(什)

 趙武、龍雲は連れ立って至恩の家を訪れる。至恩の家は、泉水にあり、官舎として与えられた邸宅では無く、商人の別宅を改装して住んでいるそうだ。


「至恩、遊びに来たぞ」


「お招き頂きありがとうございます。龍雲です」


「これは、これは、趙武様、龍雲様、ようこそお出で下さいました。さあ、お上がりください」


 至恩には、もったいない、慎み深い、穏やかな女性が出迎えてくれた。結婚して、1年位か。まだ、子供はいないが、新婚家庭って言うのかな? 雷厳のところは、たまたま見かけた奥さんのお腹は満月のように膨らんでいた。


 至恩の屋敷は、趙武の1人暮らしでは、大きすぎて、2部屋しか使っていない邸宅より、部屋数も少なく、住み込みの使用人の部屋や、客間もあって、ちょうど良い大きさだ。そして、至恩の奥さんのセンスなのか、温かく、居心地の良さそうな家だった。



 趙武と、龍雲は、居間に通される。なかなか立派な机があり、趙武を上座に、隣に龍雲が座る。そして、至恩がやってくる。


「2人とも、悪いな。今日はありがとう」


「ああ」


「今日は、お招き頂きありがとうございます。これ、つまらない物ですが、お納めください」


「龍雲、ありがとう」



 時をおかずして、居間の扉が開き、手にいっぱいの食事を持った、至恩の奥さんと、使用人達が出てきた。奥さん、えーと、名前は、


「至恩の妻、至愛蘭シ・アイランです。今日は、ゆっくりお楽しみ下さい」


 そして、始まる、美味しい食事を食べて、清酒を飲む、楽しい時間。少し酔ってきてくだらない話でも、盛り上がる。



 すると、廊下を駆ける足音が聞こえ、廊下に面した居間の扉が勢いよく開く。これが、至恩の妹だったかな? 


 至恩に似て、少しきつめに見える顔立ちだが、それが魅力に見える美人だ。髪は黒く腰まである長髪を、ひとまとめに後ろに垂らし、軍属ではないだろうが、少し華やかにアレンジされた、軍装を纏っている。そして、女性としては、手足がスラッと長い、長身だった。至恩も、至霊将軍も、そんなに長身では無いが、至霊将軍の奥さんが長身なのかな?




「お兄様、ただいま! この辺りは、自然豊かね! 遠乗りも楽しかったわ!」


「こら、鈴花リンカ、お客様だぞ。きちんと挨拶しなさい、いい大人なんだから」


「はい、お兄様。近衛東方将軍至霊の娘にして、若くして校尉になった至恩の妹、名門至家に咲く一輪の花、至鈴花シ・リンカですわ」


「凱炎大将軍麾下趙武将軍だ」


「至恩さんにはお世話になっております。趙武さん麾下の校尉、龍雲です」


「ふ〜ん。趙武。えっとお兄様が頭は良いけど、性格悪くて、顔は良いけど、女性に興味が、無いって言ってた方ね。龍雲。確か、ストイック過ぎる武術筋肉馬鹿」


「おい、至恩。そんな風に思っていたのか?」


 趙武は、至恩を睨みながら、問いただす。


「いや、そうは言ってない。ただ、趙武は、頭良いけど、性格に難がある。眉目秀麗の美丈夫びじょうぶだが、女性に興味ないのか、もったいないって、言っただけだ。そして、龍雲は克己こっき的な奴で、常に武術の修行していて、筋肉隆々な武術馬鹿だ、って言っただけだ」


「なら、良いが」


 趙武の返事に突っ込む龍雲。


「良いんですか?」



 そして、至恩は、わざとらしく、話を変える。


「あっそうだ。折角だから、鈴花も一緒に話そう」


「わかりましたわ、お兄様」


 と鈴花さんが言うと、スッと扉が開き、愛蘭さんが手早く一席用意すると、スッと居なくなる。



 そして、4人で話始めたのだが、


「あ、そうだ、趙武、趣味はなんだ?」


「ん? 知ってるだろ? 書物読むことだ」


「そうか。龍雲は?」


「そうですね。やっぱり体鍛える事と、武術鍛錬ですかね」


「そうか。鈴花は?」


「わたくしは、遠乗りと武術の勉強ですわ」


「そうか。で、次は、えーと」


 すると、スッと扉が開き、愛蘭さんが現れ、至恩に耳打ちして、去っていく。


「そうだ。もし、結婚したとして、相手に何を求める? 今度は、鈴花から」


「そうですわね。元気に健康的に、働いて欲しいですわ。出来れば、遠乗りや、武術の練習にたまに付き合ってくれると、嬉しいですわ」


「えっと、龍雲は?」


「そうですね。一緒に武術鍛錬出来たり、体動かせたり出来たら良いですね」


「趙武は?」


「ん? 食事作ってくれて、洗濯してくれて、掃除してくれて、邪魔せず、静かにしてくれていれば良いな」


「最低だな」


「ですわ」


「ですね」



 こんな感じの話が続き。途中からは、龍雲と鈴花の話が盛り上がる


「剣の五行の構えですが、俺は、火の構えが好きですね」


「良いですわね。でも、わたくしは、攻防一体の水の構えが、好きですわ」


「なるほど、俺は、攻撃一辺倒になるけど、鈴花さんは、柔軟性がありますね」


「それほどでも、ないですわ」


 そして、趙武は、書物を広げ読み始め、至恩は、それを呆れて眺めていた。


「趙武凄いな、興味なくなると、それか」


「ん?」



 さらに、龍雲と鈴花の話は盛り上がっていたのだが、


「龍雲様のおっしゃる事は、素晴らしいですが、口だけでは、しょうがないですわよ」


「そうですね。では、一手、手合わせしましょう。どうですか?」


「望むところですわ」


 と言って、2人は立ち上がり、庭に下りると、武器庫に入って行く。至恩も立ち上がって、庭先に出て行く。


「龍雲様は、ほこでしたわよね?」


「はい、鈴花さんは、やりですよね?」


「はい、至家の伝統なんですのよ」


 木製の矛と槍を持って出てくると、少し距離をとる。すると、趙武が、書物を持って立ち上がり、庭先に出ていき、龍雲に声をかける。


「わかっているよな?」


「はい、わかっていますよ」


 いくら武芸が得意とは言え、女性だ。龍雲が本気で戦って傷でもつけたら大事おおごとだ。意外とそういう方面では、抜けている龍雲に釘をさしたのだが、大丈夫だよな? 趙武は、目をキラキラさせながら、闘志むき出しの龍雲に不安を覚えた。



「始め!」


 至恩の掛け声と同時に、鈴花が一気に距離をつめ、槍による連続突きを、繰り出す。龍雲は、後ろに下がりつつ、矛の柄で受けつつかわす。


「結構やるな」


 趙武が呟く。鈴花は、さらに追撃して、連続攻撃を繰り出していく。しかし、攻撃が限界点に到達し、鈴花が一呼吸入れようとした瞬間、龍雲が反撃に出る。


 龍雲の矛が唸りをあげる。一歩踏み込むと同時に突く、なんとか避けた鈴花。だが、避けた方に、背中の後ろを回して、龍雲が矛を振るう。なんとか槍の柄で受けるが、体勢が崩れる。龍雲の追撃がはいる。龍雲の矛が、唸りをあげて、鈴花の体を弾き飛ばす。


「ウグッ!」


 鈴花の体は、吹っ飛び地面を転げて止まった。やっぱり理解してなかったな龍雲。全力で倒してどうする。


「やってくれたよ、この男は」


 趙武は、呟くと、鈴花に駆け寄った。気を失っているようだ。


「鈴花〜! 大丈夫か!」


 至恩も駆け寄ってくる。そして、龍雲は、


「ジャ〜」


 鈴花に、水をかけた。まあ、武術訓練で、男同士の練習で気絶した時良くやるけどね。女性にやるか?


「うぅーん」


 と、その時、鈴花が目を覚まし、そして、飛び起きると、


「お兄様!」


「な、なんだ? 大丈夫か?」


「はい、わたくし、龍雲様と結婚したいです!」


「えっ!」


 趙武と、至恩の声が重なる。そして、鈴花は、続けて、


「龍雲様いかがですか?」


「俺も、良いですよ」


「軽いな〜」


 趙武の、呟きは無視されて、その後、至恩の家は、大騒ぎになった。


「愛蘭! 愛蘭! 鈴花の結婚決まったぞ〜!」





 そして、1ヶ月後泉水にて、龍雲と至鈴花の結婚式が開催された。龍雲26歳、至鈴花24歳。至霊近衛東方将軍に、凱炎大将軍、そして趙武。軍の偉い人が揃うという結婚式に、周囲は野次馬で溢れた。


 龍雲は、至恩の家に至鈴花を迎えに行き、会場まで、2人華やかな装束を纏い、輿こしに乗って運ばれる。派手好きな、沿道の人が、爆竹を鳴らし、花びらを散らす。


 そして、披露宴会場に到着。式が始まった。お互い結婚の誓いを行って。いよいよ、食事をしながら、お酒を飲んで楽しむという時間に突入するための乾杯に、そして、その肝心な乾杯の挨拶は、この人。


「泉水にて、龍雲の上役、将軍の趙武です。龍雲は真面目で、律儀な男です。僕はこいつほど、頼れる男を見たことがありません。鈴花さんも快活で、活発な女性です。2人元気で、明るい家庭を築いてくれるでしょう。では、結婚を祝して、乾杯!」


「乾杯!」



 趙武は、乾杯の挨拶を終え、席に戻る。席には、凱炎大将軍とその奥さん。呂亜とその奥さんと子供達、雷厳とその奥さん。そして、陵乾と誰?


「ああ、婚約者です。僕達も、近々結婚する予定なんですよ」


「ああ、そうなんだ」


「これで、結婚していないのは、趙武だけだな」


 雷厳が言うと、凱炎大将軍が


「まあ、残り物には福があるって言うから、良いんじゃないか? ハハハハ」


「そうですね、ハハハ」


 呂亜が笑い。皆も笑い始めた。趙武は、珍しく落ち込んだ。




 その後、泉水の酒家で1人寂しく飲む、趙武がいた。酒家の主人が、気を使って声をかける。


「だんな。大丈夫ですよ。絶対良い人が見つかりますよ。焦っちゃだめですぜ」


「ああ。ありがとう。しかし、いないものだね。洗濯してくれて、掃除してくれて、料理してくれて、邪魔せず、静かにしてくれる女性って」


「だんな。結婚むいてないですぜ。俺が、そんな事言ったら、殺されますよ。うちのかみさんに」


「そう?」

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