(什陸)

「うふふふ。孫星よりも、わたしの方が、優秀だと、ようやく分かったようね」


 東夷国将軍、泉小は、意気揚々と道を進んでいた。東方諸国同盟軍の総大将、項弥によって、一軍を率いるよう言われた泉小は、自らの東夷国軍4万、巣椀教すわんきょう国軍3万、文創ぶんそう王国軍3万、崙土ろんど国軍1万、の計11万の兵を率いていた。



 泉小、すらっとした長身の美丈夫。だが、鍛えているので、引き締まった肉体はしている。麻龍のように露出はさせず、全身を覆うような軍装を着て、鎧も身に着けていたが、兜は、被っていなかった。髪は、黒髪を松ヤニで固め、髪を立たせていた。


 それよりも目立つのは、顔だった。美しい顔立ち、それは誰しも認めるものだった。ただ、中性的な美貌であり、さらに、顔面から肩まで、白粉おしろいで白くしてあり、眉は炭で線のような細い眉を描き。唇は、べにで赤く染め、さらに、その紅は、目尻にも流れる線のように引かれ、まぶたには、紅が、薄く延ばされていた。


 役者のような完璧な化粧で、戦場に臨む泉小。武骨な項弥とは、性格的にも合わなそうだった。



 泉小の下には、次々と伝令が飛んできていた。それは、孫星や、周囲に放った斥候からの報告であった。孫星からは、お互いの位置確認。周囲の斥候からは、周囲に敵の姿ありません、という報告だった。


「分かりきった事ではありませんか。敵は、わたし達が進んだ先に、いるのです。現に、あんなに砂塵さじんを巻き上げて、演習でもやっているのかしら?」


 そう、泉小の視線の先、恐らく趙武軍のいるであろう、荒野付近は、もうもうとした砂塵で覆われていた。



 前日、孫星は、斥候を放ち、見つからぬよう遠くからではあったが、趙武軍の位置を確かめようとしたのだが、すでに砂塵に覆われ、良く分からない状況になっていた。数日前には、確実にいたので、恐らくいるのだろうという報告だった。





「何よ、これは?」


 泉小は、呆然ぼうぜんとした。目の前に広がるあまりにも、奇っ怪な光景に、思考が追いついて行かなかったのだ。


 泉小軍、そして、項弥軍は、街道を避け別々の軍用道路を進んで、荒野へと、到達した。孫星は、警戒していた、趙武軍による各個撃破を回避し、一安心した所だった。



 だが、目の前に広がっていたのは、数人の牛飼いが眺める中、数百頭の古馬が、赤い旗指し物をつけられ、それを追うやはり数百頭の牛から、逃げ回るという、何とも言えない光景だった。さらに、ご丁寧にも、中央には、大岑帝国の赤い大きな旗が、数本、立てられていた。


 さらに、牛飼い達は、東方諸国同盟軍を見ると、牛をなだめ、古馬の旗指し物をはずすと、さっさと、帰っていった。慌てて、孫星が処罰する為では無く、話を聞く為に配下の者を追わせた。


 だが、項弥、始め、多くの者は、意味が分からず長時間呆然としていた。


 そして、ようやく立ち直った、泉小は、叫んだ。


「趙武軍は、どこよ〜!」





 その頃、趙武は會清の配下の先導せんどうのもと、山道を進んでいた。周囲には千人程の兵士、騎兵も、歩兵も、弓兵もいた。皆が、荷持を持ち、進んでいた。他には、趙武の世話をする舎人とねり達、そして、主簿の典張と、どうしてもと言ってついて来た、凱鐵だった。



「趙武様。牛と馬の策略は、驚きました」


 凱鐵は、趙武と共に、馬を走らせながら、趙武に話しかけた。


「ん? ああ、あれは、お遊びだよ。敵の斥候のちょっとした目眩めくらましに、使っただけ」


「そうなのですか。では、この策のきもは、やはり、間道かんどうを使って移動するという事でしょうか?」


「肝? う〜ん。凱鐵は難しく考え過ぎだね。もっと、頭を柔らかくしないと」


「はあ」


「まず、兵を細かく分け、別れて移動する。まあ、これは、會清の部下達がいるから、出来る事だけど」


「はい」


「これは、敵の情報網に引っかからない為だね。敵が、探しているのは、15万もの大軍だから。それより少ない兵士が、移動しているという情報が入っても、それが、僕達とは、結びつかない」


「なるほど」


「さらに、敵領内で兵を細かく分ける。これは、軍略では、常道からは外れた、愚策ぐさくと言われている。見つけられたら、あっという間に終わりだからね」


「でも、あえて行ったと」


「うん。同盟軍の弱点でもあるんだけど、我々の位置が、分かっている時は、総大将に、一任されてた軍が、敵の位置が、分からないとなれば、それぞれの国が、自分の国を守る為に、各国軍を、呼び戻す可能性もある。だから、自由に動けない」


「なるほど」


「まあ、実際各国軍に別れてくれれば。僕達は、敵を各個撃破すれば良いんだけど。流石に、そううまくは、いかないと思う」


「そうでしょうか?」


「たぶんね。項弥、孫星の存在は大きいよ。だから、まずは、討てる敵を、とりあえず討つ」


「なるほど」


「一応、そこまで考えての、策だね」


「勉強になりました」


「うん。だけど、本番はこれからだから。まあ、とりあえず、今は、予定している集合時間に、間に合うように、行こう」


「はい」



 趙武は、歩兵や、弓兵が遅れないような速度で、進んでいた。およそ150もの分隊に別れ、別々の道を進む。だが、目的地は一緒だった。


 そして、二週間ほどで合流を果たすと、戦闘準備を整え、進撃を開始したのだった。





 孫星は、焦っていた。趙武軍を見失った後、慌てて周囲に斥候を放ち、住民に聞き込みを行ったのだが、誰も15万もの大軍は見ていないと言う。だったら、風樓礼州方面か、帝国領に近い北方ヘ、移動したのかと、探させたが、その気配もない。


 さらに、捜索範囲を広げたのだが、大した情報は入ってこなかった。唯一、南ヘ移動する、少数の兵士を見た、と言う情報は入ったが、それは、攻め込んだ狗雀那国軍を排除する為に、南ヘ向かっている麻龍の軍勢だろう。


 まあ、それこそが、本当は、趙武軍の正しい情報だったのだが。



「孫星。まだ趙武軍は、見つからぬか?」


「申し訳ありません。項弥には、苦労をかけます」


「なんの」


 項弥は、趙武軍が消えたという情報をひたすら隠していた。しかし、戦いが始まらない事、動かない事を、各国の上層部に、不審に思われる事は、時間の問題だった。


 現に、この後、項弥は、大令国国王、管義カンギに呼び出されていた。誰かから情報が漏れたとも、考えたくなかったが……。



 孫星は、現状を話し出す。


「趙武軍は、大令国の西の森奥深くにでも、隠れているかもと思ったのですが、おりませんでした。今は、さらに南西の丘陵きゅうりょう、山岳地帯を探しております。もう少し待っててください」


 孫星は、風樓礼州から続く、山がさらに山深やまぶかくなっている場所に、趙武軍は潜んでいると、考えていた。


「そうか、ご苦労」


 項弥は、短くそう答えた。項弥の直感のようなものが、違うような気がすると言っていたが、口には出さなかった。


「はい」


 孫星も、短く答え、地図を見つつ考える事に、没入し始めた。そんな孫星に項弥は、


「陛下に呼ばれたのでな。ちょっと出かける」


「えっ、それでは!」


 孫星が驚きの声を上げるが、項弥は、


「心配いらん。また、いつもの気まぐれだ」


「そうですか。ですが、気をつけて」


「ああ」


 項弥は、短く応えると、孫星の天幕を出て、大令国王都へと、馬を走らせた。





「将軍、項弥、お呼びにより推参すいさん


「ふん、推参等と、何様のつもりだ。まあ良い」


 項弥は、玉座の下に跪くと、国王を見上げた。冕冠べんかんを被り、豪華な衣服を着て、玉座にふんぞり返る、小男がいた。冕冠や、衣服が無ければ、誰がこの男を、国王等と、思うだろうか。緊張感の無い顔、意志のないよどんだ目、そしてたるんだ頬。


 醜悪な顔だ。項弥は、これが我が国の国王とは。そう思った。そして、心根が顔にでるのかとも思った。



 そんな項弥に、管義カンギが話しかけた。


「ところでだ、いくさはまだ終わらないのか?」


「はい、敵がなかなかしぶとく」


「本当にか? 戦いたくて、無駄に戦っているだけではないのか?」


「いえ、そのような事は」


「ふん。耀勝が、莫大ばくだいな戦費を融通ゆうずうしてくれたから、良いが。無尽蔵むじんぞうでは無いんだ。早く終わらせろよ。余ったら、我が国の国庫がうるおう」


「はっ」


 項弥は、そう返事を返したが、国庫では無く、潤うのは自分だろ。そう思った。だいいち、あの金は、東方諸国同盟軍に、戦費として、贈られた金だった。


「まあ、とりあえず負けるなよ。負けたら、責任はお前にとってもらうからな。は、知らんぞ」


 東方諸国同盟、盟主としての管義は、勝ったときは、己の手柄だと言わんばかりに、主張するくせに、負けた時は、お前のせいと言うのか。項弥は、呆れる。


 項弥の心の奥底に、仄暗ほのぐらい、炎がともってすぐに消えた。項家は、管家のかなり近い分家だった。だが、


「はっ、畏まりました」


 項弥は、こう言って玉座の間を後にした。





 麻龍は、遠く移動する、狗雀那国軍を視界にとらえていた。勢いだけは良さそうだが、動きはバラバラだった。こちらが近づいているのにも関わらず、それに対応する動きもとっていなかった。


「ふん蛮族ばんぞくめが」


 麻龍は、そう呟くが、自分にもその蛮族の血が、流れている事は、忘れているようだった。


 麻龍は、後ろを振り返る。全軍で8万もの兵士が続いていた。


 南方の地は、地形が複雑だった。鬱蒼うっそうと木々が茂り、北に比べると街道も道が狭く、移動もしづらい。上り下りの連続や、山越えや谷越え、急な雨や、かと思うと照りつける太陽。そして、何より、気温が高く、湿度も高い。かなりの蒸し暑さだった。



 だが、麻龍の軍は、南の方の国で固められた軍だった。当然、慣れているはずだったが、大軍の移動には時間がかかり、予想よりは狗雀那国軍の侵攻を許していた。


 それでも、南方では珍しい、黒越国の国都、越洛えつらく近くの、やや開けた平原で、狗雀那国軍をとらえ、攻撃に移ろうとしていた。



「戦闘準備にかかれ!」


 麻龍の指示で、戦闘準備が開始される。麻龍達の軍も南方出身なので、騎兵が少なめだが、それなりにはいた。騎兵が前方に展開し、その後ろに、数の多い歩兵が、展開した。さらに弩を持った弓兵が続く。


 麻龍の国である我蘇国の兵は、きびきびと早く、他の国の軍の動きが、若干じゃっかん遅れる。


「チッ。だから俺たちの軍だけで良かったんだ。あんな弱そうな軍」


 麻龍は、軽く舌打ちしつつ、狗雀那国軍を見る。こちらの展開より動きが遅れ、まだ、戦闘準備に入れないでいた。だが、麻龍に待つ理由は無い。



「行くぞ! 全軍突撃!」



 麻龍軍8万が動き始め、まだ準備の整っていない狗雀那国軍15万を強襲する。



 騎兵が突撃し、狗雀那国軍を分断していく、歩兵がその後に続き、弓兵は味方のいない場所に矢の雨を降らせた。それだけで、混乱に落ち入る狗雀那国軍。


 麻龍自身も縦横無尽に暴れ回り、敵兵や敵将を討ち取っていく。


「勝ったな」


 麻龍が思わず呟いた時だった。自軍の後方で、ときの声が上がると同時に、後方にいた弓兵の悲鳴が上がる。


「敵か?」


 麻龍が後方を振り返ると、目に入ったのは、赤い軍装と、旗に大きく書かれた「趙」の文字だった。


「帝国軍? 趙武軍か? 何故、ここに?」



 趙武軍15万は、遠路南方に向かい、狗雀那国軍を強襲した麻龍軍を、急襲したのだった。

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