゆっくりと……暮らして……く……ださい……と」


「凱炎殿、凱炎殿」


 呂鵬が名を呼びながら、体を揺するが、反応はなかった。


 呂鵬は、ふと気配を感じ隣を見ると、隣では、凱騎が、空を見上げつつ、無言で、涙を流していた。





 戦場を駆け回り、暴れ回り、大岑帝国に栄光をもたらした勇将は死んだ。だが、戦場で生き、戦場で死んだ男の、その顔は、どこか満足そうだった。死を賭して、援軍を送り込んだ、凱炎。



 だが、残った凱炎軍を率いる亥常は、岑瞬の下に向かう事は、しなかった。合理的で、頭の切れる男は、これ以上の戦いは、死者を増やすだけで無駄だと考えた。


 そのまま、戦場を離脱。迂回して、蛟龍城に入ったのだった。

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