(陸)

「で、どうするかだが」


 集まった大将軍、近衛三軍の将を前にして、興魏が話始めた。


「どうしたも、こうしたもないだろう。兄上の病状が悪いとなれば、撤退しかないだろう」


 と、岑瞬が答える。


「だがな……」


 興魏は、確かに撤退するしかないと思っていた。しかし、何の成果もあげていない、今回の如親王国攻略戦で手ぶらでの撤退もまた、悩みの種であった。莫大な予算をかけ、大軍を用意し、威勢良く攻め込んで、何も無く撤退。帝国の国民はどう思うだろうか? さらに、興魏は総大将なのである。評判が気になって当たり前であろう。



 だから、さっさと侵攻すれば良かったのだ。興魏は、心の中で強く思ったが、口には出さなかった。


 すると、珍しく条朱が提案する。


「だったら、俺と、廷黒、凱炎殿で残って支配地域を確保するっていうのはどうですか?」



 皆の視線が、条朱に集中する。ほとんどの視線は呆れたような視線であったが、数人は、それ良いな。という雰囲気をもっていた。だが、肝心の廷黒が否定する。


「条朱、わたしも撤退に賛成です。いくら数的には互角でも相手はあの耀勝です。死ぬのはごめんですよ」


「えっ! う〜ん」


 条朱は、腕を組み、考え込んでしまった。だが、廷黒は、耀勝を理由にしたものの、実際には、耀勝は何もしてこないだろうとも思っていた。だが、帝都から遠く離れ、もし何か起きた時に、対応ができないことの方が嫌だった。



 すると、岑瞬が、


「だったら、決まりですね。さっそく撤退を。どうですか、興魏殿?」


「う〜む。仕方あるまい、撤退するぞ」


「はっ!」



 こうして、何の成果も出なかった、後の世では、第三次如親王国攻略戦と呼ばれた戦いは終結した。



 帝国軍は、中原道を引き返し、北河を渡河、泉水で解散しそれぞれの駐屯地へと戻っていった。ただ、大将軍達は一路、帝都大京へと進路をとった。





 如親王国攻略軍に、早馬が到着した頃、同じように江陽にいる趙武のもとにも早馬が到着していた。



「そうですか。陛下が、わかりました。準備出来次第、帝都に向かいます」


「はっ」



 趙武は、そう返事をし、実際、出立の準備を始めていた。そして、その出立が迫る時、慈魏須文斗の来訪を受けた。来訪を受けたと言ったが、これは珍しい事ではなかった。


 本来、風樓礼州フローレスにて、上将軍として軍を率いているのだが、なんだかんだと理由をつけては、趙武達のいる江陽にやって来ていた。慈魏須文斗は、ちゃんとやっているか心配で、瀨李姉綾の様子を見に来ていたのだ。



 だから、そう珍しい事ではないのだが、普段は、いつの間にか気付いたらいた。という状況だったのだが、今回、わざわざ趙武に面会を求めてきたのは、珍しい事だった。



「慈魏須文斗さんが? 何でしょう。わかった。すぐに会うよ。通して」


 副官にあたる大将軍主簿の典張テンチョウに伝える。すると、すぐに慈魏須文斗が、趙武の執務室に入ってきた。



「慈魏須文斗さん、何かありました?」


「はい。趙武様、実は、わたしの所にこんな書状が届きまして」


 慈魏須文斗は、懐から書状を出すと、趙武に渡した。趙武は、書状を開き目を通す。


 そこには、大岑帝国皇帝の病状が悪い事、そして遠くない将来亡くなり、そうすれば帝国内に皇位継承をめぐる混乱が起きること。そうすれば、東方諸国同盟は兵を起こし、大岑帝国に攻め込むので、風樓礼州王国も、再独立の為に兵を起こすようにと書かれていた。


 書状の差出人は、東方諸国同盟盟主、大令国だいれいこく国王、管義カンギと書かれていた。



「こんな物、僕に見せちゃって良かったんですか?」


 趙武が聞くと


「良かったも、何も。押し付けがましいんですよ東方諸国同盟は。正直、迷惑なんですよね。帝国内の交易で、我々は、今の方が豊かになりましたし、それに、姫も今の方が、幸せそうですから。まあ、独立する気はありませんね」


 と、あっさりと返答する、慈魏須文斗。


「そうですか。わかりました。しかし、随分、陛下の状態を知ってますね〜」


「そんなに、お悪いんですか?」


「ええ、帝都から早馬が来て、陛下が倒れたそうです。我々も呼び出されましたから、残念ながら長くはないでしょうね」


「そんなに。それは残念です。せっかくお会いできたのに……。ですが、そんな事話して良いんですか? わたしに」


「当然でしょ。慈魏須文斗さんは、仲間なんですから」


 すると、慈魏須文斗は、突然姿勢をただし、頭を下げる。


「ありがとうございます。そう言って頂けるのは、嬉しい事です」


「そんなに、かしこまる事じゃないでしょ。慈魏須文斗さん」


「はい、そうですね。そうさせてもらいます」


 そう言うと、ただした姿勢をややを崩して話す。


「それでは、趙武様は、大京に向かわれると」


「ああ、そうなるね。慈魏須文斗さんは、東方諸国同盟の動きに警戒してください」


「畏まりました」


「だけど、瀨李姉綾の所に寄ってから帰るんでしょ?」


「はい、姫の様子をちょっと見て、直ぐに戻りますよ、風樓礼州に」


「そうですか」


 そう趙武は言いながら、ちょっとの期間が、出来るだけ短い事を祈った。


「では、姫の様子を見てまいります。そうでした、その書状ですが、趙武様にお持ち頂き、ご自由にお使いください。では」


「そうですか、それなら有り難く使わせて頂きます」


 そう言い残して、慈魏須文斗は趙武の執務室を後にした。




 慈魏須文斗が部屋を後にすると、趙武は、考えに没入する。まずは、東方諸国の動きだが、これは、岑英の病状を知って、帝国の混乱に乗じて、風樓礼州の奪還、もしくは、別の場所を目指し帝国への侵略を目指すものだろう。


 だが、岑英の病状を把握に関しては病気だとは知っているだろうが、悪化した事まで把握しているのは何故だろう? もちろん誰かが伝えたのだろう。という事は、背後に動きを煽動した誰かがいるという事だ。考えられる人間はただ一人。それは、もちろん耀勝。だとすると、さらなる警戒が必要だろうな。



 さらに、急いでいてあまり考えてはいなかったが、他国の動きも激しい。そして、岑英の病状だが。わざわざ、趙武を呼び出すという事は、かなり悪いのだろう。すると、最悪の場合について考えないといけないな。岑英の死と、それに伴う混乱を。



 趙武は、思考を停止させると、呂亜と、至恩、さらに會清を呼び出した。



 三人が趙武の前に立つ。すでに三人には、岑英の話をしてあったのだが、出かける前に手をうっておく事にした。


「慈魏須文斗さんが来て、この書状を置いていきました」



 と言いながら三人に書状を渡す。すると、呂亜が、


「これは。しかし、う〜ん」


 その様子を眺めつつ、至恩が趙武に訊ねる。


「で、俺達は何をすれば良いんだ?」


「そうですね〜。至恩には後で」


「後なんだ」


「そう。一番重要だからね」


「わかった」


 そう言いながら、趙武は呂亜に向かって話し始める。


「呂亜さんは、何か起こった時に全軍の指揮をお願いしますね」


「何か起こった時?」


「はい。もし、陛下が亡くなって、混乱が起きた時ですかね。まあ、東方諸国同盟が動くか、帝国で内戦が起こるか。もし、僕が大京から動けなかったらですけどね」


「わかったよ」


「慈魏須文斗さんや、岑平軍のえーと、将軍の……。と、連絡とって、連携して動いてくださいね」


「わかった。早速準備するよ」


「で、會清には」


「はっ」


 趙武は、今度は會清に向かって話しかける。


「會清は、東方諸国同盟の動きを、探って欲しい」


「動きだけで良いのですか?」


「いや、だって国々の情報はすでに掴んでるでしょ。後は、こちらが先手をうてるように、情報を、集めて。僕の居ない間は呂亜さんに情報を集中させてね」


「はい、畏まりました。わたし自らも、東方諸国に入り、必ず情報を引き出します」


「うん、頼んだ」


 そして、最後に至恩の方に向くと、


「至恩には、軍を率いて行ってもらいたい所があるんだ」


「どこだ?」


「それはね」


 そう言うと、趙武は、いたずらっぽい笑みを浮かべると、至恩の耳元で何やらささやく。そして、


「どのくらいの期間になるのか、どう動けば良いのか。まるっきり予想がつかないんだ。これは、臨機応変に動けて、しかも的確に対応出来る至恩だけにしかできない事だからね、よろしく」


「ああ、任せておいてくれ」


 至恩は、趙武に言われて嬉しそうな顔で応じた。


「では、やりますか」


「おう」


 呂亜が、會清が、至恩が、部屋を後にし、それぞれの任務に動く。


 そして、趙武も。大京に向かって旅立った。帳下督率いる護衛はいるものの、今回、裨将軍や、幕僚の同行は認められていなかった。その為、護衛と共に、一人大京に向かった。





 大京に到着し、皇宮に赴くと、皇宮内に部屋が与えられ、そこに待機するように言われたのだった。部屋には、寝床ねどことなる臥床がしょうも用意されていて、この部屋で寝泊まりするようだ。


 皇宮の内部の政治機能、軍務機能は止められているようで、皇宮内には、世話係となる下級の官吏以外は、上位の文官、武官しかおらず、とても静かだった。


 趙武はしばらく、持ってきた書物を読むか、皇宮の庭を少し歩くかして、時間を潰しながら待った。



 趙武が、到着してから、数日後、如親王国ヘ侵攻していたはずの、大将軍達も、帰国したようで、皇宮内で見かけるようになった。そして、趙武が、ぶらぶらと庭を歩いている時に、凱炎が近づいて来て声をかけた。



「趙武来てたのか」


「凱炎さん。如親王国攻略戦、御苦労様でした」


「ああ、うん。まあ、何の武功も挙げられ無かったがな」


「そうでしたか。耀勝が何か?」


「いや。岑瞬様がな。動くなって言ってな」


「動くな?」


「ああ、ほとんど戦いが無かったんだ」


「ヘ〜」


 趙武は、岑瞬の動き、そして東方諸国の動きを関連付けて答えを導く。


「耀勝って、本当に怖い男ですね」


「ん?」


 凱炎は、不思議そうに趙武を見た。この後、凱炎は、如親王国での事を詳しく趙武に話し、さらに落ち込むことになる。しかし、話してみて思う、凱炎は、凱炎のままなのだと、このまま長くこの関係が続く事を趙武は、願った。


 この後、連続して、呂鵬、廷黒に会うのだが、それぞれ挨拶のみで、素っ気なく去っていったのだった。

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