(什弌)

「あの。これどうします?」


 龍雲は、師越の首を持って、趙武に聞いてくる。雑に髪の毛をつかみ、首からは血が流れ落ちていた。


「いや、普通、あれだけ良い戦いした相手だよ。もう少し丁寧に扱わないと。まあ、僕も人の事言えないけどね。勝ったら、師越、討ち取ったり〜。とか言って、味方の士気を上げたりするんじゃない?」


「ああ。そうですね。え〜と、敵将、師越、討ち取ったり〜!」


 龍雲の珍しい大声が、響く。すると、徐々にざわめきが、広がっていき。戦場に、静寂が訪れた。



「ふ〜」


 趙武は、息を吐くと、地面に腰をおろした。そして、


「龍雲、お疲れ様。さすがに、今回は、生きた心地しなかったよ。ありがとう」


「はあ。師越さん。でしたっけ? 無茶苦茶、強かったですよ。師越さんが、無傷だったら、どちらが勝っていたか」


「それでも、龍雲が勝つんじゃない?」


「まあ、趙武さんがそう言うんなら、そうなんですかね?」


「そうそう」



 そんな事を、話していた時だった。趙武は、自ら師越を誘導する、おとりになる為に、陣に残っていた。


 それで、陣から凱鐵達を、遠ざけていたのだが、戦いが終わり、直接の指揮をとっていた、凱鐵がやってきた。


 そして、


「龍雲さん。お疲れ様です。師越、討ち取ったとの声、聞こえましたよ。さすが、龍雲さんです」


「ありがとう」


 龍雲が、それに応える。すると、趙武は、凱鐵に訊ねる。


「それで、何か、用?」


「ああ。そうでした。あの、龍雲さんが、師越を討ち取ったので、敵軍が投降してきたのですが、どうすれば良いかと? 皆殺しにしないと、いけませんか?」


 凱鐵は、投降兵を殺したくは、ないのだろう。趙武の顔色を、うかがいながら、聞いてきた。


「数は?」


「およそ、5千人程でしょうか?」


 師越軍の兵士の9割は、焼死したか、斬り殺されたか、したのだろう。充分過ぎる、成果だった。


「そう。だったら、武器取り上げて、陵乾に言って、如親王国に送り返す準備を、って伝えて」


「は、はい。かしこまりました」


 凱鐵の顔が、明るくなり、慌てて飛んで行った。やれやれ、皆、甘いよな。自分も含めて。


 とりあえず緒戦は、終わった。しかし、これからが、本番だった。だが、今日は、敵が動く様子も無い。


「じゃ、明日やろう」


 そう言って、趙武はその場に、横になったのだった。


「戦ったの、俺なんですけどね」


 龍雲が、呟く。





 耀勝の下に、伝令が次々と、やってきた。


「趙武軍が、布陣、予定の丘に、趙武軍が、投石機にて、何かを飛ばしているとの、報告です」


「何かを? そうですか。何か分かり次第、報告を」


「はっ!」



「丘に、火がつけられました。真っ赤に燃えております。投石機で飛ばしている物は、油だったようです」


「見破られましたか。条朱軍の動き方が、いけなかったんでしょうか? まあ、策を教えてないので、致し方ないのでしょうが。至急、師越軍に、撤退命令を」


「はっ。ですが、すでに、周囲は完全に包囲され、近づく事は、難しいかと」


「そうですか、では、師越の力に頼る他、ないのですね。わかりました」


「あの。援軍を派遣しないのでしょうか?」


「そうですね。このまま戦い、乱戦になるのは、こちらにとって有益では、ないのですよ」


「はっ、失礼しました。出過ぎた事を、申しました」


「いえいえ、良いのですよ。引き続き報告、お願いします」



「丘での戦いは、我が軍の不利との事です。ですが、師越様が、駆け下られ、趙武の陣へと、斬り込んだよしに、ございます」


「斬り込みましたか……。突破して欲しかったのですが、まだまだ、死ぬには、惜しい人ですよ。ですが、彼は、どこかに死に場所を、求めてましたからね。揮沙さんのように、生き甲斐を見つけてくれれば、良かったのですが……」


「あの〜。亡くなられたわけではないと……」


「おお。これは失礼しました。引き続き報告、お願いします」


「はっ!」



「師越様が、戦死された模様です。敵、龍雲なる将が、そう叫んでいたと。さらに、その後、師越軍は、降伏した模様です」


「そうですか。降伏は当然ですね。遅いくらいです。ですが、死にましたか、師越さんは……。強い敵と戦い、満足しましたか、師越さん?」


 耀勝は、そう言うと、黙って奥へと、引っ込んでしまったのだった。



 耀勝が、再び外に出たのは、翌々日の事であった。


「さて、第一の策は、趙武に潰さました。続いては、第二の策ですが、廷黒さんが、蛟龍城に、籠もりっぱなしですし、第三の策の準備も、しておきましょうか。壬蘭。揮沙さんと、穂蘭さん、泯圭さんを呼んでください」


 しばらく、どこかに行っていた壬蘭が戻って、耀勝の副官として働く。


「はい、かしこまりました」


 壬蘭が出て行くと、耀勝は、一人呟いた。


「さて、廷黒さんが、いない今。仕方がないですが、岑瞬様の指揮で、第二の策は、上手く行きますかね?」





「焦げ臭い、油臭い」


 趙武は、師越軍を排除した丘に、布陣していた。しかし、趙武が、油まみれにし、燃やし尽くした丘は、かなりひどい臭いだった。


 油臭く、焦げ臭く、そして、人の燃えた臭い、なのだろうか。死体は、兵士達が協力し、綺麗に埋葬したが、それでも、油でも、焦げ臭さでもない悪臭も、ただよっていたのだった。


「我慢してくださいよ。兵士達は、焼死体も片付けたんですからね」


「わかってるよ、凱鐵。それでも、臭いんだよ。集中しにくいんだよ」


「お酒でも、お持ちしましょうか? 感覚が鈍るとも言いますし」


「おっ、それ良いね。持ってきて」


「いえ、冗談で言ったのですが……。かしこまりました、少々お待ち下さい」


 そう言うと、凱鐵は、趙武のそばを離れ、どこかに行ってしまった。


「さて」


 趙武は、集中して、戦場を眺めた。敵は、丘から十里(約5km)程、先に布陣していた。


 丘から真っ直ぐ正面の、やや小さな丘に、岑瞬の本陣が置かれていた。背後に、そこそこの大きさの森がある。そこに耀勝は、いるのだろうか?


 で、岑瞬軍の布陣は、定石じょうせき通り、中央、右翼、左翼と分かれた布陣だった。


 本陣に斤舷キンゲン等の軍12万。そして、その前方、やや趙武から見て右方にずれて、条朱軍15万。これが、中央軍だろうか。


 趙武から見て、条朱軍の右手に、凱炎軍20万。これが、左翼軍だろう。


 そして、趙武からみて左手に、如親王国軍が5万ずつ、三軍に分かれていた。旗を見る限り、本陣に近い方から、揮沙軍、泯圭軍、穂蘭軍だろう。そして、三軍はそこそこ距離をおいて、布陣していて、揮沙軍は、本陣の前方左側に、位置していた。しかし、これが、右翼軍だろう。数は、15万。


 これが、岑瞬軍、総勢62万。両翼の軍がやや前方に出て、中央軍が、やや下がって布陣していた。その当時は無かったが、鶴翼の陣、と言ったところだろうか?



 趙武は、無意識に、酒を飲む。そばには、凱鐵が戻っていた。趙武は、今度は自軍の陣容を、確認した。


 この丘には、雷厳軍5万が布陣していた。そして、丘の右下には、馬延軍5万。左下には慈魏須文斗軍5万。総勢15万。これが、一応本陣だったが、趙武は、押された所に援軍に出す予定で、特に本陣だという意識は、なかった。


 丘の前方には、中央軍。これは、龍雲軍5万を先頭に、第二陣に泉小、麻龍の軍、5万。第三陣に至恩軍9万。この中央軍19万が、趙武にとっての攻撃の、主攻だった。


 そして、右手には右翼軍として、呂鵬軍10万。対するのは、凱炎軍20万であり、戦いが始まったら、援軍を送る事に、なるだろう。


 さらに、左手には、呂亜の軍勢10万が布陣し、その後方、少し離れた場所に、岑平を護衛する塔南軍4万。だが、塔南軍は、輜重隊の護衛も兼ねていた。


 一応、この14万が、左翼と言ったところだろうか。対するは、如親王国軍15万。数は、ほぼ互角だった。


 これで、趙武軍は、58万。廷黒軍の不参加と、師越軍の壊滅によって、ほぼ互角にまでなっていた。


 そして、趙武軍は、中央が突出し、両翼がやや下がっていた。陣形的には、攻める為の陣形、魚鱗の陣と言ったところだろうか?



「よし」


 趙武は、隣で、自分に酒を注いでいた、凱鐵を見る。


「さて、どう見る」


「は、はい」


 凱鐵は、相手の陣容を見ながら、趙武が布陣するところも見ていた。そして、自分だったらどうするかも考えていた。


「おそらく敵の主攻は、左翼の凱炎軍でしょう」


「うんうん。それで」


「はい、凱炎大将軍の絶大な攻撃力を利用して、一気に本陣に迫り、我が軍の本陣を壊滅させる策かと」


「う〜ん。まあ、いいや。それに対して我が軍は?」


「はい、主攻の中央軍が、敵中央軍を突破して、敵本陣を叩く」


「ん? それだと、単にどっちが早いかの、勝負になっちゃうよ」


「そうですよね。う〜ん。如親王国軍が動いて、こちらも左翼軍が……」


 趙武は、凱鐵の言葉をさえぎって、話し始めた。


「耀勝の策だけど、おそらく、敵左翼が主攻なのは正しいよ。でもね。耀勝の考える左翼は、条朱軍まで入れての35万。その軍勢で、一気に本陣を叩く。こちらも、右翼軍と、本陣の軍で、25万いるけど、凱炎さんと、条朱さんが攻撃にまわったら、別格だからね」


趙武は、自分の予想する耀勝の策と、それに普通に対処した場合を話していた。


「はい。そうすると、本陣は、後退。いや、左方へ逃げるのでしょうか?」


 凱鐵は、趙武の方ではなく、敵味方の陣を眺めながら聞いていた。


「そうだね。塔南軍も巻き込んで、出来るだけ、兵の損耗そんもうを避けると。でもね。耀勝は、消耗戦になりそうだったら、左翼の軍を、分けて、中央軍の背後を突く事もできるよね」


「あっ。そうですね。では、どうすれば?」


 凱鐵は、目まぐるしく動く、戦況を想像しつつ、趙武に質問した。


「さあ? 廷黒さんが、指揮取らないからね。どうなるかは、わからないけど」


「けど?」


「臨機応変にだね。例えば、本陣から、雷厳軍や、馬延軍を中央軍に加えて、一気に敵本陣を、突いてみたり」


「なるほど。ですが、耀勝の策そのままだったら?」


凱鐵は、ふと、耀勝の策に対する趙武の策を聞いていない事をさとり、聞いた。


「それは、敵が本陣、狙うなら、本陣、無くせば良いわけで、本陣も、中央軍と共に、敵本陣に攻め込むよ」


凱鐵は、その様子を想像してみた。


「そうですか。勝てそうですね」


 趙武は、少し、首をひねりつつ、


「耀勝は、さらに一手ありそうなんだよね〜」


「そうですか。では、それも読まないといけませんか」


 凱鐵が、真剣に考え始めた。



「それよりも、いよいよ始まりそうだよ」


 趙武は、顔を前に向けると、前方遠く、岑瞬の本陣を見た。風にのって、銅鑼どらの音が響いてきた。岑瞬軍の、陣触じんぶれの合図だった。



「こちらも動くぞ」


「はっ!」


 凱鐵が、合図すると、こちらも銅鑼が鳴らされた。



 いよいよ戦いは始まる。その合図が鳴らされたのだった。

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