(参)

 大将軍会議の議題は、呂鵬ロホウ大将軍の移動と、如親王国攻略戦の話が、中心だった。どうも、呂鵬大将軍は、陛下がそばに置いて置きたかったようで、岑瞬シンシュンがいた駐屯地に移動し。岑瞬、興魏コウギ王正オウセイがやや遠ざけられた形で、如親王国攻略戦に集中させられたようだった。



 そして、如親王国攻略戦だが。


「敵は、全軍で30万。耀勝ヨウショウが、いかに策を巡らせても、こちらは、総勢67万。一丸となって攻めれば、問題ないでしょう」


 と、岑瞬。今回は、陛下の命令で攻める事になったので、議論の始まりがどうやって攻略するかになっているようだ。ただ、


「ところで、趙武は、どう思う?」


「趙武君は、今のところ、どう考える?」


 凱炎ガイエン大将軍と、呂鵬大将軍に度々意見を求められ、どうやら、攻略の作戦を考えている。岑瞬の目が、どんどん険しくなっていく。ああ、居心地悪い。



 だが、


「前回の戦いと同じように、用水路や、運河を使った奇襲作戦があるかもしれません」


 とか、


「同じ手は使わないと思いますが、街中に兵を潜ませて、夜襲を行うかもしれません」


 等と、思いつく限りのな、発言はしてみた。


 凱炎、呂鵬、条朱ジョウシュ廷黒テイコクの四人の大将軍は、うなずきながら聞き。王正、岑瞬の顔は、苦虫を噛み潰したような顔になった。興魏大将軍は、じっと目をつむって聞いている。何を考えているのだろうか?





 大将軍会議が終わり、趙武は、至恩、龍雲と江陽こうよう料理の酒家に行く。どうやら趙武は酸っぱくて辛い料理を気に入ったようだった。


「酸っぱ! 辛っ!」


 至恩が、珍しく激しく反応する。


「義兄さん、大袈裟おおげさですね。美味しいですよ」


「気に入ったようで、良かったよ、龍雲」


「これ、本当に旨いですね」


 パクパクと勢い良く食べる趙武と、龍雲。清酒と、米を使ってなんとか食べる至恩。そして、また食が、満たされると、ゆっくり飲みつつ話を始める。


「それで、新たな軍勢だけど」


 趙武の問に、至恩と龍雲が、経過を説明する。


「ああ、趙武が、会議出ている間に、郊外の仮の駐屯地に行って、様子見てきたよ」


「はい、俺も義兄さんと一緒に行って、配下の、校尉をそのまま、配置してきました」


「そうか、御苦労様。だけど、今度は、江陽に引っ越しなんだよな。だから、2人には、悪いんだけど、もう少し仮の駐屯地で、待ってて欲しいんだ。そして、天港てんこうの方と、時期を合わせて移動して欲しい」


「わかった。どのくらいだ?」


 至恩が訊ねる。


「う〜ん。僕が戻って、4日位だろ。準備して1週間くらいか? 船で移動して、南河なんがを上って江陽まで10日位かな? 3週間後に江陽かな? 移動手段は、任せるよ。船手配しても、街道を歩いても」


「わかった」


「かしこまりました」


 至恩と龍雲が承諾する。そして、


「そう言えば、會清いないな」


 至恩が、會清がいない事に気づいたようで、声をかける。


「ああ、先に江陽に行ってもらったよ。先の事もあるしな」


 趙武は、風樓礼州王国攻略についても、考えを巡らせつつ答える。


「なるほどな」






 趙武は、天港に戻ると、上級幕僚と、裨将軍、将軍を集めた。


「今度は、だいぶ内陸の江陽に行ってくれってさ、で、風樓礼州フローレス王国の攻略を命じられたよ」


「江陽?」


 雷厳が、首を傾げる。


「南河を逆上って、大京を越えたさらに上流だよ」


「遠いな」


 今度は、呂亜が呟く。陵乾は、すでに頭を切り替え、


「しかし、行かないといけませんからね。前回と同じく船で向かいますか?」


「ああ、だけど。今回は、兵士も増えたし、船が足りないかもしれないな。借りられる商船等も調達して、足りなかったら往復かな」


「かしこまりました。早速、準備にかかります」


 と言って、出て行こうとする陵乾を、趙武は呼び止め、


「そうだ。陵乾は、最後まで残って指揮をとって、馬延も置いていくから」


「かしこまりました」


 そう言って、陵乾は出ていき、


「と、言う訳で、馬延、天港の安全確保よろしく」


「はっ、かしこまりました」


 馬延も出ていった。そして、


「呂亜さん、中林さん、雷厳。さあ準備急いで、我々は、江陽に先に入るよ」


「わかった」


「はい、かしこまりました」


「おう!」






 それから、1週間程後、趙武はロンホイ湾を渡る船の甲板に横たわっていた。



 趙武は、遠く見える大岑帝国、第2の大都市、龍会ロンエの街を見つつ、ボーッと考える。海鮮料理美味しかったよな〜。今度は、江陽、南河の近く。また、川魚だろうな。種類違うのかな? 泉水せんすい、天港、江陽。魚醤ぎょしょう味、塩味、次は、酸っぱ辛いか。



 そんな事をかんがえていると、趙元が近づき声をかける。


「兄さん、御苦労様です」


「ん?」


 趙武は、顔だけを上げ、そちらを見る。


「なんだ、趙元か。悪いな、急に移動になって。次の江陽でも、同じように、頼むよ」


「はい、かしこまりました。でも、かえって良かったですよ。西京も近くなったし。妻の実家も西京の近くだからね」


「そっか」


 趙武は、頭の中の地図を確認する。確かに天港と西京は、カナン平原の東の端と、西の端だ。だが、江陽と西京も、まだ距離があるように感じるが。


「時間が出来たら、里帰りもしてくるよ。兄さんは、無理だよね。長期間休めないだろうし」


「そうだな。まあ、帰ったらよろしく言っておいてくれよ」


「わかりました」





 趙武は、江陽に入る。


 江陽、南は南河に面し、水門となっている。さらに、南河の水が江陽の城壁の外に引き込まれ、珍しい水堀みずぼりとなっていた。東、北、西に門があるが、橋が掛かっていて、橋を落とすと、水堀と高い城壁が鉄壁の城塞じょうさい都市としている。



 江陽の主城楼はとても立派だった。江陽楼と呼ばれ、5層7階の大楼閣となっていた。


 また、趙武は、その最上階に大将軍府を作ると眼下を見下ろした。南の水門は、ひっきりなしに船が出入りし、逆の北門からも、数多くの馬車が出入りしている。


 南河を通って運ばれて来た物が、西京はじめとする、北の諸都市に運ばれ、逆に北部の農産物、特産物が、南河を使って運ばれていくのだ。



「さて、暇になったな」


 趙武は、自分の執務室に江陽周辺の地図を張り、眺めていた。呂亜、陵乾、中林が仕切り、引っ越しの方は順調に進んでいる。


 軍の方は、至恩、雷厳、龍雲、馬延が、指揮し、配備を進めている。一応、編成に関しての注文をして、騎兵、歩兵、弓兵の数の調整はしたが、それも終わった。


 だいたい、一軍(2万5千)の中で、騎兵は2割、弓兵が1割5分と決まっているのだが、その編成をいじったのだ。簡単に言うと、龍雲の軍を騎兵中心とし、雷厳は歩兵、馬延は弓兵。という感じにした。



 なので、暇になった。軍の訓練でも見に行こうかと思った、その時、會清かいせいが執務室に入ってきた。


「江陽での仕事終わりましたので、風樓礼州王国を探って参ります」


「そうか」


 風樓礼州王国、銀髪碧眼の民の国。そして、趙武は、思いつく、良い暇つぶしを、


「僕も、行こう」


「へっ? 今なんと」


「僕も行くよ、風樓礼州に」


「いけません。何考えてるんですか! 大将軍自ら行くなんて、出来るわけないでしょう」


「大丈夫だよ。銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの民の国でしょ、僕だって目立たないし、良い考えだと思うけど。だって、僕は、どこかのぼんぼんなんでしょ」


「そうですが。だけど、怒られますよ。皆、忙しい時に」


「僕は、暇だよ」


「はあ~。言っても無駄ですか」


「うん」


 趙武は、執務室に書き置きを残すと、そっと執務室を後にした。





 船は、南河の支流を逆上って、風樓礼州王国の船着き場に到着する。係官が船に入ってきて、荷物の検査と、人員の確認。


西京さいきょうの大商人、元家げんけ若旦那わかだんなね。え~と元武げんぶさん。はい、どうぞ」


「まあ、若旦那って言うより、馬鹿旦那だけどね。僕は」


「ハハハハ、面白い人だ。どうぞ、入国許可証です」


「ありがとう」



 上陸すると、馬を下ろし、荷車を組み立て、荷馬車にして、荷物を詰め込む。何台もの荷馬車が、両脇に護衛の兵を従えて進み始めた。そして、しばらくすると、急勾配が見えてきた。急勾配を登るための、つづら折りの坂道を通って台地にある、王都風樓礼州を目指す。



 趙武は、馬にまたがり、最後方を、隣に護衛の格好をした、會清を伴って進む。趙武は、ワクワクしながら、會清に話しかける。


「いよいよだな、風樓礼州」


「来ちゃいましたね。大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だよ、きっと」


 不安そうな會清をよそに、自信満々の趙武。



 そして、坂を登りきると、風樓礼州王国、王都風樓礼州が見えてきた。背後に岩山を従え高い城壁が見える。城壁は、背後の岩山で切り出された石を使用しているのか、同じ色をしていた。



「形が違うな」


「ですね」


 大岑帝国の城壁は街を、四角く覆っているので、真っ直ぐに見えるが、風樓礼州の城壁は、弧を描いているように見えた。


「という事は、街は円形なのか?」


「そう、見えますね」



 いよいよ街が近づいて来る。城門の上には、見張りの為のやぐらである、城楼じょうろうは無く、左右に、上方に窓の開いた塔が建っていた。そして、その窓から、光の角度によっては、キラッと光る物が見えた。


「あれが、鉄のくいを打ち出すかな?」



 城門の前には列が出来ていた。しばらく並んでいると、趙武の順番が来た。


「元武さんね。西京からわざわざようこそ」


「はい、ありがとうございます」



 こうして、趙武は、城門を潜り、王都風樓礼州に入った。

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