(捌)

「申し上げます」


「なんだ?」


 大将軍筆頭、興魏コウギが、大将軍会議中に入ってきた連絡係の文官に、不機嫌そうに返事をする。


「はっ! 風樓礼州フローレス王国、王都風樓礼州ですが、早馬での連絡にて、3日程前に陥落したとの事です」


「なにっ!」


 興魏が、目を剥きつつ、文官を凝視して珍しく驚きの表情を浮かべる。大将軍会議に出席していた、大将軍達も、それぞれに反応する。



 凱炎ガイエンは、大声で笑い始め。条朱ジョウシュ廷黒テイコクは、お互い顔を見合わせる。呂鵬ロホウは、目をつぶると、微笑みを浮かべ、王正オウセイはただ、興魏の方を見て、そして、岑瞬シンシュンは、何か考え事を始めた。



「確か、10日程前ではなかったか、趙武が、いや、趙武殿が、風樓礼州王国を攻略する為に軍を起こし、大将軍会議に出席出来ないと連絡があったのは」


「はい、そうです。行軍に1週間程かかり、王都風樓礼州は、たった1日で陥落した模様です。そして、趙武様も大将軍会議には、出席出来ないもののこちらに向かっておられます」


「わかった。御苦労だった」


「はっ!」



 興魏は、大将軍会議に戻る為に、前を向いた。そして、


「後の議題は特には無いが、どうだろう、明日か、明後日には、趙武殿が、陛下への報告の為に到着されるだろう。延長して、趙武殿の話を、聞くのは。あの、難攻不落と言われた、王都をどう攻略したのか聞いてみたいのだが」


 そうすると、真っ先に凱炎が、


「異議はない。是非聞いてみたいものだ」


 呂鵬も、


「ああ、私も聞いてみたいな。本当に恐ろしい男だ、趙武君は」


 そして、呂鵬は、まわりを見回す。条朱、廷黒は顔が合うと頷き、岑瞬、王正も異議は無いようだった。そして、


「では、一旦解散する」





 趙武は、王都を陥落させると、風樓礼州の王城に入った。中に入ると、帝国軍の兵士が、すでに警備に立っていて、至恩の案内で、城内を進む。そして、玉座の間に案内された。


 玉座の間には、将軍、慈魏須文斗ジギスムントを筆頭に生き残った指揮官が、自ら後ろ手に手を縛り、玉座の前に控えていた。慈魏須文斗、風樓礼州王国の将軍、銀髪碧眼の40代半ばであろうか、誠実で実直そうな男だった。



 趙武は、玉座には座らず、慈魏須文斗の前に立つ。すると、王城の制圧、武装解除を担当し、状況を把握している至恩が、脇に立ち、説明する。


「こちらにいるのが、風樓礼州王国の軍事責任者の将軍、慈魏須文斗さんと、その配下の、万人隊長達だそうだ」


「ありがとう、至恩。で、僕に何か話があるとか、え~と慈魏須文斗さん」


「はっ。此度は、我々の降伏を受け入れて頂き感謝の念に堪えません」


「僕は、戦意を喪失した人間を、殺す趣味は無いからね」


「趙武。殺す趣味って何だよ」


 至恩が、突っ込みをいれる。しかし、真面目な慈魏須文斗が、話を続ける。


「ありがとうございます。それで、我が軍の敗北の責任につきましては、我が首一つに収めて頂きたく。姫、いや、女王陛下や、配下の者達に寛大な処分をどうか」


「そうだね」


 大将軍には、陛下から、生殺与奪せいさつよだつの権利が与えられていた。そして、慈魏須文斗に責任を取らせる気も無かったのだが。


「とりあえず、陛下に処分については聞いてから、処分を下すよ。それまでは」


 そう言うと、趙武は、腰の剣を抜き。慈魏須文斗や、その配下の縄を切り、立ち上がらせる。


「とりあえず、謹慎していてください。自室と城内くらいで」


「えっ、良いのですか?」


「はい。ああ。あまり外を出歩いたりはしないでくださいね」


「ありがとうございます。感謝致します」


 そして、至恩に指示を出す。


「僕は、これから陛下への報告で帝都に行ってくるよ。至恩には、王都の掌握をそのまま頼む」


「わかった」


「後は、呂亜さんいるから、大丈夫だと思うけど」


「ああ、趙武こそ気をつけてな」


「ありがとう。じゃ行ってくるよ」



 東方諸国同盟の援軍は、王都が陥落したとわかると、さっさと引き返したそうだ。その為に、中林さん達は、交戦する事は無かった。で、中林さんと馬延は、江陽に戻ってもらっていたが、代わりに雷厳、龍雲が風樓礼州王国、全土に展開し、武装解除を行っている。どちらも、特段の揉め事、や、抵抗は無いようだった。



 王都には、呂亜さんが責任者としていて、至恩が軍を率いて展開している。問題も無さそうだった。さて、後は。女王陛下だよな。



 風樓礼州王国の女王陛下は、自室にて謹慎してもらっていた。民衆にとっての象徴としても、支配者としても影響の大きな存在。一応陛下に確認しておこう。という訳で、いまだに会ってもいない。ただ、慈魏須文斗が、去り際に言った一言が気になる。



「ところで、趙武様は、姫、いえ、女王陛下には、お会いになられましたか?」


「いえ、まだですが。それが、何か?」


 そう言うと、まじまじと趙武の顔を見つめ。


「うむ。姫もこれで……」


「姫が、どうかされました?」


「いえ、こちらの、話で。女王陛下の事、くれぐれもよろしく、お願い致します」


「はあ」



 どう言う意味だったのだろうか? 姫とか、女王陛下とか。確か、今の女王が即位したのは、先代女王が病弱だった為に早かったものの、先代女王は、一昨年亡くなられたって事だったよな。その事か?





 趙武は、岑平と共に、帝都ていと大京だいきょうに到着すると、皇宮こうきゅうに向かい、陛下に謁見えっけんを求めた。すると、直ぐに謁見が許可され、岑平と共に、玉座の間に通された。玉座には、大岑帝国だいしんていこく皇帝岑英こうていシンエイ



 だが、これは。大丈夫だろうか? 岑英の顔は落ち窪み、手足は、骨のように細く、見えた。しかし、声には、張りがあった。玉座の間に声が響く。


「趙武よ。大儀であった。見事、風樓礼州王国を、攻略したそうだな」


「はい、有難き幸せ」


「うむ。で、どうやって攻略したのだ?」


「それは」


「それは?」


 趙武は、風樓礼州王国の攻略について、説明を始めた。王都風樓礼州が、岩山に抱かれたような構造になっている街であること。そこからの進入は、不可能だと思われるだろうと、言うこと。


「うむ。廷黒も言っていたが、岩山があるせいで、攻略範囲が狭いと言っていたな」


「ですが、私は、あえて、岩山から侵攻する道を探しました」


「なんだと!」


 趙武は、攻略の肝は、王都背後にそびえる、岩山にあると考えた事、そして、潜入した王都で実際に、岩山を下る盗賊、黒鷲団と、遭遇した事を話す。


「なんと! わざわざ、王都に潜入したと、申すのか!」


「はい」


「う〜む。何とも大胆なというか、大将軍が潜入する等とは聞いたことがない」


「誠に、申し訳ありません」


 さらに、趙武は、話を続ける。



 そして、配下の将軍龍雲を黒鷲団の下で練習させ、岩山から駆け下らせて、攻略した事を、そして、


「攻め寄せた時は、岑平殿が敵に喰らいついてくれましたので、こちらも余裕を持って攻め寄せることが出来ました」


「そうか!」


 岑英は、顔を輝かせ、岑平を見つめる。よほど嬉しいのだろう。さて、


「陛下攻略した風樓礼州王国ですが。どのように処理すれば、よろしいでしょうか?」


「うむ。その事だが、岑平」


「はい!」


 趙武の斜め後ろに控えていた、岑平が顔を上げ、答える。


「岑平。お前は大将軍になる気はあるか?」


「大将軍! 私が、ですか? 父上、私は、そのような器ではありません。今回の戦いでも、痛感しました。趙武様の策が無ければ、風樓礼州王国攻略は無く。戦いで、せめて、趙武様の役にたてればと、精一杯頑張っただけのことです」


「そうか。わかった。ならば趙武」


「はっ」


「風樓礼州王国の事は全て、そなたに一任する。好きにせよ」


「はっ」


「それでな。ついでにだが、岑平含めて、上将軍2人を配下にせよ」


「えっ。それは、どういう?」


「端的に言えば、趙武の使える兵力を20万とするという事だ。そして、これは命令では無いのだが、もしもの時、岑平を守ってくれ」


 えっ。え〜と、どういう意味だ?


「は?」


「岑平を余の跡取りにしろ、と言う意味じゃないぞ。余も、もう長くはない。あ〜何も言うな。自分の体だ。一番良くわかっている」


「ですが」


「それでだ、もし後継者問題起きた時に、岑平が巻き込まれそうになったら、守ってほしいのだ。ああ、自分から、巻き込まれに行ったら別だぞ」


「はい、かしこまりました。自分の力の及ぶ限りであれば」


「うむ。頼む。そして、岑平」


「はい」


「後は、思うように生きてみろ。余の依怙贔屓えこひいきもここまでだ」


「はい、趙武様の下で、引き続き勉強して、少しでも父上に近づきます」


 父上に近づきます? だが、これは、皇帝としてという意味じゃ無さそうだった。おそらくは、武将としてという意味だろうか?



「そうか。頑張れ。で、後継者だが、趙武」


「はっ」


「春になったら、太子の披露目ひろめをするつもりだ。そなたにとっての、世継ぎを決めよ」


「そのような、畏れ多い」


 趙武は、正直にそのような事に巻き込まれたく無かった。本当に、面倒くさい。


「ハハハ、顔に出てるぞ。面倒に巻き込むなと。だがな、嫌でも巻き込まれる事になるぞ。今から、心構えだけは、しておけよ。じゃないと、死ぬぞ。ハハハ」


 陛下も、自分が死ぬ前提を話して、何がおかしいのだろうか? しかし、心構えか。一応、心にとどめて置くか。




 そして、退室しようかと思ったその時だった。岑英が趙武に声をかける。


「そう言えば、風樓礼州王国の女王は、独身だったな。趙武、どうだ?」


「どうだ? と言われましても、会ってもおりませんので」


「そうか。まあ、お互いが良ければだがな」


「はあ」

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