(什肆)

「耀勝、一時的だが、大将軍の地位を剥奪する。一時的だぞ。余に任せておけ」


「はあ? はあ」


 耀勝は、生まれて始めて不意をつかれ、びっくりしていた。しかし、逆らう訳にもいかず。すごすごと家に戻ると、何が起きたか探らせた。そして、如親王国国王、如恩と、幕僚本部従事中郎、安邦アンホウのやり取りを聞くと、


「安邦だと。阿呆あほうが」


 呆れて、家に閉じ籠もってしまった。





 そして、大陸歴876年、皇紀234年の春。如親王国は、軍を起こす。その情報は、天港にいる趙武にも、會清の作った諜報網を通して、いち早く伝わった。


「如親王国軍ですが、泉水、北河対岸に、兵を集めているそうです。さらに、天港てんこう対岸の街、唐港とうこうにも兵が密かに、集まっているそうです」


會清カイセイ、ありがとう」


「はい」



 趙武は、會清が退室すると、執務室に貼られた地図を眺める。


「う〜ん。耀勝の策か? いや、違うな。誰だろ? まあ、良いか」


 趙武は、再び考え始める。勤務時間を過ぎ、副官にあたる幕僚主簿ばくりょうしゅぼ典張テンチョウが、挨拶に来て帰宅する。


 そして、翌朝、典張が、趙武の執務室に顔を出すと、同じ姿勢で地図を眺める趙武がいた。


「何をやってるんですか。趙武様!」


 典張は、無理やり引っ張って、上将軍府の食堂に連れていき。朝食を食べさせ、さらに、執務室に置かれた予備の軍装に着替えさせた。だが、その間も、趙武は、生返事を繰り返し、されるがままに動く。この時、趙武32歳。典張の愚痴ぐちが執務室に響く。


「本当に、子供みたいですね〜。いや、うちの子の方が、ちゃんとしているか」



 そして、その日の夕刻。ようやく、我に返った、趙武は、上級幕僚と、軍官を呼び出した。集まったのは、天港にいる、将軍呂亜ロア裨将公哲ひしょうコウテツと、呂鵬ロホウ大将軍が、天港に駐屯していた、裨将をそのまま配下としてくれた為に就任した、裨将、凛儀リンギ。そして、筆頭校尉、至恩シオン、校尉の雷厳ライゲン龍雲リュウウン馬延バエンに、筒憲トウケン


 さらに、軍師ぐんし中林チュウリン長史ちょうし陵乾リョウカン司馬しば洞袁ドウエン従事中郎じゅうじちゅうろう禅葎ゼンリツ、同じく従事中郎の會清、そして、主簿しゅぼの典張。



 そして、全員が揃うと、趙武は、


「如親王国軍が、動きます」


「耀勝か?」


 呂亜が、少し不安そうに訊ねた。


「違いますね。誰の策かは、わかりません。しかし、面白いことを考えたようです」


「面白いって。なんだ?」


 雷厳が訊ねる。


「ええ、どうやら狙いは、この天港みたいです」


「何だって! 防備を固めないと」


 至恩が慌てる。しかし、趙武は、冷静に返事をする。


「準備はします。ですが、防備は固めません」


「えっ」


 趙武以外の声がハモる、そして、


「まずは、凱炎ガイエン大将軍と、呂鵬大将軍に知らせましょう。伝令を送ります。まずは、軍船を準備して、出港させて、その後に、タイミングを見て、出陣の準備です」


「えーと、出陣って、趙武。如親王国の狙いは、この天港じゃないのか?」


「至恩、その通りですよ」


「じゃあ、なぜ?」


「まあ、見ててください」


 趙武は、ニヤリと笑った。集まった全員が、ゾッとする位、冷徹な笑み。呂亜がそっと、隣の公哲に呟く。


「あの顔で、あの笑みだと、怖いな」


「ええ、わたしなんか、震えが、止まりませんよ」



 こうして、趙武の作戦が始まった。





「北河対岸の防衛施設に、如親王国軍集結。その数、およそ20万」



 凱炎の下に、如親王国軍の動静どうせいを伝える伝令が、来た。


「そうか。では、援軍の要請だ。趙武と、呂鵬殿に使者を」


「はっ!」


 伝令が出ていくと、凱炎は、


「さて、どこまで趙武の読み通りになるか? 耀勝ではない奴、少しは、頑張れよ、ハハハハ」





 その頃、天港対岸の街、唐港とうこうに集結した如親王国軍10万。指揮をとるのは、


「まだですか? まだ、来ませんか?」


安邦アンホウ様、斥候せっこうよりの報告は、まだです。」


「そうか。何を、やってるんだ」


 安邦は、イライラとしながら唐港の主城にいた。如親王国国王、如恩の命令で、軍を率いる事になり、前線に出て来たのだ。イライラが頂点に達し、それが貧乏揺すりになり、部屋中に音が響く頃、斥候が飛び込んでくる。



「泉水よりの使者、天港に入り、天港の帝国軍、慌ただしく、出陣の準備を開始しました」


 安邦は、立ち上がり、


「そ、そうですか。それで、いつ出陣しそうですか?」


「い、いえ、それはまだ」


「出陣したら、直ぐ知らせなさい!」


「は、はい」


 そして、貧乏揺すりが、また、部屋中に響く。そして、翌朝。



「天港の帝国軍、出陣しました。5千の守備軍残し、その数2万。他の街からも軍勢、集結しつつ、泉水に向かっております総勢4万」


「そうですか。ようやく。では、今夜決行です。夜陰に紛れて渡河し、明日、日の出と共に、天港を強襲します。では、準備にかかりなさい!」


「はっ!」




 暗闇の中、明かりを消して、軍船は進む。その数、およそ大小合わせて千艘せんそう。最大の楼艦ろうかんは、船が2隻横に並んだ形で、上に楼閣が建っていて、一艘に約5百名程の兵士が乗る。他に中型の闘艦とうかんや、蒙衝もうしょうと言われる小型艦まで、様々な船が並ぶ。


「さあ、いよいよです。武者震むしゃぶるいですかね。体が震えてきましたよ」


 どう見ても、武者震いでは無く、緊張か、恐怖でガクガクと、青くなり震えている指揮官を見て、呆れる将軍達。そして、翌朝さらに呆れる事になる。



 翌早朝、朝焼けの中、如親王国軍は、まとまり無く、各将軍が軍をバラバラに率いて天港に迫る。天港の街は、北と東が河や海に面しており、城門も水門となっている。全軍が、馬を船から下ろすと、陸側から攻撃を仕掛ける。10万対5千の戦い。兵士達は、完全に油断もしていた。


 攻城兵器である、投石機も組み立てると、や、投石機で攻撃を仕掛ける。そして、城門を破ろうと、兵士が、城門に近づいた時だった。


 凄まじい銅鑼どらの音と共に、天港の城壁に兵士が並び、弩から放たれた矢が、雨の如く降り注ぐ。


「数が多いぞ! どうなっているのだ!」


 如親王国の兵が騒ぎ、混乱が起きる。しかし、数的には2万程であろうか? 将軍達が、兵士を落ち着かせる。


「怯むな! 予想よりは、多いがこちらの方が、まだまだ多いぞ!」


 兵達もその声を聞き、落ち着き始めた。その時だった。後方から、至恩が、雷厳が、龍雲が、馬延、筒憲が、率いる軍が突っ込んだ。総勢2万5千。



 優秀な指揮官が率いる、精鋭部隊の突撃は、立ち直りかけた如親王国軍に、更なる混乱を起こす。至恩が、雷厳が、龍雲が、馬延が、筒憲が、縦横無尽に暴れまわり、城壁の上からは、相変わらず雨のように矢が降り注ぐ。混乱する軍に、さらなる凶報がもたらされる。


「呂鵬軍が、近づいてるぞ〜。帝国の呂鵬大将軍の軍10万が、迫っているぞ〜」


 混乱は、ピークに達し、如親王国軍の一部は、統制を外れ、我先に、軍船に向かって逃げ始めた。


 しかし、如親王国軍も、将軍を筆頭とする指揮官達が懸命に立て直しをはかる。


「逃げるな〜。戦え。敵の方がまだ、数は少ない!」


 が、その声を聞いた兵士達が、懸命に戦うも、その声のぬし達は、至恩の槍に、雷厳の大刀に、龍雲と馬延の矛に、筒憲の戟によって、次々とその命を散らせていった。次々と討ち取られていく指揮官。


 こうなってくると、戦いは、一方的になっていく。如親王国軍の指揮系統は乱れ、兵達も、バラバラに戦う。そして、逃亡をはかる兵士が増え、混乱が支配する。


 さらに、城門が開き、天港内部の軍が、追撃をはかると、如親王国の兵は、必死に逃げ、船に殺到した。船に乗ろうとして、滑って落ちたり、焦って飛び込んだり、更には落とされたり、鎧を着たまま、河に沈んでいく者も多数にのぼった。



 ところで、総指揮官であるはずの安邦はというと。味方に対して、剣をめちゃくちゃに振り回し、叫びまわる、


「戦え、戦え、このわたしの策が、敗れるはずがない。お前達が逃げるから、負けるんだ!」


「自分の策に自分で責任を負わない奴が、指揮官を気取るなよ!」


 至恩によって、貫かれ、一生を終えた。


 バラバラに、何艘もの船が離岸して、唐港に向けて逃げていく。陸上では、掃討戦が行われているが、逃げていく船は無視。これを見て、如親王国軍は、戦闘を放棄して、ひたすら船に乗って逃げる事を優先した。


 こうして、如親王国軍の無数のしかばねを残し、天港周辺は静かになり、戦いは集結したのだった。



 趙武は、指揮をとっていた、天港西門の城楼からおりると、馬に乗り今度こそ天港から出陣し、泉水方面に向かって出発する準備を始めた。では、昨日の出陣は何だったかと言うと。


「嘘の出陣?」


「呂亜さん、実際に出陣するけど、途中で引き返すんです」


「どうやってだ?」


 至恩の質問に、趙武は、


「ある程度行ったところで、前もって、北河に停泊させてある船に乗って、向こうと同じように夜陰に紛れて戻って、水門から入るんですよ。流れに乗る分速いですしね」


「なるほど」


 呂亜が、感心する。


「じゃあ、やりますよ。」



 こうして、趙武は、天港での、戦いに勝った。しかし、まだ終わっては、いない。その時、本当に、呂鵬の軍が、現れる。兵力は7万5千。


「遅くなったな、すまない趙武君」


「いえ、戦いは、まだ終わってませんよ」


「そうだな。では、行くか」


「はい」





 一方、北河を渡河し、天港方面に向かった如親王国軍20万を、追撃する為に、泉水から討って出た、凱炎軍。如親王国軍を背後から襲撃し、ダメージを与えたはずだったが、数が倍いる事と、耀勝、子飼いの将軍達がいた事によって、徐々に押し返されていた。


 凱炎は、陣形を変形させながら、徐々に後退する。如親王国軍は、中央部を陣を厚くし、左右はやや薄いものの、半月型に陣を敷き、凱炎軍を半包囲していた。


「くっ、こうなると、つらいな。黄悦コウエツと、趙武がいなくなったのは、でかい」


 それでも、凱炎は矛を振るい、敵を倒していく。凱炎軍もその凱炎の姿を見て、奮戦していた。だが、


「くっ、厳しいか」


 凱炎が、撤退すら考えていたその時、如親王国軍後方で騒ぎが起き、如親王国軍の陣形が乱れる。


「来たか。趙武! よし! 押し返すぞ!」


「おー!」

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