(什)

 趙武は、部屋を出ると、自分の部屋に向かわず、岑平の部屋に向かった。そして、岑平に声をかける。



「ふわ〜い」


 岑平は、眠そうな顔をして、顔を出す。そして、


「これは失礼しました。少し準備しますので、少々お待ち下さい」


 そう言って、顔を引っ込め扉を閉める。しばらく趙武が待っていると、扉が開き。


「申し訳ありません。お待たせしました趙武さん。さあ、入ってください」


「うん」



 趙武は、岑平の部屋に入ると、立ったまま、本題を切り出した。


「夕刻、大京の門が閉まる前に、大京を出る」


「えっ! ですが、後継者決めの会議中では?」


「うん。だけど、あれは結論出ないよ。それに……」


「それに?」


「このままだと、強硬手段に出るかもしれない」


「強硬手段ですか?」


「ああ、現に昨晩、斎真さんが襲われたしね。暗殺未遂だったけど」


「斎真様が! う〜ん、どうなってしまうのでしょう?」


「最悪の場合は、今、若干不利な岑職派が、煽動せんどうして、近衛軍が皇宮に突入して、岑瞬派を討つとか?」


「まさか……そんな……」


「流石にそこまでは、しないと思うけど。ただ大京に居ても、手をこまねくだけになりそうだしね。すでに、近衛軍が大京周辺を封鎖し始めていると思う、いや、最悪封鎖されているかもしれないな」


「で、趙武さんが動くと。岑瞬派に警告するだけでも、良いような?」


「いや、岑瞬派は監視されているね。昨日だって、凱炎さんが、寄ってきて僕と話し始めたら、わざわざ呂鵬さんが、寄ってきたし。まあ、酒の席の、ただの馬鹿っぱなしで終わったけどね」


「そうなのですか〜。これは……。わかりました、直ぐに出立の準備をします」


岑平は、顎に手を当て考えつつ、返事をする。


「うん、まあ、動くのは夕刻になってからだけど。ああ、完全武装でね」


「はい、わかりました」





 こうして、準備を整えた、趙武と岑平は、夕刻、皇宮を馬に乗って、出発する。趙武は、鎧をまとい、手には、愛用のげきを持ち、背には弓矢を背負う。岑平も、同じく完全武装だ。



 二人が、大京の街中を駆けていると、帳下督ちょうかとく率いる護衛兵が、合流してくる。かなりの慌ただしさに、住民も何事か起こったのかと、心配顔で見てくる。街中の所々では、禁軍の兵士に誰何すいかされるが。



「何事ですか!?」


「大将軍趙武! まかり通る」


「失礼しました! どうぞ!」



 そして、西第一門に近づくと、門に武装した禁軍の兵士が見えた。ちょっと数が多い。それに、塔南さんもいる。これは、強行突破した方が良いか?



 趙武は、帳下督に合図する、護衛兵が突破する為に、槍を構え、馬の速度を上げる。ところが、


「止まってください、趙武殿〜」


 塔南は、馬を降り一人前に出て、大きく手を振っている。趙武は、馬の速度を緩め、さらに帳下督達に、止まるよう合図をして、一人馬を寄せ、飛び降りる。ただ、戟は手に持っていたが。



「何か御用ですか? 塔南さん」


「御用ですかって。趙武殿が慌ただしく駆けているから、何があったのかと、聞こうと思っただけですが?」



 塔南さんは、今から十年以上前に趙武が大学時代に知り合った人物だった。その当時は、近衛の裨将軍の一人だったが、今は、近衛禁軍将軍である。



「いえ、近衛軍によって、封鎖される前に、大京から出ようと思いまして」


「そうでしたか。ですが、次の後継者も決まっていない、この時期にですか?」


「あれは、いつまで経っても決まりませんよ。近衛軍が、強硬手段に出れば、別ですが」


「なるほど、確かに。わたしは、そこまで厳しく統制するつもりは無いので、禁軍にはいつも通りにさせているんですが、他の近衛軍はわかりませんから、気をつけてくださいね。特に、近衛西方将軍の秀亮シュウリョウには」


「秀亮? 何か心当たりが?」


 すると、塔南は、趙武に近づき、耳元で小声で話す。


「昨晩の斎真様の襲撃ですが、処理にあたった屯長が、襲撃犯は、近衛西方軍の兵士だと。見覚えある顔があったそうです。それで、捕らえずに殺してしまったそうです。近衛軍同士だといろいろありますからね。それに、近衛軍なら、大京に入るのも任務なのかと思われますし」


「そうだったんですか」


「で、その近衛西方将軍が、秀亮なのです。岑職様擁立、強硬派ですし、それに、頑迷がんめいで過激な男ですから」


「わかりました。気をつけて行きますよ」


「では、お気をつけて。正直言いますと、近衛軍同士で戦うのも嫌なので、趙武軍が動いてくれると助かりますからね」


「ハハハ、軍を動かすとは限りませんよ。では!」


 そう言うと、趙武は岑平や、帳下督に合図をする。そして、門を通り大京を後にした。



「あの頃は大学生で、今は、大将軍。あっと言う間に出世を果たし、今度は何をやってくれるのかな? いや〜、楽しみ、楽しみ。ハハハハ!」


 大京を離れ、道を疾駆する趙武達を見て、塔南は笑った。





「申し上げます。この先の道は、近衛西方軍によって、完全に封鎖されております」


 趙武は、斥候せっこうの報告を受けていた。趙武達は、夜になり野営の準備をしていた。その時に報告がもたらされたのだった。



「迂回も不可能ですか?」


「はい、近衛西方軍全軍4万で、大京を半包囲するように、横に広く布陣しております。迂回するとなると、一旦戻って、他の道を行くしか」


「そうですか〜」



 趙武は、少し考える。まず南河なんがを行く事を考えたのだが、河港かこうは封鎖されていたため街道を使ったのだが、それも駄目。戻って他の道を行くにしても、他の道も封鎖されているだろう。いや、時間かければもっと悪い状況になるかもしれない。だったら、


「このまま進むしかないな。話し合いで、何とかなれば良いけど」


 趙武は、そう呟いた。しかし、塔南さんが、あそこまで言う男だ。頑迷で、過激な男か。趙武は、歎息たんそくした。





 翌朝、趙武達は、街道を進む。すると、街道の中央に天幕が張られ、本陣が作られていた。趙武達は、馬に乗ったまま近づく。すると、兵士達が飛び出してきて、周囲を囲む。



「何者だ!」


「わたしは、大将軍趙武。江陽こうように帰る途中だ。通してもらいたい」


「えっ、だ、大将軍? 少々お待ち下さい」



 兵士の一人が、慌てて、後ろの本陣に駆け込む。そして、話は伝わっていき、近衛西方将軍の秀亮に伝えられる。


「なにっ? 大将軍趙武。その趙武が何の様だ?」


「はい、江陽に戻られるそうで、通りたいと」


「はん! まだ、後継者決めの会議中だろ? 大人しく大京で会議してろよ。そうだな、ここは通行止めなので、お引き返し下さいとでも伝えろ」


「は、はい」



 兵士が、趙武の所に戻ってくる。


「あ、あの。通行止めなので、お引き返し下さいとの事です。はい」


「そうですか。では、強行突破させて頂きます」


「えっ。ちょっとお待ち下さい」



 また、兵士の一人が慌てて奥に駆け込んで行く。趙武は、命令系統がしっかりしていないなと思った。ある程度判断の出来る、指揮官が出てくれば良いのだ。



「あの強行突破も辞さないそうですが……」


「何だと! 若造が、偉そうに。ええい、面倒くさい。殺してしまえ!」


「ですが……」


「良いのだ。後でどうとでもなる。野盗に襲われたなり、兵士達が暴走したなりな。わかったら、さっさとしろ!」


「は、はい」



 趙武の前に、青い顔をした兵士が戻ってくる。駄目だな、兵士達に任せるには、荷が重いだろう。いかに近衛軍といえども。



 兵士は戻ってきて、


「ええと。強行突破されるのならば、こちらも戦わせて頂きます。だそうです」


 どうやら、秀亮からの命令を少しでも穏やかにして、伝えてきたようだった。そして、兵士達は、戟を構えて、交戦の意志を示す。そして、趙武も、


「だったら、仕方ありませんね。では」



 そう言って、戟を持っていない方の左手を大きく上に上げる。そして、前方に突きだす。


 すると、周囲で、ときの声が響き、地響きが聞こえる。そして、近衛西方軍を混乱が支配する。



「敵襲! 敵襲!」


「て、敵襲?」



 近衛西方軍は、背後から、襲撃を受ける。数ではおそらく上回っているのだろうが、襲撃に備えていない上に、油断もしていた。散々に蹴散らされた上に、逃げ惑う。


 その中を縦横無尽に暴れまわる、将が一人。出来るだけ殺さないように、槍の穂先には、皮の袋で覆っていた。しかし、突く度に、西方軍の将達は、気絶し倒れていく。


「趙武軍将軍、至恩シオン推参すいさん。死にたい奴はかかってこい!」



 その頃、趙武達は、混乱の起きた近衛西方軍を悠々ゆうゆうと、突破する。


 趙武達は、西方軍の本陣に駆け込んで、そのまま背後に突破する。趙武は、わざわざ一番立派な天幕を見つけ、天幕を切り落とすと、馬で踏みつける。そして、駆け抜ける。すると、岑平が寄ってきて、


「趙武さんも、性格悪いですね〜。ハハハハ」


 と、笑いながら話す。すると、趙武も、笑いながら、


「今頃、知ったの? ハハハ」



 その後しばらくして、天幕がモゾモゾ動き、頭から血を流した男がい出てくる。そして、周囲を見回し、叫ぶ。


「おいっ! 何事だ!」



 すると、近くにいた、男が慌てて寄っていく。


「秀亮様、大丈夫ですか? 我が軍は、襲撃を受けました」


「何だと! どこの軍だ?」


「はい、趙武軍です」


「何だと! あの若造め〜。追撃だ!」


「無理でございます」


「何故だ?」


「我が軍は、追い立てられ、四散しました」


「くっ、おのれ! 小僧め! 今に見ていろ!」


 どうやら、趙武は、若造から小僧に、昇格したようだった。



 趙武達が、街道を先に進んでいると、至恩が単騎追いついてきた。


「至恩、助かったよ」


「そうか、良かった。しかし、大変だったぞ。近衛軍に見つからないように、しかも大京近郊にいろっていうのは」


「だから、至恩に頼んだんだろ。臨機応変に動ける、しかも何かあっても対応出来るからね」


「ハハハ、ありがとう。しかし、こうなる事も予想していたのか?」


「まあね。予想の中の一つだけどね。ただ、あんな馬鹿が相手とは予想出来なかったけどな」


「ハハハ、馬鹿か。可哀想にな〜。近衛西方将軍だっけ?」


「ああ、秀亮だって」


 趙武は、思い出して、ちょっとムカムカしていた。あんな馬鹿が、近衛将軍とは、嘆かわしい。


「で、これからどうするんだ?」


 至恩が、趙武に訊ねる。


「そうだね。軍を、率いて大京に向かって、両派への牽制かな? 特に、近衛軍の動きだね」


「わかった。全軍か?」


「そうだね。陛下の喪中だから、他の国も、軍は動かさないから、全軍でも良いね。ただ、至恩の軍が疲れているなら、休んでても良いけど」


「いや、ちょうど良い準備運動終わった感じだよ。まだまださ」


「わかったよ。じゃあ、やるか」


「おう」



 こうして、趙武軍20万が、大京近郊に展開して、後継者会議の両派を牽制していくことになった。

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