(参)

「ははあ〜。陛下。何なりとお申しつけ下さい」


 趙武チョウブは、岑平シンペイに深々と頭を下げる。


「くすくすくす」


「ふふふふ」


「やめてくださいよ、趙武さん」


「いや、だって。岑平は、第三番目の皇帝だって言ってたよ」


 そう、岑職の即位式に出ず。岑瞬の逃避行にも帯同せず。趙武は、岑平を皇帝に押し立てて、第3勢力として君臨するのではないかと、世間の評判になっていた。



「嫌ですよ。皇帝になんか、成りたくありません」


「そっか〜。残念」


「趙武さんだって、本気でそう思ってないでしょ?」


「うん」


「くすくすくす」


「ふふふふ」





 ここは、岑平の本拠地である、春安しゅんあん。趙武は、軍を引く際に、呂亜ロア達に軍を任せて離脱、さらに、瀬李姉綾セリシアを呼び出し、春安を訪れていたのだった。



 その趙武を手厚く歓迎しているのは、岑平と、その母、岑優菫シン・ユウキン


 岑平の母は、若い時、女官として皇宮に居て、岑英と結ばれ子を宿した。その後、皇妃様は、気にしなかったようだが、その取り巻きと言うのだろうか? に、まあ、いじめられ、体調を崩す等、いろいろ苦労されたようだ。



 そして、岑平が成人すると、皇宮を離れ、岑平の下で暮らしているのだった。今は、健康、春安で、のびのびとしている。



 趙武は、優菫さんを見る。スラッとした体系の美女だ。さらさらと流れる綺麗な長い黒髪、細面ほそおもての顔に、切れ長の目と長い睫毛まつげ、鼻筋の通った、小さな唇の上品な美女。



 うーん。陛下は、こういう人が好きなんだろうな。皇妃様も似たような感じだし。


 違いは、優菫さんは、少し薄幸そうと言うか、影があると言うか、皇妃様は、意志が強そうと言うか、きつそうな顔立ちという違いだろうか?



 そんな事を考えながら、見ていると。瀬李姉綾が、


「あ〜! 趙武様、ずっと優菫さんを、見てる。いくら美人さんだからって。わたしという者がありながら! ぶ〜!」


 すると、趙武が返事するよりも早く、優菫さんが、話す。


「ふふふふ、瀬李姉綾様、安心して下さい。趙武様は、こんなおばさん見ても喜びませんよ。大方、何でこんな女性と、陛下は子を成したのかな? とか、考えてたのではないですか?」


「ん? いえ、ちょっと違います。陛下の好みの女性って、こういう感じなのだな〜と」


 趙武は、正直に答える。すると、岑平が、


「そう言われると、皇妃様と、母上って、雰囲気似てますからね〜」


 すると、優菫さんは、ちょっと考えながら、


「そうかしら? わたし、あんなに輝いてないわ」


「母上、雰囲気です、雰囲気」


 すると、瀬李姉綾が、


「雰囲気と言うか、外見は、ぱっと見似てるけど、皇妃様は、きつそうだけど、優菫さんは、優しそうって違いかな〜」


「そうだな。で、優菫さん。陛下との出会いの話とか、聞いてみたいのですが、宜しいですか?」


 趙武が、目をキラキラさせて、優菫さんに訊ねる。すると、岑平も、


「あっ、それ、僕も、聞いてみたいかな」


 と、言い。瀬李姉綾も、


「わたしも、わたしも〜」


 となった。すると、優菫さんは、


「う〜ん。あまり子供に話す話じゃないけど、仕方ないわね。だけど、用意するから、夕食を食べながらしましょ」


「は〜い」


 三人の子供のような返事が、こだまする。


「あらあら、ふふふふ」



 優菫さんと、陛下との出会いから、恋のお話を聞きながら、楽しい夕食の時間となった。





 夕食が終わり、優菫さんと、瀬李姉綾は、女性同士、楽しくお茶を飲み始めると、趙武達は、場所を移動して、岑平の書斎で、酒を飲み始めた。岑平が、徳利とくりから、清酒せいしゅを趙武のはいに注ぎ、自分の盃にも注ぐ。



 岑平は、趙武に聞きたかった事を聞いてみた。


「これから、どうするつもりですか?」


「ある程度飲んだら、寝るよ」


「いえ、そうでは無くて……」


「ハハハ、ごめん、ごめん。これからどうするか、正直、どうしたら良いのか、悩みだね」


「珍しいですね」


「そう? いつも、悩んでるよ。だけど、今回は、本当に」


「そうなんですか」


「ああ、どんな皇帝でも、家臣がしっかりしていればって思っていたんだけど。権力を持つと、人は変わるんだね。僕も、正直自分が、権力の中枢に立った時、どうなるのか、怖いよ」


「そうですか? 趙武さんは、変わらないような、気がしますが」


「だと、良いけどね」


「そうすると、岑瞬ですか?」


「う〜ん。あの人、あまり好きじゃないんだよね〜。それに、どうも耀勝に踊らされてる気がして」


「そう言えば、そんな事も言ってましたね、趙武さん。ですが、耀勝、何が目的、何でしょう? 如親王国による、大陸統一ですか?」


「いや、違うと思うよ。それだったら、もっと積極的に動くだろうし、今回も、すぐに岑瞬に援軍送って動いた方が、領土拡大の可能性は、大きかったし」


「そうですか、だとすると……」


「おそらくだけど、大岑帝国の長く続く混乱と、弱体化。それに伴う、如親王国の延命ってところかな」


「そうですか。なるほど。では、それに対する趙武さんの策は?」


「今は、無い。まあ、呂鵬さん達が動くなら、興魏さんを排除してって考えもあるけど……」


「呂鵬さん次第ですか?」


「今はね。まあ、後は……」


 趙武は、いたずらっ子ぽく、笑いながら、岑平を見る。


「岑平陛下に、お出まし頂くか」


 岑平は、ちょっと考え、


「趙武さんが本気だったら、僕もちゃんとしますよ」


「そうか、それだったら……」


 趙武は、黙り、黙々と酒を飲み始めた。





 それから半年、大岑帝国の内に大きな動きは無かった。一回ほど、岑瞬派の凱炎が、岑職派領内に攻め入り、これは。と思ったのだが、その後、すぐに兵を引いた。


 そのくらいだったのだが、大きな動きが、ここ趙武の本拠地、江陽こうようで起きたのだった。



「だから、落ち着けって!」


 立ち上がって、どこかに行こうとする、趙武を押し留め、無理矢理座らせる、呂亜。


「ですが、この書には妊婦には、この食べ物が良いと、書かれてたので、瀬李姉綾に」


「だから、経験豊富な俺の妻とか、周りにいるのだ。邪魔するな、趙武」


「はい」


 少し、しょげる趙武。だが、またしばらくすると、立ち上がって、呂亜に止められる。これを、延々と繰り返している。



 呂亜は、思った。瀬李姉綾が、妊娠したと言っても、今すぐ生まれる訳ではないのだ、ようやくお腹が少し膨らんだかな? という程度なのだ。まあ、元から少しぽっちゃりしているから、正直わからないが。


 だが、夫が付きまとって、「大丈夫か?」とか、「これ食べた方が良いぞ」とか、やっていた方が、妊婦の精神状態に悪い。趙武は、普段通り仕事して、しっかりしていれば良いのだ。そして、たまに気遣い、助けて欲しい時には助ける。が、出来たら、俺も怒られなかったな……。


 まあ、気持ちは、分かるが。趙武、取り敢えず、落ち着け!





 それから、さらに半年後。趙武は、無事に父親となった。生まれたのは、男の子だった。



 趙武は、産まれたばかりの子供を抱こうとして、夫人方に怒られ。お産で疲れきった瀬李姉綾に、飛びつこうとして、さらに怒られ、部屋から、追い出された。


 そして、今は、呂亜、至恩、雷厳、龍雲、陵乾に囲まれ、監視されていた。



 落ち着きを取り戻しながら、ちゃんと抱かせて貰えるのを楽しみに待っている趙武に、呂亜達が話しかける。口火を切ったのは、至恩だった。



「男の子か〜。ウチの娘6歳だけど、どうだ?」


「どうだって何が?」


 趙武が、聞くが、それよりも早く、陵乾が、


「ウチの娘だって、同じ歳ですよ。いかがでしょうか? 趙武君」


 うん? これは、今生まれたばかりの、我が子に、至恩、陵乾の今6歳の女の子と、結婚するのはどうかって事らしい。流石に、まだ早いだろ。趙武は、思った。


「ガハハハ! 我が娘は、8歳か! 年上過ぎるか?」


 雷厳が続き、さらに、呂亜が、


「娘を嫁に……。趙武の息子でも、嫌だな〜。だが、いずれ行くのか……」


 一人落ち込むが、確か娘さんは、11歳と、9歳。まだまだ、先だろう、結婚とかは。


 最後に、龍雲が、


「俺のところは、5人男の子ですからね〜。残念」


 そう、龍雲は、女の子が欲しかったのか、年子としごで子供をつくって、全て男の子だったのだ。至恩の妹、頑張ったな〜。


 趙武は、笑う。皆のおかげで楽しく待つことが出来た。そして、



 趙武は、そっと我が子を抱く。趙武の手の中で、暖かく、力強く、生命の鼓動がした。


 名は、決めてあった。陛下から勝手に一字賜って、趙英チョウエイ



 この子の、いや、この子達の為にも、戦いの無い、平和な世を作りたい。趙武は、そう思ったのだった。





 瀬李姉綾も落ち着き、普通の生活が戻ると、皆が集まり出産祝いが、催された。集まったのは、もちろんいつもの人達。


 今回は、慈魏須文斗まで駆けつけていた。出産時は、駆けつけてきたものの、間に合わず、一人拗ねていた。



「姫、趙英様を抱かせてください」


「駄目よ、さっきも抱いたでしょ。せっかく寝たところなんだから」


「姫のケチ」


「じい! 何か言った?」


「いえ、何も」


 相変わらずだった、この二人は。



「さあさあ。じゃんじゃん持って来るよ! どんどん食べてね! あなた! 飲みすぎてない?」


「お兄様、そこどいてください、邪魔ですわ! 雲様も、片付け手伝ってくださいませ!」



 見ていると、夫人達の役割分担も決まっているようだった。雷厳の妻、雷梨園ライ・リエンと龍雲の妻で、至恩の妹、龍鈴華リュウ・リンカもっぱら、料理を運ぶ係、他の至恩の妻、陵乾の妻が作る係のようだった。料理の得意、不得意なのかなと思ったが、後で、こっそり至恩の妻、至愛蘭シ・アイランさんに、こっそり聞くと、


「決して、梨園さんも、鈴華さんも、お料理が下手というわけじゃないのです。ただ、梨園さんは、味付けが独特で。鈴華さんは、やる事が大胆過ぎて、少し私達と、合わないだけですのよ」


うん、物は言い様って、やつかな?



 雷厳を監視するように、至恩がいて、酒を一緒に飲みたいから龍雲は、趙武のそばにいた。陵乾、呂亜は、全体を眺めるように見ていた。


陵乾が、呂亜に話しかける。


「平和な光景ですね。いつまでも続いて欲しいものです」


「ああ、本当だな。ずっとこのままの平和が、維持されれば良いが」


「やはり、そういう訳にはいかないのですね?」


「さあな。それは、趙武が決めることだ。我らは、それを信じてついていくだけだよ」


「はい、そうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る