(伍)

 趙武は大京へと近づく、そして、その低い城壁を見ていた。さすがに、このままじゃ駄目だな。と。


 すると、呂亜と、凱鐵が話しかける。


「趙武どうした?」


「大京の守備についてですか?」


「ああ」


 趙武は、大京の城壁を見つつ答える。


「さすがに、このままじゃ駄目だね」


 確かに、東西南北の街道に、防御用の拠点はあった。だが、大京から遠すぎた、そこを突破されたら、街道沿いに街々はあったが、素通りが可能だった。


 大京の周りが、山に囲まれてとかだったら、街道に防衛用の城があれば守れるが、大京周辺は、広大な平原だ。多少、所々に、丘はあったが。


 大京は、南河の近くにあるため、水堀などは作れそうだったが、それ以外に、特に、防御拠点が無い大京を、趙武は、問題視していた。


 拡大路線で、外に外に領土を求めていたうちは良かったのだが、それも、そう遠くない将来終わる。すると、今度は、内々の戦いが起こるかもしれないのだ。



 凱鐵が、


「単純に城壁を高くすれば良いのではないでしょうか?」


 趙武は、答える。


「大京の城壁を高くすると、帝都としての、見栄え悪いから」


 今度は、呂亜が、


「広大な水堀で、囲めば良いじゃ無いか?」


「そうですね〜。だけど、水害の心配もありますから」


「まあ、確かにそうだが」


 南河は、とてつもない水量を誇る大河だ。人間の制御が効く代物ではない。そして、数年に一回は、氾濫はんらんして、水害を起こす。その水を、多量に引き込んで、大きな水堀にすると、何が起こるかわからない。自然は、怖いのだ。


「だけど、やはり水堀は作らないといけませんね。あまり、深く大きくは出来ませんけど」


 趙武は、首を捻りつつ、考えをまとめていた。


「大京の外に、出城でじろを数か所作って、大きな城壁でつなぐかな」


「それだと景観が……」


 と、呂亜が言いかけるが、趙武は、


「だから、ちょっと離れた外に、作るんですよ。大事業になるけど。まあ、城壁越えたら、大京の街並みが見える。この位で、景観に関しては、勘弁してもらおうかなと」


「なるほどな」


 呂亜も、頷き、納得した。そして、


「かしこまりました。では、早速さっそく


 凱鐵は、そう言ってどこかに馬を走らせようとした。しかし、


「凱鐵。どこ行くんです?」


 趙武が、呼び止める。


「いえ、陵乾さんに伝えようかと」


「ハハハ、今は無理だよ。そんなお金無いし、呑気に工事もしてられないよ。だから、今は……」


 そう言って、趙武は大京に向かって歩を進め始めた。


「この戦いに、集中しよう」


「ああ」


「はい、かしこまりました」


 呂亜と、凱鐵も趙武の後に、続いた。





 趙武が大京に入ると、趙武は塔南と。うん、誰だっけ?


「お久しぶりです。相国様。右丞相の禅厳です」


 そうだった。禅厳だった。趙武は、皇位継承の話し合いの時を、思い出していた。確かあの時は、軍務担当の大臣の太尉たいいであったが。


「その禅厳さんが、何か御用ですか?」


「ハハハ。何か御用ですかとは、手厳しい。わたしは、相国様に使える為に残ったのです」


「こちらが、勝ちそうだから?」


「いえいえいえ。こちらの方が、わたしの事を評価してくれそうなので、ですよ」


「ふむ。分かった。じゃあ、そのまま、として、仕えて」


「はっ。丞相としてですか?」


「そっ。丞相として」


「かしこまりました。この禅厳。相国様が、勝ち続ける限り、忠誠を誓います」


「ふ〜ん。勝ち続ける限りね。それ、分かりやすいね」



 趙武はそう言うと、今度は、塔南に、話しかける。


「塔南さん。お久しぶりです。すっかり、大京の守護神ですね」


「嫌味か、それは? ころころあるじを変える男だと」


「いえ、別に。塔南さんは、岑職様に仕えてて、岑瞬さんに、一時的に大京を支配されて、仕方なく仕えていたが、岑職様が、大京を奪還されて、再び、望み通り、岑職様に仕えると」


「そうか。物は言いようだな」


「はい。ですが、本当に良いんですか? こちらは、至霊さん、塔南さん、それに呂鵬さんが加わって、ようやく、58万ですよ。向こうは、62万。さらに、如親王国が味方につくから、さらに増えますし」


「うん? こちらにも、狗雀那国だっけか? 味方してくれるんじゃないのか?」


「平原の戦いに、まだ慣れていませんし。さすがに、死ぬか生きるかの戦いには、連れて行けませんよ」


「そうか。そうすると、俺も戦地におもむくのか……。戦うの久々だな」


「塔南さんも、戦ってくれるんですか?」


「当たり前だろ。呂亜と、趙武は、俺の弟分みたいなもんだ。付き合うよ、最後まで」


「そうですか。ありがとうございます」


「らしくないな、趙武様は。ハハハ」


「そうですかね? ハハハ」


 二人が笑っていると、大京の安全を確認していた、呂亜が戻ってきた。そして、趙武と、塔南に声をかける。


「楽しそうですね。お久しぶりです、塔南さん」


「ああ、呂亜も元気そうで、何よりだ」


「ええ。積もる話は後ほど。それよりも、趙武。行くぞ、皇宮へ」


「そうですね。行きますか」


 そう言うと、趙武は大京の大通りを、皇宮に向かって進んだ。街の住民も、家から出て見物する。



 大京の民は、先々代、皇帝岑英を愛していた。やや好戦的であったが、高潔こうけつ清廉潔白せいれんけっぱく、そして、その強烈に人々を惹きつける魅力もあり、さらに強く、頭も良く、次々と勝ち続けた男が、大好きだった。


 そして、その名声は、岑英が倒れ、表舞台に登場しなくなると、その頭脳で、大岑帝国に勝利をもたらす趙武という男に、引き継がれたのだった。まあ、その外見によるところも大きかったが。



「ほら、手を挙げて応えてやれ」


「えっ。こうですか?」


 呂亜に言われ、趙武は、手を挙げる。


 すると、大歓声が大通りに、木霊こだました。まあ、女性の黄色い悲鳴というのだろうか? それが、多かったが。



 その後も、趙武は、左右を見つつ、ひらひらと手を振りながら、眉目秀麗な顔に、さわやかな笑みを、浮かべる。



「見事な、作り笑いだな」


 呂亜が、そう言うと、


「ええ、趙武様も、ああいう事、出来るんですね〜。さすが趙武様」


 凱鐵は、妙な事に、感心していた。





 趙武は、皇宮に入ると、興魏こうぎが使っていた。相国、引見いんけんの間に入った。ただ、興魏の使っていた、床几は片付け、どこからか、使いやすそうな床几を持ってくる。一段高くなっているのも、嫌がったが、それは、周囲に説得されて諦めた。長身の趙武が、座るとかなり見下ろす事になり、下から見上げられる事が嫌なのか。どこか居心地悪そうな趙武だった。



 だが、それでもやるべき事はやっていた。趙武は、皆を集めると、話し始めた。


「で、後は岑職様と、呂鵬さんを待つんだけど」


 すると、呂亜が、


「ああ。父上から西京を出立したという書状は来ている。後、二週間ばかりで、到着すると思う」


「そうですね。それは、良いんですが……」


「ん? 何かあるのか?」


 ちょっと言いよどんだ、趙武に至恩が訊ねる。


「最近、岑職様の情報が、ないんですよね」


「岑職に何かあったんですか?」


 趙武の言葉に、岑平が慌てる。


「うん。念の為。岑平も……。岑平様も、奥様と母上様を大京に呼んでおいてください。あれ? えーと、お呼びくださいかな?」


「やめてくださいよ。わざわざ、丁寧に言い直さないでください」


「ハハハ、ごめん、ごめん。だけど、よろしくおねがいします」


「かしこまりました。ん? いや。わかりました。さっそく、呼びます」


 すると、趙武は、今度は陵乾の方を向き。


「陵乾。丞相は、禅厳さんがやるから、陵乾は、太尉として働いてもらうね。軍資金集めとか、糧食集めと、遠征用の兵站の構築とか、次の戦いに向けてやる事いっぱいだけど、よろしく」


「はい、かしこまりました」


 と、陵乾。そして、趙武は、


「で、皇帝の側近である、御史大夫ぎょしだゆうは、将軍を引退された、至霊さん」


 突然、話をふられた至霊が、びっくりする。


「えっ! 俺か? 俺は引退……」


「ですから軍からは引退ですが、これからは、文官として」


「悠々自適な生活を、おくりたかったのだが……」


「至霊さんに、悠々自適はむかないですよ」


「う〜む。かしこまりました。とりあえず、この戦いが終わるまでは、引き受けさせて頂きます」


「ありがとうございます。至霊さん」



 その後も、空いている役職に自分の配下の幕僚を次々と指名していった。そして、同席していた、禅厳が驚く事となる。


「呂鵬さんの所には……」


 そう、空白となっていた戦死や、退去した大将軍の本拠地に次々と、官吏を派遣したのだ。主として文官を。その補佐に、武官を派遣し、さらに複数の官吏達を同道させた。そして、補佐役の、武官には大将軍の本拠地にいる守備隊とは別に、現地で徴兵し直属の軍を、作るよう命じたのだった。


 これで、各地でとどこおっていた流通が再開し、さらに、大軍が居なくなって、余っているだろう、軍資金や、糧食を回収、さらに、治安の回復までもはかるためだった。


 禅厳は思う。岑瞬が、一年たって気づかなかった事を、最初から目をつけていたのかと。自分も、気にはなっていたが、自分は軍政や、軍務担当だと、紫丹の役目と考えていたのだが。


 禅厳は、今後も、まだまだ趙武はいろいろ手をつけるつもりか? 自分もちゃんと働かないと、すぐ首になるなと、気を引き締めたのだった。



 だが、趙武はそれ以上は動かなかった。万全の戦いをする為に、豊富な軍資金と、あふれる糧食を手に入れたかったのであった。後は、戦いに勝ってからだ。趙武は、そう思っていた。



 その後の、趙武はと言うと、狗雀那国王トゥーゴーを連れて、大京の街中を案内した。



「トゥーゴー様。ここが、僕の在学した軍官大学校ですよ」


「軍官大学校? それは、何をするのだ?」


「はい、若い人に、戦略、戦術、軍略、用兵を教え、優秀な軍人を育てる教育機関です」


「教育機関? 我が国は、まだまだ遅れているな。趙武殿、いろいろ教えてくれ」


「はい、良いですよ」



 そして、趙武は、トゥーゴーを案内し尽くすと、自分の部屋の壁に、ここ大京から、岑瞬のいる龍会までの地図を貼らせたのだった。趙武は、時間があると地図を眺め、何やらぶつぶつと呟き、歩きまわる。





 こうして、日々は経過し、大京、近郊に呂鵬軍が現れたとの連絡を受け、趙武達は出迎えの準備を始めたのだった。今は主の居ない、皇宮の宮城きゅうじょう


 その主を迎える為に、大京、北門を開け。趙武を筆頭に、文官、武官が揃い、岑職と、呂鵬を待ち受けた。


 そして、呂鵬軍の動きが止まり。馬に乗った呂鵬を先頭に、こちらへと数名が駆けて向かって来たのだった。だが、その中に、高貴な人が乗る馬車や、輿こしは見られなかった。


 趙武の顔が、厳しいものに変わった。

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