(玖)

 趙武軍。どの歴史書を紐解いても、そう書かれているが、正しくは大岑帝国皇帝、岑平の軍勢である。



 趙武は、その岑平に上奏じょうそうし、出陣の許可を得るために、大岑帝国帝都、皇宮の玉座の間にいた。


「陛下。簒奪帝、率いる逆賊を討つため、兵を起こしたく思いますが、許可をお願い致します」


相国しょうこく。勿論、許可しよう。余にとって、最初の戦いです。是非とも勝利を」


「はっ」



 一通りの、儀礼的なやり取りが終わると、岑平は、玉座から立ち上がり、段を降りた。そして、ひざまずこうべをたれていた。趙武の前に立つ。


 すると、趙武も何事も無かったかのように立ち上がる。



「最初の戦いですけど、負けたら最後の戦いになるかもしれませんよね?」


 岑平が、趙武に話しかける。


「いや、いずれにしても最後の戦いにするつもりですよ。そろそろ、戦いにも飽きましたし」


 趙武は、


「飽きました。ですか。確かに戦いの無い、平和な世の中がくると良いですね。戦乱の時代は、あまりにも長かったです」


「平和な世の中になるかは、微妙ですけどね。今度は仲間内で、政治闘争とか? 派閥争いとか? 争いの種は尽きないですよ」


 趙武の言葉を聞いて、岑平は疑問をいだき、聞いてみた。


「趙武さんは、そういう争いをしたいんですか?」


「いえ。まるっきり興味はありませんね。出来れば、引退して書物を読んで生活したいんですが……。まあ、しばらくは、無理でしょうかね」


 その言葉を聞いて、岑平は慌てる。


「それは無理でしょう。何より、余が、困りますよ」


「ハハハ。すみません。人に責任押しつけといて、自分は逃げるなんて無責任な事はしませんよ」


「それを聞いて安心しました。それよりも、戦いですよね。向こうも、岑瞬、自ら出てくるんですよね。余も戦いますよ」


「かしこまりました、ですが、今までのように先陣では戦わせられないですからね。塔南トウナンさんと、一緒に後方待機ですよ」


「え〜」


 心底、嫌そうに、岑平が声を出す。


「え〜。じゃないですよ。大岑帝国の皇帝なんですからね」


「そうでした。では、仕方ないですけど。後方から、趙武さん達の戦いを見させて頂きます」


「ですが、輜重隊しちょうたいの護衛に、前線への補給の運搬、さらに、負傷兵の手当てとか、結構忙しいですよ」


「それ、皇帝の仕事ですか?」


「さあ?」





 そして、245年の春。趙武は、大京を出て、とりあえず九龍城へと、兵を向けた。総勢58万。



 趙武は、戦いに向けて軍の編成を変えていた。


 呂鵬軍は、そのまま呂鵬が率いていたが、岑平、配下の将は、呂亜の配下に。呂亜の配下だった。龍雲、馬延は独立して、上将軍として、雷厳、慈魏須文斗ジギスムントと共に、独立軍とした。


 至恩は、至霊の言った通り、至霊の軍を加え、9万という中途半端な数だったが、大将軍として、その軍勢を率いる事になり、その至霊は、岑平の側で、護衛、兼任で相談役として、置かれた。


 そして、泉小センショウ麻龍マリュウは、2人の将軍による、軍として、そのまま編成された。



 軍勢は、進み何事も無く、九龍へと到達した。趙武が、九龍城に入った、その時、九龍に急報がもたらされた。



「狗雀那国軍30万。九龍へ向けて進んでおります」


「えっと。伝えて無いよね?」


 斥候せっこうが、もたらした急報を聞き、趙武は、そばにいた、會清に聞いた。


「はい。知らせておりません。趙武様が、そう言われたので」


「そう。だったら、なんだろ?」



 そんな事を趙武が考えていると、今度は、門から、知らせが入る。


「マルダーズと名乗る、狗雀那国の使者が、趙武様に、お目通りを求めておりますが」


「今度は、マルダーズさんか。すぐに、お通しして」


「はっ」



 マルダーズが入ってくる。相変わらずの体格と、髭、さらに独特な髪型から来る威圧感。それに反して、愛らしい目が印象的だった。



「ご無沙汰しております。狗雀那国、将軍マルダーズです。狗雀那国王、トゥーゴー様より、伝言を授かり、参りました」


 マルダーズは、趙武の前に跪き、頭を下げていた。


「トゥーゴー様から?」


 趙武が訊ねると、


「はい。此度の出兵にも、是非とも協力したいと、おおせです」


「だけど……」


「確かに、我が軍は、まだまだ弱いです。しかし、命を惜しみません。壁と思い、お使い下さい」


 いや、さすがに、壁としてお使い下さいって。はいというわけにもいかない。しかし、有り難い申し出を無下むげにも出来ない。


「わかりました。援軍ありがとうございますと、お伝え下さい」


「はっ、かしこまりました」


 そこで、趙武は、ふと


「そう言えば、トゥーゴー様も、こちらへ?」


 すると、マルダーズは、髭面の顔に、キラキラと、瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべる、ちょっと気持ち悪い。趙武は、少し思った。


「いえ。軍と共に、居られるそうです。それで、私めに出席して来いと、出陣のうたげに」


「マルダーズさんも、好きだね」


「は〜い。それは、もう」



 そして、その夜。諸将を集めて、宴を催した。兵士達にも、振る舞い酒がされ、城でも、外でもいたる所で、宴が行われた。



 趙武の周りにも人々が集まった。趙武に、岑平、呂鵬に、呂亜に、至霊。そして、至恩、雷厳、陵乾に、龍雲。さらに、會清、慈魏須文斗。


 さらに、泉小に麻龍。凱鐵に、凱騎。そして、岑平、麾下きかの将だった、参謀。縻天ビテン修呂シュロ張璃チョウル虞蕃グバン久那クナ


 そして、狗雀那国からの使者のマルダーズ将軍。



 一通り、挨拶が済むと、思い思いに移動し、話し始めた。呂鵬は、至霊、慈魏須文斗と。岑平の周りには、元麾下の将達が。凱鐵、凱騎は珍しく兄弟で、泉小も麻龍が捕まえ、そこに何故か、マルダーズが加わった。



 そして、趙武の下には、呂亜が、雷厳が、至恩に陵乾が、龍雲が、そして、會清が車座に座った。



「いよいよ、ここまで来たか……。約30年か……」


 至恩がしみじみと話す。


「約30年? 何が?」


 趙武が、器用に酒を、飲みつつ話す。


「俺達が、出会ってからだ」


「そんなになるのか〜。名門、至家を巻き込んでごめんね」


「いや。我が家の頂点だよ。大将軍。それを、趙武からもらうとは」


「ごめんね~。名門でもない、男が。そんな、だいそれた事をして」


「だから、感謝しているんだ。趙武には。でも、流石だよ、頂点を極める」


「まあ、本当は、勝ったらだけど」


「そうだな。勝とうな」


「ああ」


 すると、今度は雷厳が、


「俺達も、約30年。至恩より、3年短いな。だから……」


「正確には、28年ですかね?」


 陵乾が、そう答える。


「そう。28年だ。楽しかったぞ」


「ええ、本当に」


「やめろよ。何か最後の別れみたいな話は」


 趙武が、珍しく、語気を強めた。


「ガハハハ! すまん、すまん」


「本当に、申し訳ありません。ですが、私は、そこそこ出世出来ればと思っていたのですが、今や、文官の最上位近くまで。これ以上、何を、望みましょう」


「おう、そうだぞ。何もいらんぞ。だが、趙武の為に大手柄をあげるぞ。最後のご奉公だ。ガハハハ!」


「だから、やめろって!」



「えと、次は、俺ですかね? 勝ったら、美味しい酒、飲みましょう」


「そうだな」


 龍雲は、相変わらずだった。そして、會清は、


「ただの坊主が、今や、間者組織の頭領。人生、分からないものです。ですが、自分は、趙武様に、出会い役立つために、生まれてきたのだと、つくづく思いますよ。自分にこんな才能があるとは。ただの坊主で、終わるより、面白い人生です」


「會清には、本当に感謝しているよ。これからも、よろしく」


「はい」


 そして、趙武は、


「全員が生き残って、また、楽しく飲もう。さあ、まだまだ酒はあるぞ」


「おう」


 その日は、夜通し語り合い、酒を飲み。翌日は、皆酒に酔い、寝て過ごした。そして、その翌日の早朝、趙武軍は、九龍を出て、途中、狗雀那国軍と合流、そして、戦場へと向かって進んだ。



 會清の報告によると、岑瞬の、軍勢は、ほぼ布陣を終え、こちらを待ち構えているとの事だった。だが、



「廷黒軍が、蛟龍城から出ていない?」


 會清が、趙武に向かって、敵軍の動きを、伝えていた。その中に、気になる報告があった。


「はい、見た限り、早馬が何度も往来して、再三再四の命令を伝達しているようですが、廷黒軍に、動きはありません」


「そう」


 趙武は、目を閉じ、少し考えた。すでに、我が軍は、蛟龍城まで、急げば、二日程の所まで、進んでいた。さらに、戦場までは、そこから四日程だろうか。廷黒軍が、今から動いても、騎兵だったら、背後から強襲も可能だろうか? だが……。


「トゥーゴー様に会いたい。至急、許可をとって来て」


「はっ」


 會清が、駆け出していき、一瞬で、消えた。





「趙武殿。わざわざ、許可を取らずとも遠慮なく、我が天幕に訪れてくれれば良いのだ」


「はい、恐れ入ります」


「で、何用かな?」


「はい。狗雀那国軍にやってもらいたい事があります」


「ふむ。どんな事だ?」


「はい。急ぎ蛟龍城に向かい。城を包囲して頂きたいのです」


「包囲だけで良いのか? 攻めずとも」


「はい。包囲し、敵を城から出さないようにして頂きたいのです」


「要するに、敵が討って出てきたら、戦うのだな」


「はい」


「わかった。任せよ。マルダーズ! すぐに出立する。急げ!」


「はっ!」



 狗雀那国軍は、急ぎ、蛟龍城に向かった。そして、廷黒軍が、城から出る前に、包囲を完了。蛟龍城とその周辺の防衛施設にいた、廷黒軍15万は、狗雀那国軍30万に囲まれたのだった。



「これでは、動けませんな」


「ええ。これでは、どうにもなりませんね。敵は、我が軍の倍。突破して、戦場に向かうなど。とても、出来ません」


 廷黒軍の副将である、上将軍、冒傅ボウデンと、廷黒が、蛟龍城の城楼から、外にいる狗雀那国軍を眺めつつ、話す。


 元から戦う気がなかったわけでは、なかったが、趙武からの誘いもあったはあった。だが、そんなに積極的に誘うわけでは無く。もし、良かったらと。だが、簡単に裏切るのも、違う気がした。


 出来れば、耀勝と、趙武の戦いを見てみたい気持ちはあった。だが、巻き込まれて、死にたくはなかった。


 ただ、悩んでいるうちに、こうなった。だったら、これも運命。廷黒は、冒傅を呼び出すと、戦場へと向かわない事を告げた。元々、呂鵬の配下であった冒傅も、同調したのだった。





 それから、二週間ほど後、ゆっくりと進んだ趙武軍は、街道を進み、戦場と考えている場所までやってきた。



敵軍は、趙武軍が、現れると少し後退し陣を下げた。


目の前に広がる、広大な平原。そして、指揮を取るのに好都合な、木のはえていない、小高い丘が、目に入る。一日前までは、条朱軍が、布陣していたが、全軍の後退に合わせて丘を降り、今はここから十里(約5km)程の距離にいる。



「眺め良さそうだな。あの丘」


 趙武が、そう呟く。すると、凱鐵は、


「本当に。都合良く。指揮のとりやすい丘がありますね」


「ん?」


 趙武の目が、暗く輝く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る