(什捌)

「なっ! それは、本当ですか?」


「ああ、麻龍から早馬が来た。間違いない」


「そうですか」


 孫星は、項弥から、趙武軍が南方で麻龍軍を急襲した事を伝え聞くと、がっくりと肩を落としたのだった。


「仕方ないではないか。常識では、考えられぬ行動だ。常軌じょうきいっしておる」


「そうですね。わたしが甘かったのです。趙武とは、今までの常識で考えてはいけないのだと。彼の頭の中の戦場は、東方諸国同盟全土……。いや、カナン平原全体なのかもしれません」


「かもしれんな。だが、孫星には、それを、超えて貰わないといけない」


「そうですね。いや、そうです。やらないといけませんね。国の為に、同盟の為に」


「ああ。頼むぞ」


「はい。では、まずは南に向かって軍を動かしませんと」


「ああ。すぐに用意させる。だが、それまで麻龍達が、持ち堪えるか」


「わかりません。ですが、それしか道がありません」


「そうか。では、急がせよう」


「お願いします」


 孫星は、そう答えながら正直、間に合わないと考えていた。そして、思考をその後に向けたのだった。





 その頃、趙武達は、ようやく、狗雀那国軍の、再訓練を開始しようとしていた。兵士用の戟を配り、そして、持ってきた弩を渡した。



 弩に関しては、狗雀那国軍の中でも、小柄で力の弱そうな人間を集めて、編成した。


「良いか。まずは、げんを引き、留め金に引っ掛ける、そして、照準を合わせ、引鉄ひきがねを弾く。良いな」


 弓兵は、馬延の下、訓練を行っていった。それに、背丈ほどもある、強弓を弾く、千人程の兵士が加わり、狗雀那国軍の一割程の弓兵隊が完成した。



 さらに、兵士用の戟の取り扱いは、至恩が指導して、同じく一割程の戟を扱う歩兵が完成した。


「戟は、先端ので突く事も出来るし、戈と呼ばれる、刃元の横に突き出た部分で、引き斬る事も出来る武器だ。だが、一番の特徴は、その間合いだ。自分から離れた位置で攻撃出来る。ただ、その間合いから入られたら、攻撃手段が無い。だから、周囲と協力して、間合いから、入られないように戦うんだ」



 ただ、問題は、残り八割程の大きめの刀を扱う、歩兵だった。



 だが、趙武は、良いかもしれない戦法を思いついていた。それは、盾兵じゅんぺいだった。


 本当は、風樓礼州軍が使う、重装じゅうそう歩兵用の盾が、良いのだろうが、今回は持って来ていない。なので、大岑帝国軍が使う盾をいくつかまとめ、それを、くくって使おうと考えていた。何せ屈強な男達が、つどう狗雀那国軍だ。



 狗雀那国軍の軍は、最小単位として、百人の隊で構成されていた。その内の十人程に盾を持たせ、騎兵のように、敵軍に向かって突っ込ませ、敵兵を押し込む。


 その後ろには、戟を持った歩兵が続き、盾兵を守りながら、敵兵と戦う。


 そして、敵兵をある程度押し込んだところで、盾兵を飛び越え、刀を持った歩兵が、斬り込む。さらに敵兵が崩れたら、盾兵が押し込むという戦法だった。これは、狗雀那国軍がやっていた、力比べ? から思いついたのだった。



 実際やってみると、かなり上手く行きそうだった。趙武は、ある程度、訓練が終わると、トゥーゴーに伝え、進軍を開始したのだった。





 まずは、将軍を捕らえた、黒越こくえつ国だった。将軍や兵士の命と引き換えに降伏勧告を行うと、あっさりと降伏したのだった。まあ、守る兵も僅かしかいないのだから、しょうがないのだと思うが。


 そして、投降してきた国王や、王族、そして、国の処置に関しては、狗雀那国王、トゥーゴーに任せる事にした。趙武は大岑帝国から遠い、東方諸国同盟南方は、狗雀那国に渡そうと考えていた。



「良いのですか? 趙武殿」


「はい、勿論ですトゥーゴー様」


 趙武は、狗雀那国王、トゥーゴーに対して陛下という言葉を、使わなかった。趙武にとって、陛下は今のところ、岑英ただ一人であり、なので陛下という言葉を使いたくなかったのと同時に、趙武とトゥーゴーの力関係も暗示していた。


 そして、趙武は続ける。


「ですから、黒越国の処分もお任せします。如何様いかようにもしてください」


「わかりました、趙武殿」



 その後、トゥーゴーは趙武の立ち会いのもと、黒越国国王と対面した。


 黒越国国王は、カナン平原の降伏の風習に乗っ取り、白装束で、自分の腕を後方でしばり、跪き、トゥーゴーに頭を下げる。そして、


「この度は、我が国の降伏、受け入れて頂きありがとうございます。そこで、何卒なにとぞ、我が家臣、兵、そして、民達には寛大かんだいな処分を」


 すると、トゥーゴーは立ち上がり、腰から、狗雀那国では、珍しい剣を引き抜くと、国王に近づきその腕を縛る、縄を斬り、そして、手を取って立ち上がらせる。


「勝敗は、兵家の常と言うじゃないですか。今までは、我らが負け続けていたのです。今回は、趙武殿の手助けで、たまたま勝っただけです。余や、我が国の者は、なにぶん田舎者、いろいろ御教示願いたい。なので、これからも当地の統治者として、我が国の下、働いて頂きたいのだが、いかがでしょうか?」


 トゥーゴーがそう言うと、国王は、感涙しつつ、大きくうなずき、言葉にならない声を上げる。


「かた……じ……け……うぐっ」


 そうすると、トゥーゴーは、国王の肩を抱き、歩き出した。


「ハハハハハ! 泣くほどの事ではなかろう。さあ、街を案内してくれ」


 趙武は、その様子を見て、少し岑英の事を思い出していた。





 趙武は、この後すぐに、藍伍らんご国、矮南わいなん国、さらに我蘇がそ国に向けて、降伏勧告の使者を出した。それも、黒越国の高位の者を、そして、必ず狗雀那国が、自分達に行った処遇、トゥーゴーの人となりを、伝えるように言ったのだった。



 その結果は、藍伍国、矮南国は、相次いで降伏したのだった。麻龍は、先の趙武軍の敗戦後、自国である我蘇国に兵を向けたのだが、藍伍国、矮南国の将軍は、自国を守る為に離脱し、兵を率いて、自国に帰っていた。



 その将軍達も、趙武軍の強さ、恐ろしさを伝え、そして、国王達も、寛大な処分である事を聞くと、喜んで降伏したのだった。



 ただ、我蘇国は、他の国に比べて兵力も多く、さらに、将軍は麻龍である。降伏せず、徹底抗戦するそうだ。使者の話だと、我蘇国の国王は、チラチラと麻龍を見て、睨まれていたそうだ。



 こうして、3か国が狗雀那国の軍門に下った。そして、トゥーゴーは、矮南国が、降伏した事を知ると、矮南国に移動したがったのだった。



「矮南国に行きたい? 確かに3か国の中では、一番大きな国だけど、特に何かあるわけではないし……。でも、まあ、良いや。トゥーゴー様には、何か考えがあるんだろうから」



 趙武は、不思議に思いつつ、麻龍がわざわざ討って出る事は無いと判断し、反対しなかった。念の為、岑平軍を、黒越国の北にある我蘇国との国境沿いに移動させ、布陣させると、自分達は、東にある藍伍国を通って、藍伍国の北にある、矮南国へと入った。



 そして、トゥーゴーは、矮南国に入ると、ある場所に一目散に向かった。


「趙武殿、港です、港。これで、我が国も交易が!」



 そこは、矮南国、王都にある小さな港だった。大岑帝国の龍会ろんえに比べれば遥かに小さな港。だが、


「狗雀那国には、港が無かったのです。海はあるが、断崖絶壁だんがいぜっぺきか、かなり沖まで遠浅の浜か。まあ、海は綺麗なのですが」


 なるほど。確かに、矮南国の南にある、藍伍国も海に面した国だが、地形的なものか、波が荒く、漁港はあるそうだが、大型の船が停泊出来る、港は無かった。



 そして、交易か。トゥーゴーの目的も分かった。確かに、大岑帝国の発展も西方からの陸路の交易によるものだし、如親王国の莫大な蓄財も、海洋交易によるものだった。



 だが、この程度の港で、満足してもらっては困るのだ。趙武は、トゥーゴーに声をかける。


「トゥーゴー様。これよりも大きな港が、北にはあります」


「そうか。だが、そんなに大きいのですか?」


「はい。この港には、中小の船は入れますが、その港では、遠洋航海用の大型船も停泊出来ます。規模でも、数倍は違うでしょう」


「そうですか。それは、どこですか?」


「はい、東夷とうい国の王都です」


「そうですか。東夷国ですか」


 トゥーゴーは、そう呟くと、じっと海を、見つめた。何を考えているのだろうか?





 だが、まずは、我蘇国だった。趙武は、岑平に伝令を送り、国境を越えるよう伝えると、共に、狗雀那国軍と共に、進軍を開始した。


 狗雀那国軍は、投降してきた3か国が、自ら軍を出して、全軍で19万になっていた。これに趙武軍、10万。そして、北上した岑平軍の5万が加わり、我蘇国王都を34万という大軍で包囲した。



 対するは我蘇国軍4万。いくら狗雀那国軍が弱いといえど、勝敗は決まっているようなものだった。それに、何故か、投降三軍の士気が高い。


 後は、東方諸国同盟の援軍だが、會清に探ってもらっているのだが、動く様子はないそうだ。麻龍と戦ってから三ヶ月。


 いくらなんでも遅い。何か、策があるのか、内部で問題があるかだろう。今から出陣して、かなりの速度で街道を進んでも間に合いそうになかった。



 トゥーゴーの下に諸将が集う。だが、主に話すのは趙武だった。


「さて、我蘇国王都の攻略ですが……」


「待ってください趙武殿。城攻めの主攻は、我ら狗雀那国軍に、お任せ下さい。趙武殿からの教え、是非ともここで試したいのです。それに、我が軍は、城攻めが、わりと得意なので」


 トゥーゴーがそう言うと、隣で、マズダールも頷く。


 趙武は、元々、主攻は、狗雀那国軍に任せる予定だった。だが、今回、趙武達が、考えた戦い方は、攻城戦での戦い方ではない。だが得意だというのだから、信じてみよう。趙武は、思った。


「では、よろしくおねがいします。ですが、こちらも攻撃に加わらさせて頂きます。よろしいでしょうか?」


「それは、勿論です。よろしくおねがいします」


 トゥーゴーがそう言うと、趙武は、全員の方を向き、話始めた。


「王都の城壁は、高さが4じょうしゃくすん(約10m)あまりあります。城壁の質は、土地柄かやや脆く崩れやすいが、こちらも投石機等は運んで来なかったので、力押しになると思います」


 すると、それを聞いた。矮南国の将軍がおずおずと手を挙げながら、


「我が軍は、投石機を持ってきておりますが、使用しても……」


 すると、趙武は、


「それは勿論、使用してください。というよりも、是非とも使ってください。その方が、被害少なく攻略出来ますから」


「畏まりました」


 さらに趙武は、話す。


「東側と南側は、主攻である狗雀那国軍19万が、攻めてください」


「わかりました!」


 トゥーゴーが、元気に応える。投降三軍の将も、大きく頷く。


「そして、岑平軍5万が、西側より攻める」


「はい、畏まりました」


 南側国境から、軍を率いて来ていた岑平が応える。すると、トゥーゴーが口を挟む。


「という事は、北側からは、趙武殿の軍が攻めるのですか?」


 趙武は、ゆっくりとかぶりを振ると、


「いいえ。我が軍は、高みの見物をさせて頂きます。王都を四方から苛烈かれつに攻めれば結果的には、落ちるでしょう。しかし、ある程度の犠牲も伴います。しかし、三方向から攻め、一方向を開けておけば、そこから逃亡者や、投降者が出て、王都の陥落かんらくも早まるでしょう」


 趙武には、他の思惑があったのだが、あえて言わなかった。そして、その趙武の言葉は、トゥーゴーはじめ、諸将を、感心させたようだ。


「なるほど、さすが趙武殿。我らでは、考えもせぬ事だ。ハハハハハ!」





 翌日、王都周辺に、王都を取り囲むように布陣する。王都の東側には狗雀那国軍の15万が、南側には投降三軍の4万が投石機を中心に布陣。どうやら、投石機の攻撃に巻き込まない様に別れたようだった。


 西側には、岑平軍5万。そして、北側少し離れた場所に趙武軍10万が布陣したのだった。



 そして、その翌日の早朝。趙武の合図で、戦いは始まった。


「さあ、やりますか」

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