(漆)

 江陽を出発した趙武軍は、途中、春安しゅんあんより発した、岑平シンペイ軍と、合流した。南河からその支流である千久河ちくがに入り川を逆上る。そして、その途上軍議を行った。



「という策なんだ。どう、何か質問ある?」


 趙武は、合流した岑平達に、風樓礼州王国攻略戦の説明をして、岑平達に意見を求めた。


「何とも大胆な作戦ですね。私では、思いもつかない策です」


「まあ実際、僕も自ら風樓礼州に潜入して、実際に岩山駆け下って来た、黒鷲団に出会わなければ、思いつかなかったから、偶然の産物だけどね」


 この話は、半分嘘であった。趙武は、見た時から、岩山を侵入経路としては考えていた。だが、その方法を考えている時に、黒鷲団が、岩山を駆け下って来て、それを実行しようとしているのだった。


「そうですか。って、自ら潜入されたのですか?」


「そうだよ」


「何とも、豪胆な」


「ありがとう」


「いえ……。え~と、それで、我が軍は、どのように動けば? 東方諸国同盟からの援軍の、足止めでしょうか?」


 話を変え、岑平が訊ねた。


「そうだった。東方諸国同盟の足止めは、中林さんを総大将に、馬延の軍と、龍雲の軍の騎兵以外を、公哲さんに率いてもらって、やるつもりだよ」


「でしたら、我が軍は?」


「もちろん、王都風樓礼州攻略軍だよ」


「えっ、よろしいのですか? そんな重要な役目を私がやって」


「もちろんだよ。頑張って」


「はっ、この岑平必ずや、趙武様のお役にたってみせます」


「お役にたってみせますって、僕の配下じゃないんだけどね」


 岑平は、感動にうち震え、その後、决意に満ちた表情を浮かべた岑平は、趙武の言葉を、聞いていなかった。


「まあ、良いか。やる気になってくれたんなら」




 趙武軍は、軍船を王都風樓礼州からは、かなり西の地で下りると、まだこの辺りでは、緩やかになっている斜面を登り、台地を王都に向けて、進軍を開始した。


 龍雲には伝令を送り、決戦の日を打ち合わせる。予定日は決めたものの、悪天候では馬が危ないので、延期とするように伝達した。なので、天候を確認しつつゆっくりと進む。


 途中、中林達と別れ、岑平軍5万と、大将軍趙武、裨将軍呂亜、そして、至恩、雷厳の2将軍率いる趙武軍5万が、王都に向かう。會清の話によると、すでに隣国の物見櫓ものみやぐらから、知らせが隣国に行き、さっそく、援軍の準備を行っているそうだ。


 まあ、前回もそうだったが、東方諸国同盟全体からの援軍は遅くなるから、隣国と近隣諸国から、とりあえずの援軍が派遣される。その数は多くて5万程、充分、中林、馬延で抑える事は、可能であろう。


 途中の街は、無視して進む。警備兵はいるだろうが、風樓礼州軍は、王都に集結している。街の警備軍が、討って出てくるわけでもない。こういう所は、大国だった如親王国とは違う。




 そして、遠く王都の城壁が見えてきた。その部分で、広かった台地は、急激に狭くなる。遠く左手に見えていた、岩山は、王都に向かって迫り、最終的に包み込んでるように見える。昼が迫り、日は高く登っていた。


「この気温だったら、大丈夫だな」


 趙武が、呟く。岩山の上は、寒い。地面が凍結したりしていたら、馬が斜面を安全に下れない可能性も考慮して、朝では無く、昼間としたのだ。





「さて、行こうかな」


 趙武は、全軍に進軍を指示する。いよいよ、王都が目前に迫ると、風樓礼州軍も布陣を開始した。風樓礼州王国の旗がはためく城壁の上には、弓兵が並び、その背後に歩兵も見える。


 城壁の外には、風樓礼州王国の色である、水色の鎧を纏い、水色の長方形の大きな盾を持った、重装歩兵を主力とした、軍が並ぶ。


 王都には、北門、西北西の門、そして、東北東の三門があるのだが、千久河より、急斜面の道を登ると、北門や、西北西の門に通じているのだが、今回そちらはあえて捨てたので、趙武軍、岑平軍は、東北東の門を攻める形に展開している。


 なので、風樓礼州王国軍は、東北東の門を後ろに、重装歩兵が前面に展開し、その後ろに軽装歩兵が並び。そして、一番外、左翼、右翼には、ほぼ同数の騎兵が並ぶ。



「う〜ん。あの距離が、把切朱絶バリスタの射程かな?」


 趙武は、城壁や、門の両脇に設置された把切朱絶を確認する。こちらに攻撃出来そうな把切朱絶は12門程、残りの8門は北側からの攻撃に対して設置されているそうだ。そして、移動出来ないとの事で、今回は、考慮に入れなくて良さそうだ。


 風樓礼州王国軍の戦法は、重装歩兵が敵を把切朱絶の射程に誘い込んで、射撃するという感じなのだろう。さて、どうするか?


 方法としては、あえて一度撃たせて、鉄の杭を準備している間に、敵と混戦に持ち込み、撃たせないという感じなのだろうが。言うのは簡単、実際やるのは、難しい。両軍が布陣を終え、その布陣を見てから少し趙武は考えてと、思っていたのだが、その考え中の時だった。



「わー! 突撃ー!」



 ときの声が響き、趙武は思案を中断し、戦場に意識を戻す。馬上から見ると、敵兵ではなく、岑平軍が動き出していた。


「ヘ〜、やる気だね」



 岑平軍の歩兵の一部、げきを持った兵士達が、盾を斜め上方に構えた兵士を先頭に、蛇行しながら、風樓礼州軍に向かい走る。部隊の最後方には、馬に乗った指揮官が、把切朱絶を注視しつつ指示を出しているようだった。



「バシィーン! ドーン!」


 大きな把切朱絶の発射音が響き渡り、兵士に向かって飛び、地面に鉄の杭が突き刺さる。見事避けた部隊もあったが、直撃を受けた部隊もあり、多くの兵士が弾き飛ばされたり、貫かれ倒れる兵士、掠っただけでも大怪我をして、血が吹き出す兵士。大惨事になっていた。


 だが、岑平軍の届く範囲の、把切朱絶の斉射が終わり、一気に岑平軍が動き出す。距離を詰めると、前方に展開している重装歩兵と乱戦に持ち込もうと、交戦を開始する。



「バシィーン! ドーン!」



 しかし、まばらにはなったが、岑平軍のを撃つために少し後退した弓兵や、動き回っている騎兵が、攻撃の為に動きを止めたりすると、容赦無く把切朱絶が、発射され少なからずの損失が生じていた。


 趙武も、出来るだけ攻撃を分散させるために、雷厳、至恩に攻撃を命じる。数では圧倒している帝国軍は、把切朱絶の攻撃に晒されつつも、前進して、敵を追い込んでいった。


 しかし、そうすると、今度は、城壁上の弓兵の射程に入り、頭上から弓矢による攻撃を受ける。帝国軍の歩兵のうち盾を持っている兵士が頭上に盾を掲げ、攻撃を防ぐ。そして、下から弓兵が、弩で反撃にでるが、城壁に当たるのみで、完全には届いていなかった。



 風樓礼州王国軍は、アトラス断崖の上にあった当時の名残りなのか、弓兵は弩ではなく、弓矢を使う。熟練した兵士でないと使いこなせない弓矢は、弩に比べて、速射性では劣るが、射程と威力で優っているのだ。



 趙武は、把切朱絶の射程外に、荷駄隊とそれを護衛する至恩、雷厳の部(5千人)2部約1万と共に、本陣を築き馬上から戦場を眺め、指揮をとっていた。


 しかし、刻一刻と変化する戦場に伝令を出して対応するものの、やはり時間差があり、それに対してじれ始めていた。そして、前進しようとして、護衛隊長である、帳下督ちょうかとくに止められる。



 だが、その時だった。王都から甲高い鐘の音が響き、叫び声も聞こえてきた。


黒鷲団こくしゅうだんだ〜!」





 風樓礼州王国軍の将軍、慈魏須文斗ジギスムントは、城外に出て自ら軍を率いて、戦っていた。帝国軍は、把切朱絶での損害を最小限にし、前進し、王国軍を押し込んできたが、弓兵の射程に入り、徐々に損害も増えてきた。このままいけば、攻め疲れした、帝国軍を押し返せるだろうと、考えていた時だった、突然背後から、盗賊の襲来を告げる鐘の音が響き、叫び声も聞こえてきた。


 あのどうしようもない馬鹿どもが、そう思い、振り返り、城壁越しに岩山も見る。しかし、そこに見えたのは、黒鷲団などでは無かった。慈魏須文斗の目には、岩山が動いているように見えた。岩山からは、無数の何かが、動き王都に向けて下っていく。


 それは良く見ると、盗賊が黒鷲傘こくしゅうさんと呼ぶ布を広げた無数の騎兵が、岩山から下って来ているのだった。だが、突然の出来事に、慈魏須文斗は、状況を理解仕切れていなかった。


「何だあれは?」





 龍雲を先頭に、騎兵1万が岩山を下る。黒鷲傘を広げているものの、駆け下る速度はかなりのものだった。練習していた岩山よりもだいぶ急な斜面に、途中、滑って落ちるように、王都に入っていく騎兵もいた。


 しかし、ほとんどの騎兵は、何とか馬を操り、3隊に別れ、王都に突入する。龍雲は、1隊を率い、帝国軍が押し寄せている側の城壁に降り立ち。もう1隊は、反対側の城壁に、そして、もう1隊は、直接王都に降り立ち、落ちた騎兵を助けつつ、城内の兵士と交戦を開始する。



 龍雲は、周囲の騎兵と共に、城壁の上の兵士を蹴散らしつつ、巧みに馬を操ると、把切朱絶の設置場所にも、馬で突入し、操作兵を殺すと共に、把切朱絶の弦を切る等して、破壊する。さらに、名乗りを上げて挑んできた、男を矛で一撃に倒す。


「我こそは、風樓礼州軍、歩兵隊長、流輝有珠ルキウスだ! 尋常に勝負」


「俺は、趙武軍将軍龍雲。さあ、行くぞ!」





 趙武は、龍雲の騎兵の突入を見ると、馬を走らせ、前進する。慌てて、護衛隊と、5千あまりの兵士が続く。


「雷厳、至恩。前進だ!」


 そして、趙武自ら指揮して、岑平軍、至恩軍、雷厳軍が、城壁に迫る。趙武にしては珍しく、かなりの力攻めだが、龍雲軍の突入で混乱している風樓礼州軍は、あっさりと押し込まれていった。城壁に梯子はしごが掛かり、破城槌はじょうついによって、城門が破壊され、帝国軍が城内に侵入する。



 すると、風樓礼州軍から、複数の叫び声があがる。


「降伏だ、降伏する!」


 すると、風樓礼州軍の兵士達は、武器を投げ捨てた。降伏の意思を示す。その瞬間、帝国軍も動きを、止めた。



「終わったな」


 趙武は、呟く。



 こうして、風樓礼州王国、攻略戦は終結することとなった。

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