(弐)

 大将軍会議の為に、帝都大京ていとだいきょうに向かう。同行するのは、兵を率いる為に、至恩と龍雲、そして、その配下の裨将ひしょうに、校尉こうい。さらに、幕僚の會清と、典張テンチョウ。後は、護衛の兵だ。


 護衛兵で同行しているのは、十名程であったが、それ以外の護衛兵は、街道沿いの安全確保、宿泊する宿の手配。さらに、のんびり旅行しているのではないので、早駆はやがけしつつ、ある程度走ると、馬を替えて進むのだが、その手配等。護衛隊長である、帳下督ちょうかとくの下、慌ただしく動き回っていた。もちろん全員が、騎馬であったが、馬を自由自在に操り駆け回る。



 この当時の馬は、農耕用の馬は、古馬こばと呼ばれる、元々カナン平原に生息している、身の丈6尺(約138cm)程の、小さいが、力の強い馬が使われていたが。


 軍の馬は、わざわざ、北河を越え、北方ユレシア山脈の西の端のふもとに生息していた、身の丈8尺(約184cm)程の、体が大きく、足の速い馬を捕らえて、繁殖させ増やした、汗血馬かんけつばと呼ばれる馬達だった。


 この汗血馬は、持久力にも優れ、1日千里(約500km)を走ると言われている。初期、岑国しんこくが拡大したのは、この汗血馬を得たことによってだったが、近年は他国も汗血馬を不足なく所持していて、騎馬兵と言えば、汗血馬の騎兵となっていた。


「上手いよな、馬の扱い」


 龍雲の巧みな馬術を見て、趙武は呟く。もちろん、趙武も、馬術をこなし上手いほうだと思うが、それでも、筋肉や、骨格の違いもあり、龍雲達のように、馬と一体になって疾駆する感じではなかった。馬の扱いでは、黒髪黒眼のカナン平原の民に一日の長があるように思えた。


「どうしました?」


 並走していた龍雲が、趙武に声をかける。


「いや、馬の扱いが上手いと思ってね」


「そうですか。でも、昔から乗っていた訳では、ないんですけどね。乗り始めたのって、軍官学校行ってからですし」


「そうなのか」


 すると、今度は、反対側から、至恩が馬を寄せて、話に加わった。


「龍雲には、至家の管理する名馬の中から、特別良い馬を贈ったから、それもあるぞ」


「ありがとうございます、義兄にいさん」


 そうだった。龍雲は、至恩の妹、至鈴花シ・リンカと結婚したから、義理の兄弟か。


「龍雲、良いな〜。友達なのに、僕には無いのか?」


「趙武は、大将軍。総大将だろ。直接の戦いは、俺たち将軍に任せて、指揮に専念すれば良いんだよ」


「そうか? そうだな」


 こんな軽口を叩きながら進む。





 そして、大京に4日ほどで到着すると、さっそく、趙武は、陛下からの呼び出しを受けた。



 皇宮玉座こうきゅうぎょくざの間、玉座には、大岑帝国皇帝、岑英シンエイが座り、左右には、宰相、斎真サイシン、筆頭大将軍、興魏コウギ、近衛禁軍将軍の塔南トウナンが控える。で、趙武と共に、御前に控えるのは、大将軍の条朱ジョウシュ廷黒テイコク、そして、将軍の岑平シンペイ風樓礼州フローレス王国攻略組だった。


 岑英が、ゆっくりと話始めた。


「条朱、廷黒、負けたそうだな」


「はい。申し訳ありません」


 条朱が、謝罪すると、廷黒も、


「風樓礼州の地は、難攻不落の要害にて、我が策及ばず、不甲斐ない限りです」


 それに対して、岑英は、


「負けるのは仕方がない。それに、決断も早く、損害も多くない」


「はい、ありがとうございます」


 廷黒が返答する。岑英が話を続ける。


「だが、3度目の敗北で、条朱、廷黒の軍は、風樓礼州王国には、もう勝てないだろうな」


「いえ、次こそは必ず」


「そうかも、しれません」


 条朱、廷黒が相反あいはんする返答をする。


「うむ。廷黒は分かっているようだが、軍に、風樓礼州王国に対する苦手意識が生まれているのだろう。詮無せんなきことよ」


「はっ」


 条朱、廷黒は、悔しそうに、返答する。そして、


「でだ、趙武」


「はっ」


「お前に、風樓礼州王国攻略を任せる」


「僕に、いえ、わたくしにですか?」


「そうだ。やれるか?」


 さて、やれるか? と、言われて出来ませんとは言えない。だが、単独でやるのか?


「わかりました。全身全霊をかけて、攻略してみせます。が、我が軍、単独でしょうか?」


「頼むぞ。そうだな。今まで20万の大軍で攻めてたのに、10万で攻略せよ等と、余も言わぬぞ。それでだ」


「廷黒、条朱」


「はっ」


「一時的だが一軍(2万5千)ずつ貸してくれ。それを、岑平」


「はっ」


「上将軍として、風樓礼州王国の攻略軍に加われ。趙武頼むぞ」


「は?」


 それぞれの、戸惑った返事が重なる。条朱、廷黒は、大将軍なのに、一軍ずつ取り上げて、岑平に与え、無理やり上将軍にする。もう、どうしても岑平の事がかわいいのだろうか?


 岑英は、さらに話を続ける。



「それで、駐屯地ちゅうとんちだが。趙武は、現在の条朱の駐屯地、江陽こうようを中心とする駐屯地に移動して貰う」


「はっ」


 江陽か。大京から南西に進んだ所にある街で、南河なんがを使った水運の中継地となっている大きな街だ。人口は、今までで一番だな。


「岑平は、廷黒の駐屯地の西半分だな。中心都市は、春安しゅんあんか」


「はっ」


「条朱、廷黒は、趙武、呂鵬ロホウの駐屯地に移動して貰う。両軍合わせて15万だから、調度良いだろう」


 呂鵬大将軍も、移動となるのか?


「はっ」


「それで、条朱、廷黒は、来年早々に行う予定の、如親王国じょしんおうこく攻略軍に加わって貰う。興魏を総大将に、凱炎ガイエン王正オウセイ岑瞬シンシュン、さらに近衛三軍も加わる予定だ。期待しているぞ」


「はっ」


 二人の返事に、活気が戻る。総勢67万の如親王国攻略か。相手は、耀勝ヨウショウだし、一筋縄ではいかないだろうが。勝算あるのだろうか?



「では、下がって良いぞ」


「はっ」



 玉座の間を退室した趙武は、1人去ろうとしたのだが、後ろから呼び止められる。


「趙武殿」


「はい、何でしょう?」


 振り返ると、条朱が立っていて、その後方には、廷黒と岑平もいた。嫌味でも言われるのかな?


此度こたびの事、我々の失態で迷惑かける」


「いえ、迷惑など」


「でだ、今日、時間があるようなら、一献いっこん如何いかがか?」


「えっ、あっ、はい。予定はありませんが」


「じゃ、決まりだ、行くぞ、趙武殿」


「はあ」


 こうして、趙武は、条朱に連れられ、廷黒、岑平と共に、大京内にある酒家しゅかに向かった。そして、4人で宅を囲んだのだが、


っぱ! からっ!」


 趙武は、慌てて、清酒せいしゅを流し込んだ。


「ハハハ、大丈夫か? 趙武殿」


 条朱が、笑いながら、趙武のはいに清酒を注ぐ。ここは、これから行くことになる。江陽の料理を出す店だそうだ。


 そして、その江陽の料理の特徴が、酸っぱくて辛い。例えば、唐辛子で漬けた、南河でとれた、魚の頭を蒸した料理が、代表格で、まろやかな酸味が蒸した魚の頭に染み込んでいて、米に合うそうだ。他には、酸辣湯さんらーたん。これも、酸っぱくて辛い。


 趙武達は、食に満足すると、ゆっくり清酒を飲みつつ、話始めた。廷黒が、口火を切る。


「風樓礼州王国、攻略は、難しいぞ。趙武殿」


「ああ、廷黒もかなりの智将だと思うが、それも通用しなかったしな」


「止めてくれ条朱、趙武殿の前で、智将等と」


「ハハハ、すまん、すまん」


 この二人、仲が良いな。それに、良い人達だ、嫌味言われるのかな等と、考えて、すみません。


「冗談は置いておいて、風樓礼州王国だが」


 本題に戻って、廷黒が話を始めた。


 それによると、風樓礼州王国は、東方諸国同盟、最西端の国であり、王都、風樓礼州を中心とした国となっている。その王都、風樓礼州だが、江陽から向かうと、高台の上に見える。背後には岩山、高台の下には、南河の支流が流れている。


 なので、攻めるなら、支流を渡河とかし、急勾配きゅうこうばいを登って攻めるか、左右に大きく迂回うかいして、支流を渡河し、なだらかな場所を見つけ登って、攻める事になるが、王都風樓礼州の西側には、ややこしいが、岩山より発する南河の支流の支流があり、その急流が攻め寄せることを拒んでいた。



「今回、二手に分かれ、攻めたのだ」


 廷黒、いわく、廷黒軍は、東側に大きく周り込み、高台に登り、前回、戦闘が長引き、東方諸国同盟からの、援軍に背後を突かれたことから、岑平に一軍を与え抑えとして、待機させ、王都、風樓礼州方面に向かうと同時に、条朱の軍が、高台の下から、支流を渡河し、急勾配を登り攻め寄せたそうだ。


「善戦したんだがな」


 条朱が、悔しそうに呟く。条朱の軍は、急勾配を登る過程で、上から、岩等を落とされたり、罠に掛かったり攻めあぐね。


 東方から攻め寄せた廷黒の軍は、鉄のくいを放つ、大きなの攻撃や、完全武装で現れる、歩兵の攻撃にさらされ、同じく攻めあぐねているところで、東方諸国同盟の援軍5万程が現れ。


「岑平殿は、善戦したんだが」


「恐れ入ります」


 本当に、岑平は良く援軍の進行を、防ぎ時間を稼いだそうだが、条朱軍、廷黒軍の勢いが無くなり、撤退を決めたそうだ。


「大きな鉄の杭を放つ弩に、戦意を喪失させられていたしな」


「そうなんですか。大きな鉄の杭を放つ、弩ですか……」


 さて、どんなものなんだろう。今の、話を聞く限り、廷黒の策も悪くないように聞こえる。これは、攻略、厄介やっかいかな。


「ありがとうございました。参考にさせて頂きます」


「ああ、頑張ってくれ」


 と、条朱、


「何か聞きたいことあったら、いつでも言ってください。ああ、そう言えば、風樓礼州王国の資料も渡しておきます」


 と、廷黒。


「ありがとうございます」



 趙武は、資料を開く。細かい情報が色々書き込まれていた。うん、参考にさせて貰おう。

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