(什漆)

 麻龍は、趙武軍の突撃に、一瞬焦った。瞬く間に、騎兵によって斬り込まれ、それに続く歩兵によって、急速に味方の兵は倒れ、弓兵の矢は、至る所に雨のように降り注ぐ。


 趙武軍の数は、自軍より多いのだ。判断の遅れが、致命傷となりかねなかった。麻龍は判断する。趙武軍の攻撃に対応するよりも前方に脱出する方が早いと。


「前方の敵を突破する、脱出するぞ続け!」


 麻龍は、自らげきを振るい前へ前へと進んだ。


 麻龍の戟は、形が独特で、と呼ばれる、引き寄せて斬る事が出来る部分が、大きな鎌のようになっていた。麻龍が、戟を振るうと、敵兵達は、草でも刈るかのように、斬られていった。



 麻龍は、突破をすると、背後を振り返る。我蘇国軍の兵士は、背後をピタリとついてきていた。しかし、他国の兵は、一部包囲され離脱が不可能に見えた。


「くそっ」



 麻龍は、そう毒づくと、そのままの勢いで走り続けた。


 そして、狗雀那国軍を散々に倒すと、戦場を離脱、北にある自国、我蘇国へと兵を向けた。





「ああ。至恩、雷厳に伝達してください。深追いはしないようにと、倒し過ぎちゃうと、狗雀那国軍の練習相手が居なくなっちゃいますからね〜」


「はっ」


 趙武の命令を伝える為に、伝令が馬を飛ばして去って行く。


 趙武は、周囲を見回した。敵兵を一部捕虜にしたようだ。黒越軍の将軍も捕虜にしたようで、その連絡もあった。これで、黒越国は、無血で開城するだろう。そんな事を考えていると、勉強熱心な凱鐵が声をかけてきた。


「必要以上に敵を減らさないとの事でしたが、あれで良かったのでしょうか?」


「ああ、上出来だよ、凱鐵」


 実は、この戦いは、凱鐵が策をたて、指揮したのだった。趙武の、これから狗雀那国軍の練習に使うから減らし過ぎないようにという命令に、気を使いながら。



 凱鐵は、趙武に褒められ安心した。敵を捕虜を含めて、3割程削っただろうか。上手くやれば、半分以上は減らせたとも思うが、それでは、減らし過ぎだろうと、穴を作り、突破を許したのだった。


 本当だったら、騎兵中心の龍雲軍を突撃させて、その背後を、破壊力抜群の雷厳軍で、追わせ、左右から、至恩軍、馬延軍でを突入させつつ、岑平軍を密かに狗雀那国軍の背後に回し、突破を困難にする。そうしたら、どうなっただろう、凱鐵は、少し考えた。



 その時、趙武の下に、會清が近づいてきた。


「趙武様、遠路えんろ、ご苦労様でした」


「ああ、會清も良くやってくれたよ。ご苦労様。で、何?」


「はい。狗雀那国国王、トゥーゴー様が趙武様に是非、お礼を申し上げたいとの事です」


「分かったよ。行けば良いの?」


「はい。トゥーゴー様は、こちらに来られると言われたのですが、流石に一国の王を、連れて来るわけには行きませんので」


「ありがとう、さすが、會清。これが雷厳とかだったら、首とって持ってくるからね」


「いや、趙武様。冗談でも流石に、それは」


「ん?」


「はあ〜。まあ、良いです。すぐに行かれますか?」


「ああ、よろしく案内して」


「はい」



 趙武と會清、そして帳下督ちょうかとく率いる、護衛兵達が続く。



 トゥーゴーの本陣は変わった作りになっていた。周囲に屈強な四人の男が立ち白い布を持ち、本陣を見えないように覆っていた。趙武達が近づくと、二人の男が布を持ち上げ、通された。


 中には、二十人程の屈強な男が、立ち並び、その中心に金色こんじきの傘の下、金色の敷物に座る屈強な男がいた。身に着けているのは、白い腰布一枚。ただ、手首にも、足首にも、そして、首にも金色の輪飾りをつけ、頭にも、金色の飾りをつけていた。


 趙武達が近づくと、トゥーゴー、自ら、立ち趙武に近づくと、挨拶をしてきた。それは、なまりの無い、綺麗な平原の言葉だった。


「趙武殿ですか? 余が狗雀那国の国王、トゥーゴーです。このたびは、わざわざ遠方まで、援軍ありがとうございました。おかげで、はじめて勝てましたよ、ハハハハハ!」


「始めまして、わたしが、大岑帝国大将軍趙武です。いえ、トゥーゴー様のお役に立てて、何よりです」


 趙武は、挨拶を返しながら、トゥーゴーを見た。身長は趙武より低いが、南方民族としては高い方だろうか。


 浅黒い肌が日に焼け、さらに濃い色と、なっている。黒い髪も、平原の民よりも、黒々とし、黒光りしていた。黒く濃い眉。意志の強そうな二重の黒い眼。年の頃は、趙武よりちょっと年下だろうか?


 顔は、男らしい精悍な顔というのが、一番最適だろう。そして、何より目を引くのが、その筋肉だった、武将のそれとは違い、大きく肥大した筋肉が全身を、覆っていた。



 そして、トゥーゴーは、話し始めた。


「この体を見てください。究極に鍛えられた肉体」


 するとトゥーゴーは、上半身裸の肉体を、筋肉に力をこめ見せつけた。趙武は、その動きを見つつ、筋肉に栄養取られて、脳に栄養が回っていないのかと考えた。


「強い魂は、強き肉体に宿ると信じ続けてきました。だが、連戦連勝だった我が軍は、手も足も出ず負けたのです」


「そうでしたか」


「はい。筋肉の鎧を纏った、屈強な我が軍の兵は、長いの武器や、速い馬を使った、軟弱な兵達によって討ち取られ、屈強な兵のはじ強弓ごうきゅうは、弱兵の間断なく放たれる、弱弓じゃくきゅうに負けてしまった」


「え〜と、ご愁傷様しゅうしょうさまです」


 負けた理由は当然のような気がした。まあ、硬い肉体に阻まれて、死者は少ないそうだ、その意味では鍛えた意味がある。趙武は思った。


「趙武殿。余は勝ちたいのだ。協力してくれるか?」


「それはもちろん協力させて頂きます。ですが、その信念を曲げる事になってしまっても良いですか?」


「信念とは?」


「強い肉体だけでは、勝つ事は出来ないと思うので」


「それは、構わぬ。この戦いでも感じたが、強い肉体だけでは勝てぬと」


「畏まりました。では、さっそく訓練したいのですが、兵達は、わたしの命令を聞いて貰わないと」


「勿論だ、趙武殿。皆に趙武殿の命令は、余の命令と一緒だと命じておく。何だったら、このむちも貸しておくぞ。ハハハハハ!」


 それは、柄が金で装飾された草を編んだ鞭をだった。それを、トゥーゴーから渡された。だが、趙武は見た事も、使った事もない。それを使う必要性を感じず。丁重に返した。


「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取っておきます。これは、お返し致します」


「そうか、分かった。では、よろしく頼む。マズダール!」


「はっ、ここに」


 外から勢い良く走り込んで、トゥーゴーの前に跪く。どこかで、ずっと待機していたようだ。


此奴こやつは、余に長く仕えておる将軍だ。軍の事は、何でも聞いてくれ」


 すると、マズダールは、


「趙武様。よろしくお願い致します。何でも、お申しつけください」


「マズダールさん、よろしく」


「はっ」


 こうして、趙武の狗雀那国軍の訓練が、始まる事になった。



 マズダールに案内されて、狗雀那国軍の兵達の所に、案内された。


 マズダールは、ちょっと短く見える手足を一生懸命動かし、汗をしたたらせながら、趙武達の前を歩く。


 趙武は、身長が高く手足が長い。それで、普通に歩いているつもりでも、かなり速足なのだ。それに合わせて歩く會清達も、自然と歩く時は速足になる。それに合わせると、マズダールは、足をかなり一生懸命動かす事に、なるのだ。


 マズダール。身長は、トゥーゴーよりも低い。おそらく、南方民族の平均位であろう。だが、その鍛え上げられた肉体は、トゥーゴー以上に肥大していた。手足は丸太のように太く、胸回り、腹回りも趙武が手を回しても届かなそうだった。手は完全には、下へと下ろせないのか、斜め下で、ちょこちょこと動かしている。


 トゥーゴーと同じく、日に焼けた浅黒い肌。頭髪は、何故か頭頂部から後頭部にかけて、わずかにはえていた。その代わり、濃い髭が口回り、そして顎にはえている。



 マズダールが振り返る、太く濃い眉に、かなり濃い顔立ちだが、それに反して、愛らしいつぶらなひとみが、趙武を見る。



「まずは、我が軍の演習を見て頂き、改善する事があれば、すぐに行いたいのですが」


「わかりました」


 趙武はそう言いながら、懐かしい気分になっていた。最近は、訓練や演習等も、至恩達に任せ、見ることも無かった。





「う〜ん」


 趙武は、首をかしげて悩んでいた。改善する事があれば? 趙武の考えでは、目の前で行われている事は、演習では無かった。良く言って、力比べ? と、叩き合い? さて、どうするか? 



 趙武は、會清に声をかける。


「悪いんだけど、雷厳と龍雲、呼んで来て、それと、凱騎も」


「はっ!」


 會清は、そう言うと、速足で歩き始め、そして、一瞬で視界から消えた。



 しばらくすると、馬に乗って、雷厳、龍雲、凱騎、そして、凱鐵も一緒にやって来た。その隣を、馬が駆ける速度と同じ速度で歩く、會清。趙武は気にしない事にした。



 雷厳達が馬から降りる。


「おう、趙武。何をすれば良いんだ?」


「雷厳、わざわざご苦労様。それなんだけど」


 趙武は、演習の方に顔を向けた。


「何だ、あれは?」


「演習だって」


「あれがか?」


 流石に雷厳も、ちょっと呆れているようだった。そこでは、二組の演習が行われていた。



 一組は、五人ずつに別れ、丸太を押し合っていた。そういう固まりが、いっぱい。


「呼吸を合わせろ! 力を込めろ!」


 五人が横に並び、向かい合った五人と丸太を押し合う。どうやら、呼吸を合わせる演習のようだが。力比べ?



 もう一組は、木の棒を持って、十人ずつ二組に別れ、叩き合っていた。それも、かなりの人数が行っていた。どうやら、戦いの演習のようだが。叩き合い?



「分かったぞ、趙武。あれを何とかすれば良いのか?」


「ええ、お願いします」


「おう!」


 雷厳は、そう答えると、力比べ? の方に歩を進め始め、止まる。そして、


「行くぞ! 凱騎!」


 すると、凱騎が、元気良く返事をする。


「わかりました! 師匠!」


 師匠? 雷厳は、凱騎にそう呼ばれている、ようだった。



 雷厳と、凱騎が居なくなると、今度は、龍雲が、趙武に声をかける。


「だったら、俺は、あっちですね。行って来ます」


 そう言い残して、龍雲は、叩き合いの方に向かった。


「よろしく、龍雲」



 そして、しばらく見ていると、雷厳は、たった一人で、五人が押す丸太を、自由に操って遊んでいる。振り回される相手。


 いくら雷厳でも五人の力を上回っている訳では無い。全身の力の連動性と、技術なのだ。


「ほーら、ほら、どうした? その鍛え上げられた肉体が自慢だったのじゃないのか? そーれ、それ、どうした? ガハハハ!」


 雷厳の高笑いが、辺りに響く。



 龍雲も、十人対一人の叩き合いで、無双していた。


 龍雲は、常に移動しつつ、注意を周囲に向ける。素早く移動して、多くても三対一になるように常に動き、次々と叩いていった。


 十人が龍雲に向かう、すると龍雲は斜め後ろに後退しつつ、一番先頭の男の振るう棒を、回転動作で交わしつつ、その背中を棒で叩く、そして、今度は前に素早く移動して、次に迫っていた男達の脇をすり抜けつつ、人数の少ない方に出る。そして、また、回転動作で交わす、叩く。こういう連続動作を繰り返し、次々と倒していく。本人は無傷。



 これで、ここは二人に任せておけば、良さそうだ。まあ、狗雀那国軍の意識改革は、為せるだろうと、趙武は、思った。


 そして、趙武は、自分の陣に戻って考える事にした。狗雀那国軍に合った戦い方は、何だろう?

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