(肆)

「はあ~」


 呂亜ロアは、趙武の執務室で、大きなため息をついた。手には趙武の書き置きがあった。そこには、


風樓礼州フローレス王国に行って来ます。後は、よろしく」


「全く。まあ、趙武だったら大丈夫だと思うが……」





 趙武は、王都、風樓礼州の元家げんけの支店にいた。周囲には、會清と、風樓礼州王国にいた會清の手の者。



「ふーん、王宮は真ん中にあるのか」



 趙武は、王都、風樓礼州の地図を見ていた。王都は、完全な円形をしていて、城壁が半円形に存在し、岩山と繋がっていた。さらに、岩山も半円形に削ったのであろうか? 


 街の中央に王宮があり、道は、同心円状と放射状に走っている。城壁を突破し中に入ってしまえば王宮まで、一直線、攻略は容易なように見えた。ただし、城壁を越えられればだったが。



 趙武は、城壁に目を移す。高さは約3じょうしゃくすん(約8m)、幅は1丈5尺5寸(約3.6m)、そして、城壁と岩山は約1丈(約2.3m)程の段差になっていた。そして、厄介なのは、城壁に20門ほど設置された、鉄のくいを放つ


把切朱絶バリスタと言うそうです」


 作成した刀工とうこうから情報を手に入れていた。仕組みはほぼと同じだが、大きさが巨大で、固定式であり、弦は動物のけん等を使っているそうだ。そして、約3尺5寸(約80㎝)程の鉄の杭を放つ。


 弩と同じように、そんな経験がなくても使用することが出来るようだ。


「う〜ん。どうやって無力化するかだな」



 さらに、軍の編成に関しても、しっかりと調べられていた。


「ふ〜ん。やっぱり騎兵は、少ないんだね。で、重装歩兵じゅうそうほへい?」


 風樓礼州王国軍は、帝国が騎兵の割合が、2割程なのに対して、約半数の1割程だった。そして、主力は歩兵なのだが、歩兵の3分の1が、重装歩兵と書かれていた。


「はい。大きな四角い盾を持った歩兵で、部隊ごとに、亀の甲羅のように、前後左右、そして、上方を覆って、弩の攻撃を防ぐのです」


「へ〜」


 面白い、軍の編成が独特だ。恐らくは、昔からの、伝統なのだろう。



 こうして、ある程度の情報を得た趙武は、


「ちょっと街中歩いてみるか。會清付き合って」


「はい、かしこまりました」





 趙武と、會清は連れ立って王都を歩く。趙武は、商人風の服装だが、剣をき。會清は、鎧は着けて無かったが、護衛の兵が良く着る軍装をまとい、同じく剣を佩いていた。



 帝国の家は、天日干しか、焼いた煉瓦れんがを積んで、貝殻をすり潰し、白い粉にした物を塗って白くし、上部は木で作られた家が多かったが。


 風樓礼州は、岩山を削った岩で作ったのか、石を積んで固めた家がほとんどであった。流石に内部は、帝国と同じく、木製の製品が置かれていたが。



 2人は、王宮に向かう。王宮は、比較的簡素な作りで、3層の作りの石造りで、周囲には外の城壁よりは、小型の城壁が覆っていた。趙武は、王宮の周囲をぐるっと一周した。


 放射状の道は、12本走っていて、城壁にある三門は、王宮から見て、中央の門を12時方向とすると、右側の門が2時方向、左側の門が、10時方向に見えた。王宮の外周道路から、各門が、大通りの先に、よく見えた。



「今度は、岩山の方行ってみるか」


「はい」


 2人は、6時方向の道を通って岩山方面に向かう。岩山は、全体的に急斜面になっていて、さらに削られた部分は、垂直に切り立っていた。


 趙武は、岩山周囲をゆっくり端から端まで歩く。すると、


「うん、やっぱり、ここだよな」


「何がですか?」


「攻略の肝だよ」


「えっ」



 會清は、岩山を見上げる。切り立った崖と、その上方の急斜面。とても、歩けるようには見えなかった。だが、會清は思う。趙武様には、我々には、見えない世界が見えているのだろうと。



 さらに、ふらふらと趙武が、歩き始め、慌てて會清が追う。日はまだ高かったが、かなり長時間ふらふらと、歩いていた。



 趙武は、時々立ち止まっては、方向を確認して、店を覗く。そして、また、ふらふらと歩く。そして、


「うん、この店だ」


 そう言うと、趙武は店の中に入る。


「御主人、ここの店の2階で、飲めるか?」


「はい、どうぞ、どうぞ」


 2人は、2階に上がると、外の見える席に座る。趙武の視界には、街並みと、少し離れて城壁と岩山の境が、見えた。



 しばらくすると、店の主人がやってくる。


「何にしましょう?」


 趙武が訊ねる。


「何があるんですか?」


「飲み物だと……」


「いや、それはお酒で」


 すかさず、返事する趙武。


「でしたら、濁酒だくしゅ昔酒せきしゅ清酒せいしゅ葡萄酒ぶどうしゅですね」


「葡萄酒?」


 趙武は、始めての言葉に疑問符が浮かぶ。


「はい、葡萄って果物を絞って発酵させたお酒です」


「へ〜、じゃそれください。後は、酒のつまみを適当にみつくろってください。で、會清はどうする?」


「わたしは、普通に清酒を頂きます」


「そっか。じゃ、それで、おねがいします」


「かしこまりました」



 少し待つと、徳利とくりに入った清酒と、素焼きの壺に入った葡萄酒が、運ばれてきた。


「葡萄酒には、茉莉花ジャスミンや、肉桂シナモンで香り付けしてあるので、して、水で割って飲んでください」



 趙武は、素焼きの壺を持ち上げ、はいに、葡萄酒を濾し網を通して注ぐ。澄んだ黄色い、やや粘着性のある液体が、注がれる。茉莉花や、肉桂の香りや、果物の甘く爽やかな香りが立ち上る。少し冷たい水で割ると、口に運ぶ。


 口の中に甘く、果実香溢れる、ちょっと酸味のある味が広がる。これが葡萄酒か。意外と好みだな。



 さらに、おつまみが運ばれてくる。


「はい、おつまみね。血のソーセージと、キャベツの酢漬け、レンズ豆のスープね」


 趙武の目の前に見慣れぬ料理が並ぶ。


「血のソーセージ?」


「そう。豚の血液と、肉を刻んだやつを腸に詰めて、茹でたやつね」


「へ〜」


 趙武は、ソーセージを口に運ぶ。口の中に、軽い弾力を感じた後、豚の肝を濃厚にしたような味がする。


「意外と美味しいですね」


 會清も気に入ったのか、パクパクと食べつつ、料理を褒める。


「そうだね」


 趙武は、葡萄酒を飲みつつ、おつまみを食べる。


「風樓礼州の酒家も、良いね」


「はい」


 しばらく飲んでいると、仕事が終わった人々が集まって来たのか、酒家が賑わってくる。


 そして、店に置いてあった物か、それとも誰かが持ち込んだのか、楽器の音が響く。


「ボンボンボンボン」


「今日の仕事も大変で〜、明日の仕事も頑張るよ〜」


「下手くそ、やめろー」


 等と、客同士で騒いでいる。


竪琴たてごとだね」


「竪琴ですか?」


「ああ、アトラス断崖だんがいを越えた地方の楽器だよ。西京の祖父の家にあったな」


 そう言いつつ、趙武は、立ち上がり、飽きられて置かれた竪琴を拾い上げると、席に戻る。そして、調律すると。



 趙武は、竪琴を爪弾きながら、歌い始めた。優しく朗朗とした声が酒家に響く。題名は銀の女王。要するに、風樓礼州王国の女王を讃えて、吟遊詩人が唄った唄だった。


「銀の女王は旅に出る。大いなる祖国は荒らされる。民と共に旅に出る」


「銀の女王、あなたは進む。慕いし民と共に進む。豊かな祖国は、今は無く」


「銀の女王、辿り着く、懐かしい祖国は遥かなる。新たな母国を、胸に抱く」



 趙武が、唄い終わり竪琴を置くと、店内から拍手が沸き起こる。酒家の客が立ち上がり、趙武に挨拶に来たり、酒や、おつまみを置いていったり、さらに、他の唄が唄えるか訊ね、趙武も知ってる唄だったら、唄った。しばらく、酒家は、趙武の音楽会会場のようになった。


「う~ん」


「どうしたんだ、會清?」


「いや、どこからどう見ても、元家の若旦那だなと、思いまして」


「どういう意味だよ」


「いや、店を抜け出して、酒家で昼間から酒を飲み。竪琴を爪弾いて、優雅に唄う。完全に、大商家のぼんぼんの若旦那ですよ」


「なるほど」


「それに、風樓礼州王国の話、知っていたんですね?」


「いや、唄は子供の頃、祖父の家で聞いたから知っていたけど、詳しい話は知らなかったよ」


「そうでしたか」



 ふと外に目をやると、日が傾いて少し朱に染まり始めていた。


 その時だった。馬の、いななきと、駆け回る音、そして、激しい鐘の音が聞こえてきた。


黒鷲団こくしゅうだんだ〜!」



 すると、趙武の目に、岩山を馬に乗って駆け下りて、城壁の上に降り立った数騎の騎兵が見えた。窓から覗き見ると、急斜面の岩山を下る騎兵が、続いていた。


 騎兵は、城壁を少し走ると、内側にある階段を駆け下りて、街中に入ってくる。趙武は、感心して声をあげる。


「凄い馬術だね」


「盗賊ですかね?」


 會清は窓から覗き込んで、騎兵たちを確認していた。


 しばらく、街中に、馬の駆け回る音、怒声や、戦闘音、鐘の音が響き渡る。そして、


「ピュー!」


 良く響く、指笛ゆびぶえの音が響くと、騎兵は次々と、城壁の階段を駆け上る。集結したのかその数は、50騎を超えていた。何故か、数騎の騎兵は後方を向いて座っている。


 そして、そのまま、城壁の外に飛び降りた。その時だった。馬の鞍の4ヶ所に留められていた。黒い大きな布が、騎兵の頭上前後左右に大きく広がり、馬の落下速度が遅くなる。


「見つけた」


 趙武は、呟く。そして、


「さっきの黒鷲団だっけ? あれと接触したい、居場所を探って」


「かしこまりました」


 城壁の方からは、把切朱絶の発射音であろうか。激しい音が響いていた。なるほど、それで、後ろ向きに座っている騎兵がいたのか。黒鷲団、味方に、いや、せめてあの技術が手に入られれば。


 趙武は、黒鷲団が消えた、薄暗くなった城壁を眺めていた。

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