(漆)

 武帝の世子、哀帝は、簒奪帝により帝都を追われる。簒奪帝、帝都にて即位。その後、哀帝、崩御され、意思を継いだ、岑英の庶子、岑平。帝都を奪還。その後、帝都にて帝位につく。



「何だ、これは! 簒奪帝だと! 余は、正統な皇帝だ!」


 龍会の皇宮に、岑瞬の怒号が、響く。そして、居並んだ諸将も、一様いちように怒りをあらわにしていた。一部の将を除いてだったが。


「陛下を、簒奪帝などと! 陛下は、正統な皇位継承者だぞ!」


 条朱が叫ぶ。そして、さすがの凱炎も、


「大岑帝国の為にたたれた、陛下に対して、何たる不敬ふけい


 さらに、紫丹も、


「禅厳めの名前もありますな。あの裏切り者が!」


 などと、他の将達も、口々に、非難していったのだった。だが、廷黒など、一部の将は黙って聞いていた。



 この時、廷黒は、昔の岑瞬だったら、自分が、同じ事をしていただろうと、思っていたのだった。



 現に、大京、奪還時、廷黒はそれを提案した。だが、死んだ者に鞭打つ事は、出来ないと、興魏、岑職に、何の汚名も着せなかった。立派な心がけなのだが……。



 実際、興魏は、まとまりかけていた、皇位継承の話し合いを、ぶち壊しにした上で、逃げ遅れた官吏かんりを処刑している、咎人とがびとなのだ。


 だったら、岑職を、偽帝ぎていとでもして、興魏を、偽帝をまつり上げ、皇位簒奪こういさんだつ目論もくろんだ罪人としておけば、まだ、正統性を、主張出来たのだ。ここで、怒っているだけではなくて。だがもう遅い。主導権は、帝都にいる、趙武にあるのだ。



 廷黒は、再び二人を天秤にかけ始めた。岑瞬か、趙武か。例え何と言われようと、生き残る。廷黒は、そう誓ったのだった。



 荒れていた岑瞬だったが、如親王国、大将軍、耀勝から、龍会に向かっているとの報告を受けると、落ち着きを取り戻したのだった。





「師父、お待ちしておりました。趙武めは……」


 耀勝が、龍会に到着し、皇宮へ、そして、玉座の間へと入る。すると、岑瞬の表情は、とても明るくなり、玉座から立ち上がり、耀勝を出迎えるために、段を降り、耀勝の方に、駆け寄る。まるで、親を見つけ駆け寄る、子供のようであったという。


 だが、耀勝の方はというと、厳しい表情を岑瞬へと向けると、


「陛下。何故、逃げました?」


「えっ? 師父、何と?」



 普段から優しい言葉をかけられていた、岑瞬は、なぜ耀勝が厳しい表情をし、自分を詰問きつもんするような事を言っているのか、理解出来なかった。


 耀勝は、心の中で、ため息をついた。駄目だな、これでは。岑瞬が、しっかりしないと、また負ける。


「しっかり、なさいませ。わたしは、陛下が、なぜ趙武と戦わず、逃げたかと言っているのです」


「そ、それは、敵の兵が多く……」


「それは、聞き及んでおります。趙武軍は、70万いたと。ですが、狗雀那国は、あくまでも援軍です。なので、積極的に攻めるような事は、しないでしょう。元々の兵力を考えても、趙武軍は、多くても50万といったところでしょうか。陛下の周辺にはかき集めれば、20万は、いたとの事、それだけの兵力があれば、廷黒殿が、戻って来るまで、耐えられたでしょうに」


 岑瞬は、おろおろしながら、答える。


「だが、至霊と、塔南が裏切り……」


「それは、あなたがそう仕向けたからでしょう」


「……」


 岑瞬の顔に戸惑いの表情が、浮かぶ。耀勝は、少し呆れる。本当に理解していなかったのかと。


「まあ、良いでしょう。ですが、このままだと勝てませんよ」


「勝てませんか?」


「はい。陛下が勝つ気にならないと、難しいでしょう」


「勝つ気でおります」


「口だけでは、なんとも。ですが、わかりました。勝ついくさしかしない、趙武が、戦いを挑んできているのです。その覚悟が無いと、この負け戦を、ひっくり返す事は難しいですね」


「そこまで、ですか?」


「ええ。すでに詰んでいると言っても、良い状況ですよ」


「わかりました」


 岑瞬の顔が、厳しいものへと変わる。そして、岑瞬の頭の中に、今まで、浮かんでこなかった思いが、浮かぶ。勝たないといけない。



 よし、顔つきが変わった。耀勝は、少し希望を見出し始めていた。だが、まだまだだ。そこで、岑瞬へと、要望を出したのだった。


「うむ。良い顔つきです。これで、戦いでは、互角でしょう。わたしは、これから、趙武に勝つ方策を考えたく、思います。どこか部屋を、お借りしたいのですが」


「師父。すぐに準備、致します。なにとぞ、よろしくおねがいします。ですが、師父だけには頼りません。余も、何をすべきか考えます。まずは、戦いに向けて、兵を鍛え直します」


「陛下、その意気です」



 その後、耀勝は、部屋に籠もり、戦う為の、いや、勝つ為の方策を考え始めた。そして、岑瞬は、自ら先陣に立って、兵の練兵。さらに、武具、兵糧等の、準備を行い、戦いに、備え始めたのだった。


 再び、頼もしい姿を見せ始めた岑瞬に、周囲の将達も発奮し、兵の士気も自然と高まっていったのだった。





 耀勝は、少しずつ集まってきた情報を整理しつつ、戦いに向けて考えをまとめていった。


 趙武軍は、やはり東方諸国同盟を攻略し、それを支配下においていた。耀勝は、項弥コウヤ孫星ソンセイの2将をそう簡単には下せないと、考えていた。しかし、実際は、あっさりと全土を攻略。項弥、孫星も殺されてしまったようだった。



 趙武、恐ろしい成長だ。初期の趙武は、戦いに勝てば良い、という感じで、勝つ為に策を、考えるだけであった。しかし、今回の東方諸国同盟の攻略は、岑瞬に勝つ為に必要だったから、攻略した、ということだろう。


 さらに、精神的に打撃を与えた、岑瞬への、簒奪帝という呼称。他にも、こちらの将にも、何らかの手をうっているのだろうか?



 耀勝は、後悔した。趙武が、本気にならないうちに、どうにかしておくべきだったと。だが、もう遅い。今度の戦いで、勝って倒すしかないのだ。



 耀勝は、頭を左右に振って、後悔の念を振り払い、情報の整理を続けた。趙武軍は、狗雀那国と共に、東方諸国同盟の攻略を行い、支配下においた国の全軍を連れているとすれば、兵力は、40万ということだろう。


 狗雀那国は、元々の兵力はわからないが、岑瞬の報告が、正しいとすれば、30万いるということだろう。この狗雀那国が、どう動くかわからないが、耀勝は、あまり考えない事とした。この戦いに負けたら、滅びる可能性のある、如親王国と違い。必死に戦う必要性はないのだ。


「戦況が不利になれば、さっさと引くだろう」


 耀勝は、こう考えた。トゥーゴーの気性を知らない耀勝にとって、こう判断するしかなかった。


「戦いは、趙武軍と、岑瞬、如親王国連合軍の戦いと考えよう」


 そうなると、趙武軍48万。岑瞬軍62万。さらに、如親王国から連れてこれる軍は、今回20万。合わせて82万。これだけ考えれば、楽勝なのだが。


 だが、大岑帝国全土を戦場にし、趙武が指揮をとれば、逆転も可能かもしれない。耀勝は、戦場に出る事はない。出たら逆に邪魔になる。戦えないし、まともに馬にも、乗れない。


 そういう意味での、耀勝の欠点で、趙武の利点だった。趙武は、耀勝の策を見てから、手をうてるのだ。だから、耀勝は、必勝の策を、考えなければならなかった。数段階に渡る策をたて、構築していく。



 まずは、趙武に大岑帝国全土を戦場とされたら、策のたてようがない。なので、戦場を限定させたい。それは、こちらの敗北条件である。岑瞬をえさにすれば、可能だろう。


 岑瞬を戦陣に置く。総大将なのだから、当たり前なのだが、配下の将の反対に合うだろうか? だが、説得するしかない。


 軍としての、敗北条件は、戦いでの敗北は、勿論だが。こちらは、帝位を争うという、理由のある、岑瞬を殺されたら負け。あちらは、岑平が死んでも、その息子を皇帝にたてれば良いのだから。趙武の死が、敗北条件だろうか。耀勝は、これらの事も、考慮に入れつつ、戦略をねっていく。



 さて、その戦場をどこにするかだが。耀勝は、趙武軍の、布陣を妄想しつつ、地図を見ていく。戦うなら補給もしやすい、こちらの、勢力圏が良い。だが、こちらが防衛するのに、違和感がないとすると、一箇所しかなかった。


 廷黒が、本拠地にしている、蛟龍こうりゅう城の近郊、大軍が布陣しても十分な大きさのある平原で、所々に丘もある。戦場を眺め、指揮をとる趙武にとって、丘の上に布陣する事も、充分、考えられた。


 さらに、こちらの布陣する場所の背後に、それなりの大きさのある森林。耀勝は、思った。自分は、ここに隠れていれば、そう容易たやすくは、見つからないだろう。補給庫ほきゅうこにしてもそうだ。趙武との因縁のある、糧食りょうしょくの焼き討ち。これも、されにくい。



 耀勝は、ここを戦場として、策を、構築する。不意討ちとしての、第一の策。戦いとしての、第二の策。さらに、戦いが膠着こうちゃくした場合の、第三の策。


 第一の策は、趙武軍が布陣する場所の指揮がとりやすい絶好の場所の丘に、誘い込めば良い。適当な丘の木を抜き、草を刈って、眼下の眺めを良くし、一年ほどおけば、自然に見えるだろう。そして、そこに趙武が、布陣すれば。


 だが、将が問題だった。第一の選択肢は、個の強さとしては最強の、闘神と呼ばれる、師越だ。だが、もし失敗して、失った場合、それ以降の戦いに支障がでる。さらに、第三の策でも、第一の選択肢となる……。


 そうか、だったら死なせなければ良い。導入する兵力を増やし、もし策が破れる事があれば、逃げるように伝えれば良いか。



 耀勝は、部屋を見回す。そこには、ただ一人、壬蘭だけがいた。


「壬蘭。本国より、師越を呼んでください。配下の兵も、一緒にです」


「はい、かしこまりました」



 壬蘭は、部屋を出ると、如親王国に向けて伝令を送ると共に、如親王国の海軍にも伝令を送り、師越の軍勢を海軍で、運ぶよう、連絡したのだった。



 すると、一週間程で、師越がやってきた。


「師越さん。早速ですが、仕事です」


「はっ」


「説明するので、近くに来てください」


「はっ」



 耀勝は、師越に第一の策を、こと細かく説明する。準備から、破れた時の対処まで、細かく、丁寧に。そして、


「この策は、師越さんだからこその策です。よろしくおねがいします」


「はっ」


 師越は、短くそう答えると、自らの軍を率い、龍会の街を出て、どこかへと消えていったのだった。


亜典アデンの事もありますから、こういう策を、趙武に仕掛けるのは、不安なのですが……」


 耀勝は、ポツリと、そう呟いた。

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