(捌)

 一方の趙武は、戦いに関しての考えをまとめきれないでいた。頭の中に、何千通り、何万通りもの考えが浮かぶが、どれも確実に勝てるというものでは、なかった。


 部隊を細かく分けて、龍会を強襲。なんて事も考えたが、南部と違い山も無ければ、森林地帯も広大ではない。そして、そんな策で勝っても、評判も悪くなるだろう。こちらが正統な皇帝である事を、示す戦いで姑息こそくだとは言われたくなかった。


 大軍、同士の激突。正面からの決戦に持ち込むつもりはないが、奇策を用いるよりは、戦略的には、正統的に、戦術面で、お互い策を、用いる事になりそうだった。



 まずは、こちらから攻めるか、相手に攻めさせるかだが、それは、こちらから攻めた方が有利に動けそうだった。耀勝もそう考えているだろう。そして、耀勝は、それを利用して、戦場を決め、こちらを誘導する。岑瞬を餌にすれば、こちらも乗るしかない。いや、のった方が良い。そこは、読める。


 耀勝、相手に奇策を用いて、変な戦いになるよりは、ある程度、相手の思惑にのって、戦場を決めるのは、ありかもしれない。趙武は、そう考えた。で、耀勝が望む戦場だが、趙武は、地図を隅々まで、眺めた。



 廷黒の本拠地である、蛟龍城、周辺から、龍会方面に向けて、大軍同士の戦いが行えそうな、平原はある。とても大きな平原だ。内部にいくつもの街もあり、そこを攻略しつつ進軍し、拠点として使う事も出来るだろう。そういう戦いを行えば、蛟龍城は、孤立し、防御拠点の意味を成さなくなる。



 軍勢を複雑に進軍させつつ、本陣にすきが生まれたら、強襲し、岑瞬を倒す。基本的には、そういう戦いになるだろうが、耀勝は、どういう策で来るだろうか? さすがに、そこは読めない。



 耀勝の策を見て、それを用兵でかわしていく。用兵家としての、趙武はワクワクしていた。


 さて、どうするか。とりあえず、戦場を偵察しといてもらおう。



 趙武は、會清カイセイを呼び出すと、蛟龍城周辺の偵察を命じた。



「會清。悪いんだけど、偵察をお願いしたいんだ」


「はい、かしこまりました。どこになりますでしょうか?」


 趙武は、地図を指し示し、趙武の戦場予想地域の偵察を頼む。


「わかりました。では、早速」


 そう言って、去ろうとする會清に。


「地形は分かってるから、何か変わった所はあるかとか、敵の動きとかを、お願い」


「はっ」


 そう言って、會清は、出て行った。



 それから、一月ひとつき程で、會清は戻って来たのだが、


「ふ〜ん。すでに、如親王国軍が、演習を行っていて、近づけなかったと」


「はい。配下の者が、近づいたのですが、敵将が現れ、一瞬で殺されたそうです」


「會清の配下を、見つけるか〜。人間離れしているね」


「はい。もうけものごと嗅覚きゅうかくかと。わたしも、近づいてみたのですが、いつの間にか、銀髪の男が、近くに居て、慌てて逃げました」


「よく逃げ延びたね。ご苦労様」


「はい、逃げ足だけは速いので。まあ、敵将が、馬に乗っていなかったから、助かったのですが」


「そう」



 會清を見つけるか。そんな、化け物みたいな男がいるのか。まあ、野生の勘とかで、雷厳が、たまに言い当てたり、一番感性の鋭い、龍雲がちょっと感じられる程度の、會清の気配。それを、あっさりと見つけるか。


 そして、銀髪……。西方から来たのか、それとも、自分と同じ、西方からの移民の子孫なのか。何度か如親王国とは戦ったけど、耀勝、配下の将はとても優秀だ。名は……、誰だっけ? 


 だが、気をつけないといけない、危険な将なのは、確かなようだった。で、その耀勝、配下の危険な将は、何をやっているのか?


 趙武は、耀勝が、何か策を弄しているのではないかと考えたが、どんな策かは、分からず。心に留めて置くことにしたのだった。



 戦場の一部の様子は、分からなかったが、會清から、それ以外の情報は伝わっていた。これらの情報を、頭に叩き入れると、戦いの準備を進めたのだった。後は、



「敵の動きを待って、こちらが動く」


 呂亜が、聞き返す。


「敵の動きを待って、こちらも動く。じゃないのか?」


せんって、やつですよね?」


 凱鐵が、趙武の言葉を代弁しようとする。


 後の先とは、相手が先に動いた時に、その動きを読んで動作を起こし、相手の攻撃を押さえて、逆に攻撃を決めることを言うのだが。


 趙武は、


「いや、そこまで大袈裟な事じゃなくて、お互いの呼吸を合わせて、準備が整ってから戦うって事かな。そうすれば、奇策が入り込み難くなるしね」


「そうですか……」


 凱鐵が、少し落ち込んだように話す。それに対して、趙武は、


「本当は、相手の機先を制す事や、後の先を出来れば良いんだけど、相手は、耀勝でしょ。呂鵬さんみたいに、成りたくないからね」


「ああ」


 呂亜が、そう言うと、たまたま、部屋に入ってきた呂鵬が、


「そうですね。わたし、みたいに、大敗北するのは、いけませんね。ハハハ」


「ち、父上!」


 呂亜が、慌てるが、趙武は、


「あの戦いこそ。後の先ですよね。呂鵬さんの動きを、読まれて、龍会で、如親王国軍が待ち受ける」


 凱鐵は、焦り、趙武と呂鵬の顔を交互に見る。だが、お互い、気にしていないようだった。


「ああ。だが、あの時は、あれしか良い策が、思い浮かばなかったのだ」


「そうですよね。呂鵬さん以外、ろくな将いなかったんですもんね〜」


 慌てて、呂亜が止める。


「趙武。さすがに、やめろ」


「あっ、すみませんでした」


 趙武も、失礼だったと謝るが、呂鵬は、


「いや、あの時どうすれば良かったか。趙武殿に聞いてみたかったから。良い機会だと」


 すると、趙武は、少し考えると、


「まあ、一番は戦わないのが一番ですけど。興魏さん、皇位継承の話し合い無視した上に、逃げ遅れた人、殺してますからね〜。ですが……。やるとしたら、まずは、岑瞬さんが、耀勝の親戚と結婚して、如親王国の言いなりに、なっていると……」


「趙武殿。さすがに嘘は、通用しないのでは?」


 呂鵬が、趙武の策に、驚く。


「いえ、呂鵬さん。本当の事ですよ」


「何? 本当なのか?」


 呂鵬がさらに驚き。呂亜が、趙武の話を、肯定する。


「はい、俺達も趙武から聞いて、びっくりしたのですが」


 岑瞬の妻は、耀勝の親族である事や、その妻に、泉水で会った事。そして、顔に偽りの表情が、貼り付いていたと。趙武は、話す。


「だから、趙武殿は、岑瞬を嫌がったのか?」


「そうですね。耀勝の操り人形を、皇帝には、たてまつりたくないですよ」


「そうか、そうだな。それで、どうするのだ?」


 呂鵬は、趙武の策の、続きを聞いた。


「えっ。ああ。耀勝とのつながりの証拠を提示すれば、廷黒さんは、寝返るだろうし。後は、真正面から戦っても、廷黒さんを、条朱さんにぶつけ、凱炎さんに、呂鵬さんが戦えば、それだけで、軍は崩れるでしょうね〜」


「やっぱり、怖い男だ、趙武君は……」


「そうですか? 耀勝の方が、怖いような……」


「そうか?」


「そうかな?」


「そうでしょうか?」


 呂亜、呂鵬、凱鐵の声がかぶった。





 月日は流れ、皇紀245年の正月。岑瞬は、配下の者を集め、元宵節げんしょうせつの祝いを、行ったのだった。


 それが終わり、岑瞬達は、いよいよ戦いに向けて動き出した。



 龍会でも戦いの準備が進み、岑瞬は、皇宮の玉座の間に、配下の将を集めていた。


 岑瞬は、居並ぶ将をゆっくり見回しつつ、言葉を発した。


此度こたびの戦い、余も前線に出て戦う」


 すると、凱炎や、条朱が止める。


「危のう、ございます」


「そうです。我々が戦いますので、陛下は後方にて……」


「黙れ! いや、すまない。余も、皆と、戦いたいのだ。この戦いは、運命を決定づける、一戦だからな」


 岑瞬は、気持ちを込めて話したのだった。凱炎、条朱は、感涙の涙を流し、他の将も岑瞬の変わりように、感銘を受けていた。勝つぞ。いや、勝たねばならない、陛下の御為おんために。



 さらに、岑瞬は、話を続けた。


「この戦いは、負けられぬ戦いだ。なので、誉れ高き、耀勝殿に助力頂いた。耀勝殿、いわく。勝つ為に、皆の協力が必要だ。そうだ。皆の者、宜しく頼む」


「はっ!」



 そして、岑瞬は、話し始めた。


 耀勝の決めた戦場について、場所は、蛟龍城、近郊の、広大な平原。


 だが、その布陣は、とても不思議なものだった。蛟龍城から離れ、蛟龍城は完全に放置。さらに、敵を半包囲するような陣形だが。軍の指揮がとりやすい小高い丘を、遠く取り囲むような。


 そして、趙武軍が動き次第、その場所に機先を制して、布陣する。と、その為に、密かに周辺の街に全軍を、待機させ、趙武軍が動き次第、動く。


 ただ、そんな大軍は一つの街に待機出来ないので、それぞれの軍を、細かく分ける。


「我が軍は、蛟龍城を出て、布陣するのでしょうか? それに、蛟龍城と連携した方が、守りやすいとは思いますが?」


 廷黒が、疑問をもって、岑瞬に訊ねる。


「うむ。それなのだが、趙武にとって、蛟龍城は無視して、侵攻する可能性が高く。それだったら、あえて蛟龍城を捨てる、との事だ」


「そうですか。わかりました」


「ああ、宜しく頼む。他には、何かあるか?」


 他に、何か訊ねる者は無く。こうして、話は終わった。



 話が終わると、諸将は本拠地に帰り、そして、軍を分けると、少しずつ出発し、戦場周囲の、それぞれの街へと入り、趙武軍の動きを、待った。


 岑瞬の軍勢は、凱炎、そして、配下の将、凱武ガイブ亥常イジョウ。条朱とその配下の朱滅シュメツ。さらに、廷黒とその配下の、冒傅ボウデンが率いる、総勢50万。それに、岑瞬の親衛隊と呼べる、斤舷と近衛裨将軍4人が率いる12万。総勢62万。


 これに、揮沙、穂蘭、そして、泯圭率いる、如親王国軍15万が、加わって77万。息を殺して、気配を消して、ただ待った。



 だが、この情報は、會清の手の者によって、兵の総数まで詳しく、大京へと伝わった。



 趙武は、


「動いたか。じゃあこちらも行きますかね」

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