(肆)
至霊は、皇宮を出ると、三か所に、伝令を急ぎ送った。
元々、九龍に近い方に拠点を作り、そこに布陣させているので、まずは、出陣の準備をさせておく為に、伝令を送った。
だが、自分が、急ぎ帰って軍と共に出陣したら、趙武軍の九龍攻略に、間に合わない。
そこで、九龍城と、趙武に伝令を送ったのだった。九龍城には、撤退命令を。岑瞬の命令とは矛盾するが、死にたくないから喜んで命令に従うだろう。
趙武には、九龍は、明け渡し、自分は降伏するから、少し九龍城で待ってて欲しいと。
それにしても馬鹿な男だ。もう少しかつては、切れ者のイメージがあったのだが、考える事をやめたのだろうか?
岑瞬。せっかく味方したのに、人の使い方を知らない男だ。玉砕覚悟で戦うから共にとか、言われれば、たとえそれが嘘でも、ちゃんと戦ったのに。
だが、これで呂鵬殿を救って貰った恩義は返した。後は、好きにさせてもらおう。
やれやれ、これで、本当に息子に家督を譲って、隠居が出来る。さて、どこで隠居するか? 至霊は、そんな事を、考えていたのだった。
至霊軍が、九龍へと近づく、九龍周辺には、
至霊は、城の一室に通された。部屋には、趙武、至恩、そして、呂亜と、後は、筋肉が肥大して上半身裸で、金の装飾を体のあちこちに付けた男が立っていた。誰だ?
そして、趙武だが、変な凄味が出てきたた。昔はもっと飄々としていたが。野望を……。いや、目標を決めて動き出したからだろう。
至霊は、思わず片膝をつき、頭を下げた。呂亜が、慌てる。
「いや、至霊さん。頭上げてください」
至霊は、頭だけ上げつつ、話す。
「それは、出来ない。こちらは、降将だ。それに、趙武君は、おっと、すまない。趙武殿は、大岑帝国の相国を、名乗っているのだ。そこは、きちんとしないといけないぞ」
すると、呂亜は、素直に謝る。
「そうですね。申し訳ありませんでした。俺達も、
「いやいや、普段の話し合いは、それで、結構。だが、公的な際に、注意すれば良い」
「はい」
趙武は、感心していた。自分も結構、立場を気にせずやってきたが、きちんとしないといけない時はある。年長者で経験豊富と言えば、
趙武は、思う。恐らく、至霊さんは、隠居を考えているだろうが、顧問的立場で、近くには、居てもらおう。と、考えたのだった。
「それで、至霊さんは、なぜ、九龍に?」
趙武が、至霊に訊ねる。
「それは、岑瞬に偽りの降伏でもして、時間を稼げと、言われたのでな」
その至霊の答えを聞き、慌てる、呂亜。
「偽りですか? それで時間を……」
「いや、そう言う命令だったということでしょう? ねえ、至霊さん」
趙武が、呂亜の言葉を遮り、至霊に訊ねる。
「ああ、その通りだ」
「それで、僕達の足止めをした事によって、岑瞬さんに義理は果たしたと」
「ああ、
「で、今後は……」
すると、至霊は、至恩の方を見て、
「恩、お前に家督を譲って、俺は隠居だ」
「待ってくれ、父上。家督は良いけど、隠居は、早いだろ」
さすがの至恩も、いきなりの至霊の隠居宣言に慌てるが、趙武は、
「まあ、隠居については、大京、落としてからゆっくりと。それよりも」
そう言って、趙武は、隣を向いて、
「こちら、狗雀那国王、トゥーゴー様です。トゥーゴー様、こちら至恩のお父さんで、至霊さん」
趙武のあまりにも、あっさりとした紹介があった。至霊も、そちらに視線を向ける。視線の先には、上半身裸の筋肥大した男。
「よろしくおねがいします。狗雀那国王、トゥーゴーです。至恩さんのお父様だとか。息子さんには、大変お世話になりました」
「これは、失礼しました。狗雀那国の国王陛下とは知らず。先に、挨拶せねばならぬところ、大変失礼しました。我が名は、至霊。大岑帝国で、近衛軍を、かつて率いておりました」
「丁寧な挨拶ありがとうございます。ですが、そんなに
その言葉を聞いて、至霊は、趙武、呂亜、至恩を
「それで、至霊さん。今回、狗雀那国王、トゥーゴーさんが援軍出してくれた事によって、我が軍は、70万の大軍になったんです」
「そうだ。東方諸国同盟軍も加わっているそうだな。どうして、そうなったのだ?」
「それはですね……」
「?」
「夜、皆で飲みながら、話しましょう」
「なにっ! 急がなくて良いのか?」
至霊が、びっくりして問いただすが、趙武は、
「そんなに急いでも、凱炎さん達は、そう簡単に戻って来ませんよ。いる場所が悪い」
「そうなのか」
至霊は、自分達も正確には把握していない、凱炎達の居所を、正確に把握している事に、驚いた。だから、至霊の偽りの投降の話にも、付き合ってくれたのだろう。
至霊は、思った。趙武の強みは、この情報収集にあるのだと、そして、至霊は、この情報収集の重要性を、家訓として書き残そうと、決めたのだった。
そして、夜。至霊はさらに驚かされる事になった。諸将も集まり、盛大な至霊の歓迎会、
「な、な、な、東方諸国を攻略したのか?」
「ええ」
至霊の驚きに、何事も無かったように、あっさり答える趙武。至霊は、家訓に趙武には、逆らうなと書き残す事も、決めたのだった。
そして翌日、かなり遅くまで皆で飲んでいたので、痛む頭を振りながら、至霊が起きると、趙武は、平然と、すでに出陣の仕度をしていた。そして、
「さあ、行きましょうか。目標は、
至霊が、またしても驚く。
「管寧? 元近衛南方軍の、本拠地ではないか」
「ええ、そうですよ。ようやく凱炎軍から報告が入って、岑瞬さんは、間に合わない事がわかり、一旦、大京を放棄して、管寧に立て
「ああ」
「そして、管寧から水軍を差し向けて全軍は、無理だけど、軍の一部は船に乗せて南河を下り、管寧で岑瞬軍と合流。その後、西方から来た凱炎軍と、管寧から向かう岑瞬軍で、我が軍を討つという感じですかね。なので、我が軍は、直接、管寧に向かい岑瞬軍を排除すると」
「もう情報が入っているのか?」
「いえ、これはあくまでも、僕の予想です」
「そうか。そう動くのか。岑瞬は」
「はい。おそらくは。だけど、本当に大京は何とかしないといけませんね。防備がこれだけ、何も出来ないと」
「確かにな。岑英様の頃は、防御の必要無かったが、こう何度も落ちる帝都では、困るな」
「ええ」
趙武は、大京についても少し考えたが、今ではないなと思い直した。
こうして、趙武軍74万は、管寧に向けて、南西に向かい進軍を開始したのだった。
岑職は、九龍から脱出した近衛裨将軍からの連絡を受け、喜んだ。そして、凱炎からの連絡を受けて、肩を落としたのだった。そして、早急に決断を下したのだった。
「水軍を出せ。一部でも良いから遠征軍を、連れてくるのだ。それまでは、南河の対岸にある管寧に移動する。行くぞ!」
とは、言ったものの、官吏達を全員連れて行くわけには行かず。またしても、上級官吏の一部だけを連れて、兵士と共に、移動したのだった。
官吏達は、政権が代わっても
そして、相変わらず塔南が残り、大京を守る。官吏達や、残された兵士達も、趙武がやって来て、自分達や民を虐殺するような事は決してしないと思い。特に騒ぐ事は無かった。そして、不思議な事に、大京の民も、
「さて、また支配者が代わるのか? 今度は、趙武か……。ん? 趙武は、皇帝じゃ無かったな。というと誰だ?」
塔南は、大京の東門、城楼に登り、遥か遠く、去って行く、岑瞬を見ながら、
その岑瞬は、斤舷の軍と、東西南の近衛裨将軍の軍が、
そこに、至霊さんが加わって、さらに自分が、いれば18万。それだけいれば、どこかで、防備を固めれば上手く戦えたかもしれないと、ちょっと考えた、塔南だったが、すぐに打ち消した。
「だが、相手はあの趙武か。昔の岑瞬さんだったら、少しは勝負出来たかもしれないが、今のあの人じゃな。まあ皇帝陛下、頑張ってくださいね」
塔南は、岑瞬の事を、皇帝としては良いと、思っていたが、謀将と言うのだろうか? そういう意味での凄みが無くなった。昔だったら、陰謀を巡らして、趙武の評判落としてとか、やっていただろうが。
「守るものが出来てから、攻める事も、やめてしまったのかな?」
今の岑瞬は、皇帝の位、そして家族を守る為に戦っているようだ。
「趙武の行いも、褒められたものじゃないが。皇帝を追い落として、政権を握る。悪役としては充分たっているな」
塔南は、そう思った。そして、自分も悪役側に、
管寧に入った、岑瞬だったが。斥候の報告に、驚く事になる。
「真っ直ぐに、こちらへと向かっている?」
「はい。九龍を出発した趙武軍、管寧へと真っ直ぐに向かっております」
「何故だ?」
「え〜と、それは分かりかねますが」
「そうか」
岑瞬の思惑だと、大京に向かって一週間。そこから、大京の制圧して、兵を分けて南下。全部でニ週間後半から、三週間はかかると思っていた。しかし、直接向かえば、九龍から管寧まで、一週間と少しで到着するだろう。読んでいた? 化け物か? 趙武は。
しかし、自分の考えが、単純になっている事に、気づかない岑瞬だった。
そして、岑瞬は、迫りくる趙武軍に、戦う事なく、管寧を明け渡す事を選択したのだった。10万の軍がいたのだ。管寧の城塞があれば、ある程度戦えたはずだった。それなのにだった。これには、趙武も驚いた。
「えっ? 管寧を退去したんですか?」
「はい、岑瞬軍、管寧を退去。南河を、船で下って行きました」
「う〜ん? 張り合いないな〜」
そう。岑瞬は、管寧を退去。そして、南河を少し下ると、慌てて駆けつけた、廷黒と共に、岑瞬派の本拠地だった。
そして、岑瞬は、凱炎へと使者を送ると、凱炎軍は、大きく北へと迂回して、北方の、近衛裨将軍と合流。龍会へと、進路を取ったのだった。
管寧を奪取した趙武は、管寧の守備に馬延を置くと、北上、大京へと向かったのだった。そして、塔南に使者を送ると、あっさりと降伏。大京は、趙武のものとなったのだった。
こうして、岑瞬は、わずか一年で、大京を放棄、大京近郊の支配権は、一応、再び、岑職となったのだった。
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