(什肆)

「ふ〜。動かないね〜」


 趙武は、風樓礼州フローレスの城壁にある監視塔から、遠く布陣する、東方諸国同盟軍を見ていた。四角に切られた石の窓に頬杖ほおづえをついて。ひんやりとした石の感触が、気持ち良かった。


 趙武の横には、呂亜ロア凱鐵ガイテツが立っていた。呂亜が、答える。


「そうだな。こちらが攻めれば引くし、今度、江陽こうように引き上げようとすると、攻め寄せるし。本当に、厄介だよな」



 そう、東方諸国同盟軍は、攻め寄せた割には、こちらに攻撃を仕掛けようとは、してこなかった。さらに射程も分かっているのか、把切朱絶バリスタの射程にも、入ってこない。


 だったらと、龍雲リュウウンに騎馬隊のみで、奇襲させたら、一撃、浴びせる事は出来たが、その後は、軍をただ後退させた。龍雲が、嫌な感じがすると即撤退したので、こちらに損害は無かったが、違う将に攻めさせていたら、どうなった事か。


 東方諸国同盟軍、総大将は、確か、項弥コウヤ。参謀格の副将には、孫星ソンセイ。その他にも、龍雲、いわく、良将がいるとの事だった。


 それに、これだけ軍を余裕持って布陣出来るという事は、如親王国から、莫大ばくだいな資金援助があったのか? それとも、何かよほど条件の良い、約束があるのか? どちらにしても、厄介だった。



 趙武は、敵軍を見ながらぼーっと、考えていた。さて、どうするか? 

 

 時は、皇紀240年春、ちょうど岑職派軍によって、龍会ろんえ攻防戦が始まった頃であった。



「う〜ん。何か良い策ありませんか? 凱鐵君」


 すると、ちょっとからかうように、趙武が、凱鐵に話をふる。真面目な凱鐵は、真剣に考える。


「そうですね。こういうのはどうでしょう。我が軍が、江陽に撤退するふりをして、その後、風樓礼州に攻め寄せる敵軍の、後背を突くと言うのは」


 呂亜は、結構、良い策のように思えた。だが、趙武は、


「う〜ん。良い策に思えるけど、敵の方が軍勢自体は多いからね。それに、え〜と、孫星だっけ? 結構、良い参謀がいるから、読まれたら、大事おおごとだよ」


「そうですか。う〜ん。では、趙武様には、良い策があるのですか?」


 趙武は、二人の方を向いて、語る。


「う〜ん。考え中」


「何だよ、それ」


 呂亜は、ちょっと期待していたのだった。


「でも、攻めてみるのも手かもね」


「えっ」


 呂亜と、凱鐵が顔を、見合わせる。すると、凱鐵が、


「それでは、正面決戦となり、こちらに不利では?」


「普通はね。でも、敵の参謀は優秀だから」


 趙武が、そう言うと、今度は呂亜が、


「そうか。趙武が、何か策を仕掛けるのではと、深読みしてくれると言う事か」


「正解」


 すると、さらに趙武は、話を続ける。


「敵が、深読みしてくれて、後退してくれたら、そのまま攻め込んで、東方諸国同盟を滅ぼす。まあ、皇位継承の戦いの決着がつく。う〜ん。2年ぐらいで滅ぼせるかな」


 呂亜と、凱鐵は、驚きの声をあげる。


「な、な、何を言っているんだ? 滅ぼす? 東方諸国同盟をか?」


「趙武様。それは、あまりにも、困難かと。いくら趙武様と言えども」


 すると、趙武は、笑う。


「ハハハ、冗談だよ、冗談」


 だが、呂亜と、凱鐵の背中に冷や汗が流れる。趙武の目は笑っていなかった。あくまで、冷静に、そして、冷徹に、その頭脳は策を、練っているようだった。





 趙武は、その後、軍は布陣させたまま、一旦、江陽に戻っていた。目的は、


「父上〜」


 とてとてと、子供が走り、その後ろからは、赤子を抱いた、瀬李姉綾セリシアが歩いてきた。


「お〜。元気だったか、趙英!」


 趙武は、3歳になった我が子を抱き上げる。まだまだ、軽いな。趙武は、趙英を高々と持ち上げ、さらに自分中心にぐるぐると回転する。趙英は、とても喜んでいた。


 趙武は、趙英を下ろすと、今度は瀬李姉綾に近づき、その胸元に抱かれた、赤子を見た。趙武の後ろでは、目を回したのか、趙英が、ふらふらと歩いていた。



 赤子は、趙武を驚いた顔で見ると、泣き始めた。


「ほらほら、風樓羅フローラちゃん、怖かったですね〜。ほ〜ら怖くない、怖くない」


 瀬李姉綾が、そう言ってあやすと、赤子は泣き止んだ。赤子の名は、風樓羅。趙武と、瀬李姉綾の生まれたばかりの、長女であった。


「趙武様。顔が怖いですよ。笑って、笑って。はい」


 瀬李姉綾は、そう言って、左手で風樓羅を抱きかかえながら、右手の親指と、人差し指で、趙武の口角を、上に引き上げる。


「ああ、ごめん、ごめん」


 それを見て、風樓羅も、趙英も笑う。つられて、趙武も、瀬李姉綾も笑う。戦時の一時の安らぎを満喫した趙武であった。





「しばらくは、帰れぬかもしれない」


「そうなのですか。東方諸国同盟との戦い、長引きそうなのですね」


「ああ、なかなか、敵も引いてくれないからな」


「そうですか。少し寂しいです」


 子供達を寝かしつけ、二人の時間。少し甘えるように瀬李姉綾は、そう言った。


 趙武は、立ち上がると瀬李姉綾の近くに行き、そっと抱き寄せ、瀬李姉綾のさらさらとした、長い銀色の髪を、撫でる。瀬李姉綾は、趙武に体重を預け、もたれかかる。


 趙武は、瀬李姉綾の柔らかい感触を腕の中で、感じると、強く抱き締めた。趙武の心は、癒やされ、満たされていくのを感じたのだった。





 趙武は、風樓礼州に戻ると、主だった将を召喚した、上将軍の岑平シンペイ慈魏須文斗ジギスムント。そして、裨将軍の呂亜と中林チュウリン。そして、将軍の至恩シオン雷厳ライゲン、龍雲、馬延バエンだった。さらに、幕僚からは、軍師ぐんし陵乾リョウカン長史ちょうし會清カイセイ、さらに主簿しゅぼ典張テンチョウ、そして、凱鐵であった。



 趙武は、全員が揃うと、話し始めた。


「東方諸国同盟だけど、なかなか撤退してくれない。だから、ちょっと手を打とうと思う」


 すると、至恩が、聞く。


「どんな手だ?」


「それなんだけど」


 趙武は、會清を見て、


「みんなも知っているだろうけど、もう一度、會清に、東方諸国同盟について、話して貰おうと思うんだ。會清、よろしく」


 すると、會清が立ち上がり、説明を始める。


「まず、ご存知の通り、東方諸国同盟軍は、11か国の同盟軍です。数は、35万。国は、大令だいれい国、南龍海ミナミロンホイ王国、東夷とうい国、我蘇がそ国、巣椀教すわんきょう国、文創ぶんそう王国、矮南わいなん国、辛丑しんちゅう国、黒越こくえつ国、藍伍らんご国、崙土ろんど国です」


 會清は、一旦話を区切り、再び話し始めた。


「これだけの寄せ集めにも関わらず軍として機能しているのは、総大将である、大令国将軍、項弥のカリスマ性と、副将である、南龍海王国将軍、孫星の智謀によるところが大きいと思われます」



 會清は、さらに話を続ける。


「さらに国自体の方ですが、北方は気候も温暖で、経済的にも安定しておりますが、南方は暑く、さらに地形も複雑で、経済的にも劣る国が多く。元々、南北の関係性は、良くありませんでした。が、今は、共通の敵に対して、手を結んでいます。まあ、北方の国々が、南方の国々に経済援助をして、協力してもらっているのが、正解でしょうが。まあ、近年は、南方の国々も、さらなる要因もあって、北の助力が必要なのですが」


 すると、趙武が、口を挟む。


「その要因が、え〜と、くな……」


「趙武様、狗雀那クジャナ国です」


 狗雀那国。何でも、さらなる南方に位置する国で、南方を支配し、さらに北上し、東方諸国同盟の南方の国々に、攻め込んでいるそうだ。


「そうそう、その狗雀那国だ。東方諸国同盟に打ち込む、くさびになりそう?」


 すると、會清は、少し考えて、


「南から攻め込ませて、東方諸国同盟軍を、撤退させるという事でしょうか? 数は、多いのですが、いかんせん弱くて、戦いも、負けっぱなしです」


「そうなんだ」


 趙武は、何かを、考え始めていた。


「はい、南方には馬も少なく、将が乗るだけで、騎兵もいませんし、弓兵も数が少なく旧式です。歩兵も、やや大きめのとうを、振り回して戦うのみですし」


「う〜ん」


 趙武は、考え込んでしまった。使えぬか? だが、やるだけ、やってみよう。


「會清、狗雀那国の王様と連絡とれる?」


「はい、何度か、すでに会っておりますので、可能です」


「さすが、會清。じゃ、早速、こちらと同盟して、東方諸国同盟と連携して戦おうと、伝えて」


「はっ、畏まりました。ですが、連携ですか?」


「まあ、やるだけ、やってみてよ。それと、東方諸国同盟の国内の地図は、完璧?」


「はい、それは。配下の者を隅々まで歩かせましたので」


「そうか、ありがとう。じゃ、狗雀那国の事、よろしく」


「はい、では、さっそく」


 會清は、そう言うと、部屋を、出て行った。



 趙武は、會清が出て行くと、残った者に、話し始めた。


「と、言うわけで、東方諸国同盟軍に、撤退してもらう為に、南方から、狗雀那国に攻め込んでもらうだけじゃ駄目なので、こちらも討って出ようと思うんだ」


 すると、呂亜が、


「あれだったな。孫星の智謀を逆に利用して、撤退させるんだったな」


「そうです。だけど、ただ討って出るだけでは、駄目なので、皆には、演技、頑張ってもらいますね」


 趙武の、その言葉を聞くと、雷厳が


「演技か? 演技は、苦手だぞ」


「分かってるよ、雷厳。雷厳は、普段通り暴れ回ってくれれば良いんだ」


「おう。だったら、出来るぞ」


 雷厳は、趙武の言葉を聞くと喜んだ。趙武は、今度は岑平と、龍雲を見て、


「頑張ってもらうのは、二人かな。岑平は、今の布陣の位置から密かに移動して、敵、後背を突くように移動」


「はい、畏まりました」


 岑平が同意する。


「で、龍雲は、また騎兵だけで出撃してもらって、敵の側方を突く」


「はあ。畏まりましたが、今度は、待ち受けられませんか?」


 龍雲は、今度は、敵軍が龍雲の突撃を予想して、待ち受けられる事を、心配しているようだったが、趙武は、


「だから、連動して動くんだ。街から討って出る、後背を突くように動く、側方から奇襲。まあ、そのふり、だけだけど。三つの動きが合わさってこそ、孫星を騙せるのさ」


「はい、畏まりました!」


 今度は、龍雲は納得し、元気良く、返事をした。



 趙武は、最後に陵乾を見る。


「一番大変なのが、陵乾」


「え〜と。わたくしですか?」


「うん。まずは、余っている武器、用意して、と、げきかな。壊れてても、修理出来そうだったら、それも」


「はい、畏まりました。狗雀那国への手土産ですね。しかし、どうやって送りましょうか?」


「さすが陵乾、察しが良いね〜。送るのは、こちらでやるから大丈夫」


「はい、畏まりました」


 陵乾は、丁寧に返事を返す。すると、趙武は、さらに


「後、兵糧も出来るだけたくさん。まあ、現地調達も、ある程度考えるけど」


「たくさんですか? どの程度になりますか?」


「そうだな。少なくて一年分」


 すると、そばで聞いていた、呂亜と、凱鐵が、驚きの声を、上げる。


「お、おい、趙武。まさか本気で……」


「ま、まさか……」


 それを聞いて、至恩が二人に聞く。


「何だ? まさか本気でって?」


 それに対して、呂亜は、


「ああ。趙武が東方諸国同盟を攻めるって。それで、二年で攻め落とすと」


 すると、至恩は、呂亜に返事しつつ、趙武に向かって、


「そうですか。では、そのつもりで準備しないとな」


 それに対して、雷厳は腕を組みながら、大きくうなずき、馬延は、


「そうですね。では、矢も余分に用意しませんと」


 そして、龍雲は、大きな獲物に興奮した、獣のように、目を輝かせ、舌嘗したなめずりをした。



 呂亜は、呆れ。


「こいつ等は……」


 凱鐵は、目を見開き硬直した。





 そして、全ての準備が整った、夏。趙武達は、風樓礼州から、出陣したのだった。趙武は、馬に揺られながら、広大な平原を眺める。


「さあ、行きますか」

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