(什弐)

 岑瞬派は、宮殿を脱出する事にした。他の部屋に立て籠もる同士とも連絡を取り、同時に、部屋を飛び出し、一斉に駆け出した。



 先頭には、矛を振るう凱炎と、大刀を振るう条朱。武器が唸りを上げると共に、兵士達の体が弾け飛ぶ。


「ハハハハ、倒しても、倒しても、減らぬな〜、しかし、所詮しょせん雑魚ざこは雑魚。倒しても張り合いが無いわ! ハハハハ!」


「オラオラオラ! 死にたい奴はかかってこい!」


 凱炎、条朱だけで、兵士の海を楽々と突破していく、岑瞬、廷黒も弱いわけではないが、加わると、二人が暴れまわるのに邪魔になるので、二人の後を武器を構え付いていく。


 凱炎、条朱は、顔を返り血で真っ赤に染めつつ、駆け回る。そして、二人に誰も近づかなくなった。


 すると、敵兵を斬り捨てながら、呂鵬が凱炎に近づいていった。


「行くのですか?」


「ああ」


「残念です。申し訳ない」


「呂鵬殿が、謝る事ではないだろ」


「まあ、そうですが。ですが……」


 呂鵬は、何かを言おうとしてやめた。


「じゃあな! 呂鵬殿、また、いずれ」


「はい。では、お気をつけて」


 ついに、凱炎、条朱を先頭に、岑瞬達は、宮殿を飛び出していく。呂鵬は、その背を寂しそうに見つめていた。




 凱炎達は、宮殿を飛び出すと、周囲には、衛士達が、取り囲んでいた。衛士達は、顔を朱に染めた凱炎、条朱に一瞬びっくりしたものの、誰かわかると、周りを囲み護衛態勢をとり、門へと誘導する。



 凱炎達を先頭に次々と、岑瞬派が飛び出してきた。衛士達も、宮殿の中に一時的に飛び込み、退路を確保する。そして、岑瞬派の脱出が止まると、再び後退し、扉を閉め、再び周辺の包囲を完成させる。



 衛士を率いるのは、衛尉の岳陵ガクリョウで真面目な男ではあったが、臨機応変とはいかない男であり、岑瞬達は、イライラさせられる事となる。


「皆様、御無事で何よりです」


「おお、岳陵殿、お役目ご苦労さま」


 岳陵に声をかけられ、凱炎が応える。衛尉自体も、かなり上位の官吏であるので、凱炎も敬意を払う。


「で、現状どうなっている?」


 岑瞬が近づき、岳陵に聞く。


「どうなっていると、申されますと?」


「だから、この近衛西方軍の暴挙に、どう対応しているのだ?」


「おお、あの謎の兵士は、近衛西方軍なのですか! 我ら、衛士は、宮殿周囲を、取り囲んでおります」


「それは、見ればわかる! 相手からの要求があったのか、こちらから、交渉したのか、他の軍の動きがあったとか、いろいろあるだろ!」


 徐々にイライラしてきた、岑瞬の語気が荒くなる。


「さあ? わたしは、ずっと包囲してましたので、他の事は、わかりかねますが。ああ、近衛禁軍から助勢の申し出があったのですが、断わっておきました」


「何だと! もう良い! 行くぞ!」



 岑瞬達は、宮殿の門を抜け、禁軍の施設や、官吏達の役所等がある、皇宮外周部というべき、場所に出る。そこには、近衛禁軍が詰め寄せ厳戒態勢をとっていた。



 岑瞬達が、出てきた瞬間、駆け寄っていく、塔南の姿があった。


「皆様、御無事で何よりです。早速ですが、内部の状況を、教えて頂ければ有り難いのですが」


 すると、岑瞬が、真っ先に応える。


「近衛西方軍は、宮殿を制圧していた。我らは、襲撃を受けたので、突破して逃げてきた」


「そうでしたか。やはり、近衛西方軍ですか」


「やはりとは、何かあったのか?」


「はい。近衛西方軍と、北方軍が、大京周囲にまで迫り、趙武軍が、牽制の為に、展開しました。一部では、戦闘になっているようです」


「そうだったか。で、我らは、大京を捨てる。安全に退去出来る場所は、あるか?」


「それでしたら、趙武軍が我らと連携し、南門と、西門を確保しております。南門を抜け、その後は趙武軍が確保している、南河河港に向かい、そこから船で移動されるのが、得策かと」


「そうか」


 岑瞬は、淀みなく答える塔南に感心した。


「塔南殿、感謝する。ところで、我らと共に来る気は無いか?」


 塔南は、首を傾げ一瞬考えるが、


「我らの仕事は、帝都大京の守備です。それを放棄する訳には、いきません」


「そうか。わかった」



 それ以上、岑瞬は何も言わなかった。



 岑瞬達は、用意された自分たちの愛馬にまたがると、近衛禁軍に守られ、皇宮の門を出て、街中に出る。街中は、何か政変が起こったと察知した民が、家に閉じこもり、ひっそりとしていた。さらに、街中を抜け、南門に到達する。正確には、南第一門であるが。


 そこへ、近衛禁軍の兵士達が、大京に住む岑瞬派の官吏達の家族を連れあらわれた。再会を喜ぶ家族達。数人の家族は、肝心の岑瞬派であるはずの、主人が見当たらず、おろおろしていた。だが、ゆっくり再会を楽しんでいる時間や、探す時間は無かった。いよいよ、大京から脱出する。



 南門がゆっくりと開くと、そこには、趙武に率いられた、趙武軍がいた。そして、先頭には、長身で、均整のとれた肉体を持つ、銀髪ぎんぱつの長髪を後ろに束ね、前に垂らした前髪が気障きざに見え、誰が見ても眉目秀麗の男が、切れ長の碧眼へきがんを、半目はんめとし、やる気の無い顔で立っていた。



 趙武が、挨拶するよりも早く、凱炎が声をかける。


「何だその顔は、趙武」


「凱炎さん。いやだって、考え得る内の、最悪の結末だったんで」


「我らが殺される結末の方が、さらに最悪の気がするが」


 それを聞いて、岑瞬が顔をしかめる。


「凱炎さんがいる以上、殺されないでしょう」


「まあ、そうか。ハハハハ!」


「笑い事じゃない気が、しますが」



 そこで、岑瞬が一歩前に出て、声をかける。


「趙武殿、ご苦労だった」


「いえ、岑瞬さんも、大変でしたね。無事、脱出出来て、良かったです」


 ちっとも、良かったと思っていない口調で応える。凱炎と、廷黒が吹き出す。いらっときたであろう岑瞬であったが、冷静に話す。


「それでだ、我らは、大京を脱出した、後は、自分達の拠点に戻るのだが、いかがすれば良い?」


「それは、え〜と、南河河港から船を使って頂きます。船は、用意してありますので、お使い下さい」


「そうか、感謝する」


 短く応え、岑瞬は、馬のを進めた。



 趙武軍に護衛され、岑瞬達は、南河河港に向かう。南河河港は、現状、大京の門が閉じられ、大京に入れないため、そこで待機する商人達で溢れかえっていた。



 南河河港は、重要拠点であり、周囲は、城壁で囲まれ関となっている。その周辺にまで天幕が張られ、人々で溢れていた。その天幕が、宿泊地となっているようだった。そして、商人達の中には、出店でみせを開き、食べ物を売る店等も出来ていた。商人とは、なんと商魂しょうこんたくましいのだろう。



 趙武は、その賑わいを避け、臨時に作られたのだろう、軍船用の港に案内する。その中の一際ひときわ大きな楼艦の前で、立ち止まる。



「この楼艦を使ってください。最新鋭の楼艦ですよ。これだったら、皆さんを1そうで送れますし。さあ、乗船ください」



 岑瞬達は、その船に圧倒される。その楼艦は、普通は二艘の船をつなげ、その上に、楼閣を建てるのだが、この楼艦は、前に1艘、後ろに2艘、計3艘の船を繋げその上に楼閣を建ててあった。ただ、ここまで大きな船がなぜ、必要なのだろうか?



「何というものを作っているのだ、趙武は」


 凱炎が呆れる。それを気にせず。趙武が、凱炎達に、乗船をうながす。


「さあ乗ってください」


 凱炎達は、促されるままに乗船する。まずは、凱炎が乗り込む。


「ありがとう、趙武。達者で過ごせ。では、またな」


 凱炎らしい。挨拶であった。簡潔であったが、温かみのある言葉が、趙武の心に流れ込む。


「凱炎さんも、気をつけて、また、会いましょう」


 趙武も、応える。また、会いましょう。それは、どこになるのだろうか? 戦場か? それとも、どちらかが囚われてか? 趙武は、普通に対面出来る事を、願った。



 続いては、廷黒だった。


「ありがとうございました、趙武殿。ですが、正直悔しいです。もう少しで、平和的に皇帝が決まったというのに」


 廷黒は、溜め息をつき、話を続ける。


「出来れば、貴方あなたとは戦いたくない。ですが……。さらばです、趙武殿」


 廷黒は、何かを振り切るように顔を上げ、前を向いて乗船していった。


「僕もですよ。気をつけて廷黒さん」



 それからも、挨拶をしつつ条朱が、紫丹が、そして、他の重臣達も次々と乗船していった。


 そして、最後に、岑瞬が前に立つ。


「趙武殿」


「はい」


「この岑瞬につかえぬか?」


 趙武は、少し考えて応える


「それは、岑瞬さん次第ですかね」


「どういう意味だ?」


「岑瞬さんが、正式な大岑帝国皇帝になったあかつきには、喜んで臣下しんかの礼をとらせて頂きます」


「そうか、わかった」


 そう言うと、岑瞬は、船に乗り込む。



 全員が船に乗り込むと、船は、河港を離れ、南河に乗り出した。岑瞬達は、楼閣の中に入ったのだが、船の妙な動きで、また外に出て、甲板に集まった。



「何だ? どうしたのだ?」


 岑瞬は、周囲を見回す。船は、船首を大京の方に向けていた。河の流れは緩やかだが、横からの水流を受け、やや船が揺れる。そして、楼閣の上にが何やら騒がしい。岑瞬達は、上を見上げる。



「あれは……」


 廷黒が、呟き。条朱が叫ぶ。


把切朱絶バリスタだ!」



 趙武は、風樓礼州の城壁に取り付けられていた、大きな鉄の杭を放つ大きな弩である、把切朱絶を兵器として使う為に、この大きな楼艦を作ったようだった。



「発射準備完了」


「よし、放て!」


「バシィーン! ドーン!」



 把切朱絶の凄まじい発射音が響き、巨大な船が大きく揺れる。鉄の杭は、一直線に大京に向かって飛び、城壁に突き刺さると、一部を破壊する。


「趙武め。何という物を」


 凱炎がそう呟き、絶句する。



 船は、進路を変え、南河を下っていった。





「駄目だね。反動が大きすぎて、れたね」


 趙武は、もっと大きい船を作るか? 等と考えていた。本来、把切朱絶は、大京に向かって撃ったわけではなく、少し離れた場所に設置したまとを狙ったのだったが、逸れて大京の城壁に当たったのだった。


「それよりも、趙武」


 隣に立っている呂亜が、前方を指さしている。趙武は、顔を上げると、呂亜の指先を辿たどる。


 見ると、何か怒鳴りながら、塔南が走ってきていた。



「ああ、怒られるな、これは」


 その後、久しぶりに趙武は、みっちりと怒られたのだった。





 岑瞬が、大京を去ると、趙武は、さっさと軍を引いた。それを見て、近衛西方軍は、大京に入城する。



 大京の民衆は、大京の安全を図り、目的を達成すると、さっさと軍を引いた趙武を称賛し。代わって入ってきた戦斧せんぷを担いだ、盗賊のような外見の大男の入城に、顔をしかめた。





 のあけた、皇紀236年の冬、大岑帝国は、二人の皇帝が即位。分裂する事になった。



 大岑帝国を覆った暗雲は、晴れる事があるのだろうか?

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