(肆)
趙武達も、美味い料理を食べつつ酒が進む。そして、料理作りも落ち着き、夫人達も、部屋で料理を食べ始めた時だった。
「来客? 誰だろ?」
「なんか、雷厳さんみたいな人ですわ!」
取り継いでくれた、鈴華さんが、そう言う。雷厳みたいな人? 知らないな、誰だろ?
趙武は、一人、玄関へと
「夜晩遅くに申し訳ございません。趙武様に、お会いできるのを楽しみにしており、心、早ってしまいました。今日は。挨拶だけで失礼させて頂きます」
「だけど、美味そうな匂いが、してるぜ」
「
「へ〜い」
凱騎? 趙武は、仁王立ちしている人物をよく見る。そうか、凱炎さんに、似ているんだ。と言う事は、趙武は、跪く人物を良く見る。
「お初にお目にかかります。父からは、その勇名、聞き及んでおりましたが、お目にかかれて光栄です。わたくし、凱炎の息子、
「凱騎だ! 兄貴の護衛だ!」
「こら! ちゃんと挨拶しないか!」
「へ〜い」
随分違うなこの兄弟。それに、兄は、凱炎さんの息子とは思えないほど華奢だ。趙武は、兄弟を見比べながら、挨拶する。
「凱炎さんの息子さんでしたか。趙武です。よろしく。で、今日は、どのような用で?」
すると、兄の凱鐵が、話始める。
「はい。わたくしは、父や、兄、そしてここにいる弟と違い、幼少時、体が弱く、体格も大きくなりませんでした。なので、本を読み続けていたのですが、そんなわたくしを見て、父は、学者を目指すように言ったのです。そこで、わたくしは、懸命に勉強し、大学に入リました。大学は、大京にあり、大京に行った時、わたくしは、運命の出会いをしました」
凱鐵は、一旦話を切る。趙武を見つめる。趙武は、頭良いんだろうけど、よく話すなと思った。
「大学の研究の資料を閲覧するために、軍官大学校へ行ったのですが、そこで、たまたま見た、趙武様の論文。感動しました。「宋恩の広水の戦いにおける戦術学」、「南河畔の戦いの高仙の戦術・戦略学」、そして、「これからの用兵、戦略、戦術」もう、この心、感動に埋め尽くされました。わたくしが、やりたかった事は、これなのだと。趙武様は、わたくしにとっての神です。その場で、軍官大学校に、移籍しました」
「へ〜」
「その後、軍官大学校を卒業して、父の所に行ったのですが、この話をしたら、お前、趙武の下に行けと。それで、弟と共に来ました」
「え〜と、弟さんは、何で?」
「さあ? 弟は、一番父に近いって言われてて、なので、父がそばで育てると、思っていたのですが。護衛として、付いて行けと言われておりました。確かに、兄が、父の下で出世しては、いますが」
「そうなんだ。分かった」
趙武は、奥に声をかける。
「雷厳!」
すると、奥から
「おう。何だ?」
と、雷厳がやってくる。
「そこの大きいの、凱炎さんの息子さんだって。雷厳に任せるから、適当に育てて」
「おう」
「えっ!」
雷厳は、凱騎に近寄り、片手で、襟首を掴んで持ち上げる。大きさでは、凱炎より大きい雷厳が、凱炎なみの体格の凱騎を片手で、軽々持ち上げる。
「酒は、飲めるか?」
「え〜と、多少は」
「そうか、そうか」
そう言うと、雷厳は、凱騎を持ち上げ連れて行った。
趙武は、凱鐵に向かって。
「で、凱鐵君は、僕の下で働きたいと」
「はい、是非」
「うん。だったら僕の幕僚として、働いて貰おうか」
「はっ」
「まあ、その前に、上がってよ。料理美味しいよ」
「えっ、ですが」
「だったら、雷厳、呼ぶよ」
「畏まりました。上がらさせて、頂きます」
こうして、凱炎の息子二人が、趙武の下で、働く事になった。凱炎の直感によるものか? それとも、何か狙いが? まあ、凱炎さんに、企みは無いな。素直に受け取っておこう。
一方、その凱炎は、岑瞬派の領土から、岑職派の領土に侵攻していた。いや、実際は、岑職派の領土を行進していた。
「つまらん、つまらん! ただ行進しているだけでは、ないか。つまらん!」
「まあまあ、凱炎殿、岑瞬様の命令です。落ち着いて、落ち着いて」
凱炎の陣に、廷黒、条朱が、陣中見舞いに来ていた。これは、たまたまではなく、これからの、行動計画の打ち合わせも、兼ねていた。
「うむむ、分かっている、分かっては、いるが。廷黒。岑瞬様も、敵国の男の意見を聞くなど」
「今は、同盟国ですが」
条朱が、指摘するが、
「条朱よ。確かにそうだが、簡単に納得出来るか?」
「確かに、そうですが。岑瞬様が、決めたことですから」
「むうう、そうだな。致し方ないか」
武人である凱炎にとって、それは、とても不満を覚える命令だった。
「凱炎、条朱、廷黒!」
「はっ!」
「いよいよ、戦うぞ」
「おう、では」
凱炎が、興奮し、応える。
「だが、本当の戦いは、まだまだ先だ」
「はあ」
「これは、耀勝殿の助言なのだが」
岑瞬は、耀勝が進言してくれた。岑職派、打倒の策を話し始めた。だが、それは、とても気長な戦いの話だった。
岑職派50万、岑瞬派35万。数で考えれば、岑瞬派に勝ち目はない。それに、岑瞬は、大京の奪還を目指しているが、おそらく興魏は、岑瞬達の排除には、それほど興味はなく、岑職が、大京で皇帝に即位した事で、満足しているだろうと。
数の少ない方が、数の多い軍を、攻める。よほどの策か、将軍の力量に明確な差がない限り、勝つのは、難しい。それに、岑職派側は、
「敵に攻めさせれば、良いのです」
耀勝のこの言葉に、とても驚く岑瞬。
「えっ! 攻めさせる? どうやってですか?」
「それは、ですね……」
耀勝の策。それは、とても気の遠くなるような、遠謀だった。
凱炎、廷黒、条朱。誰でも良いが、一人が、岑職派、領内に侵攻する。だが、それは本気で攻めるのでは無く。街道を進み、その行動を領内の民や、兵に見せつける。
敵が城を出て、攻めかかって来たら、急いで、引き返し、出来るだけ引き付けて、予め、近くで待機している残りの二軍と共に、その軍を叩く。だが、
「よほどの愚将でない限り、まあ、そこまで深追いはしますまい」
この耀勝の言葉に、岑瞬は、訊ねる。
「では、本当の目的は?」
「興魏でしたかな? 怒らせて、こちらを本気で攻めさせるのが、目的です。そうすれば、こちらにとって有利な状況で戦えましょう。我が国も援軍を出し、誘い込んで潰す。ふふふふ」
「なるほど。さすが師父です」
耀勝の言葉に、素直に感動する岑瞬だった。
「まあ、簡単に動いてくれれば、良いのですが。おそらく三年か、五年か。興魏の根気との戦いですな〜。ふふふふ」
「あの男の根気。それなら、そう長くは無さそうです。ハハハ」
耀勝、岑瞬、二人の笑い声が、響く。
こうして、凱炎達は、およそ三ヶ月毎に、交代で行軍を繰り返しているのだが、凱炎には、意味のある行動には思えなかったのだ。対して、盲目的に岑瞬を信じる条朱、深く考え冷静に受け止めている廷黒。
「ですが、そろそろ敵にも動きがあると、思ったのですが。至霊殿は、別として、意外と秀亮も馬鹿ではないようで、誘い出されませんね」
廷黒が言うと、凱炎が鼻で、笑いつつ、
「ふん、どうせあの男のことだ、面倒くさいとかだろ!」
この発言は、的を射ていた。
「はあ〜。何で私はこんな男の
男は、秀亮の部屋の前で、大きな溜め息を漏らした。本来だったら大出世、大きく喜ばなければならなかったのだが。
男は、秀亮の秘書官的役割を担う大将軍府主簿。元々は、皇宮で秘書官的として働く、しがない下級官吏だった。それが、異例の大出世。大喜びだったのだが、後で聞くと成り手が無く、仕方無く、押し付けられたようだった。
「はあ〜」
秀亮の部屋の中からは、昼間だと言うのに、女達の叫声が聞こえてくる。そして、それに混ざって秀亮の、だみ声も響く。男は、諦めて、扉を叩く。
「失礼致します」
すると、
「何だ!」
秀亮の声が聞こえ扉が開く、奥に上半身を肌けた秀亮の姿が見え、秀亮の周囲や、扉の近くに半裸の女性達が立っていた。男は慌てて、目をそらし報告する。
「賊軍の将、凱炎。国境を越え、こちらに侵攻して来ております。いかが致しましょう?」
興魏達、岑職派と呼ばれる人間達は、興魏の命で、岑瞬派の事を、賊軍と呼んでいた。
「ん? 捨て置け、どうせいつもの行進だろ、何もしてこんだろ。それより、わしは、忙しいのだ」
秀亮がそう言うと、周囲の女性達が秀亮に群がり、扉が閉まり始める。あの男の何が良いのだ? 男は、そう思いつつ、頭を下げる。
「失礼致しました」
その時だった。扉の隙間から、秀亮の声が響く。
「そうだ。あのじじいには、報告しとけよ、うるせえからな」
そう言うと、扉が閉まった。
「はっ」
男は、溜め息をしつつ、興魏に報告書をしたためる為に、執務室に向かった。
興魏の下に、報告が届く。
「またか」
正直、興魏には、凱炎達の行動は意味不明だった。
「何がしたいのだ」
街や、関を攻める訳ではない。ただ、行軍するのみ。
そこで、至霊、秀亮、秀峰に命じて、一度追わせてみた。すると、逃げるだけ。途中、秀峰が、嫌な感じがすると、進軍を止めて、偵察すると、他の軍が兵を伏せているとの報告。なので、撤退させても、同じことを繰り返している。意味が、不明だった。
意味の分からない行動に、イライラさせられ、さらに、街の住民が、凱炎達が通ると、近くに見物に行くとか、談笑しているとか、報告を受けると、さらにイライラが、つのっていった。
だが、興魏は、三年近くの長きにわたって我慢した。が、遂に、我慢の限界を越えた。
「賊軍を討つ! すぐに、大将軍、近衛将軍達を招集しろ!」
「はっ!」
呂鵬、王正、秀亮、至霊、塔南、秀峰、参興、さらに、この間に呂鵬の執り成しで、岑職に臣下の礼をとっていた、趙武の下にも、勅命が届く。
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