(弐)

 大京にて、岑瞬の即位式が行われていた頃。趙武は、と言うと、東方諸国同盟領の南龍海みなみろんほい王国の王都、南龍なんろんにいた。



 南龍海王国は、大岑帝国に滅ぼされた、龍海ろんほい王国の分家だったが、五十年程前に、分離独立。主家とは対立関係であった。その為に、龍海王国の滅亡時、東方諸国同盟は、南龍海王国の反対で援軍が遅れ、龍海王国は滅んだ。



 その為に、元々龍海王国の民だった事もあり、南龍海王国の王族の人気は低く。趙武達は、ある程度、歓迎されて迎えられた。まあ、その前に、一番、最初に入った、呂亜の適切な対処も良かったのだが。



 で、この南龍海王国だが、国土はそれほど大きくないのだが、カナン平原、有数の港を持ち、海運、交易によって発展。南龍は、南部最大の街となっていた。



 そして、南龍海王国の海軍も、手に入れた趙武は、瀬李姉綾や、子供達を含め、配下の将の家族も、南龍へと呼び、何かあった場合、その家族達を船で、逃がせるようにしていたのだった。



 そこまでの準備を整え、趙武は、いよいよ岑瞬との敵対を決意。大岑帝国帝都、大京ヘと侵攻を目指し、準備を開始したのだった。



 まずは、狗雀那国との境界だったが、南部四か国、我蘇がそ国、矮南わいなん国、黒越こくえつ国、藍伍らんご国に加え、東夷とうい国、巣椀教すわんきょう国を、狗雀那国の領土とした。これで、狗雀那国軍は、30万の軍勢となった。



 一方、南龍海王国や、大令だいれい国、文創ぶんそう王国等の、北部の裕福な国を、趙武は手に入れ、さらに最後、大令国と、南龍海王国とに挟まれた小国、辛丑しんちゅう国が、降伏に躊躇ちゅうちょすると、容赦無く、大軍で攻め落とし、王族を抹殺まっさつしたのだった。


 すると、残っていた、さらなる小国、崙土ろんど国は、慌てて降伏。これで、残った王族は、文創王国と、崙土国となったが、素直に降伏した二国の王は、地方領主として、残る事になった。趙武軍は、これらの軍を配下にし、40万の軍勢となった。



 こうして、東方諸国同盟を傘下に治めた趙武は、皇帝、岑職の臣下として、動き始めた。まずは、情報の統制。


 元々、東方諸国同盟と、大岑帝国は敵対していた為に、北への街道の往来は厳しく制限されていたのだが、それを継続。しかし、江陽から、風樓礼州フローレスを通って、文創王国に至る、交易路は解禁したのだった。勿論、途中での、厳しい身分確認は行われたが。



 さらに、呂亜ロア岑平シンペイを大将軍とした上で、10万ずつを率いさせ。呂亜の下には、裨将軍ひしょうぐんとして龍雲リュウウン馬延バエンを。


 他に、上将軍として至恩シオン雷厳ライゲン慈魏須文斗ジギスムントに5万ずつを率いさせ。残りの5万の兵は、泉小センショウ麻龍マリュウを将軍として率いさせた。


 そして、趙武は、大岑帝国、皇帝の下、軍事、政治を統括する、相国しょうこくを名乗ったのである。これらの事は、一応、呂鵬に連絡、許可をとって行われた。呂鵬が、本当に、岑職に許可をとったかは分からない。





 こうして、体制を整えた趙武は、南龍の自らの邸宅に人を集め、うたげを開催したのだった。さすがに、これから行われる、大戦を前にして、昔のように家族を招いて、行うことはしなかった。



 集まったのは、趙武、呂亜、岑平、陵乾リョウカン會清カイセイ凱鐵ガイテツ、至恩、雷厳、龍雲、馬延、麻龍、泉小、凱騎ガイキ、そして、岑平、配下の四将軍と参謀。縻天ビテン修呂シュロ張璃チョウル虞蕃グバン久那クナだった。



 美味しい料理を食べつつ、軽く酒を飲み、少し気分も高揚し始めた頃、呂亜が、全員に声を、かける。


「楽しんでいるところを申し訳ない。少し、趙武から話があるそうだ。趙武、よろしく頼む」


「はい。呂亜さん、ありがとうございます」


 趙武は、清酒せいしゅの入ったはいを置くことなく、軽く皆を見渡すと、話し始めた。


「今回の戦い、負けたら賊軍だの、反乱軍だの、言われるかもしれない。そして、自分のわがままで起こすこの戦いは、趙武の乱だの、趙武の変だの、言われるかもしれない。だけど、負けるつもりもありませんけどね」


 ここで、趙武は、一呼吸置き、盃に入った清酒を一気に飲み干す。慌てて、凱鐵が、徳利とくりを持ち、清酒を注ぎ足す。



「僕は、岑英様の見たかった景色を、見たくなったんだ。勝手だけど。岑英様の見たかった景色には、岑瞬さんでも、興魏さんも到達する事は、出来ないと思う。呂亜さん始め、皆がいる僕だからこそ、見る事が出来ると思うんだ。こんなわがままから始まる戦いだけど、みんな良いかな?」


 趙武は、全員を見回す。すると、


「当たり前だろ〜! 俺はどこまでも着いてくぞ!」


 少し酔い始めているのか、雷厳が大声で叫ぶ。


「まあ、趙武さんのわがままは、今に始まったことじゃないですけどね。でも、俺もどこまででも着いて行きますよ」


 龍雲が相変わらず飄々ひょうひょうと話す。


「ついに名門出身の俺も、反逆者か〜。まあ、それも一興だな。趙武、お前に着いて行けば、まだまだ楽しめそうだ」


 至恩が、冗談めかして語る。


「勉強したい為だけだったんですけど。人生ってとても面白いですね〜。勿論、僕も最後までお供しますよ。まあ、表立って戦うわけではないですけど」


 と、陵乾。


「趙武さんが、父の目指したものを見る。僕も一緒に見たいです。是非、ご一緒させてください」


 と、岑平。だが、趙武が、口を挟む。


「岑平様には、他の仕事を頼むかもしれませんよ〜」


「それでも構いません。趙武さんがいるなら皇帝として、操り人形もやりますよ」


「操り人形には、しませんが」


 趙武の冗談半分の言を、真剣に返され、趙武が、少し慌てた口調で返事を、すると、皆は大声で笑った。


「ただの坊主にどこまで出来るか分かりませんが、最後まで」


 會清がこう言うと、呂亜が、


「いや、ただの坊主じゃないでしょ」


「そうですかな? ハハハ」


 會清が笑う。そして、馬延が、


「落ちこぼれだった俺が、今や一番の出世頭ですからね。まだまだ出世させてもらいますよ」


 馬延の言葉に、岑平、麾下の将達は、何か言い返そうとするが、何も言えず黙った。相手は、趙武、麾下の裨将軍。自分達は、今は、趙武の配下の岑平、麾下の将軍。身分が違った。


「姫や、趙英チョウエイ坊っちゃん、風樓羅フローラちゃんもかわいいですからね〜。皆の為なら、じいはどこまででも行きます」


 慈魏須文斗は、最近、完全にただの、じいとなっていた。まあ、戦いには支障は無かったが。


「趙武の旦那〜。みずくさいですぜ! そんな事言わなくても、どこまででも、お供しますぜ!」


「そうよ、そうよ! 勝ち続ける限り、わたしは、どこ迄でも、ついてくわよ」


 と、麻龍と、泉小も。


「趙武さん。わたくしは、まだまだ勉強が足りません! 皆様の役にたてるように頑張ります!」


 と、凱鐵。さらに、凱騎は、


「師匠が行くなら、どこまででも行くぞ! 兄貴もいるしな」


「こらっ、凱騎。兄を付属品みたいに言うな!」


「へ〜い」


「おのれ!」


 凱炎の息子、二人が、じゃれ合う。


「だけど、良いのか? 凱炎さんと、後、長男さん? と、戦う事になるけど」


 すると、見事に二人の言葉が重なる。


「父上は、父上。わたくしはわたくしです。わたくしの師匠は、趙武様です」


 と、凱鐵。


「父は、父。俺は俺。そう育てられたし、父を倒すのが、俺の夢だし」


 と凱騎。二人から、長男については、何も無かった。長男はどうでも良いらしい。


 そして、最後に、呂亜が、話す。


「まあ、そういう事だ、皆、趙武、お前に全てを託すそうだ。父上も、そう言っているしな」


 どうやら、呂亜の父、呂鵬も、趙武と共に戦うようだった。そして、趙武は、


「そうですか。じゃあ、後は……」


「後は?」


 皆の声が、重なる。


「楽しみましょうか。心ゆくまで、呑み、心ゆくまで、食べましょう」


「おー!」





 瀬李姉綾セリシアは、静かになった。趙武の書斎の扉をそっと開けた。さっきまで、子供達の笑い声が、響いていたのだけど。


 趙武は、ようやく、ゆっくりと家にいる。戦いに明け暮れ、その後、瀬李姉綾達は、ここ南龍にへと呼び寄せられた。また、激しい戦いが続くらしい。その間の、束の間の休息。趙英は、5歳になり、風樓羅も2歳となった。


 それで、趙武が子供の世話をすると言って、瀬李姉綾は、少し用事を済ませたのだが、書斎で、遊んでいた子供達の声が静かになった。


 瀬李姉綾が書斎を覗き込むと、趙武は、静かに書物を読んでいた。その隣では、同じような格好で、趙英が、趙武に貰ったのであろう書物を、真剣な眼差しで、読んでいた。


 そして、風樓羅は、書物を枕にして、気持ち良さそうに寝ていた。誰に似たのかしら? 瀬李姉綾は、少しそう思ったが、自分である事に思い至り、考えるのをやめたのだった。



 瀬李姉綾は、書斎にそっと入ると、三人のそばに静かに腰をおろした。海からの暖かい潮風が、開け放たれた窓から入ってきた。そう、夏がもうすぐそこまで来ていた。





 會清が、趙武の執務室に慌てて、駆け込んで来た。


「岑瞬軍。趙武、討伐軍として、凱炎大将軍を総大将とした、50万の軍勢が、大京を出発、江陽に向かいました」


 趙武は、読んでいた書物から目を離し、顔を上げる。


「そう。ご苦労様。じゃあ、こちらもやりますか」


 そう言うと、立ち上がり、會清と共に、執務室を後にしたのだった。



 趙武達が、出陣に向けて準備をしていると、狗雀那国からの、使者がやってきて、狗雀那国王、トゥーゴーの書状を持ってきた。その書状には。



「趙武。トゥーゴー様、何て言ってきたんだ?」


 呂亜が、趙武に訊ねる。


 趙武は、トゥーゴーの書状から目を離し、そして、その書状を、呂亜に渡しながら、答える。


「トゥーゴー様は、狗雀那国軍、全軍率いて、大岑帝国帝都、大京に見学行きたいって」


「なっ! 本当か?」


 呂亜は、慌てて書状を読む。そして、


「自分達の目的は達成出来たので、今度は、こちらが協力しますか〜。いや。有り難いけど。どうするんだ?」


「まあ、緒戦は、大きないくさには、ならないだろうから一緒に行動しようかと」


「そうか。父も、大京に向かうみたいだから、大京周辺は、大変な事になりそうだな」


 そう言いながら、呂亜は、ふところから、呂鵬の書状を取り出した。


「そう、なりますね。相手に対する威圧としては、かなりでしょうね」


 趙武は、そう言いながら、目を瞑り、考え始めた。


「ああ」


 呂亜は、返事しつつ、そっと、趙武の執務室を後にしたのだった。





 そして、趙武軍、狗雀那国軍の連合軍は、大岑帝国帝都、大京に向けて、南龍を出発したのだった。その数は、70万。その数は、大岑帝国皇帝、岑瞬が現在、実際に動かせる兵数と同数だった。


「じゃあ、行きましょう」


 趙武が合図をすると、大軍が動き始めた。目標は、大京。



 こうして、趙武、自らが称した、趙武の乱と呼ばれる戦いは、始まったのだった。

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