(弐什弐)
この頃、趙武軍は、防衛隊しか残っていなかった大令国、王都を攻略。入城を果たした所だった。
趙武軍は、東方諸国同盟領、南部よりまた分隊となり、北上。今度は、東方諸国同盟領の西部の山岳を越え、慈魏須文斗軍と合流し、文創王国、王都に押し寄せた。その数、21万5千。対する文創王国軍は3万。慌てて、援軍を求め、項弥の下に急使を走らせたのだが、無下に断られた。
そこで、文創王国は、単独で防衛して、最後の一兵まで、華々しく戦って討ち死にする事は、せず。さっさと、降伏。さらに、王都を離れ、大令国に向かおうとした趙武軍に、援軍を出してきたのだった。
項弥の行為に、怒った文創王国、国王は、反対した自国の将軍を解任した上で、麻龍、泉小に文創王国軍、全軍3万を託したのだった。
そして、麻龍、泉小の軍は、総勢4万5千となったのだが、どうも泉小が、大将、麻龍が副将という役割らしかった。まあ、泉小が、麻龍に何か命じるという訳では無いのだが。
付き合いの中で、信頼がおけるとわかった、麻龍に、趙武が聞くと。
「それは趙武の旦那〜。あいつは、軍を率いてねちねち戦うのが、得意なんですよ。俺は、どちらかというと、少数精鋭を率いて、敵将を討つ。という感じですかね」
「ふ〜ん」
と言うことらしい。
まあ、こうして趙武軍は、防衛軍しかいない、大令国、王都に迫り、防衛軍は降伏。趙武は、王都に入城したのだが。
「なに、これ?」
「う〜む」
趙武の疑問に、呂亜が首を傾げる。そして、
「聞いて、参ります」
そう言って、凱鐵が、駆け出して行った。そして、また、走って戻ってきた。
「どうだった?」
「はい。軍が、街中の食料を徴収。そこで、近隣の街から、食料調達して、しのいでいたそうですが、我が軍が近づきつつあると、数日前から、防衛軍が、街を封鎖。食料が行き渡らなくなったようです」
「そう」
趙武は、呆れた。項弥達は、ここを奪還するつもりは、無いのだろうか? まあ、目先のことにとらわれて、大局が見えないのだろう。
趙武は、すぐに指示を出した。
「まずは、我が軍の糧食を開放して、で、陵乾に連絡、至急ここまでの、
「はっ!」
伝令が、急ぎ駆け出して行くと。凱鐵が、
「郊外に補給庫ですか? 城内のは、使わないのですか?」
「ん? ああ、城内の使うと、敵が来たとき自由に動けないでしょ。それに、何かあると、いけないからね」
「何かあると? ああ、敵に呼応して、燃やしたり、毒入れられたら、まずいですよね」
「そう。正解」
凱鐵は、趙武に鍛えられ、さらに戦場で実戦を経験することにより、少しずつ、成長している実感はあった。趙武の代わりに率いる事になっても、負けないだろう。だが、趙武のような超越した存在には慣れないだろうとも、思った。だが、それで、良い。天では無く、地からしか見えない事があるのではないか。それが、いつか趙武の助けになる。そんな気がしたのだった。
街を抜け、王宮に入ると、さらに酷い事になっていた。さすがの趙武も、顔をしかめる。
「皆殺しか」
「なんふぇ、ひふぉいふぉとふぉ」
趙武に凱鐵が応える。が、凱鐵もふざけてる訳ではない。酷い臭いなのだ。鼻をつまみ、何とか耐えている。
「まずは、掃除だな。遺体は、ちゃんと埋葬して。丁重にね。ああ、燃やしてからの方が良いかな。酷い悪臭だし、感染が起きるとまずいし」
「ふぁ!」
伝令も鼻を摘みつつ、駆け出して行った。
王宮内は、死体の山だった。王族や、重臣、さらには
放置された死体は、腐り始め、
項弥とは、このような事をする男とは、評判を聞いた限りだが、思えなかった。国を守ろうという思いが、強すぎるのだろう。だとすると。
「呂亜さん。
「わかっふぁ」
呂亜は、そう返事すると、この臭い王宮から出れるのを喜ぶように、軽快な足取りで出て行った。
趙武は王宮内で、死体の無い部屋を見つけると、防衛軍の指揮官を呼び出した。
「お呼びでしょうか?」
「王宮のこの有様、何?」
「はい。項弥様が、邪魔な王を討って……」
「それを、そのまま、
「はい、項弥様が、そのままにしておけと」
「ふ〜ん。そう」
「それで、あの……」
「ん? 何?」
「我々は、地下牢に閉じ込められないのでしょうか?」
「何? 閉じ込められたいの?」
「いえ、そういう訳でもないのですが……」
「ふ〜ん。地下牢って広いの?」
「は、はい。城内の、地下水脈に沿って、かなり広範囲に広がっております」
なるほど、それなら、地下水脈を使って脱出も出来るかもしれない。いや、その前に、隠し通路があるかもしれないな。牢から、出れれば、城外への行き来も、水脈への工作も思いのままというわけか。
「分かった。では、護衛軍には、しばらくその地下牢に入ってて、もらおう」
「は、はい」
指揮官は、どこかほっとしたような顔をして、出て行った。こういうのは、演技の上手い人使わないと駄目だよな。趙武は、思ったのだった。
趙武は、指揮官が出て行くと、凱鐵に何やら耳打ちする。すると、凱鐵は、一旦、部屋を出て、すぐに戻ってきて、趙武に地図を渡す。そして、また、出て行ったのだった。
趙武は、地下水脈の地図を、受け取ると、考えをまとめた。
時が過ぎ、呂亜達が、南龍海王国から戻ってきて、
「向こうは、国王だけが殺されていたぞ」
との報告を受ける。孫星は、国王のみを殺し、実権を奪うだけにとどめたようだった。遺体も、丁重に葬られていたそうだ。
そして、さらに月日が経過し、どうやら地下水脈の準備も終わったようで、ようやく、項弥達が、近づきつつあるとの報告を受けた。趙武は、諸将を集め、何やら、話すと、趙武軍は、布陣を開始したのだった。
西のちょっとした丘に、岑平軍が布陣。そして、横に並ぶように慈魏須文斗軍、雷厳軍、龍雲軍、泉小・麻龍軍が並んだ。そして、東端の城内には、至恩軍と馬延軍が入り、そして、南門城楼に、趙武は布陣したのだった。趙武軍、総勢24万5千。
対する、項弥、孫星の軍は、23万5千。城を攻め落とすには、数が足りないように思われた。だが、現れた、何か策があるのだろう。
項弥は、遠く王都を眺める。
「戻ってきたぞ」
「はい、そうですね。ですが、これからです」
「そうだったな」
「ええ。ですが、趙武軍の、この布陣いったい何の意味が、あるのでしょう?」
「ああ。突破してくれって言ってるようなものだ」
趙武軍の布陣は、横に並べただけ。強いて言えば横陣であろうか。確かに、馬鹿みたいに、王都だけに攻撃を集中すれば、回り込んで包囲する陣とも言えた。
だが、馬鹿みたいに王都を攻撃する必要は無く、横陣を分断して、撃破した後に、王都の攻撃に集中すれば良いのだ。だからこの場合、微妙な布陣と言えた。
「ですが、関係ありません。我々には、必勝の策があるのですから」
「そうだな」
そう言って、項弥、孫星は王都に向けて軍を動かす。包囲される前に、王都を落とす。そうすれば、立場は逆転するのだから。大令国軍8万を先頭に、その後を南龍海王国軍6万が続き、残りの軍勢が最後方を進む。
「突撃だ!」
項弥の号令で、一斉に軍が動き出す。東方諸国同盟軍は、横に展開した。他の趙武軍を無視し、王都に迫った。王都には、至恩、馬延の軍、5万。だが、馬延軍の編成は、弓兵が多くなっている。迫りくる同盟軍に対して、雨のように矢を降らせる。
項弥は、ある程度の損害を気にする事なく、突き進み。城門へと迫る、そして、合図をする。
「
「ガン! ガン! ガン!」
高らかに銅鑼の
「随分気が利く奴だな。城門占拠するだけでなく、城楼に火をつけて、混乱させたのか」
項弥は、そう思った。そして、ゆっくり開く門に近づき、入ろうとした時だった。急に城門が閉じられる。そして、周囲からは、大きな
項弥は、叫ぶ。
「何事だ!」
何故、門は閉じたのだ? 鬨の声は何だ? もう、趙武軍の他の軍が迫っているのか? しかし、それらの軍は、ようやく動き出し、こちらへと向かっている最中だった。じゃ、何だ、あの声は?
「狗雀那国軍です!」
伝令が大声で叫ぶ。狗雀那国軍? 奴らは逃げ帰ったのではないのか? 項弥は、狗雀那国軍が来たという方向を向く。そこには、狗雀那国軍だけでなく、南部諸国の軍も加わり、同盟軍の後方、そして、
「狗雀那国軍も、上手く演技したみたいだね」
趙武は、王都の城楼から、狗雀那国軍が東方諸国同盟軍に迫る様子を見ていた。南方で、わざと負けた狗雀那国軍は、趙武軍と同じように兵を細かく分け、移動し、王都の近郊に集結し、城楼から立ち昇る
孫星の策は完璧なはずだった。地下牢の防衛軍は、昼間寝て、夜、細工をして抜け脱せるようになっていた、牢を抜け出し、門に続く抜け穴を掘っていたのだが、その様子は、會清の配下によって、逐一報告されていた。
そして、先程、抜け穴から飛び出した防衛軍は、待ち受けていた、至恩と、その配下の、精鋭部隊によって、ことごとく、討ち取られたのだった。その後、門を開けたのは、至恩による、お芝居だった。
「終わったな」
項弥は、そう呟いた。東方諸国同盟軍の周囲に、狗雀那国軍だけでなく、岑平軍、慈魏須文斗軍、雷厳軍、龍雲軍、そして、泉小・麻龍軍も迫っていた。ほぼ、包囲網は完成していた。東方諸国同盟軍23万5千の周囲を囲むように展開する、46万5千の軍勢。ほぼ倍だった。
さらに、泉小が迫る。そして、大声で叫ぶ。
「東夷国軍の皆さん〜。泉小、奇跡の復活よ〜。わたしに、味方して頂戴」
すると、東方諸国同盟軍、後方にいた、東夷国軍、3万5千が寝返る。
だが、ここで、泉小すら予想外の事が、起きた。
それに呼応して、泉小と共に戦った兵士6万5千も寝返ったのだ。まあ、勝ち馬に乗ったというところだろうか?
これで、東方諸国同盟軍は、14万になった。そして、趙武側は、56万。周囲を、囲まれ、まさに四面楚歌となった、項弥。
すると、項弥は、自分配下の精鋭だけを集め命じた。
「突撃だ!」
突破するためでは無く、最期を
だが、突撃した場所が悪かった。
「我は、東方諸国同盟……」
「うるせえ! さっさと、降伏しろ!」
雷厳が振るう大刀が、頭上から振り下ろされる。項弥も、同じ大刀を使う。項弥は、両手で大刀を持ち、受け止めたのだが。
すさまじい力で、そのまま自らの大刀は押され、兜に自らの大刀が当たる。そして、そのまま、雷厳の大刀は、項弥を両断したのだった。勢い余って、項弥の愛馬まで圧殺された。
「やべえ。馬まで殺しちまった。こりゃ、趙武に怒られるな。さて、項弥ってのは、どいつだ。強いらしいからな」
雷厳は、一騎討ちが無いかのような口ぶりで、次の敵を求めた。
項弥が、死ぬと、東方諸国同盟の残存軍は、次々と降伏したのだった。
そして、孫星は、
「では、後は頼みましたよ」
「はっ、必ずや」
自らの剣を、首すじに当てると静かに力を込めた。そして、
「ごめん!」
配下の将が一気に首を、落とした。こうして、東方諸国同盟軍は、全面降伏。戦いは、終結したのだった。
趙武が、戦後処理の為に、戦場を眺めつつ至恩に指示を出していると、呂亜が趙武のいる城楼に上がって来た。
「孫星の首を、持って来たそうだ。確認して欲しいとさ」
少し前には、雷厳がぐちゃぐちゃになった、項弥らしき首を持って来た。確認出来なかったが、項弥、配下の者から、当人である事は確認した。
後は、孫星だったのだが。孫星、配下の者が、首を持って投降してきたのだった。
だが、趙武は、呂亜に、冷めた視線だけを送り、応える。
「殺してください」
「えっ、誰をだ?」
「ですから、その降将です」
「何故だ?」
「孫星の、最後の策でしょう」
「そうか。孫星は、自分の死すら……。分かった。行ってくる」
そう言って、趙武のいる城楼から、下に降りようとした呂亜を、至恩がとどめる。
「俺が、行きますよ」
その後、階下で、悲鳴が聞こえた。
「うぎゃ! おのれっ! 趙武!」
しばらくして、至恩が上がってくる。その手には、箱が抱えられていた。そして、至恩は、
「箱の中に
「そうですか。ご苦労様でした」
「ああ。で、首の方はどうする?」
「勿論、丁重に
「分かった」
そう言うと、至恩は再び、階下へと足を向けた。
そして、趙武はと言うと、先程の至恩の話も、ちゃんと聞いていたのか。次の事を考え、北の空を眺めていた。
趙武は、この後、半年程の余裕をもって、東方諸国同盟領の支配体制を固めた。そして、舞台は、再び、大岑帝国へと戻る。
いよいよ、歴史書によって「趙武の変」とも、「趙武の乱」とも言われる、大岑帝国にとって最後の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます