(玖)

 葬儀が終わり、皆が大京に戻る。そして、夕刻より、岑英をしのび食事会が開かれる。かなり豪華な食事と、良い酒が振る舞われ、趙武もかなり良い感じで酔っていた。凱炎、条朱、廷黒、そして、呂鵬等と、話し、盛り上がっていた。



 この日より、大京に邸宅を持つ者は、自宅に帰れるようになったのだが、皆遅くまで飲むつもりで、皇宮に泊まる腹積もりで、あった。



 そんな中、斎真は年齢もあり、そして、家族を安心させたいと思い邸宅に、帰る事とした。食事が終わると、同じ部屋で食事をしていた上級の文官、武官に挨拶をして、席を立ち、部屋を後にした。



 部屋を出ると、あちこちの部屋で、盛り上がっているようで、叫声が皇宮内に響いていた。



 斎真が歩き始めると、周囲を護衛の兵士が取り囲み警戒して歩く。人数は、二十名程であった。斎真は、皇宮を出る、街中も振る舞い酒が配られ、民や、官吏、兵士達も宴を催しているようで、火が焚かれ、昼間のように明るくなっていた。



 斎真は、街中を少し歩き上級の文官達の邸宅がある地区に向かった。そこは、皇宮内にまだほとんどの人間がいるため、静まり返っていた。



 そして、自分の邸宅まで後少し、という時、護衛の兵士の長が誰何すいかする声が響く。


「何者だ!」



 斎真が、兵士達の隙間から覗くと、剣を抜いた兵士達が、周りを取り囲んでいた。数は、こちらより多そうだった。



 取り囲んでいた兵士達は、誰何の声に応える事なく、



「天誅!」



 そう叫ぶと、こちらに斬り込んできた。護衛の兵も応戦し、激しい斬撃の音が響く。護衛の兵はかなりの手練れなのだが、相手の兵士もかなり手練れのようで、数でも劣っている護衛の兵は徐々に押されていった。


 斎真も一応剣を抜き構えてはいるが、戦いが苦手で文官になったような男なので、役にはたたなさそうであった。護衛隊長に誘導されるまま、逃げ惑う。


 護衛隊長は、斎真の邸宅に逃げ込む事を諦め、明かりの付いた近くの邸宅を目指した。そして、門の前に辿たどり着くと、門を叩く。



「ドンドンドン!」


「わたくし、宰相斎真様の配下の者です。我々は、襲われており、どうか邸内に逃げ込む事をお許し下さい」



 すると、その邸宅内にざわめきが起きる。そして、邸内のおそらく兵士が集結したのか、鎧がこすれる音が近づいて来た。そして、門が開く。斎真は、一人邸内に走り込む。



 ちょうどその時、騒ぎを聞きつけたのか、かなり大勢の兵士が走る音と、馬の蹄の音が近づいて来た。護衛隊長が安堵し、駆けつけて来た兵士の方を見た時だった。敵の兵士の一人が、突破し邸内に侵入する。慌てて後を追おうとした隊長であったが、敵の一人が身を呈して阻止する。


「斎真様!」


 隊長は、敵を斬り捨て声を上げる。が、邸内に侵入した敵兵は、斎真に迫り、背後から袈裟懸けさがけに斬った。


「ぎゃ!」


 斎真は、そのまま倒れる。敵の兵士は、その背に剣を突き立てる為に、剣を持ち替える。


「死ね!」


 しかし、邸内の兵士が四方から迫り、その兵士を串刺しにする。


「ぐはっ、無念」


 斎真の周囲を邸内の兵士が取り囲み、斎真は、奥に運ばれていった。



 門の外では、近づいて来た兵士達の隊長が、声を発する。



「我は、近衛禁軍、屯長とんちょう栄和えいわである。街中での私闘は禁じられている。何があった?」


 それに対して、斎真の護衛隊長が返答する。


「我らは、宰相斎真様の護衛兵である、帰宅中突然襲われたのだ。襲ってきたのはこいつ等だ!」


「わかり申した」


 栄和は、襲ってきたという兵士達を見る。その瞬間、栄和の顔色が変わる。そして、


「殺せ、皆殺しにしろ!」


 禁軍の兵士達は、その言葉を聞くと、襲撃した方の兵士に迫り、斬り殺していく。それを見ると、護衛隊長は、斎真の様子を見る為に、邸内に駆け込んだ。



 事件は、こうして終わったように見えたが、新たな、そして、大きな問題を生むことになった。





 斎真の逃げ込んだ邸宅の主は、政遜セイソンと言った。政遜は、大司農という国家の財政を管理する、いわゆる財務大臣であった。この政遜は、いわゆる堅ぶつと言われる男だったが、この日は体調を崩して、宴に出ず邸宅で休んでいたのだった。



 そして、斎真が襲われ逃げてきた時は、邸宅の警備の兵士に命じて素早く準備をし、斎真を助ける為に門を開けさせたのだった。さらに、斎真が負傷すると邸内に運び込み、舎人とねりに命じて、医者を呼びに行かせ、手当てを行わせたのだった。


 この政遜の素早い対応で、斎真は、一命を取り止めた。



 だが、そこからが問題であった。呼ばれた医者が、治療の為に斎真の衣服を脱がせると、服から三通の書状がこぼれ落ちたのだ。その書状を舎人の一人が見つけ、邸宅の主である、政遜に渡した。


 政遜は、書状を受け取ると、表裏おもてうらを眺める。書状のうち、一通は、開封されており、残りの二通は未開封であるあった。そして、書状の封は、封泥ふうでいと呼ばれ、粘土を固め封印を施してあったが、その印は、岑英のものであったのだった。


 政遜は、思い当たる事があり、書状の中を見ずに、そのまま、その舎人を皇宮に走らせる事にしたのだった。政遜は、どちらの派閥にも、属しておらず、そして、どちらの味方をするつもりも無かった。斎真が襲われ、斎真の衣服から、岑英の書状が出てきた。しかも不可思議ふかしぎな事に、三通もある。これは、届け出るべきだと判断したのだ。届け先は、皇妃の所である。



 翌早朝、事情を聞き政遜から送られた書状を、受け取った皇妃であったが、自分一人で開けるのは危険だと判断し、岑瞬、興魏を呼んだ。そして、斎真が襲われた話。そして、一命は取り止めた事、さらにその衣服から岑英の書状が三通出てきた事を話す。すると、驚く興魏。



「なんと、斎真が襲われたと、この大京でとは。しかし、良かったですな。命に別状なくて」


「ふん。死んだ方が良かったのではないのですか? 興魏殿にとっては。下手したら襲わせたのは、興魏殿では?」


 岑瞬が、嫌味を言い、興魏は怒る。


「なんですと! この興魏、そのように卑怯な事は、せん!」



 すると、皇妃が二人を落ち着かせる。


「良さぬか、岑瞬殿、父上も、はしたない」


 岑瞬は、返事せず黙り、興魏は謝る。


「これは、すまなかった」


「それよりも」


 皇妃は、三通の書状を手に持ち、首をひねりつつ、


「これです。一体何なのでしょう? 一通は、封が開いてますから、陛下の遺言書でしょう。ですが、後の二通は?」


 そう言うと、皇妃と共に、首を捻る興魏。岑瞬は、


「開けてみれば、わかることだろう」


 そう言うと、封の開いている書状を広げる。それは、自分が次代の皇帝と書かれた。岑英の遺言書だった。


 続いて、岑瞬は、封の閉じられた二通のうちの一通の封を破り、書状を広げる。すると、その顔が曇る。


「なんだ、これは?」


 その書状を、皇妃と、興魏が覗き込む。すると、そこには、


「余は跡継ぎは、臣下の話し合いで決める事を求める。大岑帝国皇帝岑英」


 と、書かれていた。全員が、首をかしげる事になった。そして、皇妃は、最後の一通を開ける。そこには、


「余は跡継ぎとして、岑職を指名する。大岑帝国皇帝岑英」


 と、書かれていた。皇妃が呟く。


「何なのでしょう? わけがわからないわ」


 三人は、話し合い、会議で皆に見せる事にしたのだった。





 趙武は、眠い目を擦りながら、会議に出ていた。昨日遅く、いや、朝方まで飲み続け、会場で寝てしまい、ついさっき起きたばかりだった。そして、それは、他の皆もほぼ同様であった。


 だが、斎真が襲われた話、一命は取り止めた事、そして、斎真の衣服から岑英の書状三通が出てきた事。そして、


「出てきた書状は、三通とも別々の内容が書かれていたのです」


 皇妃様は、こう言い、書状を皆に見せる為に、回した。趙武も受け取り、その書状を見る。すると、頭が急速に回転し始める。そして、皆が見終わると、珍しく趙武から、発言する。



「そういう事だったんですね」


「何がだ、趙武?」


 凱炎が訊ねる。


「いえ、斎真様が少し前に言っていた事を、思い出したんですよ。この国の行く末を、運命に託したって」


「ん? どういう意味だ?」


 凱炎は、意味がわからず、趙武に疑問を投げかける。


「陛下は……。先の陛下?」


「くすっ、陛下で良いですよ」


 皇妃様が、笑い、趙武に助け船を出す。


「ありがとうございます。陛下は、三通同じ遺言書を作って、それを斎真様に預け、遺言書が必要な時に、運命に任せて、取り出させたのですよ。見た所、外からは中身が確認できませんし、三通とも外からは見分けつきませんし」


「なるほどな〜」


 凱炎は、いまいち良く分かっていないので、感心の声をあげた。しかし、興魏と、岑瞬は違う。



「そのようないい加減な事を!」


「まあ、良いではないか、という事は、本物だという事だろう。だったら、運命に従って」


「だから、そんないい加減な事は、出来ん!」


 興魏と、岑瞬の言い合いが、始まった。趙武は、早く止めて欲しいと、皇妃様を見るが、何やら目を瞑って考えていた。そして、しばらく興魏と岑瞬の言い合いが続いた後、やおら目を開いて、言葉を発する。


「二人ともわかりました。確かにこの遺言書は、本物です。そして、まだ、趙武殿の推理で、真実かどうかは分かりませんが、陛下は、三通の遺言書を作り、運命に託したのでしょう」


 そう言うと、一呼吸おき、話を続ける。


「ですが、父上の言う通り、陛下がお決めになったとはいえ、そのような事で、我が国の行く末を決められたら、我らにとって、たまったものではありません。ですので、この遺言書を踏まえた上で、皆で話し合い、結論を出してください」



 趙武は、感心した。頭の良い女性だと。だが、趙武は、心の中で歎息たんそくした。これでは、決着がつくのは、いつになるのやら。それに、先程、皇妃様が言っていた事も気になった。


「この大京で、重臣が襲われるなど、あってはならない事です。近衛各軍に、警備を厳重にするよう通達しました」



 近衛軍は、統一意見かは分からないが、少なくとも塔南トウナンさんは、岑職派だった。だったら、この大京で実力行使に出ることも可能だろう。


 まあ、近衛軍が統一意見かも分からないし、少なくとも塔南さんや、近衛東方将軍の、至霊シレイさんが、そんな事をするとも思えない。


 だが、逆に、もっと過激な意見を持っている近衛将軍がいないとも限らない。



 趙武は、終わりの見えない目の前の話し合いを見て、心を決めた。そして、



「眠いんで、寝ます」


「何だ、それは?」


 凱炎が呆れて声を出し、皆も呆気にとられる中、趙武は、会議室を出て行った。

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