(什)

 その賊軍の方はと言うと。いや、岑瞬達はと言うと。呂鵬が逃げ出した後の、龍会で、岑瞬、耀勝は会見をもっていた。


流石さすがです。師父しふ。呂鵬の動きを読み。見事に待ち伏せして、見事に叩くとは」


「いやいや、読んだのではなく、知っていたのですよ、呂鵬殿の動きを。商人というのは、情報にさとくないといけませんからね〜。如親王国に来た、行商人が、大岑帝国の各地で妙な軍船を見かけたと言っておりましたから、その動きを探っていれば、自然と」


「なるほど」


 耀勝は、趙武のように諜報網を作って、情報収集している訳ではなかったが、商人独自の情報網で、各地の情報は伝わっていた。もちろん、策を、仕掛ける時などは、間者を使ってもいたが。



「師父のおかげで、興魏もでかい顔は、出来ますまい。後は、大京さえ攻略すれば」


「岑瞬殿。いえ、失礼しました。大岑帝国皇帝陛下。まあ、そう焦らずに」


「と、言われますと?」


 岑瞬は、耀勝に皇帝陛下と言われて、気分が良くなっていた。耀勝の言葉を待った。


「まずは、準備です」


「なるほど。で、具体的には?」


 岑瞬も、かつては策謀家で知られた男だったが、今や、耀勝に言われるままになっていた。耀勝は、細かい事まで言わないと、いけないのかと、内心舌打ちしつつ、話す。


「陛下の軍は、勝ったとはいえ、領土を獲得した訳ではありません。ですが、勝ちは勝ち、勢いに乗って直ぐ攻め込みたい所ですが、ここはぐっと我慢。まずは、兵の補充と、大規模侵攻に向けて、兵站へいたんの準備です」


「ですがそれだと、敵も兵力を増す事に」


「そうかもしれません。ですが、敵の損害は大きく。我が軍は少ない」


「そうでした。では、早速準備に取り掛かります」


「そのほうが良いでしょう。よっこらしょっと、では、わたしはこれで」


「帰られてしまうのですか?」


「はい、これでも如親王国の民なので、それに、陛下が攻める時には、ちゃんと援軍を率いてまた、やって参りますよ。そうですね〜。一年後でしょうか?」


「一年後ですか。師父、楽しみにお待ちしております」


「ふふふふ、では、これで」


「はっ! 気をつけてお帰り下さい」


 岑瞬は、頭を下げて耀勝を送り出す。これでは、どちらが皇帝か分からないと、耀勝は、思った。そして、その様子を眺めながら、心の中で思う。


「さて、もう少し、大岑帝国には揉めておいて貰わないと」





 そして、約束の一年後。再び耀勝は、龍会を訪れる。如親王国20万の軍勢と、信頼する、輝沙、師越、泯桂、穂蘭、四人の上将軍を連れて。



 耀勝と共に、軍を起こした岑瞬は、途中軍を、合流させつつ、廷黒の本拠地、蛟龍城こうりゅうじょうへと入る。そして、蚊龍城周辺に展開する軍勢は、総勢55万。興魏の軍勢を上回っていた。



 そして、ここ蚊龍城の耀勝の客間で、再び岑瞬と、耀勝、二人だけの話し合いが行われた。


「師父。此度こたびも、わざわざのお運び、ありがとうございます」


「いえいえ、陛下の御為おんため、どこでも参りますぞ」


「そう言って頂けるとは、余も嬉しい限りです」


 二人は感謝の挨拶を交わすと、早速、本題の話へと、入った。


「で、これからの戦いですが」


「はい。聞くところによると、興魏めは、九龍きゅうりゅうを要塞化して、防備を固めていると」


「そうなのです、師父。一年がかりで、築き上げ、しかも帝都などと、兄上が聞いたら何と言うか」


「ふむ。遷都ですか。皇帝がいる所がみやこと言う事でしょうか? 帝都なら、もっと品格が欲しいところですな。おっと、それよりもです」


「はい」


「あれだけ防備を固められると、なかなか正面から落とすのは難しい。なので、こちらは、まずは、領土獲得と、いきましょう」


 そう言うと、耀勝は、懐から地図を取り出すと、指で地図をなぞる。


「敵が。九龍にこだわるならば、ここから、この辺まで、全て頂くと、しましょう」


「何と」


 その範囲は、かなり大きいものであった。それは、一応岑瞬派と、岑職派の国境から、近衛軍が固める防衛範囲の、東側の外郭がいかくまで。そして、耀勝は、話を、続ける。


「まあ、ここまでは、お三方に任せ、我々は高みの見物といきましょう」


「お三方? おお、凱炎、条朱、廷黒ですね」


「ええ。その後は、我々の出番です。で、狙いは」


 そう言って、耀勝は、ある場所を指をさす。


「大京ですか。しかし……」


「まあ、実際に大京を目指す訳では無いのですがね。ですが、東に兵力を集中しているので、逆に北と、南は手薄でしょうから」


「なるほど。北と南を……」


「ええ。まあ、表向きはですが」


「表向きですか?」


「はい。まあ、それは、おいおい」


「はあ」


「ふふふ。まあ、それよりも、始めましょうか」


「そうでした。では、早速」


「はい」



 岑瞬は、凱炎、条朱、廷黒を呼び出して、命じた。


「凱炎は、北部を転戦してもらう」


「はっ、畏まりました」


「条朱は、中央部だ」


「はっ。必ずやご期待に答えます」


「うむ。で、廷黒は、南部だ。良いな」


「はい。畏まりました」


「三人で、領土を削りまくれ。お前達は、何の心配もいらないが。一応、九龍からの軍勢に気をつけてくれ。まあ、興魏は、閉じこもって、出てこないだろうがな」


「はっ」


 三人の声が合わさる。


「では、行くぞ。出陣だ!」


「おう!」


 凱炎、条朱、廷黒率いる30万は出兵し、それぞれに、別れると侵攻を開始した。





 興魏の下には、次々と急報が飛び込んで来ていた。


「北東部都市、宣炉せんろより急報! 凱炎軍迫る、至急救援願いたいとの事です!」


「東方方面都市、垓門がいもんより知らせがまいりました。条朱軍が侵攻中。軍を派遣されたしとの事であります」


「南部都市群、烈庵れつあんより……」


「あー、もう良い! どいつもこいつも、救援願いたいだと。まずは、自ら戦え! 救援は出せぬ。死守せよ。とでも伝えよ!」


「えっ! あっ、はい!」


 次々と入ってくる急報に対して、そう返事を返した興魏。だが、街の守備隊等、数はたかが知れていた。それを何十倍もの兵力で包囲され、救援も来ない。それを死守するわけが無かった。次々と、降伏し、今度は、次々と、興魏の下には陥落の知らせが入る。



「宣炉。戦わずに降伏。陥落致しました」


「垓門。一刻程の攻防で陥落。おそらく、降伏したものと」


「烈庵、陥落しました。戦わずに開城……」


「え〜い! 死守せよと申したではないか! 最後の一兵まで戦って、陥落なら分かるが。降伏だと。国の為に戦い散るこそ、武人のほまれではないか!」


「えっ! はあ」


 あまりの横暴な物言いに、流石に伝令も呆れる。



 日々が経過しても、興魏の思いと反して、次々と陥落の報告が、もたらせられた。そして、王正や、秀峰が出兵を求めても、興魏は、それを拒否。


「え〜い。王正も秀峰も、救援に向いたい等と、九龍に何かあったらどうするのだ。秀峰は、戦いたいだけだろうが、王正までも、何を考えておるのだ。見ろ。秀亮の落ち着きようを」


 しかし、秀亮が九龍周辺に作った、拠点は、一大歓楽街となっていた。昼静かで、夜は煌々こうこうと明かりが灯り、賑やかだった。


 王正は、拠点とした小高い丘の砦から、眼下を見下ろし、首を左右にゆっくりと振る。


「九龍からも見えているだろうに。何で興魏様は、注意しないのだ。それに、救援を求める街を何故、救おうとしない。素振りでも良いから、出兵すれば兵の士気も高まると言うのに。前は、あんなお方では、無かったのだが」



 王正の嘆きも、興魏には届かない。



 そして、半年程、経過すると、興魏の望み通り、急報は、入らなくなった。その代わり、近衛軍が防衛する東側、外郭は綺麗に凱炎達によって、攻略され、九龍含め近衛軍の本拠地は、どこから攻められるか、分からない状況になっていた。





 それから、一月余りが過ぎたある日、久々に急報が、興魏の下にもたらされた。



「申し上げます。賊軍、九龍北方を侵攻中、将は、岑瞬、凱炎。数、およそ15万。目的地は、山波さんばと思われます」


「申し上げます。賊軍、九龍南方を侵攻中、廷黒、条朱の軍と思われます。その数、およそ20万。目的地は、管寧かんねいと思われます」


「何だと!」



 興魏は、執務室で報告を聞くと、立ち上がり執務室に貼られた地図を見る。



 山波と、管寧だと。近衛北方軍、近衛南方軍の本拠地ではないか。ここを目指してどうする? 確かに、参興は、ここ九龍にいる。斤舷も、今の態度では、あっさりと通すかもしれぬ。


 そして、突破すれば、大京までは、さえぎる物は無い。だが、帝都はここだ。大京落としたところで、何だと言うのだ。岑職も、わしも、ここにいる。



 そこまで考えて、興魏は、大事な事に気づく。今更ながらだったが。そうか。賊軍の目的は、ここ九龍だ。遮る物が無いのは、ここ九龍も一緒ではないか。そして、九龍を要塞化したが、それは、外からの攻撃に対してであり、内側からは、対策されていない。


 賊軍が、内側から、如親王国軍は、外から攻める。これでは、落ちるかもしれない。そうだ。今からなら間に合う。軍を送り、拠点で防衛させれば、そう簡単には、突破されまい。王正を……。いや、王正は、九龍の防御を熟知している、ここに居てもらわないと困る。だとすると、秀亮と、秀峰か。



 興魏は、急ぎ二人を呼び出すと、命じた。


「山波、管寧が攻められた。至急救援に行って貰いたい」


「今更、救援ですか?」


 秀亮は、昼から酒をあおっていたのだろう。真っ赤な顔をして、酒臭い息を吐きながら、話す。


「今更ではない。重要な事なのだ。突破されれば、九龍が、危ないのだ」


「はあ」


 興魏は、聞いてるんだか、聞いていないのだかわからない、秀亮を後回しにして、秀峰に向かって話す。


「秀峰には、山波の救援に行って貰う。敵将は、岑瞬、凱炎だ」


「おう。凱炎か。奴とまた、殺りあえるのか。任せとけ」


 そう言い残し、ドカドカと足音をたてて、秀峰は、部屋から出ていった。


「で、秀亮は、管寧の救援だ。敵将は、条朱、廷黒だ」


「はあ、分かりました。では、行ってきます」


 そう言い残し、秀亮は、よろよろと出ていった。


「大丈夫か?」


 不安になった興魏だったが、任せるしかなかった。


「頼んだぞ」





 それから数日が過ぎた。朝もやの中、九龍の城門の上、見張り台である城樓では、そろそろ交代の時間をむかえようとしていた。


「ふわ~。ようやく寝れるな」


「眠そうだな?」


「そりゃ、夜通し起きて、暗い地面眺めてりゃ、当然だろ?」


「違え〜ね〜。まあ、俺は、カカアのまんまが楽しみだがな」


「ハハハ。子供かよ」


「いいだろ?」


 そう言いながら、何気なく、視線を一晩中見続けた、前方に向ける。


「おい! あれ何だ?」


「あれ?」


 そう言って、同僚が、指差す方を見る。そこには、朝もやが晴れ、やや黄金色となった大地を染める、赤と緑の帯が、こちらへと延びて来ていた。



「賊軍だ! だが、何て数だ。まだ、途切れね〜」


「いけね! 至急知らせねーと」


 そう言って、近くに設置された、銅鑼どらを激しく鳴らす。もう一人は、城樓を駆け下りていった。





 皇紀242年、春の事。興魏の籠もる九龍は、岑瞬軍、全軍55万の総攻撃を受ける事になった。

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