(肆)

 趙武達も、美味い料理を食べつつ酒が進む。そして、料理作りも落ち着き、夫人達も、部屋で料理を食べ始めた時だった。



「来客? 誰だろ?」


「なんか、雷厳さんみたいな人ですわ!」


 取り継いでくれた、鈴華さんが、そう言う。雷厳みたいな人? 知らないな、誰だろ?



 趙武は、一人、玄関へとおもむく。すると、そこには、二人の人物がいた。一人は、玄関にひざまずき、もう一人は、その背後に、仁王立ちしていた。仁王立ちしている人物は、確かに体格は雷厳のようだが、容姿は別の人物を思わせた。すると、跪いていた人物が、声を発する。



「夜晩遅くに申し訳ございません。趙武様に、お会いできるのを楽しみにしており、心、早ってしまいました。今日は。挨拶だけで失礼させて頂きます」


「だけど、美味そうな匂いが、してるぜ」


凱騎ガイキ! 黙っていろ!」


「へ〜い」



 凱騎? 趙武は、仁王立ちしている人物をよく見る。そうか、凱炎さんに、似ているんだ。と言う事は、趙武は、跪く人物を良く見る。金髪金眼きんぱつきんがん、そして、白い肌。だが、かなり華奢きゃしゃな人物だった。



「お初にお目にかかります。父からは、その勇名、聞き及んでおりましたが、お目にかかれて光栄です。わたくし、凱炎の息子、凱鐵ガイテツと申します。後ろに立っているのは、我が弟」


「凱騎だ! 兄貴の護衛だ!」


「こら! ちゃんと挨拶しないか!」


「へ〜い」


 随分違うなこの兄弟。それに、兄は、凱炎さんの息子とは思えないほど華奢だ。趙武は、兄弟を見比べながら、挨拶する。


「凱炎さんの息子さんでしたか。趙武です。よろしく。で、今日は、どのような用で?」


 すると、兄の凱鐵が、話始める。


「はい。わたくしは、父や、兄、そしてここにいる弟と違い、幼少時、体が弱く、体格も大きくなりませんでした。なので、本を読み続けていたのですが、そんなわたくしを見て、父は、学者を目指すように言ったのです。そこで、わたくしは、懸命に勉強し、大学に入リました。大学は、大京にあり、大京に行った時、わたくしは、運命の出会いをしました」



 凱鐵は、一旦話を切る。趙武を見つめる。趙武は、頭良いんだろうけど、よく話すなと思った。


「大学の研究の資料を閲覧するために、軍官大学校へ行ったのですが、そこで、たまたま見た、趙武様の論文。感動しました。「宋恩の広水の戦いにおける戦術学」、「南河畔の戦いの高仙の戦術・戦略学」、そして、「これからの用兵、戦略、戦術」もう、この心、感動に埋め尽くされました。わたくしが、やりたかった事は、これなのだと。趙武様は、わたくしにとっての神です。その場で、軍官大学校に、移籍しました」


「へ〜」


「その後、軍官大学校を卒業して、父の所に行ったのですが、この話をしたら、お前、趙武の下に行けと。それで、弟と共に来ました」


「え〜と、弟さんは、何で?」


「さあ? 弟は、一番父に近いって言われてて、なので、父がそばで育てると、思っていたのですが。護衛として、付いて行けと言われておりました。確かに、兄が、父の下で出世しては、いますが」


「そうなんだ。分かった」


 趙武は、奥に声をかける。


「雷厳!」


 すると、奥から


「おう。何だ?」


 と、雷厳がやってくる。


「そこの大きいの、凱炎さんの息子さんだって。雷厳に任せるから、適当に育てて」


「おう」


「えっ!」


 雷厳は、凱騎に近寄り、片手で、襟首を掴んで持ち上げる。大きさでは、凱炎より大きい雷厳が、凱炎なみの体格の凱騎を片手で、軽々持ち上げる。


「酒は、飲めるか?」


「え〜と、多少は」


「そうか、そうか」


 そう言うと、雷厳は、凱騎を持ち上げ連れて行った。



 趙武は、凱鐵に向かって。


「で、凱鐵君は、僕の下で働きたいと」


「はい、是非」


「うん。だったら僕の幕僚として、働いて貰おうか」


「はっ」


「まあ、その前に、上がってよ。料理美味しいよ」


「えっ、ですが」


「だったら、雷厳、呼ぶよ」


「畏まりました。上がらさせて、頂きます」



 こうして、凱炎の息子二人が、趙武の下で、働く事になった。凱炎の直感によるものか? それとも、何か狙いが? まあ、凱炎さんに、企みは無いな。素直に受け取っておこう。





 一方、その凱炎は、岑瞬派の領土から、岑職派の領土に侵攻していた。いや、実際は、岑職派の領土を行進していた。



「つまらん、つまらん! ただ行進しているだけでは、ないか。つまらん!」


「まあまあ、凱炎殿、岑瞬様の命令です。落ち着いて、落ち着いて」



 凱炎の陣に、廷黒、条朱が、陣中見舞いに来ていた。これは、たまたまではなく、これからの、行動計画の打ち合わせも、兼ねていた。



「うむむ、分かっている、分かっては、いるが。廷黒。岑瞬様も、敵国の男の意見を聞くなど」


「今は、同盟国ですが」


 条朱が、指摘するが、


「条朱よ。確かにそうだが、簡単に納得出来るか?」


「確かに、そうですが。岑瞬様が、決めたことですから」


「むうう、そうだな。致し方ないか」



 武人である凱炎にとって、それは、とても不満を覚える命令だった。



「凱炎、条朱、廷黒!」


「はっ!」


「いよいよ、戦うぞ」


「おう、では」


 凱炎が、興奮し、応える。


「だが、本当の戦いは、まだまだ先だ」


「はあ」


「これは、耀勝殿の助言なのだが」



 岑瞬は、耀勝が進言してくれた。岑職派、打倒の策を話し始めた。だが、それは、とても気長な戦いの話だった。



 岑職派50万、岑瞬派35万。数で考えれば、岑瞬派に勝ち目はない。それに、岑瞬は、大京の奪還を目指しているが、おそらく興魏は、岑瞬達の排除には、それほど興味はなく、岑職が、大京で皇帝に即位した事で、満足しているだろうと。


 数の少ない方が、数の多い軍を、攻める。よほどの策か、将軍の力量に明確な差がない限り、勝つのは、難しい。それに、岑職派側は、せきや、城を拠点に防衛すれば良いので、攻め手である岑瞬派は、より大軍で、攻め落とさなければならないが、その兵の数が、岑職派の方が多いのだ。だったら、その状況を変えるには。



「敵に攻めさせれば、良いのです」


 耀勝のこの言葉に、とても驚く岑瞬。


「えっ! 攻めさせる? どうやってですか?」


「それは、ですね……」


 耀勝の策。それは、とても気の遠くなるような、遠謀だった。



 凱炎、廷黒、条朱。誰でも良いが、一人が、岑職派、領内に侵攻する。だが、それは本気で攻めるのでは無く。街道を進み、その行動を領内の民や、兵に見せつける。


 敵が城を出て、攻めかかって来たら、急いで、引き返し、出来るだけ引き付けて、予め、近くで待機している残りの二軍と共に、その軍を叩く。だが、


「よほどの愚将でない限り、まあ、そこまで深追いはしますまい」


 この耀勝の言葉に、岑瞬は、訊ねる。


「では、本当の目的は?」


「興魏でしたかな? 怒らせて、こちらを本気で攻めさせるのが、目的です。そうすれば、こちらにとって有利な状況で戦えましょう。我が国も援軍を出し、誘い込んで潰す。ふふふふ」


「なるほど。さすが師父です」


 耀勝の言葉に、素直に感動する岑瞬だった。


「まあ、簡単に動いてくれれば、良いのですが。おそらく三年か、五年か。興魏の根気との戦いですな〜。ふふふふ」


「あの男の根気。それなら、そう長くは無さそうです。ハハハ」


 耀勝、岑瞬、二人の笑い声が、響く。





 こうして、凱炎達は、およそ三ヶ月毎に、交代で行軍を繰り返しているのだが、凱炎には、意味のある行動には思えなかったのだ。対して、盲目的に岑瞬を信じる条朱、深く考え冷静に受け止めている廷黒。


「ですが、そろそろ敵にも動きがあると、思ったのですが。至霊殿は、別として、意外と秀亮も馬鹿ではないようで、誘い出されませんね」


 廷黒が言うと、凱炎が鼻で、笑いつつ、


「ふん、どうせあの男のことだ、面倒くさいとかだろ!」


 この発言は、的を射ていた。





「はあ〜。何で私はこんな男の主簿しゅぼになってしまったのでしょう」


 男は、秀亮の部屋の前で、大きな溜め息を漏らした。本来だったら大出世、大きく喜ばなければならなかったのだが。



 男は、秀亮の秘書官的役割を担う大将軍府主簿。元々は、皇宮で秘書官的として働く、しがない下級官吏だった。それが、異例の大出世。大喜びだったのだが、後で聞くと成り手が無く、仕方無く、押し付けられたようだった。



「はあ〜」


 秀亮の部屋の中からは、昼間だと言うのに、女達の叫声が聞こえてくる。そして、それに混ざって秀亮の、だみ声も響く。男は、諦めて、扉を叩く。


「失礼致します」


 すると、


「何だ!」


 秀亮の声が聞こえ扉が開く、奥に上半身を肌けた秀亮の姿が見え、秀亮の周囲や、扉の近くに半裸の女性達が立っていた。男は慌てて、目をそらし報告する。


「賊軍の将、凱炎。国境を越え、こちらに侵攻して来ております。いかが致しましょう?」


 興魏達、岑職派と呼ばれる人間達は、興魏の命で、岑瞬派の事を、賊軍と呼んでいた。



「ん? 捨て置け、どうせいつもの行進だろ、何もしてこんだろ。それより、わしは、忙しいのだ」


 秀亮がそう言うと、周囲の女性達が秀亮に群がり、扉が閉まり始める。あの男の何が良いのだ? 男は、そう思いつつ、頭を下げる。


「失礼致しました」


 その時だった。扉の隙間から、秀亮の声が響く。


「そうだ。あのじじいには、報告しとけよ、うるせえからな」


 そう言うと、扉が閉まった。


「はっ」


 男は、溜め息をしつつ、興魏に報告書をしたためる為に、執務室に向かった。





 興魏の下に、報告が届く。


「またか」


 正直、興魏には、凱炎達の行動は意味不明だった。


「何がしたいのだ」


 街や、関を攻める訳ではない。ただ、行軍するのみ。


 そこで、至霊、秀亮、秀峰に命じて、一度追わせてみた。すると、逃げるだけ。途中、秀峰が、嫌な感じがすると、進軍を止めて、偵察すると、他の軍が兵を伏せているとの報告。なので、撤退させても、同じことを繰り返している。意味が、不明だった。



 意味の分からない行動に、イライラさせられ、さらに、街の住民が、凱炎達が通ると、近くに見物に行くとか、談笑しているとか、報告を受けると、さらにイライラが、つのっていった。



 だが、興魏は、三年近くの長きにわたって我慢した。が、遂に、我慢の限界を越えた。



「賊軍を討つ! すぐに、大将軍、近衛将軍達を招集しろ!」


「はっ!」


呂鵬、王正、秀亮、至霊、塔南、秀峰、参興、さらに、この間に呂鵬の執り成しで、岑職に臣下の礼をとっていた、趙武の下にも、勅命が届く。

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