(什弐)

 九龍の戦いは、こうして終わった。



「え〜い! 何を考えておるんだ、貴様!」


「脱出、出来たから、良いでしょ?」


 大京には、無事到着したものの。興魏の激怒に対して、相変わらず暗く低い声で、答える、参興。


「そういう問題ではない! 王正はどうした? 秀亮は? 秀峰は?」


「さあ?」


「さあ? ではない! 急ぎ確認せよ! そして、伝令も送れ! 撤退命令を出すのだ、まあ、間に合わぬかもしれぬが。急げ!」


「ちっ、うるさいな」


「ん? 何か言ったか、貴様!」


「いえ、何も」


「とにかく、急げ!」


「はいはい」



 参興は、興魏の部屋を出ると、一応、命令通り確認の為に、斥候を放った。その報告によると、





「撤退命令が、罠だったんですかね? いや、すでに九龍は落ちて、という事ですか?」


 撤退命令により、九龍に引き返す途中、秀亮軍は、前後を条朱軍、廷黒軍に挟まれていた。完全に待ち伏せされていたようで、前方に条朱軍が現れ、慌てて後退するも、廷黒軍に道を塞がれたのだった。



 だが、凡将ではない、秀亮は、素早く後方に裨将軍を送り込み、後方の指揮をとらせ、前方の指揮も、もう一人の裨将軍に任せると、素早く周囲を観察する。


 しかし、前方は、条朱の苛烈な攻撃で一気に分断され始め、後方は、廷黒の柔軟な用兵で、攻めどころを見つけられないでいた。すきなく囲まれ、兵はみるみる減っていった。ここまでか。秀亮は、覚悟を決めた。



 秀亮は、前方に戻ると、裨将軍に声をかける。


「わたしが死んだら、降伏して下さい」


「ですが……」


「いや〜。ここ数年楽しみましたし、もう潮時でしょう」


「秀亮様……。はっ、畏まりました」



 秀亮は、前へ前へと進むと、大音声だいおんじょうで叫ぶ。


「我は、大岑帝国大将軍、秀亮である。腕に覚えのある者は、かかってこい!」


 すると、戦いが、ピタリと止まる。そして、条朱軍から、条朱、自ら進み出る。


「大岑帝国大将軍、条朱。秀亮殿、尋常に勝負!」


「おお、条朱殿、自ら。相手にとって不足なし、では行くぞ。どりゃああああ〜!」



 秀亮は、愛馬の脇を強く蹴る。すると、愛馬は、前方へと疾駆する。秀亮は、戦斧せんぷを構える。


 しかし、重いな。こんなに重かったか? こんな事なら、ちゃんと、鍛錬しておけば良かったか。だが、大将軍になり、やりたいようにやり、思い残す事無く、楽しんだ。最期に名を残せりゃ、おんの字だ。



 条朱も大刀だいとうを構えると、馬を走らす。秀亮は、頭上で戦斧をぐるぐると数回、回すと、条朱の頭の上に、戦斧を叩きつけた。


 しかし、条朱は、馬を秀亮の右脇を通るように走らすと、戦斧を避けつつ、大刀を秀亮の左側腹部から、右肩に斬り上げる。秀亮は、鉄の鎧ごと、体を深く斬り裂かれ、地面に転がった。


 条朱は、秀亮に近づく、すでに絶命しているようだった。条朱は、軽く手を合わせると、秀亮の首を斬り落とした。


 その後、秀亮軍は降伏。これで、この戦いは終わった。





 一方、秀峰も、囲まれていたが、こちらは、最初から秀峰が、凱炎に一騎討ちを望み、凱炎がそれに応え、一騎討ちになっていた。しかし、


「はあ、はあ、はあ。凱炎、このちゃんと戦いやがれ!」


「戦っておる。だが、最早もはや、勝負にならんな、諦めて降伏せい」


「はあ、はあ、はあ、誰が降伏するか!」


 秀峰は、鉄錘てっすいを全力で振るい戦っていた、しかし、凱炎は、その鉄錘を片手で持ったほこで、やすやすと弾いていた。



 再び秀峰が鉄錘を振るい、数合、打ち合うが、秀峰の渾身こんしんの一撃は、凱炎に触れる事はなかった。それに、凱炎の矛も、刃こぼれ一つしていなかった。これは、力の差というよりも、技量の差が大きかった。


「ほっ!」


 突如、凱炎は、自ら攻撃に転じる。矛を秀峰の鳩尾みぞおち辺りの、鎧の隙間に刺し入れて、秀峰を突き刺す。


「ぐふッ!」


 秀峰が、血を吹き、前のめりとなる。凱炎は、突き刺した矛を両腕で持つと、上に振り上げる。すると、秀峰の巨体は、馬上から、凱炎の頭上を通って、地面に放り投げられた。


「がはっ!」


 秀峰は地面に激しく叩きつけられ、地面で、激しい呼吸をして苦しんでいる。


「どうだ? 降伏する気になったか?」


 圧倒的な実力差を見せつけ、凱炎は、降伏を求めた、が、


「うるせえ」


 秀峰は、うつ伏せになると、震える両腕でなんとか上半身を起こし、泥だらけの顔で凱炎をにらむ。そして、ガクガクと体勢を崩しそうになりながら、なんとか立ち上がると、手元を見る。そこには、武器とは言えない程、ボロボロになった、鉄錘があった。


「くそっ!」


 秀峰は、鉄錘を投げ捨てると、腰から剣を引き抜いた。


「もう止めよ」


 凱炎が、そう言った時だった。秀峰は、咆哮ほうこうをあげる。


「うおおおおおお〜!」


 そして、持っていた剣を、自らの首に突き刺すと、思いっきり斬り裂いた。頸動脈が切断され、激しく血が噴き出した。そして、首が半分取れかかった、秀峰の体がゆっくりと傾き、倒れた。


「馬鹿者が」


 凱炎は、そう言うと、少し悲しそうな顔をして、首を斬り落としたのだった。





 興魏は、秀亮、秀峰についての報告を受けると、絶句した。自らのせいで死なせてしまった事を、悔いた。そして、王正の行方が分からない事を、聞くとさらに絶望した。



 しかし、興魏も、ただ絶望しているだけでは無かった。趙武や、斤舷に、援軍の要請をし、さらに戦いの準備を進めた。



 この時、塔南は、大京の守備の為に、一応協力の姿勢をみせていたが、斤舷は、相変わらず無視をし、趙武から来た返事は、いまだ、東方諸国同盟と戦闘中というものだった。


「あ奴は、何年戦っておるのだ? それとも、それだけしつこく出兵しているのか?」



 しかし、趙武の援軍が、興魏にとって最後の頼みの綱だった。興魏は、岑瞬が、大京に到着するまで、しつこく援軍の要請をし続けたのだった。





「ほ〜。あれが、有名な」


「はい、師父。なかなかの景色でしょう」


「そうですな〜」



 岑瞬は、耀勝と共に、大京に向かいゆっくりと進んでいた。耀勝は、まるで観光にでも来たかのようだった。だが、耀勝は、内心、れていた。


 耀勝の本心は、もっと大岑帝国には、揉めててほしいのだった。そこで、あえてゆっくり進み、援軍が集まるのを待っていた。しかし、誰も動く素振そぶりも無い。



 特に、趙武だった。頭の良いあの男の事、九龍攻防戦や、秀亮、秀峰との戦いの時か、良い時に現れ、華麗に勝利をもぎ取ると、思っていたのだが、現れなかった。


 だから、趙武の動向を知りたくて、間者を放った事もあるのだが、


「怪しい坊主が現れ」


 とか、


「坊主に見つかった」


 という報告を最後に、全て連絡が途絶えた。何なのだ、怪しい坊主とは? 



 それに、趙武が動けるように、東方諸国に攻撃をやめるように送った使者も、帰って来ない。全く、何が起きているというのだ。


 耀勝は、思わずため息をついた。すると、岑瞬が、それを聞き逃さず、


「師父。どうされたのですか? 心配事でも?」


「いや……」


 そう言いかけて、言葉を止める。そうか、この男の心に、種をいておくのも手か。


「いえ、心配事という程では無いのですが、趙武殿の事ですかね」


「趙武……。あ奴が何か?」


たいしたことでは無いのですが、ここまで動かないのは、何故なのかなと? 手元に庶子しょしとはいえ、岑平しんぺい殿もおられる事ですし」


「岑平……。確かに、それなら、再三の召喚にも応じぬはずだ。うむ……」


 そう言って、岑瞬は、押し黙る。岑瞬は、分裂後も、再三、趙武に手紙を送っていた。しかし、まともな返事が来たことはなかった。


 それに、これだけ大京に近づいたのに、挨拶にすらこない。まだ、敵対するなら分かるが、それもしない。だからか……。耀勝の言葉は、岑瞬は妙に納得がいった。岑瞬の趙武に対する不信感は、増すことになった。





 耀勝の努力のかいもなく、何事も起きずに、岑瞬軍は大京の見える範囲へとやってきた。


 そして、その少し前から大京は大混乱におちいっていた。それも当然であろう。今まで一度も戦火にさらされた事の無い、帝都に軍が迫り、戦火にさらされようとしているのだ。


 民衆は、家財道具をまとめ、近くの街の親戚や、知り合いの家に、避難し始めていた。


 民衆だけでは無かった、大京にいる官吏や、女官、宦官までも避難する者がいた。興魏はそれを止める事はしなかったのだが、その最中さなか、皇妃、いや元皇妃が、岑職を連れてどこかに消えたのだった。


「皇妃、いや、娘は何を考えておるのだ〜! 探せ!」


 となったのだが、大京に岑瞬軍が、迫っても、その行方は、ようとして知れなかった。



 元々、興魏も大京を戦火に巻き込むつもりはなく、援軍の到着を待っていたのだが、それも来なかった。これで、興魏の心は、決まった。



 興魏は、参興を呼び出した。興魏は、自分の執務室から、外を眺めつつ話す。


「参興、お前はどうする?」


「ど、どうするとは?」


「わしは、決めたのだ。西京へと、撤退する」


 西京。大岑帝国、西端にあり、長らく大岑帝国の帝都で、小国だった頃は、幾度となく攻められた為に、城塞都市でもあり、背後はアトラス断崖。鉄壁の防御をほこる。それに、王正と共に、長らく本拠地とした街でもあった。戦火に巻き込むのは心苦しいが。


「だが、お前は、好きにしろ。降伏するなり、どこかに逃げ出すなりな」


「か、勝手にして良いのか?」


「ああ、構わん。巻き込んですまなかったな」


 すると、今まで、おどおどと話していたのと違い、低い声で、参興が話し始めた。


「興魏様、逃げるならもっと良い場所がある」


「ん? 何処だ?」


 その瞬間、興魏の背中から、胸部に激痛が走り抜けた。興魏は、視線を下げる。すると、自分の胸から、剣がはえていた。


「あの世だよ。」


「貴様!」


 参興は、素早く剣を引き抜くと、剣を抜こうとした、興魏を袈裟懸けさがけに斬る。興魏が、ひざまずく。


「ぐっ!」


 参興は、跪いた興魏の喉元のどもとに剣を刺し入れると、奥深くに突き刺した。


「ぐうう〜」


 興魏の口からは、泡を吹くように血が溢れ、そして、興魏の目から光が失われていった。


「お前の首を、手土産にさせて貰うよ」


 参興は、そう呟くと、剣を引き抜き、勢い良く興魏の首をはねた。



 こうして、興魏は死に、その野望は、潰えたのだった。岑英と共に大陸を駆け回り、晩年は己の野望に生き、かなり高齢であったが最後まで戦い続けた。享年80歳。皇紀242年の夏であった。

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