(伍)

「大岑帝国大将軍、趙武の使いの者です」


 會清は、門番らしき男に声をかける。


「2人か? まあ、良い。話は聞いている。ついて来い」



 そう言って、男は歩き始める。剣を外せとも言われない為、剣を佩いたまま、男の後ろを進む。ちょっと、油断しすぎじゃないか? 黒鷲団こくしゅうだん



 黒鷲団の隠れ家と聞いて、どこかの洞窟とか、森の中の隠れ家を想像していたのだが、場所は、王都から程近い、田舎の村外れにたたずむ、大きな屋敷。


 王都と異なり、こちらは、石積みの家で無く、大岑帝国だいしんていこくと変わらぬ家の作りになっている。その一番奥、恐らくは書斎しょさいの前で、男は立ち止まる。


兄者あにじゃ、大岑帝国の使者が来たぞ」


「良いぞ。入れ」


 中から、想像していたよりは、若い男の声がする。案内の男が扉を開ける。中は、十畳程の書斎だが、書物は無く、壁には、武具や馬具が並べられていた。そして、部屋の奥窓際中央に床几しょうぎに座り、剣を磨く男がいた。自慢の剣なのだろうか? 男は、剣を掲げ、剣の磨き具合を確認しつつ、話始める。


「お前が、大岑帝国の使者か?」


「そうです。正確には、大将軍趙武様の使者です」


「趙武? 今まで、王都を攻めてたのとは違う将軍だな。役たたずを首にして、新たな大将軍を派遣したのか?」


「そのような感じです、詳しい事は話せませんが」


「ふん、まあいい。それで、何のようだ?」


「はい、わたしは、趙武大将軍の幕僚ばくりょう長史ちょうしであります、會清と申します。ええと、何とお呼びすれば良いですか?」


「ああ、わりい、俺の名は、黒鷲団こくしゅうだん首領しゅりょう鳳錬ホウレンだ、でこいつは、弟の鳳尊ホウソンだ。」


「では、鳳錬様。趙武様より、今度の風樓礼州王国フローレスおうこく攻略戦時、助力を願いたいとの事です」


「ふん。なぜ俺たちが、母国の攻略に手を貸さねばいけないんだ?」


「しかし、黒鷲団は、義賊なのでしょう。噂で聞いたところによれば、圧政に苦しむ、黒髪黒眼の民に、支配者である銀髪碧眼の裕福な商人から、奪って分け与える為に結成されたと。大岑帝国は、黒髪黒眼の民の国ですよ」


 こう言いながら、會清は、肝心の大将軍趙武は、銀髪碧眼なのだが、大丈夫だろうかと、不安になった。


「ふん。噂は噂だ。別に俺達は、そんな格好良い存在じゃない。確かに黒髪黒眼の国になれば、俺達は、嬉しいが、それで、黒鷲団に何の得がある?」


「そうですね。大岑帝国は、黒髪黒眼の民の国ですが、人種に分け隔て無く、能力次第で出世が可能です。なので、あなた達も能力次第ですが、軍で、活躍出来るようになると思いますよ」



 鳳錬は、一生懸命考えながら、會清の話を聞いているようだった。會清は思う。純粋で仲間思いの良い首領なのだと、だが、このままだと、長生きは出来なそうだなと。


「うっ、ぐっ。だが、信用出来ないな。そうだ、大将軍趙武だっけ。本人に確認しないとな。あんたが、言ってる事は口先だけかもしれないしな。まあ、今度は、俺を呼び出して、殺すかもしれないけどな」



 その時だった。會清の隣で佇んでいた、男が発言をする。銀髪碧眼の長身の男。商人風の出で立ちに、會清を案内してきただけの男だと思っていたのだが。


「そんな事はしないよ。あっ、僕がその大将軍趙武。よろしく」


「えっ! はっ?」


 鳳錬と、鳳尊の兄弟は、あまりの出来事に啞然としていた。そりゃそうだ。會清は、前日の出来事を思い出した。



「趙武様、黒鷲団の首領と会う手配がつきました。明日みょうにち会って参ります」


「そっ、僕も行くよ」


「えっ、いや。危のう御座います」


「大丈夫だって。向こうだって、帝国の大将軍殺したら大問題になるし」


「いや、そういう問題では無く。前例がありません」


「うん。で?」


「は?」


「まあ、前例が無くても、僕には関係ないし。それに」


「それに?」


「その方が、交渉、早そうだしね」


「はあ~。わかりました。周囲に手の者を配置して、出来るだけの事はします」


「よろしくね」


 こうして、趙武、自ら来たのだった。




 ようやく、茫然自失状態から回復したのか、黒鷲団首領、鳳錬が話始める。


「だ、だ、大将軍が来るわけ無いだろ。そうだ、偽物だろ」


「偽物じゃないよ。まあ、証明する方法も無いけど、まあ、信じてもらうしかないかな」


 すると、鳳尊が、


「そうだよ、兄者。大将軍自ら来るわけが、ないよ。だって、もし俺達が大将軍殺したら、大問題になるぞ」


「ああ、御心配無く。あなた方に負けるようなやわな存在じゃありませんし、それに、何の対策もせずにここには来てませんよ」


 すると、慌てて鳳尊が部屋から飛び出して行く。そして、しばらく経って飛び込んでくる。


「兄者、囲まれている。あっちの林にも、裏の山にも人の気配がする」


「なんだって! くっ」


 趙武は思った。それは、気のせいだろうと。會清の手下は、気取けどられる程の間抜けじゃないし、取り囲むほどの人数もいない。まあ、良いか。鳳錬が、訊ねる。


「で、その大将軍が何のようだ?」


「いや、だから會清が言ったように、助力してって」


「銀髪碧眼の大将軍を、信じろと言うのか?」


「大岑帝国では、人種関係無いからね。だから僕でも、大将軍になれた。因みに金髪金眼の北方民族の大将軍もいるよ」


「えっ、そうなのか」


「そう、それに、直接会ったほうが、交渉も早いでしょ」


 黒鷲団の頭領鳳錬は、完全に趙武に圧倒されているようだった。


「だが……」


「そう言えば、黒鷲団って、どうして、出来たの?」


「えっ! ああ、黒鷲団は、元々は自警組織だったんだ」


「なるほど」


「この地で、俺達の先祖は、何にも縛られず、馬を駆り、野山の幸を採って暮らしてたんだ。それなのに、銀髪碧眼の民が、大量に来て、勝手に国を興して、風樓礼州王国等と言って」


「支配されて、苦しんだと」


「いや、別に。弾圧されたり、殺されたりしたわけじゃないが」


「ふ~ん」


「だけど彼奴等あいつらは、先祖伝来の土地を勝手に、国にして。親父達おやじたちは、今の暮らしで満足しているが、俺は、俺達は」


「風樓礼州王国が、許せないと」


「ああ」


「だったら、一泡吹かせてみない?」


「えっ。だけど」


「自分のせいで風樓礼州王国の民が、たくさん死ぬのは、許せないと」


「ああ。当たり前だろ。嫌でも自分の国だし」


「だったら、なおの事、僕に助力をしてくれなう。僕自身、銀髪碧眼の民だし、風樓礼州王国の損害を出来るだけ最小限にしたいと思ってるから」


「なるほどな……。わかった。俺達は、何をすれば良い?」


「そうですね。まずは、王都に乗り込んだような、あの素晴らしい馬術を、練習する場所ってある?」


「ああ、それだったら、俺達が王都の連中には見つからないように、練習している場所が、ある。まあ、軟弱な風樓礼州の奴らは、進入出来ないけどな」


「そうですか。じゃあ、そこまで、風樓礼州王国軍に見つからずに、進入出来る道はある?」


「えっ? 風樓礼州王国軍に見つからずにって、どこから?」


「もちろん大岑帝国から」


「それだったら、船で南河支流の千久河ちくがを逆上って、王都近くまで行かずに、隣国の国境越えてすぐの所で降りれば、見つかり難いけど。数は?」


 千久河は、趙武達も乗って来た船が、通って来た河だ。


「う〜ん。騎兵1万かな」


 趙武は、龍雲配下の騎兵全軍を、練習させるつもりでいた。しかし、そんな大軍見つからずに入れるのだろうか? 會清は、思った。


「えっ、そんなにか。鳳尊。何かあるか?」


「兄者、あれはどうだ。甲麗川こうれいがわと、あの隠し水路」


「ああ、あれか。甲麗川って千久河の支流なんだが、それが、その近くを流れてるんだ。水深浅いから小舟しか通れ無いけど」


「それで?」


「ああ、そこに昔の黒鷲団が作ったって言う、隠し水路があって、岩山近くに通じているから、見つかり難いかもな」


「じゃあ、それでいこう。後は、あの馬に付いてた装置って?」


黒鷲傘こくしゅうさんの事か?」


「そう、それかな? 馬がゆっくり落ちていったの」


「ああ、黒鷲傘だ。本当は、上昇気流使って、馬で急斜面登ったり、急斜面駆け下る時に、速度を落とすための両方に使うんだけどな」


「へ〜。頭良いな作った人。それって、どのくらいで、用意出来る?」


「構造は単純だし、職人がいれば、そんなにかからず出来ると思うぞ」


「じゃあ、作っている職人を紹介してもらって」


「いや、みんな自分達で作っているから、その中で上手いやつは……。そうだよ、鳳尊、教えてやれよ」


「わかった。兄者」


「よろしく。さて、準備開始するか。會清繋ぎよろしく」


「はっ。で、趙武様は?」


「僕は、しばらく王都に居て」


「居て?」


「葡萄酒を堪能たんのうしているよ」


「はあ?」





 こうして、風樓礼州攻略戦の準備が始まった。會清は、配下を江陽こうように送り、龍雲を呼び寄せた。そして、龍雲麾下の騎兵も少しずつ、密かに入り込む。


 鳳鍊の弟鳳尊も、會清配下と共に、江陽に行き。呂亜ロア達が職人を集め、黒鷲傘の作成を開始した。そして、さらに趙武の伝言が伝えられ、呂亜がぼやく。


「2か月で1万個と予備を作って」


「全く、趙武は、勝手に居なくなって。かと思ったら、無茶言って」





 だが、本当に大変だったのは、


「くっ、うっ、ぐっ」


 龍雲が、顔を真っ赤にして、馬を、操る。馬の鞍には、黒鷲傘が付いて、馬の速度を、抑えていた。龍雲の乗り方を見て、鳳鍊が注意する。


「龍雲さん。王都の岩山はここより急斜面だぞ。もっと、ちゃんとしないと。それに、乗り手が怖がったら、馬も恐がりますよ」


「だってさ。頑張って龍雲」


 趙武は、岩山の下、會清と共に、岩山を見上げ練習を見ていた。かたわらには、葡萄酒の素焼きの壺があり、それを濾して、冷たい水で割って飲んでいた。



「趙武さんは、気楽で良いですね。だけど、この傾斜見てくださいよ」


「まあ、頑張ってよ。龍雲期待しているからさ」


「はあ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る