(玖)

 興魏達は、大京に近づくと、軍を解散させ、軍は将軍達に率いられ、それぞれの本拠地に向かい、上級の将軍は、戦後処理の為に大京へと向かう。今回は、敗戦処理であり、気分が重かった。



 大京へと到着すると、形ばかりの陛下への報告が行われ、その後、大将軍、近衛将軍が集まった。場所は、相国となった興魏が作らせた、相国、引見いんけんの間。部屋の奥、玉座程では無いが、一段高くなった豪華な床几に、興魏が座る。



 すると、並んだ将達の列から呂鵬が、敗戦国の将軍がするように、白装束で、手を後ろ手に自ら縛り、進み出て、膝をつき、こうべを垂れる。


「興魏殿、敗戦の責は自分にある。いかような処分でも受けよう」


 呂鵬は、謝罪する。しかし、呂鵬に責任があると思っている将は、いなかった。他に良い策は無く、自分達も同意し、何しろ最終決定したのは、興魏なのだから。


 それは、退却中、怒りがおさまり、落ち着いてきた興魏も、同様であった。さらに、興魏の頭の中は、別の事で、支配されていた。あるだろう賊軍の、帝都侵攻であった。


「うむ。興魏殿も、ご苦労であった。確かに龍会で敗れたのは痛いが、それを決定した、わしにも責任の一端はある。とりあえず、謹慎しておいて下され」


「はっ、ありがとうございます」


 皆は、この比較的まともな処分と、返事に驚いた。一時的とはなったが、興魏を見直していた、者もいた。



 そして、この戦いの労を皆にねぎらうと、解散となった訳だが、その直後、秀亮と、秀峰を呼び出した。これは、興魏、自らの考えをまとめたかったからだったが、人選が悪かった。



 興魏の欠点の一つであったが、配下にも長期間付き従い、能力も優れた者がいるにもかかわらず、王正に対してもそうだが、自分だけが優れていると、信頼してはいなかった。


 また、至霊や、塔南のように、歯に衣着せぬ物言いで、自分に対して意見する者も嫌いだった。だから、能力的にも優れ、ちゃんと論理的に自分に進言する、呂鵬を信頼していた。


 まあ、何か分からない超越的な能力を示す、岑英や、趙武のような人間には、盲目的に従う傾向もあるのだが。



 また、文官にも事務能力は高い、野泉や、人当たりの良い実直な関直のような人材はいるものの、政策を打ち出したり、独自に動ける紫丹や、禅厳のような人材はいなかったのも、興魏が、独りよがりの、思考におちいる、遠因となっていた。



 興魏は、呼び出した秀亮、秀峰と共に、自らの執務室に入ると、二人に、話始めた。


「ああは、言ったものの、此度こたびの敗戦は、痛い、どうしたものか?」


「呂鵬の首、さらしやあ。皆ちゃんと働くんじゃねえか?」


「秀峰!」


「あ?」


 流石の言い草に、秀亮がたしなめる。だが、興魏は、あまり気にする事無く、


「ハハハ、流石にそのような事をすれば、至霊や、塔南が不満を言うだろうな」


 秀亮は、不満を言うだけでは済まないだろうと、思ったが、あえて何も言わなかった。


「だが、謹慎させて、復帰させるだけでは、示しがつかないか……。それに率いるべき兵も足りないか……」


 興魏は、話しつつ自分の考えをまとめていこうとしていたが、秀峰の余計な一言で、少しずつ、おかしな方にずれていく。


「示しつかねえんだったら、少し牢にでもぶち込んどけよ。呂鵬の兵は、俺が率いる」


「ふむ」



 秀峰の、めちゃくちゃとも言える意見であったが、興魏には、それほど悪い考えとは思えなかった。確かに敗戦だが、領土を奪われた訳では無い。そのうち兵の補充も可能だろう。


 しかし、すぐに出来る事でも無い。だったら、しばらく呂鵬には、牢にでも入っていて貰って、呂鵬軍の残存兵を、他の軍の損失の補填にあてた方が良いかもしれないと。


「良いかもしれんな」


「えっ」


 秀亮が、驚きの声を上げる。興魏は、話を続ける。


「だが、全部はやれんぞ。秀亮、王正、斤舷の兵の補填して、残り1万を率いろ」


 どうやら、呂鵬を退却させる為に、大損害を受けた、至霊の軍を補填するつもりは、無いようだった。


「ちぇ、たった1万か」


「こら、秀峰」


 すっかり、たしなめる側には回っている秀亮だった。だが、ここからは、秀亮も加わって話は展開していく。


「ですが、これからどうするおつもりで?」


「ん? どうするおつもりか。賊軍は、すぐにでは無いだろうが、帝都を攻略に来るだろうな。だが、大京は、防御には適さない」


 大京は、城壁も低く、城塞化もされていない。元々、東西南北の近衛軍が駐屯する、防衛拠点で、守備するようになっている。


 だから、帝都を防衛するなら、今回は、東側の拠点、九龍きゅうりゅうに兵を送り防御を固めれば良いだけのはずだったが。


「では、遷都でもなさいますか? 西京さいきょうにでも」


 西京は、大岑帝国、発祥の地であり、西部最大の都市だが、カナン平原の最西端でもあった。因みに、趙武の出身地でもある。


 その西京に遷都。これは、もう負けを認めた事になる。だが、興魏は、ある言葉に興味を持ったようだった。


「そうか、遷都か。良いかもしれんな。うむ」


「へ?」


 秀亮が、間抜けな声を出すが、興魏は、考えがまとまったようだった。


「よし、決めたぞ。九龍に遷都する。と言っても、賊軍を追い払うまでの一時的なものだがな。だから、住民はそのままだ。皇帝が、居る場所が帝都だからな」


「はあ」


 秀亮は、理解出来ずに、間抜けな返事をする。だが、興魏は、話し続ける。


「九龍周辺に簡易的だが、砦や城壁を作り大軍が駐屯出来るようにするぞ。後は、九龍の、城楼の改築だ。皇帝の居城となるのだからな」


「はあ。で、我らは、どうすれば?」


 秀亮は、理解する事を諦め、命令として聞く。


「秀亮、お前は工夫こうふを集めろ。砦作りは、王正が得意だ。皇帝の居城は、将作大匠しょうさくだいしょう兪樾ユエツを連れて行け」


「はい、畏まりました」


 そう言うと、そそくさと、秀亮は、部屋を出ていった。そして、近くで待機していた、自分の主簿に命令を伝え、仕事を押し付けると、どこかへと去った。


「でだ、秀峰は、呂鵬殿を、邸宅から牢に移動して頂け。丁重にな」


「ああ、任せろ」


 そう言うと、秀峰も、出ていった。





「何者だ! ぐわっ!」


「うるせえ。今度、邪魔すりゃ殺すぞ」


 ここは、大京にある呂鵬の邸宅だった。秀峰が、呂鵬を牢に入れる為に、無断で突入したため、揉め事になっていた。


「何事です?」


 奥から、騒ぎを聞きつけて、呂鵬が出てくる。すると、


「おう、呂鵬大将軍。今回の敗戦の責任とってもらうために、牢に入ってもらおう。ついて来い」


「分かった。だが、少し支度するゆえ、待ってもらおう」


「支度〜? 牢に配下の奴に持って来てもらえよ」


 だが、そう言いながら、秀峰は、その場にドカッと腰をおろす。どうやら、待つようだった。



 呂鵬は、舎人とねりを呼び、服、等の用意をさせると共に、書状を書き、舎人へと渡す。


「良いですか? この書状を趙武君に渡してください」


「はっ、畏まりました」



 そして、呂鵬は、秀峰に声をかける。


「お待たせしました。では、参りましょう」


「おう、行くか!」


 こうして、呂鵬は秀峰によって牢に入れられたのだった。だが、乱暴者っぽい秀峰だが、配下は至ってまともであり、それこそ丁重に牢に入れられたのだった。



 だが、呂鵬を牢に入れたこと自体が怒りを招き。特に、この男、至霊は、呂鵬が牢に入れられた事を聞くと、直ぐ様、興魏の所に怒鳴り込んだのだった。



「少しお待ち下さい」


「ええい! 邪魔だ! どけ!」


 興魏の執務室の扉が乱暴に開けられる。そして、ドカドカと床を踏み鳴らし、室内に入ると、至霊が興魏に、掴みかからんばかりの剣幕で、話す。


「おい! 貴様きさま! 呂鵬殿を牢に入れるとは、どういう了見だ!」


「貴様とは、何だ貴様とは! わしは、相国だぞ」


「様をつけてるだけ、有難く思え!」


「何?」


「ハハハ、馬鹿が。貴様は、貴様で充分だ。それより、呂鵬殿を、なぜ牢に入れた?」


「それは、敗戦の責をとって一時的にだな……」


「だったら牢に入れずとも良いだろう。謹慎だけで、呂鵬殿は、おおいに後悔されていたのだ。この馬鹿が」


「相国であるこの興魏に向かって、馬鹿とは何だ、馬鹿とは!」


「ああ、こんな馬鹿が相国では、この国は終わりだな」


「この国は、終わりだと。だったら、近衛将軍等、辞めてしまえ!」


「ああ、辞めてやるよ。じゃあな」


 至霊は、そう言うと懐から、何やら取り出し、興魏に向かって放り投げる。興魏は、慌てて受け止める。良く見ると、それは、近衛東方将軍の印綬であった。印綬とは、印章とひもの色によって、官位を現した物だ。それがあるから、官位が分かり、兵が動かせる大事な物。



 興魏が、再び前を見ると、走り去る至霊が見えた。


「誰か、誰か、おるか!」


 しばらく経って、衛士が入ってくる。


「は、はい。何か御用で?」


「あの者を捕らえよ」


「あの者とは?」


「至霊だ!」


「は、はい、畏まりました」


 慌てて衛士は走り出て行くが、至霊の姿はすでに無く。それだけでは無く、本拠地の九龍、大京にも居なかった。至霊の行方は、ようとして知れず、姿を消したのだった。


 興魏は、呂鵬の奪還に来るかもと、警備を強化したが、警備自体が塔南の管轄であり、あてには出来なかった。



 そして、呂鵬の牢屋送りに反発したのは、至霊だけではなかった。塔南、斤舷が相次いで、病の為に動けないと、興魏への協力を拒否。近衛禁軍や、近衛南方軍に直接命じても無視される状況になった。





 こんな状況だったが、至霊の居なくなった九龍への遷都計画は進められ、王正は、九龍の北方10里(約5km)の小高い丘に砦を築くと、そこから土を掘ってほりとして、掘った土を盛って、土塁どるいとして10里もの長さの防衛線を人海戦術で、作り上げた。


 南には、南河があり、そこから九龍の街に運河が引かれていたので、それを細工し、九龍の前方を通し、水堀とした。



 さらに、将作大匠の兪樾は、九龍の城樓を皇帝の居城として、見栄えの良いものとした。これらは、わずか一年で行われ、興魏は、岑職を連れ、九龍に入った。



 軍は、近衛北方軍の参興が、九龍に入り、防備を固め。さらに、周囲に作った駐屯地に、秀亮が大将軍として、10万を率いて入った。さらに、至霊の近衛東方軍を加え7万となった秀峰が、上将軍として加わり、丘の上の砦にも王正が入り、防衛拠点としては、強固なものとなった。兵力は、31万。



 興魏は、万全を期して、賊軍の動きを、待った。

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