(弐什弌)
項弥は、一人、
「終わったか?」
「はい。素直に応じてくれれば良かったのですが」
「そうか」
「ですが、これで我が軍は、自由に動けるようになりました」
「そうだな」
項弥は、自由になった代わりに、何かを失ったような気がした。趙武に踊らされてるような気もした。他に道があったのじゃないか? しかし、もう遅い。進むしか無いのだ。
「進むしか無い」
「ええ、さっそく、南に進軍です。今だったら、不意を突けるでしょう。準備に取り掛かります」
そう言って、孫星は出て行った。項弥も、玉座から立ち上がると、振り返ることなく、部屋を出て行った。主の居なくなった玉座の間に、
趙武の下には、
そして、趙武の第一声に、皆が驚く事になる。
「で、泉小って言うのは、どの人?」
「何を、言ってるんだ、趙武」
「そうですよ。泉小は華々しく……」
呂亜と、凱鐵がそう言いかけた時、泉小の高笑いが響く。
「オーホホホ! やっぱり趙武様には、わかっちゃった〜?」
隊の中央部付近の兵が、兜を脱ぐと、そこには、ド派手な化粧をした、焼け死んだはずの男がいた。
「わかっちゃた〜? では無く、みえみえでしょ、あんなお芝居。どこに、城楼の屋根で火をつけて、自害する人がいるんですか? 芝居じゃあるまいし。しかも、わざわざ、撤退する味方に見せつけるように、西門でなんて。我々に見せるんなら、軍が多く展開していた、南門で良いんですからね。屋根に穴でも開けておいて、そこに飛び込んだのでしょう? 火のまわりが中心部だけ遅かったですし」
「そうか」
呂亜は、ようやく理解して、言葉を漏らす。凱鐵は、知ってましたよという態度で、
「やっぱり凄いわね、趙武様は。項弥様と、孫星ちゃんには悪いけど、趙武様に、つかせてもらうわ。わたし、強い男が好きなの」
「えーと、呂亜さん。殺しちゃってください。気持ち悪いんで」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、趙武様。気持ち悪いって、
「だったら、あなたは、何の役に、たつんですか?」
「そうね。わたしは、強く、美しい」
「呂亜さん」
「待ってよ、冗談よ、冗談」
「趙武様は、東方諸国同盟を早く滅ぼす為に、項弥様と、孫星ちゃんの、道を
「わかりました。ですが、あまり、頭が良すぎると、長生き出来ませんよ」
「ええ。心に刻んでおくわ、趙武様」
趙武が立ち上がり、背を向けて、天幕を出る。そして、後に続くように、泉小が続き、御泉隊の将校も出ていくと、天幕には、呂亜と、凱鐵のみに。
凱鐵が慌てて、出て行こうとするが、呂亜は、呼び止め、話す。
「凱鐵」
「はい」
「何か、最近の趙武。完全にあの悪役の、ままだよな」
「氷の天才軍師ですか?」
「ああ。ちょっと怖いんだよ」
「大丈夫ですよ。趙武様は、趙武様です」
「そうだな。うん」
呂亜は、自分に言い聞かせるように呟くと、凱鐵の後に続き、外へと歩き出した。
その後、趙武軍は、再び消息不明となった。その情報は、項弥、孫星の下にも届けられた。
「千載一遇の機会です」
孫星は、項弥の下に慌てて、やってきて、こう言った。
「ああ、いよいよだな」
「ええ」
東方諸国同盟軍、本軍はようやく南に向かい、急ぎ進軍を開始した。
途中落ち延びてきた泉小の残存軍、9万5千と合流、その軍勢は、23万5千の大軍となった。目標は、狗雀那国軍。
狗雀那国軍も、23万の大軍となっていたが、項弥は負ける気がしなかった。弱かった狗雀那国軍が、いくら努力しようと弱いままだろうと。
途中、趙武軍の動きを探るが、
「趙武軍、文創王国、王都に向かい進軍中。至急、救援願います」
「そうか。だが、援軍は出せん。文創王国だけで対応してくれ」
文創王国の
「ですが、それでは、我が国が……」
「まあ、滅びるだろうな。それに今からでは、間に合わんだろう」
「くっ! ごめん!」
そう叫ぶと、文創王国の急使は、駆け出して行った。急ぎ戻るのだろう。
「後で取り戻せば、良いのだ。後で」
項弥は、自分に言い聞かせるように、呟いた。
さらに南下すると、狗雀那国軍の情報が入ってきた。
「東夷国の平原に、布陣しているそうだな」
「はい。城に
「防衛戦を知らぬか、だろうな」
この時、項弥、孫星は、狗雀那国を完全になめていた。
南部と違い、東夷国まで来ると、気候もやや穏やかになり、こうした平原も見られるようになる。まあ、平原にしては、草の勢いがあり、緑も濃いが。膝丈位の、濃い緑の草が、一面に生い茂っている。馬も、人間も進みづらそうだった。
項弥は、布陣した狗雀那国軍を見る。噂とは違い、陣に乱れが無い。一番前には、騎兵の突撃を防ぐ為だろうか、大きな盾を持った大柄な兵士が並び、その後方には、長い戟を持った兵が、盾兵を守る為に並び、そのさらに後方に、大きな刀を持った多量の兵士が布陣し、最後方には少ないが弩を持った、弓兵が並んでいた。
「意外と、ちゃんとしているな」
項弥は、遠く布陣した狗雀那国軍を見て、こう言った。
「ええ。趙武軍が教えたのでしょうか? ですが、所詮、付け焼き刃です。こちらが、攻めればそれが
「そうだな。そうだと、良いが」
孫星の言葉に、項弥は少し不安を覚えつつそう言った。だが、戦うしかない。孫星の策は、まだ、途中なのだから。
では、行くか。項弥は、不安を打ち消し、気合いを入れた。そして、
「突撃!」
東方諸国同盟軍は、一斉に動き出した。騎兵が先頭を行く、その後方に、項弥、自ら続き、その後方に歩兵が続く。そして、お互いの弓兵が、矢を放つ。
東方諸国同盟軍の騎兵は、速度を上げ、矢を避けつつ、狗雀那国軍の盾兵に突っ込む。
「ガッシャッ!」
狗雀那国の盾兵に阻まれ、同盟軍の騎兵の突撃が止まる、そこに盾兵、後方の歩兵の戟が、騎兵を襲う。騎兵も、慌てて手に持つ槍で反撃する。次々と騎兵が突っ込み、数の多さで、押し込み、さらに、同盟軍の歩兵が盾兵の崩れた所から、侵入を試みる。それを、狗雀那国の歩兵が阻む。かなりの緊迫した攻防が展開されていたのだった。
項弥も、突破口を探り、斬り込もうとした時だった、突如として狗雀那国軍が、後方を向いて逃げ始めたのだった。あまりにも突然の逃走劇に、同盟軍の兵士は、呆気に取られる。戦いは、均衡を保っていたはずだが。
だが、同盟軍の兵士も、訓練された兵士達だった。すぐさま、気を取り直して、追撃にうつった。
狗雀那国軍は、四方八方めちゃくちゃに、逃げた。同盟軍は、追い回すがなかなか倒す事が出来ない。さらに、追いついて斬っても、すぐ倒れるのだが、草の中、姿が見えなくなり、姿を見失う。仕方なく、他の敵を、追いかける。すると、草がモゾモゾと動き、狗雀那国軍の兵士が起き上がり、走り出す。
同盟軍は、追撃し、兵を斬り倒しているが、その手応えをつかめないでいた。だが、確実に狗雀那国軍は、四散していく。
そして、項弥も追撃しようと馬を走らせたのだが、敵将に阻まれる。
「ホホホ、我が名はマズダール。狗雀那国軍将軍ですよ。東方諸国同盟、総大将、項弥殿ですな。尋常に立ち合いお願いします」
マズダールは、古馬に乗ってあらわれ、背中からかなり大きな
項弥は、それに合わせる気はなく、汗血馬から、下を見下ろし、応える。
「味方は、逃げ惑っているのに良いのか? 良ければ、立ち合うぞ」
そう言うと、マズダールは、
「そうですね。その為に、時間を稼がないといけないので」
「そうか。では、参る!」
項弥は、愛馬を飛ばしてマズダールに迫る。そして、手に持った
「よっと!」
マズダールは、そのだるまのような身体からは、信じられないような跳躍力で、後方に飛び避けると、今度は、また、跳躍し、項弥に向かい、刀を振る。慌てて、項弥は、大刀で受けるが、マズダールの体重をも、利用した攻撃で、馬がぐらつく。
項弥は、慌てて手綱をひき、立て直すが、マズダールは、跳躍したまま、さらに攻撃を繰り出してきた。
戦いにくい。項弥の正直な感想であった。普通の相手だったら、負ける気はしなかった。東方諸国同盟軍の中でも、一番強いという自負はあった。戦った事は無かったが、麻龍や、泉小より強いはずだった。
だが、今は、目の前のだるまのような男に、
項弥は、戦い方を変えた。マズダールが、跳躍し、避けられない状態の時に、大刀を振るう。「よし!」項弥は、そう思ったのだが、マズダールは、項弥の大刀の刃に、自分の刀の刃を合わせ、軌道を変えると、そのまま、項弥を飛び越え着地する。そして、すぐさま、マズダールは飛ぶのだが、また、項弥の大刀が振るわれる。こういう攻防が、数度続き、お互いに手詰まりになる。
すると、マズダールが、
「ホホホ。時間切れのようですね。我が軍は、居なくなったようです。では」
そう言うと、古馬に
項弥は、孫星の所に戻る。
「勝ちましたね」
「ああ」
孫星の祝福に、正直喜べない項弥だった。だが、
「狗雀那国軍は、完全に軍としては、霧散しました。追わせてますが、これ以上は不可能でしょう。このまま、本国に逃げ帰るのでは、ないでしょうか」
「そうか。そうだな」
「ええ、そして、南部諸国は、自国に兵を戻したようです。ですが、これは、後回しで」
「ああ。いよいよ、孫星の策の、仕上げか」
「はい。狙いは、趙武軍です」
項弥、孫星は、今度は北に軍を向けた。狙いは、大令国、王都にいるはずの、趙武軍だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます