(参)

 凱炎は、江陽への道を馬に揺られ、進んでいた。しかし、気が重かった。これから攻めるのは、元配下の将で、更には、自分の息子達や、呂鵬の息子や、至霊の息子もいる。何でこうなった? 凱炎は、心の底から思った。



 至霊には、直接会ったので、話したが、顔をじっと見られた後、


「凱炎殿は、外見に似合わず、繊細な心を持っているのだな〜」


「な、何を」


「ふんっ。今さら子供達の心配か? それとも、子供達と戦うのが、嫌なのか?」


「そんな事はない。我も武将。子供と戦うにしても、手心を加えるような事はせん!」


「だったら、それで良いではないか。余計な事考えていると、死ぬぞ」


「そうだな。済まない」


「それにだ。我が子ながら、至恩は強い。あっ、違うぞ。個の強さではない。軍勢を率いさせたらだ。そして、凱炎殿の方が良く知っていると思うが、趙武君は、戦いに関しては、冷酷無比だぞ」


「ああ、それも分かっている」


 趙武。そんなに長いわけではないが、配下として働いてくれた。自分と全く違い、所謂いわゆる、智将だったので、物凄く頼りになったし、助けられた。陛下に気に入られ、出世していって、手もとから居なくなると、その有り難みが身にしみた。


 そして、見ている限りだが、その戦い方は、多少回りくどく見えるが、最も味方に損害が無く、効率良く敵を倒すかに、終始していた。これが、至霊の言う所の冷酷無比なのだろう。凱炎は、そう納得した。



「だったら、良い。戦い頑張れよ」


 そう言って、去っていく至霊の背中に、凱炎は声をかける。


「至霊殿も。陛下を頼むぞ」


 すると、至霊は立ち止まり、振り返る。


「陛下? 岑瞬様のことか? ああ、ちゃんとしてくれるなら守る」


 そう言って、去って行った。


 凱炎は、少し考えた。ちゃんとしてくれるなら守る? どういう意味だ? だが、すぐに考えるのを止めた。自分の戦いに集中しようと。それに、


「俺が、考えても、ろくな結論は出んな。ハハハハ!」



 凱炎は、至霊と会った時の事を、思い出していた。さらに、趙武や、息子達に送った書状の返事を思い出す。


 趙武の返事は、「岑瞬さんは、好きじゃない」と、書かれていた。趙武らしいが、好き嫌いで、決めるな。と思った。


 凱炎は、岑職様が、皇帝の大役をこなせるとは、到底思えず、岑瞬様こそ、皇帝に相応ふさわしいと考えた。趙武のように考える事は出来ない。これで、趙武の説得は諦めた。だったら、戦うしかないと。


 そして、息子達だったが、凱鐵は、自分に似ず頭が良かった。だったら、趙武に育てて貰おうと思った。これは間違いでは無かったようだ。凱鐵の文章がそれを示していた。趙武を師として尊敬し、懸命に働いているようだ。裏切る事も、絶対にないだろう。


 さらに、凱騎だが、育て方間違えたか? ただ一言ひとこと。「殺す」と書かれていた。殺すとは何だ、殺すとは、せめて、倒すとか、勝つとかにしろ。まったく! 誰に似たのか?


 ここまで考えて、ふと思った。考えるのやめようと、自分らしくないと。戦ってみないことには何も分からないではないかと。そして、


「さて、趙武と戦ってみるか。勝てるか?  ハハハハ!」


 ようやく、凱炎らしくなり、周囲も安心したのだった。





 趙武、討伐軍は、廷黒の提案で、南河なんが沿いの街道を進んでいた。


 当初、凱炎は、軍を分け水軍を使い、南河をさかのぼる軍と、街道を進む軍で分けるつもりだった。


 しかし、廷黒は、


「上流へと遡る水軍は、上流から進んでくる軍に不利になります。それに、趙武軍には、あれが、ありますし」


「あれか?」


 廷黒は、皇位継承戦争において、大京から脱出する時に、趙武が貸してくれた船に搭載されていた兵器。名は確か、把切朱絶バリスタ。だが、あんな大きな船でも不安定な兵器を実用化出来るとは、思えなかった。


 だが、確かに、水軍は、不利な事は事実だった。そこで、南河は使用せず、街道を使った。さらに、趙武軍が、南河を使って大京を強襲という事を防ぐ為に、直接、江陽へと向かう街道ではなく、多少蛇行していて遠回りとなるが、南河沿いの街道を、進んだのだった。



 二週間程で、趙武、討伐軍は、江陽まで、半分位の所まで到達した。そこから先、南河は大きく南へと蛇行していた。大きな岩山があり、南河はそこを避けるように南に迂回しているのだった。


 街道も、南河に沿って大きく南へと下がり、さらに南河を渡って続く道と、岩山を削って、真っ直ぐに進む道、そして、岩山を北へと迂回して続く道と、別れていた。凱炎は、一旦、軍の動きを止めると、諸将を集めた。



「さて、これから、どう進むかだが」


 凱炎が、こう切り出すと、すかさず廷黒が話を受け継いだ。


「まず、南へと向かう道ですが、本来、趙武軍の水軍の動きを見る為だったら、この道が良いのです。しかし、南河を渡る水軍の準備をしてませんし、今から、大京より呼び出すのに時間もかかります。さらに、渡河中に戦いになれば、こちらが不利な条件で、戦う事になります」


 凱炎や、条朱は、そのまま納得し、頷いたが、条朱、配下の朱滅が口を挟む。


「準備なさっていないという事は、元々使う気は無かったという事でしょうか?」


「そうです」


 廷黒は、そう答えると朱滅は納得したのか、黙った。そして、廷黒は話を続けた。


「そして、最短距離で進める岩山へと続く道ですが、岩山を削り道を作ったので、途中は隘路あいろとなり、越えた先は開けていて、もし、そこに趙武軍が待ち受けていれば、不利な戦いを強いられる事になります」


 すると、今度は、凱炎、配下の亥常が話し始めた。


「ですが、今のところ、偵察したかぎりでは、趙武軍の布陣は確認されてませんが」


 廷黒は、冷静に答える。


「ええ。その通りです。ですが、相手はあの趙武です。どんな手でくるか」


 そう言うと、朱滅と、亥常は考え込む。自分達で、どんな策があるか考えているようだった。廷黒は、話を続けた。


「なので、安全に北へと進路をとろうと思います」


 すると、何か思いついたのか、朱滅が口を挟む。


「少しお待ち下さい。それでしたら、趙武軍が、岩山の道を通って進み、我々の背後を突く可能性もあります。なので、軍を分け、北と、岩山の道へと向かった方が……」


 そこまで、言った時、亥常が、話をさえぎる。


「それこそ、趙武軍の得意な、各個撃破の良いまとだろう。南河を使って軍を送り、岩山を通る軍の前後を挟む。岩山の軍は、壊滅するぞ」


「そうか。その通りだな。亥常殿の、意見は?」


 朱滅は、亥常の意見に頷き、逆に意見を求めた。


「やはり、慎重に偵察しつつ、北に進むしかないと思うが。いかがでしょうか? 廷黒様」


「ええ、おっしゃる通りだと思います」


 廷黒も、亥常の意見を支持して、話し合いは終わった。結果は廷黒の提案通り、北へと迂回して進む事になった。凱炎は、出立の号令をかけ、軍はゆっくりと北へと進み始めた。



 廷黒は、朱滅をさすがに秀峰を上手く使って戦っただけあって、柔軟な思考を持っていると感心した。奇策を使い、臨機応変に戦える智将だが、少し甘い。対して、亥常は、堅実で的確な智将だろうか。面白い。自分含めて、どれだけ趙武と戦えるだろうか? と楽しくなってきた廷黒だった。





 こうして、凱炎達が、迂回する為に、北へと進み、江陽へと近づきつつある頃、大岑帝国帝都、大京を守る四つの拠点のうちの東側にある、九龍きゅうりゅう城に、偵察部隊からの急報がもたらされた。



 その急報は、九龍城を守備する、近衛裨将軍から、帝都、大京へともたらされた。そして、大岑帝国皇帝、岑瞬へと急報は伝わった。



「恐れながら申し上げます。趙武軍。九龍城の南東の方角より現れ、南河を渡河。九龍城に向かって侵攻中です。その数……その、およそ70万!」


「なっ! 70万だと! どういう事だ!」


 岑瞬は、趙武軍が意外な方角から現れた事よりも、その数に驚いた。


「は、はい。偵察部隊によりますと、趙武軍に加え、東方諸国同盟軍、さらに、狗雀那国軍が加わっているようです」


 狗雀那国軍、南方から東方諸国同盟へと侵攻したという軍だったな。だが、東方諸国同盟も加わっている? すでに破れて狗雀那国軍の配下となったのか? それとも、狗雀那国を懐柔して、一緒に大岑帝国を攻める事になったのか? だが、なぜ、趙武軍も一緒にいるのだ?


 岑瞬にとって理解出来ない話だった。


「東方諸国同盟軍? 狗雀那国軍? 何故だ?」


「それは、分かりかねますが」


 当然であろう。伝令は、事実を伝えるだけ、理由まで調べるわけがなかった。


「分かった。防備を固め、出来るだけ侵攻を、遅らせろと伝えよ。こちらからも軍を送る。ああ、それと、趙武軍の動きは、逐一伝えてくれ」


「はっ!」


 伝令は、そう言って頭を下げると、玉座の間から、走り出して行った。



 岑瞬は、左右を見る。近臣達は、お互いに顔を見合わせ、おろおろとしている。紫丹や、禅厳は仕事が忙しいようで、近くにはいなかった。こういう時に、相談相手になる廷黒も勿論いない。


 周りにいるのは、本当に自分の、身の回りの世話をする官吏達か、自分に擦り寄ってくる為にいる者か、無能で仕事を、見つけられず暇な者達だけであろうと、岑瞬は思った。この役たたず共が。そう怒鳴りつけたくなったが、岑瞬は、抑え冷静に考え始めた。


 すでに、岑瞬の言葉を待ち目の前に控えている伝令達に目を移す。まずは、


「至急、凱炎に連絡だ。趙武軍が、大京に向かって侵攻中。出来るだけ早く、引き返すようにと」


「はっ!」


 そう言って、伝令の一人が走り出して行く。岑瞬は、そう言いながら、凱炎達は間に合わないと、冷静に考えていた。


 九龍城の軍は、たかだか2万だ。趙武軍は、一日もかからず突破するだろう。そこから大京までは、遮る物が無い。ゆっくりでも、一週間程で、到着出来るだろう。凱炎達は、江陽まで、半分位は、到達しているだろうか。急ぎ戻っても二週間はかかるだろう。趙武は、確実にこちらの、情報を正確に把握して攻めて来ている。岑瞬は、そう考えた。ならば、時間稼ぎだ。


「南部、西部、北部の近衛裨将軍に伝令! 急ぎ大京へと集まるよう。いや、すまない、北部はよい」


「はっ!」


 二人の伝令が出ていく。北部はよい? 岑瞬は、何を、思いついたのだろうか?


 そして、


「上将軍の斤舷……。いや、至霊を呼べ」


「はっ!」


 伝令が駆け出して行くと、岑瞬は、大きく息を吐き、玉座へと腰を下ろした。



 そして、至霊がやって来た。かなり急いで来たようで、少し息も荒い。


「お呼びで」


「急に呼び出してすまない、至霊。趙武軍が、九龍に迫っている。至急、九龍に向かい、趙武軍の侵攻を、遅らせて欲しい」


「はっ、かしこまりました。ですが、遅らせて欲しいですか?」


「ああ、趙武軍は……」


 正直に兵の数を言うか、迷った岑瞬だったが、結局素直に言う事にした。


「70万だそうだ」


「70万……。どこからそんな大軍を……」


「ああ。東方諸国同盟や、狗雀那国が加わっているそうだ」


「そうでしたか。で、その大軍をどうしろと?」


「少し足止めしてもらいたい」


「どのように? 一兵、残らず玉砕しろと?」


「いや、そうは、言って無い」


 岑瞬は、至霊の顔を見つめる。有能だが、自分にも他人にも厳しい男だ。曲がった事が嫌い。本当に厄介で扱いづらい。だから、斤舷の方を残したのだ。真面目で、命令には忠実だ。やや一途いちずだが。



「では、どうしろと?」


 それは、自分で考えろと言いたかったが、それを言えばへそを曲げてしまうだろう。そうだ!


「偽りの降伏をして、足止めしてくれ」


「偽りの降伏? わかり申した。ああ、東部の近衛裨将軍は、大京へと送り返します。間に合えばですが」


「ああ、頼む」


 至霊が一礼して出ていくと。岑瞬は、これで少しは時間が稼げるか。さて、次は。


 まずは、斤舷と近衛裨将軍がそろってからだが。そう考え、玉座で、目を瞑ると、次を考え始めた。

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