(弐)

 一方、岑瞬は南河を船で下り、さらに海に一旦出て、一路、龍会ロンエに向かっていた。その船中での事、帝都についての話し合いになる。岑瞬が提案する。



「帝都だが。これは、大岑帝国東方部で最大の都市である龍会にしようと思うのだが、良いか? 廷黒」


 廷黒に承諾を求める、岑瞬。これは、もちろん、現在龍会は、廷黒の本拠地になっているからだったのだが。


「はい、もちろんです。岑瞬様」


 廷黒は、嫌な顔ひとつせず、承諾してみせた。すると、条朱が、


「だけどそれだと、廷黒が最前線だろ? 代わろうか、俺と」


 条朱の本拠地は、天港てんこう。龍会からは、北方で、北河ほくが河口にある港街だった。


「いや、大丈夫だ。それに守る戦いだったら、わたしの方が上手く守れる。条朱は、攻撃の時の為に、力を溜めててくれ」



 廷黒は、実際、条朱のように突撃し、相手を駆逐する戦い方より、攻めさせて冷静に対応する戦い方の方が、得意だった。攻めの条朱、守りの廷黒そういう意味でもバランスのとれた、二人だった。



「そうか。そうだな。じゃあ、廷黒頼む」


「ええ、任せてください」


 すると、凱炎が、


「しかし、俺が如親王国じょしんおうこく、廷黒が、東方諸国同盟とうほうしょこくどうめいの動きを、見つつか。骨が折れそうだな」


 それに対して、岑瞬が、


「大丈夫だ。如親王国も、東方諸国同盟も、動かん。安心しろ」


「えっ! はあ、では、良いですな」


 いまいち、良く分かっていない凱炎だったが、岑瞬の顔色を見て、それ以上深くは聞かなかった。



 それを受け、今度は、廷黒が話を続ける。


「岑瞬様、それで、皇宮ですが、元々の龍海ロンホイ王国の王宮があるのですが、我々は、使っておらず、ややさびれております、綺麗に整備すれば、皇宮となりましょうが、いかがしましょう?」


 すると、凱炎が、


「大岑帝国の皇宮なのだぞ。建て直した方が、良くないか?」


 それに対して、岑瞬は、


「あくまでも、仮の皇宮だ。それで良い。皇宮は、帝都大京にある。いずれ取り戻すさ」


「おお、そうでしたな、ハハハハ」


 凱炎が笑う。



 さらに、岑瞬が話す。


「それでだ、条朱、廷黒」


「はっ」


 条朱と、廷黒が少しかしこまる。


「わ……」


 岑瞬は、何かを言いかけて、黙る。そして、少し考えて、


は、親衛軍として、5万を率いる。だから条朱、廷黒はそれぞれ、10万率いよ」


 そう。二人は、大将軍でありながら、風樓礼州フローレス王国攻略失敗後、趙武軍に援軍として参加させる為に、両軍から2万5千ずつ削られ、7万5千の軍になっていたのだった。


 さらに、趙武軍が、風樓礼州王国攻略後、補填されるのかと思っていたが、結局は趙武軍に風樓礼州王国の軍がそのまま編成され、条朱、廷黒の軍が元に戻される事は、無かった。



「えっ、宜しいのですか? 有難き幸せにございます」


 条朱は、感謝の、言葉を口にする。


 廷黒も、


「はっ、ありがとうございます」


 すると、岑瞬は、


「余が率いるよりも、条朱、廷黒が率いた方が、強いからな。凱炎、条朱、廷黒。頼りにしているぞ」


「はっ!」


 三人の声が合わさり、船中に、響く。



 これで、岑瞬派としての、体制は整ったように見える。しかし、廷黒は考えていた。兵力差こそ、岑瞬派35万と、岑職派50万だが、人口比だと約二分の一。面積比だと約三分の一だ。


 海沿いの人口密度が濃い地域を、支配しているが、経済力でもそれなりに、差があるだろう。となってくると、先程の岑瞬の言葉が、救いか。如親王国と、東方諸国同盟は、動かない。二国の支援があれば、どうにかなるかもしれないなと、廷黒は、考えた。





 岑瞬達は、龍会に降り立つ。趙武の楼艦は、岑瞬達を下ろすと、転進していった。



 こうして、無事到着した、岑瞬達であったが、岑瞬達にとってこれからが、本番であった。皇宮を整備し、防衛線を構築し、国としての体裁を、整えなければならなかった。



 凱炎、条朱、廷黒は、すぐに、それぞれ本拠地に戻り、連携して防衛線を構築する。岑瞬は、紫丹シタン、そしてどこで合流したのかも気付かなかったが、禅厳ゼンゲンがおり、二人と協力して、国としての体裁を整える事となった。


 紫丹が政務、禅厳が軍務と最適な人物であったが、いかんせん大京を共に脱出した、官吏が少なかった。優秀な人材を探し出し、育てるのも、紫丹、禅厳の仕事になりそうだった。



 岑瞬は、自ら陣頭指揮をる、皇宮の工事を満足気に眺めていた。あの大京の皇宮に比べたら小さいが、それでも自分の皇宮だった。玉座に座る自分を想像し、さらに、笑う。


 しかし、禅厳に言われた事を思い出し、身を引き締めた。


「何で付いて来たかですか? それは、こちらの方が、わたしを高く買ってくれそうだったからですよ。人材不足になりそうですからね。失礼ながら、岑瞬様には、人を引き付ける魅力が足りませんな。おっと、怒らないで下さいよ。ハハハハ」



 人を引き付ける魅力が、足りないか。兄である岑英と比べるから、そう思うのだ。岑瞬は、そう思った。しかし、それも事実である事も自覚していた。塔南、趙武。二人に声をかけても良い返事は貰えなかった。


 それに、凱炎、条朱、廷黒、紫丹もどう思っているのか? まあ、良いさ。勝てば良いのだ、勝てば。





 岑職の即位から遅れること半年。皇紀237年の春。岑瞬の即位式が、完成した龍会の皇宮にいて、執り行われる事となった。各国、各地に招待状を送り、参列を願った。岑職派の各将にも送ったが、流石にこれは、返事は無かった。


 趙武からは、遠い地での開催であり、参列は出来ないが、即位おめでとうございます。というふうな書状が送られてきた。


 そして、各国からは、国王の参列こそ無かったが、東方諸国同盟からは、盟主代理として、大令国だいれいこく将軍、項弥こうやが、他にも南龍海王国みなみロンホイおうこく将軍、孫星ソンセイ我蘇国がそこく将軍、麻龍マリュウ東夷国とういこく将軍、泉小センショウが、それぞれ国王代理として出席してくれるそうだった。その他の国も将軍が、出席するようだった。



 さらに、如親王国からは、


「何だと! 耀勝ようしょう殿が、出席下さるだと!」


「は、はい。そのような返事が」


 皇宮に於いて、皇帝への取り次ぎや、身の回りの世話を仕事とする、新たに任命された侍中じちゅうが、驚くような喜色満面の笑みを見せた岑瞬。それほど、嬉しかったようだ。



「そうか、耀勝殿が、わざわざ来て下さるのか。この国の行く末について、いろいろ助言頂こう」


 岑瞬は、凱炎達が聞いたら、怒るんじゃないかという言葉を呟いた。それほどまでに、岑瞬の中で、耀勝は大きな存在になっていたのだった。





 即位式が始まった。まずは、参列する各国要人の紹介。


「東方諸国同盟盟主代理、大令国将軍、項弥殿!」


 如何いかにも武人然ぶじんぜんとした体格の大きい男であった。対して、


「南龍海王国国王代理、南龍海王国将軍、孫星殿!」


 やや小柄な、知的な顔をした男であった。かと思うと、


「我蘇国国王代理、我蘇国将軍、麻龍殿!」


 浅黒い肌をした、きつい顔をした男であった。混血なのか、それとも、南方民族なのだろう。そして、


「東夷国国王代理、東夷国将軍、泉小殿!」


 出席している女官達が、溜め息を漏らす美丈夫だった。体格は、武人ぽかったが。まあ、趙武よりは顔が、中性的であり、好みは分かれるだろうか? 



 その他に、七人の将軍が呼ばれ、平伏している凱炎達より、前列一段高い壇に置かれた、床几に座る。これが、東方諸国同盟からの参列者だった。そして、



「如親王国国王代理、如親王国大将軍、耀勝殿!」


 人々の視線が集まる。大岑帝国に、数々の苦渋を舐めさせた男。


 すると、一際ひときわ小柄な小男こおとこが現れる。礼服の上から、少し出た腹を撫でながら進む、商人然とした風貌の男。これが、耀勝? ただ一人を除くほぼ全員の感想だった。ただ、岑瞬だけが、目を輝かせ、その頼もしい男を見ていた。


 耀勝は、東方諸国同盟の将軍達よりもさらに一段高い壇の、最前列中央に座る。


「よいしょ。これは、これは、良い眺めですね〜」


 耀勝は、振り返り後方を眺める。



 こうして、即位式は始まった。岑瞬から見て、右手に凱炎達、武官が、左手に紫丹達、文官が並ぶ。そして、その前の、壇上に東方諸国同盟の将軍達、さらに一段高い壇上、最前列中央に耀勝。岑英の葬儀の時ほどの人数では無かったが、岑瞬にとって、最高の眺望であった。


「余は、大岑帝国の皇帝なのだ」




 儀式は進む。岑瞬は、一度岑英の葬儀時に、体験しているので、あの時は代行であったとは言え、あまり大きな感動は、覚えなかった。しかし、最後に、



「大岑帝国万歳!」


「皇帝陛下万歳!」


 この時ばかりは、感慨かんがいも、一入ひとしおであった。



 その後、参列者と岑瞬は、対面で挨拶を、交わしていった。参列者は、皇帝への即位のお祝いを述べ、岑瞬は、出席への御礼おんれい、とその国の国王への謝辞しゃじを述べた。



 そして、最後に耀勝の番となった。岑瞬の左右には、凱炎、廷黒、条朱、紫丹、それに禅厳と、岑瞬を支える男達が立っていた。


 耀勝は、背後に一人の男を連れて、入ってきた。銀髪碧眼。見える場所は、全身傷だらけ、顔にまで傷のある男であった。体格は、凱炎程では無かったが、趙武よりは、一回り大きく、目つきが険しく、とても鋭い。そして、鍛え上げられた肉体。


 凱炎は、思った。この男は、武人と言うよりは、闘士とうしだろうか? と。噂には聞いた事があるが、遥か西の地で行われている闘技場と呼ばれる戦場で、戦う奴隷戦士。一対一で戦い続け、勝ち続けると、自由を得られるという。名は、


「師越だ」


 一言だけ名乗る。慌てて、耀勝が謝る。


「申し訳ありません。無愛想な男で、ですが、わたしの警護には、最適でして、それで、連れ歩いております」


「そうでしたか。いや、強そうだ。流石に耀勝殿の配下です」


 岑瞬は、そう言って褒めた。



 一通り形通りの、挨拶が済むと、耀勝が、何やら、言いにくそうに話し始める。


「あの〜。もし宜しければ、陛下と少しお話したいのですが……」


 そう言いながら、岑瞬の左右を見る。人払いをしたいという事らしい。



 岑瞬は、


「凱炎、条朱、廷黒、紫丹、禅厳。すまないが耀勝殿と、少し込み入った話がしたい」


「はっ、ですが……」


 凱炎が、何か言いたそうだが。岑瞬は、


「下がれ、凱炎」


「はっ、失礼しました」


 慌てて、出ていった。続いて、条朱達も出て行き、さらに、何も言われずに、師越が出ていく。



 皆が出ていくと、耀勝が話始める。


「さあ、陛下に大岑帝国、再統一の話を、しましょう」


「おお、耀勝殿、いや師父しふ


「いえいえ、師父等と。恐れ多い、ふふふふ。ですが、始めますか。未来の話を」


「はい、よろしくおねがいします」



 こうして、耀勝と岑瞬の、会談は夜遅くまで続いたのだった。

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