(什)

「そうだよね、都合良すぎるよね」


 趙武は、小高い丘を見た。小高い丘の左方には。城壁に囲まれた小さな街があった。戦闘に巻き込まれないように避難したのか、街は静けさを保っていた。


「えっ?」


 凱鐵は、趙武の顔を見た。目は、冷たく冷酷に、周囲を見ていた。


「凱鐵、ありがとう。耀勝の誘いにのるところだったよ」


「それは、良かったです。お役に立てて光栄です」


 凱鐵は、そう言ったものの、趙武が、何に気づいたのかは、分からなかった。だが、とりあえず、役にたったようだった。



 趙武は、命を下す。


「投石機を用意して。後は、油だね」


「はっ!」


 伝令は、立ち上がり、駆け出して行った。



 攻城戦でも無いのに、何十台もの投石機が、組み立てられ、輜重隊は、壺に入った油を運ぶ。油は、元々の油をさらに精製し、不純物を取り除き、サラサラとしてさらに燃えやすくしていた。



 この光景を見て、慌てて、それぞれの軍を率いていた諸将が、趙武の所に駆け込んできた。



「趙武。投石機など、何に使うんだ?」


 呂亜が、いち早く聞く。さらに、


「それと、運んでるのは油だろ?」


 と、至恩。


 趙武は、丘を指さしつつ、


「會清に偵察を頼んだ時に、すでに如親王国の一軍が展開して、様子を探る事が出来ませんでした」


「ああ、それ聞きました。會清の気配にも気づいたとか。化け物みたいな将ですよね」


 と、龍雲。


「はい。慌てて逃げました。銀髪の将でした」


 と、會清。


「そう。それで、気には止めてはいたんだけど、さっき凱鐵に言われて、それが結びついたんだ」


 諸将の視線が凱鐵に集中する。凱鐵は、自分を指差し、おろおろする。


「ただ、都合良く、指揮の取りやすい丘がありましたね。と言っただけなのですが……」


 趙武も、凱鐵を見る。


「そう、それ。もう少しで、そのまま布陣して、耀勝の策に、はまるところだったよ」


「耀勝の策に?」


 呂鵬は、何か思い出したのか、顔を曇らせている。


「ええ。僕が丘に布陣したら、如親王国軍が現れ、僕を殺すと。まあ、丘の中に穴でも掘って潜んでいるんでしょうが」


 その趙武の言葉に、


「待ってください。という事は一年くらい前から準備して、ひそんでいるって事ですか?」


 ようやく、結びついた答えに、驚く凱鐵。


「うん。だろうね」


 趙武の言葉に、雷厳は、


「死んじまうぞ。そんなにいたら」


「まあ、普通では考えられないよね。よほどの精神力じゃないと」


 趙武は、そう言った後、補給は、近くにある街まで穴を掘って、そこから補給しているんだろうね、と言おうとしてやめた。



 そして、趙武は、


「そんな我慢強い方々を、炙り出す為に、丘に油かけて、火をつけてみようかなと。料理であったよね。そんなの」


「やめろって。冗談だろ?」


 と呂亜が、言うが


「最も効率良く、敵兵を減らせますからね。これは戦いです、残酷だとか、卑怯だとか、言わないでくださいよ」


 趙武が、そう言うと、皆、黙った。そして、


「投石機にて、油を丘全体にかけた後、火をかけます。その間に、全軍で丘を包囲。逃げ出してきた兵士を、殲滅する」


「はっ。かしこまりました!」



 かくして、戦いは始まった。丘に向けて次々と、油の入った壺が打ち込まれる。壺は、丘にぶつかると、割れ、中から油が流れ出す。


 趙武は、途中、一部の壺に穴を開け、飛ばす。すると、途中に油を撒き散らしながら、壺は飛んで行った。


 そして、充分、丘に油が撒かれると、趙武は、投石機を少し下げて、穴を開けた壺がばら撒いた、油に火をつけさせた。火は、油を燃やしながら、丘へと向かい延びていった。


 火は、徐々に丘の下から燃え広がり、すでに日が暮れ始めた、周囲を明るく照らし出した。そして、丘、全体が火に包まれた。油が地中まで染み込み、丘は激しく燃えていた。趙武は、投石機で、さらに油を追加させ、火の勢いはさらに増した。



 すると、丘のあちらこちらで、地面が崩れ、悲鳴と共に、兵士達が逃げ下りて来た。だが、周囲には大軍が包囲している。駆け下りて来た兵士は、次々と、味方の兵士によって斬り殺されていった。一方的な殺戮だった。



 趙武は、ちらりと近くの街を見る。しかし、人が出てきたり、街にいる気配はなかった。どうやら、補給用に掘った穴も、趙武軍に、ばれないように、こちらが近づくと共に、埋めたのだろうか? 趙武は、街からの脱出を見逃すつもりであった。


「自分も、まだまだ甘いよな」


 趙武は、口の中で、ポツリと呟いた。



 趙武が、そんな事を考えている時だった。


 丘から、凄い速さで、煙をまといながら、一人の男が、こちらに向かい、一直線に駆け下りて来た。


 男は、趙武の陣に斬り込むと、次々に両手に持った剣で兵士を斬り倒しながら、奥へ奥へと斬り込んで来る。


 そして、


「何者! ぐわっ!」


「おのれ! うわっ!」


 あっという間に、趙武を守る、帳下督ちょうかとくの兵士達を斬り倒し、趙武の前に立った。


「お前が、趙武か? 俺は、師越だ」


 師越は、火に巻かれ、所々、火傷やけどをおっていた。その銀髪も一部が燃えたのか、チリチリになっている。だが、その目は、死んでいない、激しい闘志をうちに秘め、趙武をにらんでいた。





「ガシャン、ガシャン」


 微かに、壺のような物が割れる音がしていた。


「何を、しているのでしょうか?」


「さあな」


 師越は、丘に掘られた穴の中。やや広まった場所をねぐらとして、配下の兵士5万と共に、日々を過ごしていた。


 趙武軍が近づいているとの報を受けると、補給用の穴や、余分な穴を埋め、斬り込む用に開けてある、偽装された穴のみを残した。


 そして、今、趙武軍は、すぐそばにいた。しかし、すぐに登っては来ずに、何かをしていた。確かに、何かが割れるような音はした。しかし、師越には、そんな事には興味はなかった。


 しばらくすると、パチパチと何かが燃える音が微かにしてきた。だが、ここは土の中。外がいくら燃えようと関係ない。


 だが、遠くの方で、騒ぎが起き始めていた。


「火だ、火だ。燃えている」


「煙も入って来た。趙武軍は、俺らを蒸し焼きにするつもりだぞ」


 とか、声が聞こえて来た。


「何も、するな。奥へ退避させろ」


 師越は、そう命じたのだが、一部の恐慌をきたした兵士達が、穴を開け外に出る。だが、周囲は火の海。すぐに、火に巻き込まれた。さらに、空いた穴から、油が流れ込み火は、内部にも燃え広がっていった。


「チッ」


 師越は、立ち上がると、恐慌をきたした味方の兵士を斬り倒しつつ、外に向かった。そして、外に出ると、一目散に山を駆け下っていった。


 丘を、下ると周囲には、敵兵が埋め尽くしていた。だが、どうやら耀勝様の、望みも、自分の望みも叶えられそうだった。強い奴と戦い、倒す。そして、趙武を殺す。


 師越は、前方にある二つの気配を感じていた。一つは、今まで感じた中でも、最大の強い気配。これは、武人だろう。


 もう一つは、自分が、気後きおくれしそうな程の、禍々しい気配。いや、禍々しく感じるのは、自分が、敵だからだろうか? それにしても、耀勝様とは、別の意味で、怖い存在だった。



 師越は、一歩を踏み出した。身をやや低くすると、獰猛どうもうけものの如く、突進する。あっという間に、兵士の持つ、長いげきの間合いの中に飛び込むと、次々に斬り倒し、突破していった。


 頸動脈を狙い、浅く斬る、血飛沫ちしぶきが上がり、近くの兵士が怖気づく、すると道が開く。それを、延々と繰り返し、そして、辿り着いた。



「何者! ぐわっ!」


「おのれ! うわっ!」


 護衛の兵士を斬り倒し、男の正面に立つ。


 男は、自分と同じく、銀髪だった。長い銀髪を後ろでまとめ、前に一部垂らしていた。顔には、一つの傷も無く、師越が見ても美しい顔だった。だが、目は冷ややかに、自分を見ていた。


 この世の者ではない。師越は、そう思った。美しすぎる、そして、その冷たい目から、魂を吸われるような気がした。


「お前が、趙武か? 俺は、師越だ」





 趙武は、冷静に師越を見ていた。


「師越さんですか。そうです。僕が趙武です。ようこそ、我が陣へ」


「ああ。それで、あいつを倒せばお前を殺せるのか?」


 師越は、趙武の後方を見ていた。才能だけでは無く、戦場と、地道な努力によって磨き抜かれた、最強の武。そうか、趙武の信頼する男か。師越は、そう見た。


「ふふふふ〜。僕にとっての最強の矢は二本あるんですよ。とりあえず、その一本です」


 趙武は、どこか、からかうように答えた。師越は、心を読まれたように感じ、冷や汗をかいた。余計な事は、考えるな。相手を、倒す事だけ考えよう。



 師越は、二本の剣を十字に交差させ、身を低く、右半身みぎはんみに構えた。


「趙武さん。また俺ですか〜。強そうですよ」


 そう言いながら、龍雲が前に出る。師越と同じく右半身にほこを構えた。だが、その構えは、あくまで自然体であり、前後左右、自由に動けるようにしていた。



「行くぞ!」


「どうぞ」


 師越が咆哮ほうこうし、龍雲は、気のない返事で答える。だが、その返事とは、裏腹に、龍雲は、矛を素早く、右に引くと、容赦の無い横撃を、繰り出した。


 師越は、その横撃を、最低限の動きで躱すと、龍雲の矛の間合いへと、入り、左右の剣を素早く振るう。


「おっと」


 龍雲は、後ろに勢い良く飛び、後方回転しつつ、素早く起き上がりつつ、矛を突き出した。今度は、距離を、詰めるために近づいていた、師越が横に大きく飛ぶ。


 二人は、大きく息を吐き、また、距離を、とって、構え合った。さらに、攻防は続く。



 趙武は、二人の戦いを、見ていた。間合いの長さでは、龍雲に利があった。しかし、間合いの中に飛び込まれると、師越に有利となる。


 基本的に、龍雲は、有利な間合いで、攻撃して、相手を、倒したいところだが、師越の強靭な足腰による、獰猛な突進で、間合いを潰されている。


 それでも、龍雲のたぐいまれな身体能力で、後ろへ、横へ、さらに意表を突いて、前に飛んだり、躱して、そこから攻撃を繰り出した。


 だが、二人の戦いも、もう間もなく、終わりそうだった。人間が全力で戦える時間は、そう長くは無い。



「ふ〜。は〜。苦しふ〜。そうですね〜。は〜。師越さん」


 龍雲は、苦しそうに、だが、強気に言葉を吐く。


 それに対して、師越は、


「フッフッフッフッ」


 短く浅い呼吸をして返事をしなかった。火傷を負い、丘を駆け下り、大勢の兵士と戦った。さらに、自分と同じように、鍛錬され尽くされた男と、戦っているのだ。無尽蔵にも思える、闘神と呼ばれた男の体力にも、限界はあった。



 だが、師越が、再び獰猛な突進を開始する。だが、その動きに合わせて、龍雲は、を描くように後退し、間合いを詰めさせなかった。双剣と、矛が激しくぶつかり合い、火花を散らす。


 師越は、龍雲の攻撃をくぐろうと、双剣で矛を弾き上げるが、龍雲は、後退しつつ、師越の攻撃をさばく。そして、師越の攻撃が臨界点りんかいてんに到達し、途切れる。


 すると、龍雲が攻撃に転ずる。龍雲は、素早く矛を引き上げると、速く強く師越に向かい矛を、振り降ろした。師越は、双剣を交差させ、矛を、受け止める。すると、師越の体が一瞬ぐらついた。それを見逃す、龍雲ではなかった。


 一瞬で、間合いを詰めると、足で師越を蹴る、後方へとよろめく師越。さらに、体勢を整えた龍雲が、矛を連続で、激しく振るう。右からの横撃、矛を素早く返して、左から横撃。矛を右下へと抜くと、逆袈裟斬ぎゃくけさぎりに、矛を振るう。すると、矛が師越の左腕に当たり、師越の左腕はあらぬ方向に曲がり、剣を取り落とす。


 だが、龍雲は、攻撃を続ける。今度は、袈裟斬りに矛を振るう。師越は、剣一本で、その攻撃を受け止めようとするが、受け止めきれず、矛が師越の右の肩口に落とされる。龍雲は、両腕に力を込めると、勢い良く矛を振り抜いた。


 師越は、左に転がりながら、倒れた。



 龍雲は、うつ伏せに倒れた師越に、ゆっくりと近づく。すると、師越が、勢い良く飛び起き、龍雲に向けて飛び込んだ。


 龍雲は、矛を振るい、途中で離すと師越の体に重い矛が当たる。龍雲は、腰から素早く剣を抜き、矛によって、跳ね上げられ、がら空きとなった、師越の胴を、いだ。


「うっ!」


 師越が、仰向けに倒れると、龍雲は、左足で師越の胸を踏みつけると同時に、師越の首の右横に、剣を深く突き刺した。


「いや、師越さん。火傷してなかったら、この勝負、分からなかったですね〜」


 そう言いながら、龍雲は、右足で、素早く剣の柄を踏み、師越の首に刃を、落としたのだった。

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