(捌)

 岑英の葬儀は続いていた。四日目。ここからが大変なのであった。五日目に次期皇帝が即位して、柩を前に決意表明をするのだが。次期皇帝ってどうなるんだ?



 上級武官、文官、さらに皇妃が集まって会議をする事になったのだが、果たして成果はあるのか?



 集まったのは、文官では、宰相の斎真、そして、その斎真の右腕と呼ばれ、長年丞相として勤めてきた野泉やせん。今は、若くも無いが若き俊英と呼ばれ、のし上がっていった御史太夫の紫丹シタン。有能だが、何を考えているのかわからない男と呼ばれる太尉の禅厳ゼンゲン。そして、温厚な人柄が取り柄と言われる侍中の関直カンチョク


 武官は、大将軍八人と、大京周辺の警戒が緩み大京に戻って来た近衛禁軍将軍の塔南トウナンであった。



 趙武の予想通り、会議は紛糾し、



「岑職様こそお世継ぎとして、皇帝になられるお方だ」


「だが、見なかったのか、皇妃様には失礼だが、御披露目の時の醜態を。あれでは、まともに皇帝として全うできるとは思えぬ」


「だったら、岑瞬様に岑職様が成人されるまで、代行していただければ」


「だったら、岑瞬様が皇帝になられた方が早いだろう」


 等と、お互いの主張を繰り広げるのみで、話は、一向に進まなかった。



 趙武は、黙って会議を見ていたが、どうやら皇妃様、岑瞬は別として、凱炎、条朱、廷黒、紫丹が岑瞬派。興魏、呂鵬、塔南、王正、関直が岑職派という感じだった。禅厳は、ニコニコ笑いながらどちらの話にも相づちをうち、はっきりしない。



 後の、趙武を含め斎真、野泉は、話を聞いているだけだった。まあ、呂鵬や、廷黒もあまり発言しているわけでは無かったが。



 会議はだらだらと続き結論の出ないまま夕刻を迎えようとしていた。その時だった。今まで黙って会議を聞いていた斎真が突然口を開く。



「実は、陛下より賜った遺言書を持っているのだ」


 皆の視線が斎真に注ぐ。驚きの声があがり、ざわつきが起こる中、斎真は、発言を続ける。


「わたしは、陛下が亡くなられた以上、職を辞すつもりだ。陛下にも生前そう言ってあったのだが、そうしたら、遺言書を託されたのだ」


 すると、興魏が訊ねる。


「だったら、なぜ今まで、遺言書を出さなかったんだ?」


 すると、斎真は、


「陛下は、家臣団の話し合いで結論が出ることを望まれていた。だから、今まで出さなかったんだ」



 そして、斎真は、懐に手を入れる。そして、懐の中で何やら、ゴゾゴソと手を動かしている。皆がやや怪訝な顔をしたが、斎真は、意を決したように、手を抜き出す。その手には、封のされた一通の書状が握られていた。



 斎真は、書状をうやうやしく掲げると、封を切り書状を広げた。そして、読み始める。


「余は跡継ぎとして、岑瞬を指名する。大岑帝国皇帝岑英。以上だ」


 すると、興魏が立ち上がり、斎真を指差し怒鳴る。


「馬鹿な! 陛下がそんな事を言うわけが! その遺言書偽物ではないのか?」



 その言葉を口火に、岑職派の人々が口々に斎真を攻めたてる。ただ一人呂鵬だけは、目をつぶり黙っていた。斎真も、涼しい顔で座っている。すると、皇妃様が立ち上がると、


「お黙りなさい!」


 一瞬で静かになる。そして、


「斎真殿。その遺言書とやらを見せて頂けませんか?」


「はっ、畏まりました」


 斎真は、立ち上がり書状を恭しく掲げながら、皇妃様の下に遺言書を持って行き、手渡した。すると、皇妃様は、遺言書をゆっくりと広げ、目を通す。文章も長い物ではないが、繰り返し確認しているようだった。そして、皇妃様が口を開く。


「確かに陛下の文字です」


 その言葉を聞き、部屋にざわめきが起こる。


「なので、明日の儀式には、岑瞬殿に次代皇帝の役をやって頂きましょう。よろしいですね、岑瞬殿」


「はい、もちろんです。姉上」


 さらに、ざわめきが大きくなる。しかし、次の言葉を聞き、静まり返ることとなる。



「ですが、陛下の文字とは言っても、正式な物かは分かりかねます。明日は、あくまで皇帝の代役として、岑瞬殿にお願いしますね。岑瞬殿」


「くっ、わかった」


 岑瞬が、忌々しそうに返事をする。皇妃様は、平然と話を、続ける。


「ですから、葬儀が全て終わってから、この遺言書の真偽も含めて、話し合いましょう。それまでは、斎真殿、この遺言書は、あなたが、持っていてくださいませ」


 そう言って、斎真に遺言書を差し出した。斎真は、恭しく受け取ると、


「ははあ。陛下の遺言書は、わたくし、斎真が、管理させて頂きます」



 そう言って、遺言書を懐に収めた。こうして、会議は終わったのだが、両陣営にとっては、緊急事態となったようで、二組に別れ、急いで部屋から出ていった。趙武も、呂鵬に声をかけられたが、断わって少し部屋に残った。





 部屋には、斎真と、野泉、そして、趙武が残った。さらに、目をつぶって動かない斎真に一言声をかけて、野泉が出ていく。


 すると、斎真が、趙武に話しかける。斎真と、趙武にとっては、はじめての会話であった。



「趙武殿だったか。陛下は、何をお考えであったのだろうな?」


 趙武は、少し考えて応える。


「陛下は、僕には、長い戦乱の世では無く、皆が平和に暮らせる世を目指してくれと、言われました」


 すると、斎真は、目を開き、趙武を見つめる。


「陛下に気に入られたのですな、夢を託すとは」


「夢だったのですか?」


「はい。良く話しておられました。自分の代で戦いを終わらせ、平和な世を築くと」


「荷が重いですね」


 そう言うと、斎真は、ちょっとびっくりしたような顔をした。そして、


「ハハハ、そうは思っていないようですな。重畳ちょうじょう、重畳」


「はあ」


 そう言うと、斎真は立ち上がり、出口へ向かって歩き始めた。そして、


「わたくしに、遺言書を託したのは、この国の行く先を、運命に託したのですよ。ですが、今日の有り様だと、国が割れますな。お気をつけて」



 そう言って、部屋から出ていった。趙武は、流石にその意味が分からなかった。ようやく分かったのは、岑英の葬儀が終わった後になった。





 翌日、趙武は白装束では無く、吉服と呼ばれる、祝い事で着る色鮮やかな礼服を着て部屋を出た。



 玉座の間に、武官、文官一同が集まる。趙武も右側の最前列に並ぶ。まあ、ほとんどが大京在住の者達だが、地方在住の中で、馬を飛ばして駆けつけ参列している者もいるようで、徐々に人数が増えてきていた。趙武の配下には、動かないように言ってあるので、こちらには向かっていないだろう。



 趙武は、玉座を見る。そこには、岑瞬が得意気に座り周囲には、凱炎、条朱、紫丹を始めとした、岑瞬派の臣下が取り囲んでいた。



「今日は代役って事だっだよな」


 趙武がポツリと呟くと、近くにいた廷黒が、


「まあ、玉座に座って気分が良いんじゃないんですか?」


 あれ? 確か廷黒って岑瞬派だったよな。趙武は、そう思い訊ねる。


「廷黒さんも、あそこに居なくて良いんですか?」


 すると、


「まあ確かにそうなんですが、利害関係と好き嫌いは別なんで」


「なるほど」


 廷黒は、利があるから岑瞬の味方をしているが、岑瞬自体は嫌いという事だろう。いろいろあるんだなあ〜。




 そして、儀式が始まった。要するに即位式なのだが、先帝の柩を前に即位を行い、次の皇帝も無事決まりました。この国も安泰です。なので安心して休んでくださいと表明する儀式なのだ。しかし、正式な皇帝は決まらず、今回は代役という形で、どうして岑英は安心して休めるのだろうか?



 玉座から岑瞬が立ち上がる。そして、ひざまずくと、天に向かって拝礼する。これは、大岑帝国の皇帝が天にいる天帝てんていの子孫であり、天子てんしであるという表明である。


「天帝よ、御照覧ごしょうらんあれ、天命により、大岑帝国ここにあらん」



 続いて、玉座の左右に控えていた斎真と興魏が立ち上がり、先帝の遺詔いしょうを読み上げる。要するに遺言書だが、これは、ほぼ定型文であり、君臣くんしんが手を取り合って国を盛りたて、国家が栄えますように、という感じだ。まあ、それぞれの皇帝によって多少独自性はあるそうだが。



 さらに、儀式は続いていく。先帝である岑英におくりなが送られる。あれだけ戦い続けてきた人だ。武帝という諡であった。まあ、当然だなと趙武は思った。



 いろいろ、細かい儀式はあったが、最後に、岑瞬が決意表明する。だが、今回は皇帝の名は使わないようだ。



「この岑瞬、先帝の遺詔に従い、君臣手を取り合い、民を思い、大岑帝国をよりいっそう、栄えさせる事を誓わん」



 すると、万歳が起こる。


「大岑帝国万歳!」


「岑瞬様万歳!」



 普通は、皇帝陛下万歳なのだが、今回は代役。玉座の上で、岑瞬は、嬉しさと不満が交じった、複雑な表情を浮かべていた。



 この後、皇城の門が開放され、大京の民が門内に入り、宮殿前で拝礼が出来るようになった。さらに、大赦たいしゃが布告され、殺人等の、大罪犯以外が釈放された。


 この中には政治犯も入るのだが、岑英の治世中は、極端に少ないものだった。政治的に敵対するものに寛大だった、岑英らしい出来事だった。



 こうして、今日の儀式は終わり、翌日は出棺である。趙武達は、今度は白装束に着替え、参列する。





 翌日、陵墓りょうぼに埋葬する為に、出棺し葬列を作って行進するのだが、これを大葬たいそうの儀という。



 葬列は、方相氏ほうそうしという官吏が先頭を進む。方相氏は、祭事において、悪鬼を追い払う役目を負う。金の四つ目の仮面をかぶり、玄衣朱裳、要するに黒い衣に赤いはかまを着て、手には盾とほこを持ち、馬車に乗り、踊りながら進む。



 続いて、太陽、月、龍等の旗を持つ官吏達が馬車に乗って続く。その後を、豪華に装飾された荷台に納められた、岑英の棺が続く。荷台の形は、宮殿を模している。その後を馬車に乗った皇帝役の岑瞬の馬車が続き、そのさらに後ろを、趙武達が馬に乗って進む。



 陵墓は、大京の郊外の小高い丘であった。陵墓までは、歩いても半日程の距離だったが、葬列はゆっくりと進み、両脇には沿道周辺の民が出て泣きじゃくる。



 二日程で、陵墓の前に到着。陵墓は小高い丘であり、馬車で登る事は不可能なので、ここからは人力で引っ張り上げる。そして、上から主室と呼ばれる四角い部屋に降ろされ、岩で蓋をし、土をかけて穴を埋める。



 その頃趙武達は、岑瞬を先頭に供物くもつや、装飾品を持って、丘に掘られた横穴を進む。途中左右に、耳室じしつと呼ばれる細長い部屋が作られている。こちらは、それぞれに、食べ物の入った陶器の壺、そして、馬や兵士を形どった焼き物が置かれている。


 昔は、実際に生きた兵士や、馬が使われたそうだが、現在は、陶器の置き物になったのだ。趙武は、生きて閉じ込められる恐怖を想像して、少し震えた。



 さらに先に進むと、広い部屋に出る、ここは中室と呼ばれ、祭壇が作られている。その祭壇の向こう側が主室で、棺が置かれた部屋である。



 趙武達は、中室で持っていた供物や、装飾品を捧げ、弔事を読む。そして、最後は、岑瞬を中心にして泣き叫ぶ。この儀式は半日がかりで行われた。



 その後、横穴を出ると、今度は陵墓のふもとに作られた、小さな宮殿に供物を捧げ祈り、陵墓に続く道が閉ざされる。この小さな宮殿は、死後も岑英に会え、そして、祈れる場所なのである。



 儀式が終わると再び葬列は、ゆっくりと大京に戻った。



 これで、葬儀は全て終わった。だが、この夜大事件が起こる。この事件によって、皇宮は、さらなる混乱に陥る。

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