(什参)

 大将軍会議も終わり、凱炎大将軍と共に大岑帝国帝都大京を後にする。しかし、賑やかだな。6人も増えたしな。


馬延バエン。なぜ貴様がここにいる」


 どうやら、虞蕃グバンが、馬延に絡んでいるようだ。


「趙武様の、配下になったんですよ」


「ほ〜。落ちこぼれの分際で、まあ、せいぜい頑張る事だな。趙武様に恥をかかせるなよ」


「分かっている。恥などかかせない」


「ふん、どうだかな」



 と、趙武に、凱炎が馬を寄せる。


「すまんな、岑平のこと。陛下のわがままゆえな」


「いえ、別に」


「そうか。ならば、良いが。で、岑平はどうだ?」


 趙武は、チラリと後ろを、振り返る。岑平は、今は、馬上で、楽しそうに談笑しながら進む、6人組のさらに後方を進んでいた。


「そうですね。能力的には流石さすがに、陛下の子。非凡だと思いますが、いかんせん自分に、自信が無いようですね」


「そうか。だとすると、逆効果だな此度こたびのこと」


「そうですね」


「趙武の下で、勉強しろと言われて、さらにだからな。これだったら、俺の下の方が良かったな」


「そうですね」


「ん? それでは、俺の方が優れて、無いように聞こえるぞ、ハハハハ」


「いえ、ただ凱炎大将軍の下の方が、のびのび出来たのかなと。僕ものびのびさせて貰いましたし」


「ふむ。趙武の場合は、違うだろうな。どこでも、お前は気を使わんだろう。仮に、真柏シンハクの下に居たとしても、上手く使いこなしていたろうな」


「そうでしょうか? まあ、少なくともこんな大出世していないでしょうね。今度は、上将軍ですから」


「不満か?」


「いえ、感謝しこそすれ、不満など」


「そうか。今度は、地域の統治も仕事だぞ。頑張れよ。まあ、お前のことだ、難なくこなすのだろうがな、ハハハハ」


「恐れ入ります」


 そうか、今度は天港てんこう周囲の統治も仕事になるのか。まあ、実際の仕事は地方官吏ちほうかんりがするのだが、幕僚が、その官吏を統括していくことになるのだ。


「地方官吏か〜」


 趙武は、しばらく会っていない父親の事を考えた。手紙ではやり取りしているものの、西京は遠く、カナン平原の西の端だ。


「手紙で、助言して貰うか」


 趙武は、呟く。地域の統治について、地方官吏の父親、趙真チョウシンに助言を求めてみようと考えた趙武だった。それよりも、まずは、


「引っ越しだな」




 趙武は、泉水に戻ると、皆を集めた。


「陛下より呼び出し受けて、僕は上将軍になった」


 純粋に、呂亜が感嘆する。


「上将軍って、凄いな」


「呂亜さん、ありがとうございます。ですが、泉水から移動もしなくてはならないのです」


 今度は、雷厳が訊ねる。


「どこにだ?」


「北河、河口の街、天港てんこうです」


「天港……。どんな所だ?」


 至恩が考える。すると、趙武は、


「海があって、北河があって、魚料理が美味しい街かな」


「いや、そういう意味じゃ無いんだが」


「まあ、それよりも、移動しなくてはならないのですから、準備を急ぎしょう。どうやって行きますか?」


「折角奪った軍船があるから、それで北河を下ろうと思う」


「わかりました。では、準備をしましょう」


 陵乾の言葉に、皆が動き出す。




 趙武は、がらんとなった自分の邸宅に一人座っていた。男の一人暮らし、大量の書物と、大量の酒以外、大した荷物は無かった。舎人とねりが荷物を運び出し、他の者達より、早く準備が終わっていた。


「手紙書くか」


 趙武は、懐から、巻紙と矢立やたてを取り出すと、実家に宛てた書状を書く。そして、再び舎人を呼び、手紙を渡すと、邸宅を後に、船に乗り込んだ。





 趙武は、上将軍府を天港の主城楼しゅじょうろうに定め、最上階に自分の執務室を作らせた。大将軍府が開かれていた泉水の主城と違い、楼閣ろうかく構造の天港、主城楼に喜んだ趙武だった。風向きによっては、潮の香りがする執務室から、天港の街を眺める。


 街としては、泉水よりはやや小さいが、港には船が出入りし、南門からは、人々の出入りが見られる。


「うん、良い街だ」


 趙武は、ぽつりと呟くと。新たな街の、新たな落ち着ける酒家を求め、夕闇迫る雑踏に繰り出した。




 そして、ようやく新たな街に落ち着き始めた頃、ある男の来訪を受ける。


趙元チョウゲンです。父上からの手紙持ってまいりました」


「わざわざ、すまないな。ありがとう」


 趙武は、目の前に立つ男の顔をじっくりと見る。趙元。黒髪、そして角度によっては少し青く見える黒い目。背は、それほど高くない。まあ、平均的な高さってとこだろう。


 顔立ちは、


「父上に似ているな」


「息子ですから」


 そう、顔立ちは、穏やかで、人の良い父、趙真にそっくりであった。そして、趙武は、父からの手紙を受け取ると読み始めた。


 前半は、母から、元気にしているかから始まり、最近起きた出来事が書かれ、後半は、父からの統治に対するいろんなアドバイス、そして、


「家は、次男、趙典チョウテンが継ぐ、なんの心配もしなくて良い。で、三男の趙元には、地方官吏の心構え、知識を叩き込んである。使いこなしてみろ」


「使いこなしてみろって」


 趙武は、手紙から目を離し、目の前を見る。


「趙元は何歳になった?」


「26歳になりました」


「結婚は、しているのか?」


「はい、子供も連れて来ています」


「そうか」


 趙武は、少し落ち込みつつ、話を続ける。


「うん、東曹掾とうそうえんをやってくれ」


 東曹掾。上将軍になり、増えた幕僚の官職の一つ。地域を統括する、地方官吏の統括官だ。


「東曹掾ですか! 一気に父上の位、越えちゃいますよ」


「そうか。頑張れよ」


「はい」



 こうして、軍官も揃い、幕僚も増え、天港に馴染み落ち着いていった。





 一方、如親王国じょしんおうこくでは、泉水攻略戦での敗北後、耀勝ヨウショウは、のんびりと、まるで隠遁いんとん生活のような日々を過ごしていた。まあ、見えない所で、時代を動かそうと、何やら火を起こしているようだったが。周りからは、そんなのは、見えない。


 そして、耀勝にとって予期せぬ場所で、火は燃え広がる事となる。主役は、如親王国国王、如恩ジョオン



 この如恩。如庵が大将軍として、敗北し責任をとって辞めた時、耀勝の話を聞き、耀勝を大将軍にした人物である。その後も、耀勝に全幅の信頼を起き、帝国による如親王国侵攻戦でも、耀勝のやりたいようにやらせ、戦後大絶賛をした。そして、泉水攻略戦での、敗北でも耀勝を擁護ようごした。


「皆は、耀勝にどれだけ助けられた。たった、一度の敗北で、ごちゃごちゃ言うでない!」


 耀勝にとって、最大の庇護者ひごしゃ、如恩。耀勝が、隠遁生活のような日々を送っていると聞いても、その信頼は揺るがない。だが、


「耀勝。そろそろ、動くか?」


「いえいえ、まだ、その時ではございません」


「そうか」



 しばらくの後、


「耀勝、我が国もだいぶ復興したぞ、ようやく全兵力30万が動員可能になった。人事も任せる」


「はい、ありがとうございます」


「で、いよいよか?」


「いえいえ、なかなか、すきがありません」


「そうか」



 こうして、日々は過ぎていった。如恩の耀勝への、信頼は揺るがなかったが、そわそわと、如恩は、耀勝がいつ動くか、待ち遠しかった。


 そんな時、1人の男が現れる。名は、安邦アンホウ。如親王国幕僚本部で、参謀として働く、従事中郎の官職に就いていた。若き俊英にして、自称天才であった。


 まあ、確かに、如親王国の軍官学校、軍官大学校を武術が駄目なのに、主席で卒業し、戦時の戦略予想においても、完璧な予想をし、周囲を感心させていた。ただし、実践経験皆無。


 そんな安邦だったが、そわそわと落ち着かない、如恩は、幕僚本部に頻繁に、耀勝がいつ動くかと、訊ねた。あまりに頻回に及ぶ問い合わせに、辟易した、幕僚本部が派遣したのが、安邦だった。


「安邦とやら、耀勝はいつ動くか?」


「はい、耀勝様は、帝国国内で、すきが生まれるのを待っておられるのです。今、帝国は、落ち着いています。もう少し時間がかかるかと」


「そうか。御苦労だった」


「はい」



 だが、1週間経つと、如恩は、安邦を呼び出し、同じ事を繰り返す。このやり取りが、半年ほど続くと、安邦は、自分の考えを挟むようになる。


「まだ、帝国国内にすきがありません。しかし、そのすきを作ることは、出来るかもしれません」


「なにっ。本当か?」


「はい」


 そして、安邦は、自分の策を話す。それは、泉水攻略では無く、天港攻略だった。


 その策とは、20万の軍勢で、泉水攻略軍を起こしたふりをして、北河の防衛施設に兵を集める。すると、泉水は、防御を固めると共に、天港に援軍を求め、天港は軍を起こし、泉水に向かう。すると、天港、対岸に集めた10万の如親王国軍が、北河を渡河して、天港を強襲する。


「うむうむ」


 天港が落とされた事を知った、天港の軍勢は、慌てて引き返そうとする。


「そのタイミングで、泉水攻略軍を渡河させます。そうすれば、泉水の軍勢は、防備を固め、動きますまい」


「それで?」


 その後、泉水攻略軍は、泉水を無視して、南下。天港に向かい、天港奪還に戻った、天港の帝国軍を挟撃する。これで、泉水も大混乱におちいる。


「その後、耀勝殿に御出馬頂き、泉水を攻略して貰いましょう」


「なるほどの〜。それは、良い考えだ。早速やるぞ。準備を、開始せよ」


「はっ!」

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