(什弐)

 龍雲が結婚して、1年後。趙武の歓喜する出来事があった。


會清カイセイ良く帰って来てくれた! 嬉しいぞ」


「はい、そんなに喜んで頂きありがとうございます」


「うん、うん。會清の居ない間本当につらかった。この1年間」


「わたしが旅立ってからは、2年ですが」


「龍雲が結婚して、僕は1人で」


「龍雲様、結婚されたんですね。おめでとうございます」


「うん。それは、めでたいけど、毎日、1人飲みは寂しかった」


「はあ。で、わたしに付き合えと」


「そうだ。さあ、早速行くぞ。話は、飲みながら聞く」


「はい、はい、行きますか」



 こうして、趙武は、會清と共に酒家しゅかに入った。


「で、首尾は、どうだった?」


「はい。帝国国内は簡単でした。我が宗派の総本山に行き、宗主そうしゅ様にお願いしたところ、あっさりと情報網への協力を承諾されました」


「条件は?」


「条件と言う程のものも無く、まあ、帝国内の通行の自由と、布教の自由が保障されればと」


「分かった。僕の直筆の通行許可証を送るよ。後は、僕の名前を自由に使って良いって言っとけば良いね」


「よろしくおねがいします。それで、如親王国ですが」


「うん」


「やはり、耀勝の目が光っていまして、街々に諜報組織が張り巡らされていて、逆に怪しまれそうになりました」


「うん、うん」


「なので、信頼の置ける人間に、金を渡して任せてきました」


「信頼の置ける人間?」


「ええ、先の如親王国侵攻戦で、負傷して、置き去りにされ、現地の人に看病され、向こうで暮らす事を決めた人です」


「恨んでないの帝国の事?」


「恨んでますよ。そりゃ、だけど、お金貰えるし、故郷だし、あの趙武将軍のもとだったらだそうです」


「そうか。ありがとう。で、東方諸国も行ったの?」


「はい。東方諸国は、ある意味簡単でした。続く戦乱で、平和な世を求めて、親帝国の人が、いましたから。それを組織立ててきました」


「凄いね。予想以上だよ」


「お褒め頂き、光栄です」


「さあ、後は」


「後は?」


「じっくり飲もう」


「はい」


 こうして、嬉しそうな趙武に、付き合った會清であったが、あまりに続く趙武の誘いを、3日に1回程度付き合ったようだった。





 そして、さらに時は流れ、會清の帰国から半年近く経とうとしたある日。趙武は、凱炎大将軍に大将軍府に呼び出された。


「お呼びにより、まかり越しました」


「待っていたぞ。趙武。次の大将軍会議、お前も付き合え」


「大将軍会議にですか?」


「ああ、陛下からの、御達しだ」


「陛下の御達し? 何か悪い事しました?」


「ハハハハ、逆だ、逆。恐らくは、泉水への耀勝の策に関してだろうな」


「だいぶ時が経っていますが」


「うむ。陛下にもお考えがあるんだろうよ」


「わかりました。では、ご一緒させて頂きます」


「うむ」




 こうして、数日後、凱炎と趙武。そして、なぜか岑平シンペイと、護衛兵数名は、帝都大京に旅立った。出来るだけ速く移動する為に、途中の街々で、馬を乗り換えつつ進む。あらかじめ、用意しているようだが、便利。まあ、特権だな。



 帝都大京に到着し、少し休み、身支度を整えると、早速、陛下の呼び出しを受ける。


 陛下に謁見する為に、皇宮玉座の間に集まる。玉座の間には、凱炎大将軍、趙武と、岑平。そして、始めて会うが、上将軍の廷黒テイコク条朱ジョウシュがいた。


 そして、大岑帝国皇帝岑英が入ってくる。堂々とした歩みだが、かなり痩せて、覇気も衰えたように見える。目だけがギラギラとして、ちょっと怖いと趙武は感じた。


 さらに、宰相、斎真サイシン。筆頭大将軍、興魏コウギ。そして、懐かしい顔も、近衛禁軍将軍、塔南トウナン、さらに5人の男が続き、左右に控える。



「わざわざ呼び立てて済まない」


「いえ、左様な事はございません」


 凱炎が、代表して答える。


「そうか。では、単刀直入に言うぞ。先の敗戦で、失った人命は多かった。しかし、我が国自体の損害は無かった」


 岑英は、周囲を見回し話を続ける。


「予備兵力も貯まり、5人にまで減っていた大将軍を少し増やそうと思う」


 岑英は、軽く目を閉じ、そして、勢いよく開く。


「廷黒、条朱!」


「はっ」


「大将軍に任ず。10万の兵を率いて余の為に働け」


「はっ、陛下の御為、粉骨砕身働きます」


「うむ、頼むぞ」


「そして、趙武!」


「はっ!」


「上将軍に任ず。5万の兵を率いて余の刃となれ!」


「はっ。この趙武、陛下の御為、粉骨砕身働きます」


「頼むぞ。それでもう1つお願いなんだが、岑平!」


「は、はい」


「将軍として、趙武の下で働け。もう少し勉強させて貰え」


「はい」


「それでだ。縻天ビテン修呂シュロ張璃チョウル虞蕃グバン久那クナ


「はっ!」


 岑英の近くに控えていた5人の男が立ち上がり、岑平の後ろに行き、ひざまずく。


「優秀な男達だ。岑平、お前につけるゆえ、使いこなしてみよ」


「えっ、ありがとうございます」


 と言うことは、趙武は考えた。上将軍になったが、岑平が将軍になって、配下に入るので、自分の自由になる将軍は、実質一人って事か? ちょっと複雑な気分になった。


「では、下がって良いぞ。すまぬ、最近すぐ疲れるのでな。そうだ、駐屯地に関しては、この後の大将軍会議で話すのだったな、興魏」


「はい、左様です」


「分かった、後は任せる」


「はっ」





 円形の机に座っていく。一番上座に興魏、その右隣に王正オウセイが、左隣に呂鵬ロホウが座り、呂鵬の隣に凱炎、そして、その隣に趙武が座った。反対側を見ると、王正の隣に岑瞬シンシュンが、その隣に条朱が、そして一番下座に廷黒が座った。そして、興魏が話し始める。


「今回、条朱と、廷黒が大将軍に就任し、趙武が上将軍に就任した。駐屯地だけは、元に戻ったので、配置換えも含めて行おうと、思う」


「はい」


「わし、王正、凱炎殿はそのままだ」


「はっ」


「おう」


「岑瞬殿は、陛下より、帝都周辺にいて欲しいとのことなので、旧創玄殿の駐屯地に移動して頂く」


「かしこまりました」


「それでだ。条朱殿には、旧岑瞬殿の駐屯地に移動して貰い、それに合わせて、廷黒殿は、少し西にずれ、お二人で、東方諸国同盟の風樓礼州フローレス王国、攻略に、心血を注いで貰いたい」


「はっ!」


 風樓礼州王国か、趙武と同じ銀髪碧眼の民の国。趙武は、ちょっと複雑な気分になった。


「それで、呂鵬殿には、廷黒殿がずれた分の穴埋めも兼ねて、南にずれ、旧、龍海ロンハイ王国の王都、龍会ロンエを中心に駐屯してくれ」


「わかりました」


「そして、呂鵬殿が南にずれて空いた地の北河ほくが河口かこうを中心とした地に、趙武殿に駐屯して貰う。中心都市は天港てんこうだな」


「かしこまりました」


 趙武は、天港の地図を思い出す。北河、河口にして、港街。対岸は、如親王国だが、泉水付近より川幅はだいぶ広い。泉水辺りが3km程で、天港辺りは、20km。如親王国からの、襲撃という心配は、あまり無さそうだな。


「以上だ。それで、今回の議題だが」


 趙武は、話を聞いていたが、途中から完全に興味を、無くした。


 陛下が、万が一の時は、どうするか? 興魏は、延々といかにまだ子供の岑職が、優れているかを語り。岑瞬は、岑職が、まだ幼いから将来はわからない。今、そんな事を話すのが兄に対して、失礼だと話す。


 しかし、そんなに陛下の体調は悪いのだろうか? その時は、自分はどう動けば良いのか? そんな事を考え始めたが、直ぐに、考えるのをやめた。バカバカしい。趙武の結論だった。



 そして、会議の合間に気分転換で、皇宮内をぶらぶら歩いている時だった。突然男が、走り出てきてひざまずく。


 皇宮内で帯剣を許されているのは、近衛軍の兵と、将軍以上。趙武は、目にも止まらぬ速さで抜刀すると、走り出してきた男の首すじ、紙一枚手前で、止める。


 趙武は、走り出してきた男が、目もつぶらず、剣が止まるのを分かっていたように平然としているのを見て、剣を引き、腰に収めた。いかにも真面目そうな男だ。黒髪黒眼の黄色の肌。そして、意志の強そうだが、何処と無く知的な顔。年齢は、自分と同じくらいだろうか? そして、


「拙者、馬延バエンと申す者です。突然のお目通りお許し下さい」


「いいよ。びっくりして、思わず剣を抜いちゃったよ。で、何?」


「はい、趙武様の麾下に、お加え頂きたく」


「ん?」


 馬延、いわく。


 元々、岑平が趙武の下に校尉として加わったとき、陛下は、近衛軍の中から、経験豊富で有能な校尉を、2人の階級下げてまで、軍司馬として付けたそうだ。それが、今回岑平が将軍になった事により、裨将となる。


「なるほどな」


 そして、今回、岑平の配下に加わった5人の男達。陛下が全軍から優秀な、若手、軍司馬を10名集め、エリート教育を施し、選びぬいた5名のようだ。そして、その争いに破れたうちの一人が、馬延だそうだ。


「何で選ばれ無かったの?」


「それは、特徴が無かったのではと」


 縻天と、久那は、武に優れ兵を引っ張り戦う事が出来る。虞蕃と、張璃は智に優れ、兵を巧みに操る事が出来る。そして、修呂は、


「とにかく強いんです」


 という事だった。で、馬延は、知恵では虞蕃に及ばず、用兵では張璃に及ばず、武では修呂に及ばず、兵を率いる能力では、縻天に及ばず、人を惹き付ける魅力では、久那に及ばず、目立つ事が出来なかったのだそうだ。そして、


「所属がまだ決まっていませんので、幕僚本部に確認しましたら、勧誘があれば、所属出来るという事だったので、是非。拙者を、趙武様の下で働かせてください。お願いします」


 なるほどな。自分から売り込みかけてくるとは、なかなか面白い。


「いいよ」


「あ、ありがとうございます」


 こうして、趙武の下に馬延が加わった。

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