(玖)

 趙武が玉座の間を出ると、外には凱炎が待っていた。


「趙武。風樓礼州王国を攻略したそうだな。おめでとう」


「ありがとうございます。凱炎大将軍は、なぜここに?」


「凱炎大将軍ってお前も、大将軍だろうが、まあいい。趙武。お前を待っていたんだ。さあ、行くぞ」


「えっ、どこ行くんですか?」


「良いからついて来い!」



 そう言いながら、凱炎は、趙武を引っ張って、どこかに向かって歩き始めた。そして、玉座の間にほど近い、一室に入る。そこには、中央に円卓が置かれ、その円卓には、凱炎、趙武を除く大将軍達が座っていた。


 趙武は、凱炎と共に円卓に座る。すると、大将軍筆頭である、興魏が、声を発する。


「さて、会議を再開する。とは言え、議題は趙武殿の、風樓礼州王国攻略についてだけなのだがな」


 すると、凱炎が受け継ぐ


「ああ。で、どうやって攻略したのだ趙武」


 趙武は、大将軍達が、自分の風樓礼州攻略について聞く為だけに残っていた事に驚きつつ話し始めた。内容は、岑英に話した内容と同じであったが、出来るだけ嘘偽り無く話す。そして、


「えっ。あの岩山を馬で駆け下った?」


 条朱の疑問に対して、


「それは、黒鷲傘と言って……」


 趙武は、自ら王都に潜入した事、黒鷲団という盗賊団の事、そして、黒鷲団が、岩山を駆け下って王都に進入し、その後、黒鷲傘を使って、城壁から降りた事を話す。


「自ら潜入ですか〜。わからない。私には、出来ない」


「ハハハハ、気にするな廷黒。それは、誰にも無理だ。趙武だからこそだ」


「なるほど」


 廷黒の嘆きに、凱炎が答える。そして、一通り話が終わると、各大将軍が、質問を開始する。まず、呂鵬大将軍は、


「ところで、把切朱絶バリスタと言ったか、あれの、移動は可能なのか?」


「まだ、詳しくは調べていないのですが、配下の者の調べによると、反動が大きく、岩の台座に固定が必要との事で、投石機や、破城槌はじょうついのように、攻城兵器としての運搬は、今のところ不可能だそうです」


「そうか。う〜む」


 すると、今度は、岑瞬が、


「で、風樓礼州王国は、どうすると陛下は言われたのだ? まさか、岑平を大将軍にするなんて事は」


「いえ、風樓礼州王国に関しては、陛下は、わたくしに、一任すると」


「一任?」


「はい。ただ、岑平は、上将軍として、風樓礼州王国の兵と共に、わたくしの配下にしろと」


「なんだと」


 岑瞬は、睨むように趙武を見つめる。しかし、趙武は、あっさりと受け流し、


「まあ、岑瞬殿は、如親王国攻略に注視して頂き、背後の事は、わたくしにお任せください」


「ぐっ」


 すると、凱炎が口を挟む。


「ハハハハ、そうだな、趙武と、呂鵬殿がいれば、我々の遠征中も安心だな。のう、岑瞬殿」


「まあ、そうだな」



 すると、目をつぶり、話を黙って聞いていた、興魏が目を開く。そして、


「他に陛下は何かおっしゃられていたか? 例えば、世継ぎの事とか」


「他にですか? 世継ぎ。そう言えば、春になったら、岑職様をお披露目されると言っておられました」


「そうか。うむ、いよいよか」


 興魏がそう言った時だった。岑瞬が、笑い出す。


「ハハハ、それは良い。趙武殿、皇太子のこと良く見ておけよ」


「はあ」



 それに対して、複座な表情を浮かべるものの、何も言わない興魏。そして、そういう嫌味を嫌う、凱炎も何も言わず、目を瞑っている。何だ? これは。少し、嫌な空気を感んじた趙武だった。


「後、何も無ければ、解散としようではないか、いかがだろう、興魏殿」


 呂鵬大将軍が、場の空気を裂くように、声を発する。


「そうだな。以上で解散とする」




 会議が終わり、解散すると、大将軍達は、パラパラと出て行き。そして、数人ずつ集まり、どこかに消えていく。最後に趙武が席を立つと、呂鵬が声をかける。



「趙武君」


「はい」


「呂亜のこと、よろしく頼む」


「お世話になっているのは、僕の方ですよ」


「そうか。だが、嫌な時代になったな」


「陛下の事ですか?」


「いや、まあ。そうだな、陛下の跡継ぎをめぐって相争う」


「ですが、それは陛下が、決められれば良い事では?」


「そうなのだがな、本来ならば。しかし、陛下も悩まれておられるのだよ」


「はあ」


「それも、お披露目されればわかる事だな。では、行かないと行けない、興魏殿が、待っているようだ。またな、趙武君」


「はい、失礼致します」



 どうやら趙武は、どちらにも呼ばれてないようだ。良かった。趙武は、とりあえず安堵した。


 せっかく帝都に来たのだ、少しのんびりしたいところだが、風樓礼州王国の件もある、あまりゆっくりはしていられない。


 趙武は、翌朝には、帝都を出発し、帰路についた。


「さて、まずは、風樓礼州王国の女王陛下か。どんな人だろう、陛下と、慈魏須文斗の一言も気になるな」





 趙武は、江陽に戻ると、呂亜を呼び出した。呂亜は、風樓礼州での、戦後処理を済ませ、至恩を残して、雷厳、龍雲と共に帰って来ていた。ただし、人質である、風樓礼州王国女王と、それについて来た将軍慈魏須文斗が、一緒との事だった。



慈魏須文斗ジギスムントさんも一緒なの?」


「ああ、どうも女王の事が心配なようでな。どうしてもと言うから」


「そうなんだ。命なんて取らないのにね、信用されてないか。まあ、しょうがないけどね」


「いや、そういう意味じゃないな」


「えっ? じゃあ、どういう意味?」


「ああ、女王が、趙武に対して失礼な事しないか、心配なのだそうだよ」


「えっ? だって、風樓礼州王国の女王を何年もやっているんだよね?」


「ああ」


「年齢も確か、30近くだったような」


「ああ、そうだよ」


「で、将軍にそんな心配されるのか?」


「俺の目の前にも、30越えて配下の裨将軍が、心配する人間がいるが」


「誰ですか?」


「まあ、良いや。で、会いますか、女王に?」


「そうですね。では、会おうかな」





 江陽の主楼城の大広間に向かう廊下、賑やかな声が響く。


「良いですか、姫」


「じい、わたしは、姫じゃありません。風樓礼州王国の女王です」


「だったら、わたしも、じい、じゃありません。慈魏須文斗と言う名です。じーくや、じぎすとかは、言われた事ありますが、じいと略すのは、姫くらいですよ」


「だって、じいは、じいなんだもん」


 女王は、頬を膨らませて、すねる。


「はあ~。姫、そういうことをやっても可愛いと言われるような、年齢ではないでしょうが。それに、もんって何ですか、もんて」


「まだまだ、可愛いって、皆に言われるもん。まだまだ、若いもん」


「はい、はい、わかりました。しかし、趙武様の前では、ちゃんとしてくださいね。まあ、結婚相手と会うわけじゃないので、大丈夫だとは思いますが、相手に顔がねずみのようですね、だとか、体型がたぬきのようですね、とか、正直に言うのもやめてください」


「大丈夫よ。ちゃんとおしとやかに出来ますよ。では、じい、まいりますよ」


「はい、かしこまりました」


 慈魏須文斗は、密かに女王と、趙武の結婚まで考えていた。風樓礼州を残す為に、そして、この時代としては、結婚適齢期をだいぶ過ぎた姫の為に。





 女王と、慈魏須文斗が広間に入る。趙武は、目線を2人に合わせる。しかし、趙武の視線は、女王に釘付けとなる。



 銀髪碧眼の女王は、挨拶をする。


「風樓礼州王国女王、瀨李姉綾セリシア風樓礼州フローレスです。趙武様に置かれましては、お初にお目にかかります」


 趙武は、体が思うように動かなくなった。病気なのか、それとも毒でも盛られたのか? 心臓がドキドキと脈打ち、全身が熱い。


「どうした、大丈夫か? 趙武」


 呂亜が声をかける。どうも、動きがおかしい趙武を心配しているようだ。


「は、はい。大岑帝国、だ、だ大将軍、ち、趙武です。お初にお目にかかります」



 趙武は、もう一度、目の前にいる女性を見る。肩にかかる銀の髪は、さらさらとしていて、青い眼はとても愛らしい。柔和な笑みを見せる顔は、年齢よりは幼く見えるが、とても美しい。


 身長は、銀髪碧眼の民の女性としては平均的で、体型は、ちょっとぽっちゃりしているようにも見えるが、出る所は出ていた。そして、素晴らしい胸を持っていた。


 瀨李姉綾セリシアか、良い名前だ。


「素敵な、ですね」


 その瞬間、呂亜が吹き出す。


「お胸ですか?」


 瀨李姉綾は、小首をかしげながら、手のひらで、自分の両方の胸を持ち上げる。豊満な胸が揺れる。


「あっ、いえ、失礼。素敵なお名前ですね」


「ありがとうございます。名前を、お褒め頂き光栄です。お胸も、気に入って頂き光栄です」


「いえ、お胸は、忘れてください」


「はい」


 瀨李姉綾は、少し抜けている、性格なようだった。


 しかし、趙武がこうなるとは、呂亜が笑いをこらえながら趙武を見る。


 趙武の挙動は落ち着きが無いが、視線だけは、瀨李姉綾をじっと見つめていた。そして、瀨李姉綾も、趙武をじっと見つめていた。しかし、その視線は、趙武と違い、外見を見ているのではなく、その心の中を覗いているように、呂亜には感じられた。



 瀨李姉綾が、頬を少し桃色に染め、視線を外し、うつむきながら、話し出す。


「とても、良いお顔をされてますね」


 少し落ち着き始めた趙武が、返答する。


「ありがとうございます。周りの人間にも、眉目秀麗なところと、頭脳だけは褒められます」


「いえ、そういう意味では無く。え〜と、顔は、人の心根こころねを写すと言いますか。わたしにとって、その方の顔は、その方の心を写す、鏡なのです。それで、趙武様は、良いお顔をされていると」


「はあ。ありがとうございます。怖いですね。心を見透かされるようで」


「えっ。大変失礼しました。わたし、また、やってしまいましたでしょうか? じいにも、注意されていたのですが」


「じい?」


 すると、後ろで控えていた。慈魏須文斗が声を発する。


「申し訳ございません。趙武様。じいとは、わたしの事です。昔から、姫はわたしの事を、じいと呼んでまして」


「姫?」


 趙武は、少し混乱してきた。精神が完全には落ち着いていないようだ。すると、瀨李姉綾が、


「じいにとって、女王はいつまでたっても、亡くなった母上なのです、だからわたしの事を姫と」


「そうでしたか。いろいろとあったのですね。え〜と、瀨李姉綾さん。では、食事でもしながら、ゆっくりお話を聞かせてください」


「かしこまりました」


 そう言うと、趙武はゆっくりと、広間を後にした。その後を追う、瀨李姉綾。そして、呂亜が、慈魏須文斗に近寄り、


「何か、上手くいきそうですね」


「左様ですな。しかし、姫があんなに素直に応じるとは」


「それは、趙武もですよ。いつもだったら、冷淡に感じるくらいの女性の扱いなのに、自分から誘うとは」


 そして、2人は顔を見合わせると、大きく頷き。趙武と、瀨李姉綾の後を追った。

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