(什弌)

 話はさかのぼり、約1年前、場所は如親王国、邑洛ゆうらく主城楼しゅじょうろうでのこと、


「趙武ですか〜。面白くなりそうですね」


耀勝ヨウショウ様、嬉しそうですね。負けたのに」


「負けてはいませんよ。追い払ったんですし、帝国は多数の死者を、出したのですからね」


「そうでした。失礼しました。しかし、折角集めた船は、全て焼かれるか、奪われてしまいましたね」


「本当に嫌なところを、ついてきますね」


「長年、耀勝様の側用人そばようにんを務めていれば、自然とそうなります」


壬嵐ミランも言いますね。ですが、今は、副官ですよ、あなたは」


「正確には、大将軍幕僚主簿だいしょうぐんばくりょうしゅぼですね」


「わかりました。もう何も言いません」


「失礼しました。で、何が面白くなってきたのですか?」


「ん、う〜ん。ん」


 耀勝は、それまで、自分が見ていた紙を、壬嵐に渡す。


「何でしょう。ほ〜。凱炎大将軍府、趙武チョウブ将軍ですか」


「はい。泉水の店から送って貰った情報です。27の若さで将軍になったんですよ。そして、わたしに2度も苦い思いをさせたのも、おそらくは」


「う〜ん。耀勝様に、匹敵する人間って事ですか?」


「どうなんでしょう? ね、面白くなってきたでしょう」


「はあ」


 耀勝の顔は、新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。


「フフフフ、さて、趙武君、何して遊びましょう」


 耀勝は、泉水周辺の地図を広げた。




 それから、数日後。


「失礼します。亜典アデンです。入ります」


 亜典。耀勝が将軍時代から校尉として使え、現在将軍となっていた。黒髪黒眼のカナン平原に良くいる民であり、同時期から使える他の校尉の、輝沙キシャ程の用兵術も、師越シエツ程の武力も、穂蘭ホラン程の統率力も、泯桂ミンケイ程の知力も、持っているわけではなかったが、一番バランス感覚に優れている将軍であった。


「亜典、頼みたいことがあります」


「はっ、何なりとお申し付けください」


雪辱せつじょくを果たす機会が、来ましたよ」


「雪辱ですか?」


「はい、泉水せんすい防衛戦の時、あなたの邪魔をした男が、今、泉水で、将軍をしています」


「あの時の……。わかりました。何をすれば、良いのですか?」


「泉水に潜入してください」


「泉水ですか? 1人で、でしょうか?」


「いいえ、最終的には……。そうですね6千人ですかね」


「6千人。かなりの人数ですが、どのように?」


「1年ほどかけて徐々に潜入して貰います。意外と気づかないものですよ。それで、まずは、亜典。泉水に先に潜入して、指揮をとってください」


「はっ、かしこまりました」



 耀勝の策は、こうだった。1年がかりで、泉水に六千人。他の将軍が駐屯する街に千人ずつ、そして、それ以外の街に合計で千人。合わせて1万人の兵士を潜入させる。


 そして、1年後、泉水の6千人の兵士が城門を占拠したところで、耀勝自ら10万の兵を率いて、泉水を占拠。他の街でも、潜入した兵士が、暴れ、泉水への援軍を防ぐ。という事だった。


「すでに、対岸の漁師小屋を買い取って、中継拠点にしています。準備出来次第向かってください。ああ、中継拠点使って連絡は、密にお願いしますよ」


 耀勝は、亜典に連絡が途絶えた場合の、助言をして、送り出した。


「さて、趙武君、君は気付きますか?」




 そして、半年が経過した時だった。耀勝は、直ぐに大軍を泉水攻略に向かわせられるように、自ら、北河ほくが近郊の街に移動していた。その耀勝の部屋に、壬嵐が飛び込んでくる。


「耀勝様! 中継拠点が潰されました! 小屋は、破壊され、中にいた者も全員殺されました」


「そうですか。ふむ」


 耀勝は、目を閉じ、一瞬考える。そして、目を開けると、


「趙武君も、甘いですね」


「甘いですか? どういう事でしょう?」


「はい、趙武君は、敢えて中継拠点を潰して、連絡を遮断して、潜入した者達に、逃げて欲しいようですよ」


「逃げて欲しいですか?」


「はい、本来なら、潜入が分かった時点で、全員捕らえて殺せば良かったんですよ。それなのに、中継拠点を潰してきた」


「なるほど。ですが、潜入者がどのくらいいるか分からなくて、中継拠点を潰して、動きを確かめようとしたとも、考えられませんか?」


「フフフフ、壬嵐も鋭くなってきましたね。ですが、趙武君は、馬鹿じゃありません。どのくらいいるか分からなくて潰して、大軍だったらどうするんですか? 数も把握して、万が一の時も、制圧出来るから、潰したんですよ」


「なるほど。勉強になります」


「で、中継拠点と、泉水の部隊が連絡を最後にとったのは、いつですか?」


「はい、昨日です」


「ふむ、昨日」


 耀勝は、指を折って数える。そして、


「と、すると亜典達が、把握するのは、4日後ですね。潜入部隊の救出に向かいます。急ぎ準備を」


「はっ。しかし、泉水への連絡は?」


「無理ですよ。すでに、店の方も把握されてるでしょう。泉水内部に入るのは不可能です」


「わかりました。では、急ぎ準備するよう、伝えてまいります」


 そう言うと、壬嵐は、部屋を出ていった。


「さて、亜典は生き残れますかね。脱出を選ぶような男ではないですし、1人敵中突破出来るとは思えませんし、人選ミスだったですかね〜」




「何! 中継拠点が潰されていただと」


「はい、亜典様。いつものように、連絡を取るために、出かけたのですが、待ち合わせ場所に、いくら待っても来ないので、中継拠点を、見に行ったのですが、小屋は潰され、人は、誰もいませんでした。それで、慌てて帰って来たのですが」


「そうか。御苦労」


 亜典は、耀勝に言われた事を考慮しつつ、考える。


「良いですか。もし、趙武に悟られた場合。潜入した兵力で、判断してくださいね。無理せず、逃げることも考慮してください」


 そして、亜典は、


「よし、予定通り、明日4ヶ所に別れて潜伏する。予定の半数だが、何、城門を占拠するだけなら充分だ。それに、耀勝様が、必ず来て下さる。やるぞ!」


「はっ!」




 亜典達は、それぞれの門の近くにある、店の倉庫に集結する。中には、鎧と剣が並んでいた。戟や、槍等は目立つので、用意出来なかったが、全員が、鎧を纏い、剣をく。


 そして、日が暮れ始め、決行の時間が迫ってきた時だった。外を見張っていた兵士が、飛び込んでくる。


「あ、あ、亜典様! 囲まれています」


「何!」


 亜典は、慌てて飛び出した。そこには、完全武装の帝国軍の兵士が、完璧に周囲を取り囲んでいた。亜典は、その瞬間自分の失敗を悟った。逃げだしていれば、いや、兵を分けなかったなら、せめて、2ヶ所に分けるだけにしていれば、或いは。しかし、今は、切り抜けるしか、方法がない。


「敵襲だ! 戦うぞ!」


「おー!」



 しかし、多勢に無勢。敵は5倍はいた。それに、亜典は、恐怖した。2mを越す化け物のようにでかい、金髪が燃えるように逆立った男が、さらにギラギラと金色に光る眼を輝かせながら、大刀だいとうを振り回し、迫ってくる。振り回す毎に、味方の兵士が弾き飛ばされ肉片になっていく。


 師越シエツも強かったが、ここまで暴力的ではなかった。せめて、剣では無く、得意な得物えものである、槍があれば。せめて一突き。大刀が迫り、剣ごと斬り裂かれ、亜典は一生を終えた。


 そして、周囲が静かになった。


「伝令〜! 雷厳様、制圧次第、担当の城門に向かってください! 敵兵が迫っております」


「分かった。しかし、趙武も、人使い荒いよな。まあ、良いけど。さあ、やるぞ、野郎共!」


「おー!」




 耀勝は、輝沙キシャ師越シエツ穂蘭ホラン泯桂ミンケイの4人の将軍が率いる10万の兵士を率いて、泉水を包囲した。しかし、


「城門開きませんね〜」


「まだ、城門制圧出来ないのでしょうか?」


「壬嵐、違うでしょうね。それにしては静かです。恐らくは亜典はもう」


「全滅ですか?」


「そうでしょうね〜」


 耀勝は、城壁の上を見る。どこかに趙武がいるのだろうか?


「では、攻めますか?」


「いえ、止めておきましょう。そう簡単に、落ちないでしょうし。攻めてる間に、援軍が来ちゃいますよ。それに」


「それに?」


「これ以上兵を失えば、責任問題になるかもしれません。痛くない腹は、探られたくないですよ」


「はい。では」


「明朝。南に進路を取り、他の街の、潜入部隊を回収しつつ撤退しますよ」


「はっ!」


 その言葉通り、如親王国軍は、軍を進め、泉水周辺を周回すると、各街で戦っていた潜入部隊を回収しつつ、撤退していった。


「さて、これで泉水攻略の手は無くなりましたね。後は」


「後は?」


「待つだけですね、好機が訪れるまで。では、帰りますか」


「はっ!」

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