(陸)

 興魏の目に、城塞都市が見えてきた。防衛の為の拠点、城壁も高く約7じょうしゃくすん程(約18m)あり、その周囲では、凱炎達が防衛線を構成していた。



 旗で確認すると、城塞の城門上にある城樓じょうろうで、指揮を取るのは、廷黒。興魏から見て右手に展開している軍を率いるのは、条朱。左手に展開している軍を率いるのは、凱炎だった。


 すでに日は傾き、決戦は明日になりそうだった。興魏は、将達を集め、軍議を開くことにした。王正、秀亮、至霊、斤舷、秀峰、参興が集まる。



「明朝より攻撃をかける。それで、配置なのだが……」


 そう、興魏が話しかけた時だった、秀峰が、口を挟む。


「待ってくれ。戦うのは良いが、わざわざ敵が、待ち受けているのを襲うんか? 夜、闇の中、移動して、賊軍の領地に侵攻すりゃあ、いいんじゃねえか?」


 ん? この男、見た目と反して、知力もあるのか? 興魏は、訊ねる。


「して、どうするのだ?」


「どうする? だから、ここは、無視して、他の所を攻撃すりゃあ、良いじゃねえかって」


 すると、至霊が子供を、たしなめるように話始める。


「良いか、秀峰。他の所を攻撃しても良いが、ここの軍が討って出て、背後から襲われるかもしれん」


「だったら、その出てきた軍を待ち受けて、叩きゃあいい」


「出て来ないかもしれん」


「ん?」


「要するに、そういう風に、大局的に戦場を見て、兵を動かせるんなら、そういう手も打てよう。だが、我々で、そこまで出来る人間は、いない」


「むっ」


 至霊にそう言われて、興魏は、ちょっとムッとしたが、胸を張って出来るとは主張できず、押し黙る。さらに、至霊は、話を、続ける。



「そういう戦い方が出来るのは、大岑帝国だと、呂鵬殿や、廷黒君、趙武君か。秀峰君は、目の前の軍を無視して、内部に侵攻し、支配地域を広げ、領土を確保し続け、敵に対処しつつ、糧食も確保する事が出来るか?」


「出来ねえな」


「だったら、敵が、十分準備しているが、敵の防衛拠点を攻略して、敵に勝利しないといけないのだ。まあ、今回は、呂鵬殿が、必勝の策を用いているから、我々は、その為の目眩めくらましだがな。それでも、本気で戦わないと、いかん。分かったかな?」


「ああ」


 至霊の話に対して、秀峰は、そう言うと、黙った。



 至霊は、話しつつ、敵の状況も整理して理解していた。廷黒が城樓から、全体を見て指揮を取る、だから、凱炎、条朱は、目の前の敵に集中して戦う事が出来る。こちらは、どうだろうか?



「おほん! では、配置だが」


 興魏は、わざとらしく咳払いをして、話し始める。


「まず、右翼として、王正、斤舷殿の14万で、賊軍の将、条朱に対して貰う」


「はっ!」


 王正と、斤舷が頭を下げる。


「左翼だが、秀亮、秀峰の14万で、賊軍の将、凱炎に対して貰う」


「はい、心得ました」


 秀亮が、挨拶し、秀峰は、


「凱炎か。一度、りあってみたかったんだ」


 と、たける。


「中央は、至霊殿、参興。頼むぞ。両翼の援軍として動いて貰うかもしれん、頼んだぞ」


「はっ」


 至霊は、返礼しつつ、少し驚いていた。興魏としては、意外と良く考えているなと、思った。左右の攻撃を主攻として、城塞への攻撃をひかえる。


 敵の中央の廷黒は、城塞に籠もる5万の兵力と、城外に配置された5万の兵を率いている。対して、興魏側は中央として、8万がいるが、離れた位置に布陣するようだから、城塞に籠もる兵は、関係しない。城外に布陣した、5万が迫っても兵力で上回っている。


 左右は、凱炎、条朱が10万ずつ率いる。それに対して、こちらは、14万ずつだ。上手くやれば、優勢に進められて、被害も抑えられる。少し舐めていたか、興魏の事を。





 そして、翌日、早朝。戦いは、始まる。その始まりは、かなり派手なものであった。



「ウオオオオオオオオオオオ〜!」


 秀峰が、単騎飛び出し、凱炎に向けて特攻する。


 秀峰の武器は、鉄錘てっすい。鉄錘は、鉄の棍棒に鉄のトゲトゲがついている武器。


 鉄錘は、よほどの馬鹿力でない限り扱うことは不可能だし、その重みと、構造上、軌道が単純で、簡単に避けられる。力の強い人間は、ほこげき大刀だいとうを扱う者が多いが、それは、重心が先端の方にあり、早く振り回せ、相手の鉄の鎧を、斬り裂く事が出来るからだ。


 なので、鉄錘は、鉄による武器が発達してきた現在においては、鉄の鎧に覆われた人間にダメージを与えられない武器として、すでに、200年以上前に、廃れていた。


 まあ、後世、柄を細くし、先端を大きい球状にした武器、や、鉄鞭てつべんの先に尖った球体をつけて投げる武器、流星錘りゅうせいすいとして、復権するのだが。それは、かなり後世の話であった。



 秀峰は、凱炎に向かって突撃していった。凱炎の、護衛が、その進行を抑えようと展開するが、凱炎は、それを制し、前に出ると、馬を走らせ、一騎打ちに応じた。


「おおおおりゃ〜!」


 凱炎は、矛を構え、斬りかかる。秀峰は、それを気にせず、鉄錘を振るう。凱炎の矛が、秀峰の鎧に当たり、火花を散らし、鎧が弾け、血まで飛び散る。秀峰の鉄錘を、凱炎は、矛を振るいつつ避けるが、肩先に触れ、火花が散る。



 凱炎は、その一撃に驚く。肩先に触れただけの、一撃で、肩が痺れる。何なのだ、此奴は?


 凱炎は、目の前の男に注目する。体格では、自分よりは、少し小さい。力でも自分の方が上回っているだろうが、一撃、一撃が、芯まで響く。楽しくなってきたぞ。



 秀峰の鉄錘が唸り、凱炎の矛が激しく振るわれる。


「ギンッ、ギンッ、ギンッ、ギンッ」


「ゴツッ、ゴツッ」


 響く金属音、輝く火花、血も飛び散り、鉄の匂いが、当たりに充満する。



 凱炎の全身は痺れていた。だが、まだ戦えた。だが、目の前の男は、全身血塗れ、目の焦点はあっていない、息も上がっていた。一騎討ちは、終わりそうだった。もったいない。凱炎の正直な感想だった。


 凱炎は、それでも振るわれる秀峰の鉄錘を、適当にあしらいつつ、左手を上げ、前方に突き出す。



 すると、鬨の声が上がり、凱炎軍の、兵達が動き出し、両軍が、乱れる。凱炎と、秀峰も、兵達の波に埋もれ、一騎討ちは終わった。



 これを契機に、秀峰、凱炎、両軍入り乱れて、戦い始める。慌てて、秀亮軍も動き、激しい戦いとなった。



 一方、反対側の条朱と、対する王正、斤舷の戦いは、見た目は、静かな立ち上がりとなる。秀峰の単騎突撃を見つつ、ゆっくりとお互い近づくと、最終的には、条朱軍が、突撃を敢行し、激しいぶつかりあいとなった。


 条朱軍の激しい突撃に、王正軍は、激しく斬り裂かれる。だが、2分の3程の、突破を許すが、王正軍も後退しつつ、条朱軍の攻撃を受け止め、それを補佐するように、展開していた、斤舷軍が、完全に押し返す。


 押し返された、条朱軍と、王正、斤舷軍は、お互い押し、押し返しを繰り返し、膠着状態になった。



 初日の戦いは、派手に動いたが、翌日以降は、秀峰の怪我、廷黒の指揮による凱炎、条朱軍の落ち着いた動きもあり、全体的に静かな戦いに終始した。


 自分の意図した訳では無かったが、興魏の望み通り、ある程度の被害は出たが、戦線は膠着状態となった。


「よしよし、当初の計画通りだ。後は、呂鵬殿、頼むぞ!」


 興魏は、遠く龍会に向かっているであろう、呂鵬に全てを託した。





 夜の闇の中、船は龍会に向けてゆっくりと進んでいた。呂鵬は、遠く龍会のある方を見る。だいぶ近づいたようだ、海からも、潮の香りに混じって、油の匂いもした。これが、大都会の海の香りなのだろう。


 大都会と聞いていたが、時間が遅い為か、それとも、戦時の為なのか、薄っすらとは明るいが、かなり薄暗かった。だが、かえってコチラにとっては、好都合だった。明るく照らし出されず、近づくまで、気付かれない。



 呂鵬の軍は、およそ300艘。出来るだけ、大きな船を集め、船の数を減らしていた。


 呂鵬の艦隊は、隠れていた場所より、出港すると、少しずつ集結していった。船と船が近づく度に、合図を送り、味方だと確認しつつ、合流を繰り返し、ようやく、全船が集結し、龍会へと進んできた。



「しかし、運も良かった」


 呂鵬は、ポツリと呟く。龍会周辺を警戒する、哨戒艇しょうかいていに見つかるかもしれないと思い。対策も練ってきたのだが、今のところ見つかった気配も無いし、哨戒艇、自体も見ていない。


 呂鵬は、趙武の言葉を思い出す。海から攻められる事を想定していないと。しかし、流石に、これは、油断しすぎだろうと、呂鵬は、思った。



 呂鵬は、龍会が見える場所まで来ると、船の速度を上げさせた。ここからは、時間との戦いだった。敵の見張りに見つかっても、準備が整う前に強襲する。呂鵬も、周囲の兵士も完全武装で戦闘に備える。


 前方に船の桟橋が見えてきた。だが、1艘も船が停泊していない。流石に、呂鵬もおかしいと、少し不安を覚えた。だが、その不安を兵に見せる訳にはいかない。呂鵬は、不安を振り払い号令を下す。


「行くぞ!」


「お〜!」



 軍船が、龍会の桟橋に荒く横付けにされ、兵士達が、続々と下船していく。一軍(2万5千)を率いて先陣を切るのは、慶泉ケイセン。呂鵬、麾下きかの四将軍のうち最も、信頼している将である。あっと言う間に軍をまとめ、龍会の港から、街中になだれ込む。いくら広いと言えども、龍会の港もそんなに大兵力の展開は、出来ないのだ。



「では、呂鵬様、私も先に参ります」


「ああ。気をつけて」


 裨将軍の一人、冒傅ボウデンが、呂鵬に声をかけて、船を降り、第二軍の将、蒙闘モウトウと共に、街中に消えていった。



「では、行くぞ」


「はい」


 呂鵬自身は、第三軍の将、比較的若い淳建ジュンケン、もう一人の裨将軍であり、参謀的な役割もこなしてくれる、陳永チンエイと共に、港に降り立った。



 それにしても、静かだ。敵の逃亡を防ぐ為に、門を抑えに街中を進んでいるであろう、第一軍、第二軍であったが、街中からは戦闘音がまるで、聞こえてこない。


 それに、港に設置された見張りやぐらにも兵士の姿すら見えなかった。大軍の来襲におびえ、逃げたにしても、街中も静かなのも解せなかった。いくら夜中でも、多少は、音がするだろう。


 しかし、呂鵬には、前に進む以外道は無かった。もう、始めてしまったのだから。



「前進!」


 船から降ろされた騎馬にまたがり、呂鵬は進む。港と、街中を分け隔てる、低い城壁に設置された城門をくぐり、街中へと出る。街中は、


「真っ暗ですね」


 陳永の言葉に、呂鵬は頷く。少し離れた場所にゆらゆらと動く明かりが見えるが、おそらく第一、第二軍のものだろう。



 呂鵬は、不安を振り払い号令をかける。



「我が軍の目的は、皇宮だ。行くぞ、進軍開始!」



 そう言って、少し皇宮に向けて進んだ時だった。



「ゴオーーーーー!」



 何かが激しく燃える音が響き、背後が、突然昼間のように明るくなると共に、激しい戦闘音が響いてきた。何が起きた?



 呂鵬は、馬首を巡らし、背後を見る。そこには、天をも焦がす勢いで、火柱が立っていた。港の方だ。敵襲だろう。


 裏をかかれたか? 敵は、そんなに多くはないだろう。そのうち一部をどこかに潜ませていたか? あるいは、抜け道があったのか? 呂鵬が、頭を巡らし考え始める。



 そこに、馬に乗った伝令が駆けて来る。


「じょ、如親王国軍です!」


「何?」


 呂鵬は、現状を把握する為に、港に向けて駆け出した。

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