(伍)

 趙武は、勅命を見つつ、同時に呂鵬さんからの、手紙を見る。


 勅命には、


「賊軍を討つので、至急、参内さんだいすべし」


 と、書かれ、呂鵬の手紙には、


「今回の招集を利用して、興魏、秀亮、秀峰を排除し、岑瞬様と和睦わぼくする」


 と、書かれていた。呂亜に、その両方の書状を見せる。


「父も、思いきった事を」


 と言い、新しく趙武の幕僚となった。大将軍府、従事中郎じゅうじちゅうろうとして、参謀の一角を勤める凱鐵は、


「なるほど。どのような策なのでしょう……。これなら、上手く行きそうですね」



 と、楽観的だった。だが、趙武の考えは、違った。耀勝は、大岑帝国の揉め事を終わってほしくないのだ。何か、仕掛けるだろうと考えていた。



「さて、どうなるかな?」


 趙武は、筆を取ると、書状をしたためた。





 そして、その趙武の予測は的中する。軍を起こす準備をしていると、東方諸国同盟に潜入している、會清から早馬で、知らせが届く。東方諸国同盟が、軍を起こす準備をしていると、狙いは、風樓礼州フローレス。趙武は、それを聞くと、一言。


「そうか」



 趙武が、報告を受けてしばらく経つと、凱鐵が慌てて、駆け込んでくる。


「ろ、呂鵬様に連絡しませんと!」


「それは、大丈夫。すでに連絡してあるよ。それより、勅命に返事しないとね。行けませんって」


「えっ、呂鵬様には、連絡済みですか? いつ?」


「それは、呂鵬さんから、密書が来た時だよ。耀勝の企みで、おそらく動けません。ご自重下さいってね」


「そうだったんですか。そこまで……」


「感心する事じゃないよ。ただ、耀勝が、卒が無いだけだからね」


「いや、それでも。やはり、趙武様は、凄いです」


 褒められて、悪い気はしないけど。ただ、趙武の返事は冷静だった。


「感心しているだけじゃ、駄目だからね。僕がどうして、それを導いたのかとか、予測しないとね」


「はっ、失礼しました」



 こうして、趙武達と、東方諸国同盟。岑職軍と、岑瞬軍。二つの戦いが、起きる事となった。





 大京、かつて大将軍達が集い、会議を行っていた部屋での事。興魏が、円卓の上座に座ると、周囲に大将軍、近衛将軍達が、座る。


 左右には、呂鵬と王正、呂鵬の隣に至霊が、王正の隣には秀亮が座り、その秀亮の隣に秀峰が、至霊の隣に斤舷が座り、その隣に塔南、そして、秀峰と塔南に挟まれ参興が座る。



 人数だけは、立派だな。興魏は思った。だが、質はどうなのだ? 近衛将軍達にそれほど変化は無いが、元々大京の周辺防備の為の軍であり、将である。



 一方大将軍だが。人数も減った。それに、呂鵬と言う要の将はいるが、凱炎と言う武の権化がいない、そして、趙武と言う知の象徴もいない、さらに、条朱、廷黒も興魏は、評価していた。秀亮、秀峰。将として、優れている事を願った。可哀想に、王正の能力は評価していない、興魏なのであった。



「さて、始めるか。今回は、あのぶんぶんとうるさい賊軍の事だが……」


「ぶんぶんと煩いですか、ハハハハ」


 興魏の話に、秀亮が笑うが、他の誰も笑っていない事に気付き、すぐに黙る。


「おほん。賊軍を黙らせようと思う。何か、意見はあるか?」


 すると、呂鵬が口を開く。


「興魏殿。その賊軍を黙らせるとの事ですが、具体的にどうするおつもりなのですか?」


「うむ。出来れば、完全に消滅させたいが、かなわぬならば、身動き出来ぬようにしたい。そうだな。龍会周辺に押し込めれば、黙ろうかな?」


「龍会周辺に押し込めるですか……」


 呂鵬は、真剣に考えていた。この度、趙武君が来れなかったのは、しょうがない事だ。まだ、機会はある。趙武君の事だ、東方諸国同盟には、勝利して、動けるようになるだろう。その時間を稼ぐ為にも、今回は、勝って岑瞬達の動きを、抑えておきたかった。



「こちらは、大京の防衛にある程度、兵を残すとして、全軍で42万か、46万。敵は防衛に全軍投入するでしょうから、35万。敵が、討って出てくれれば、勝てるでしょうが、閉じ籠もってしまえば難しいですね」


 呂鵬の、発言に興魏は大きくうなずく。


「うむ。だから、それでも勝つために、意見を聞きたいのだ。何かあるか?」



 興魏は、周囲を見回す。王正は腕を組み目を瞑っている。本当に考えているのか? こいつは。


 秀亮は、上を見上げ、髭を擦っている。絶対何も考えていないな。


 秀峰は、もっと悪い。寝ているようだ。その巨体が左右に揺れ、時々、大きく揺らぐ。


 その隣の参興は、周囲をキョロキョロと見回し落ち着きがない。顔は知的なだけに期待していたのだが、神経質なのか?


 さらに隣の塔南と、至霊は、ギュッと目を瞑って腕組みをしている。我々は、何聞かれても絶対に答えませんよと言う事か? まだ、強情を張っているのか。好きにしろ。


 と言う事は、やはり頼りになるのは、呂鵬のみか。その呂鵬は、眉と眉を寄せ、目を瞑って真剣に考えていた。呂鵬にばかり、苦労をかける。かえすがえすも、趙武が来なかった事は痛い。


 趙武が、来ていたら粛清されていたであろう興魏も、その計画を知らないので、趙武が来なかった事を、嘆いていたのだった。



 呂鵬が目を開き、再度語り始める。


「今、思い出したのですが、龍会攻略の策ならあるかもしれません。趙武君が、昔、言っていた事なのですが……」



 呂鵬は、趙武の如親王国攻略戦での話を、持ち出していた。


「そうですね〜。龍会ロンエもそうですが、海側から攻められるのを想定していないので、北河ほくが南河なんが沿いの街と違って城壁が無く、水門もありません」


 と言うやつだ。攻略地は、龍会。ぴったりではないかと。趙武、本人が聞いたら何と言うであろうか?



 この意見に興魏は、飛びついた。


流石さすが、呂鵬殿。して、どうするのだ?」


「はい。それは……」



 呂鵬の策は、単純なものだった。攻略軍を二軍に分け、一軍は、正面から岑瞬派の拠点に攻撃を仕掛け、目をこちらに引き付ける。そのすきに、もう一軍が海側より船で、夜襲をかけ、龍会を攻略するというもの。


 龍会に、岑瞬が居れば、捕えて、戦いを終わりに出来るし、もし、居なくとも、龍会を奪えば岑瞬軍を、龍会拠点に挟み撃ちに出来る。



 呂鵬は、話を続けた。大変なのは、敵に気取けどられる事無く、龍会攻略軍を編成、侵攻させる事。だが、それも、広い大岑帝国、広い南河、さらに広大な海があれば、可能だろうと。



 今から準備して、少しずつ分けて、軍を船に乗せて出港させ、どこかに待機させる。そして、攻略するとなったら、船を合流させながら進み、夜、暗闇の中近づいて、一気に攻略する。もちろん、この軍の指揮は呂鵬がとるつもりであった。



 あくまでも机上の話であったが、とても良い考えに、興魏には思えた。それに、他には何も無さそうだし。



「うむ。分かった。それでいこう。では、龍会攻略軍は、呂鵬殿にお願いするとして、引き付ける方だが、こちらも本気で戦わないと、悟られるからな……」


 興魏は、ゆっくりと見回した。すると、至霊が突然、目を開けて、発言をする。


われも行くぞ!」


「おお、至霊殿、それは心強い」


 興魏は、安堵あんどした。これで、全力で攻められる。さらに、興魏は、続ける。


「では、王正、秀亮、至霊殿、斤舷殿、参興、秀峰の軍、36万で、正面から攻める。呂鵬殿の軍、10万で、龍会攻略を行う。では、以上だ!」



 こうして、攻略戦の話し合いは、終わった。呂鵬が、最後まで残っていると、至霊が近づき声をかける。至霊は、呂鵬の事が、心配で自分も軍を出すと言ったのだった。本当だったら、あの男の為に、戦いたくなどなかった。


「良いのか、呂鵬殿、趙武君に意見を求めなくて?」


 呂鵬は、正直驚いた。至霊が、そんなに会ったことも無く、会話すら挨拶位であったろう、趙武をそこまで、評価している事に。すると、呂鵬の意図に気づいたのか、至霊は、


「いや、息子がな。ああ、あまり他人を褒めない奴なんだが、絶対的な、信頼をおいてるようでな」


「そうですか。うちの息子の呂亜も、そう言ってます。ただし、頭脳だけだそうですが、ハハハ」


「そうですか、ハハハ」


 至霊が珍しく笑う。そして、呂鵬は、至霊を安心させる為に、話す。


「ただの時間稼ぎですから。負けなければ良いのです。そうすれば、趙武君が、東方諸国同盟を退けて、駆けつけてくれますよ」


「そうですな。わかりました。では、くれぐれも気をつけて」


 そう言って、至霊は去って行った。呂鵬は、至霊の背に声をかける。


「至霊殿も、気をつけて」


 こちらを振り向かず、至霊は、片手を軽く上げて、そのまま部屋を、出ていった。


「さて、やるか」


 呂鵬も、一言、気合を入れると部屋を出た。呂鵬は、すぐに軍を起こす為に動き始めなくては、ならなかった。





 呂鵬は、本拠地に帰ると、早速、準備を開始した。軍船を手配し、それをいろんな場所に配置する、そして、軍を分けて、いろんな場所に配置した軍船に乗せて、少しずつ出港させる。そして、龍会に比較的近い、いろんな場所に待機させる。



 もちろん待機中には、飢えたりしないように、糧食も用意し、さらに兵達が不便にならない様にも配慮する。呂鵬は、これらを幕僚達と共に、卒なくこなすと、自分も軍船に乗り込み、どこかへと消えた。





 そして、岑職の即位から三年半、岑瞬の即位から三年が経過した皇紀240年春、いよいよ、興魏達、岑職軍は岑瞬領に、侵攻を開始した。



 総大将は、相国しょうこくの興魏。その周りを固めるのは、近衛軍四軍、16万。将は、至霊、斤舷、秀峰、参興。そして、左右には、王正軍10万と、秀亮軍10万。



 興魏は、大将軍として総大将をやった事はあった。だが、金の縁取りのある、赤い軍装の近衛軍に囲まれる事は、この上なく爽快であった。


「ふふふ、しかし何とも気持ちの良い光景なのだ。これで、岑瞬が死んでくれれば、なお良いが。ハハハ、ワッハッハ」


 興魏は、最高の気分に陶酔し、豪快に笑っていた。すでに勝利を確信しているのだろうか?





 一方、この興魏達の行動は、いち早く龍会にある岑瞬の皇宮に、伝わっていた。



「いよいよ来たか。耀勝殿の策通りだな。さて、こちらも始めるか」



 岑瞬は、凱炎、条朱、廷黒を呼び出すと、命を下す。極めて簡潔に終わる。


「予定通りだ。早速やるぞ」


「はっ!」



 ここにかつてあった龍海ロンホイ王国の紋様、青い龍が描かれた赤い軍装を纏った三人が出て行く。赤い軍装同士だと、分かりにくい為の苦肉の策だったが、岑瞬は、気に入っていた。天に昇る龍。これは、自分の事を、表現しているのだと。





 岑瞬は、5万の親衛軍を率いて、龍会に残り、凱炎、条朱、廷黒は、廷黒の本拠地を防御拠点として、防衛戦を築く。いよいよ、戦いが、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る