(玖)

 数日後、趙武が執務室で仕事をしていると、至恩が飛び込んでくる。


「趙武。動いたぞ。商店から一斉に消えた」


「で、出ていきました?」


 趙武は、希望的観測を口にしたが、


「いや、4ヶ所に別れて集まっている。まあ、どれも例の店の施設だがな」


「そうですか。とすると、今夜ですね。雷厳、龍雲にも準備して、包囲するように伝えてください。あと一人足りないか。う〜ん、筒憲トウケンにも出動して貰いましょう。日暮れと共に、包囲殲滅してください」


「わかった」


 そう言うと、至恩は飛び出していった。


「さて、こちらも準備しますかね」


 趙武は独り言を呟くと、立ち上がり執務室を後にした。





「やあ、壮観そうかんだね」


 趙武は、北河の方に向く北門の城楼じょうろうに陣取っていた。城楼とは、門の上にある監視のやぐらである。背後の泉水の街中では、金属と金属が、ぶつかり合う甲高い音が、悲鳴や、叫声にまじり聞こえてくる。


「そ、壮観ですか?」


 城楼の前方そして、左右の城壁には、兵士が、並ぶ。そして、その指揮官である岑平が、不安そうに声を出す。すると、


「ああ気にしないでください、岑平様。趙武様は、感覚がおかしいので」


「言うね、典張テンチョウは」


「はっ、恐れ入ります」


「褒めてないよ」



 趙武は、再び前方に視線を向ける。夜の闇の中、北河の対岸から赤く光る帯が、延びてきていた。


「まるで、生き物みたいだな」


 趙武が、そう独り言を言ったとき、馬の蹄の音がして、眼下に伝令の兵が現れる。


「開門! 開門! こちら北河防衛施設指揮官、什煌ジュウコウ校尉の伝令です」


 趙武が、軽く右手を上げると、本門でなく、脇門が開き、伝令が飛び込んでくる。そして、城壁を駆け上がってくるようだ。


 趙武は、ふと思った。北河防衛施設は、趙武の担当ではないし、泉水の主城には、凱炎大将軍不在とはいえ、裨将軍の虎苑コエンが、自分の護衛兵百名と共にいるのだが。



「趙武様に申し上げます。如親王国軍、北河を渡河し、防衛施設に向かっております。その数およそ10万、いかがすれば良いかと、什煌校尉から聞いてこいと」


「うん。じゃあ什煌校尉に敵の数が多いから、防衛施設放棄して撤退してって伝えて」


「はっ、かしこまりました!」


 そう言うと、伝令は素早く去っていく。すると、岑平が聞いてくる。


「良いのですか? 寡兵とはいえ、防衛施設で戦えば、敵の数を多少なりとも減らせますが」


 趙武は、チラリと、岑平の方を見ると、


「ん? 無駄だよ。だったら最初から5万くらい防衛施設とその周辺に配置して戦うよ。いくら防衛施設に籠もっているからって、無駄死にさせるわけにはいかないでしょ」


「はい、失礼しました」


 岑平は、一歩下がり、延びてくる光りの帯を見つめた。そして、気がついた。背後の音が小さくなっている事に。


「そろそろ、終わりかな、街中の方は。だったら、雷厳、至恩、龍雲に、呂亜さん、公哲さんに合流して、各門の守備引き続きよろしくって、伝えて。筒憲は、少し休憩だね」


「はっ!」


 趙武の背後に控えていた。伝令達が、勢いよく走り出す。


 そして、光りの帯は防衛施設に到達し、防衛施設が明るく照らし出される。しばらくすると、兵がいないのを確認したのか、こちらに向かって光りの帯は延びてきた。そして、こちらにある程度近づくと、横に広がり泉水を包むように展開した。


 岑平は、喉の渇きを覚えた。そして、張り付きそうな喉から、絞り出すように声を出す。


「敵は、10万。味方は、内部の制圧終わって全軍2万5千が展開出来るとはいえ、大丈夫でしょうか?」


「う〜ん。そうだね。相手は耀勝だし、そんなに保たないだろうけど、まあ、1週間はなんとかするよ。そしたら、援軍来るからね」


「はあ」


「大丈夫ですよ。岑平様、趙武様がそう言うなら、大丈夫なんです」


 不安そうな岑平を見て、典張が励ます。しかし、趙武はもっと楽観視していた。


「まあ、耀勝は、無駄な戦いしないよ」



 その言葉通り、如親王国軍は、翌朝、泉水の包囲を解き動き始めた。しかし、


「失礼致します。わたくし、崙閲ロンエツ将軍麾下の者です。当方に、如親王国軍が向かっており、至急救援願います!」


「ああ、大丈夫だと思いますよ。潜入部隊の回収が、目的でしょうから」


「は?」



 そう、如親王国軍は、泉水の包囲を解くと、北河方面では無く、街道を南に進み、街々で交戦中だった、潜入部隊を救出すると、再び泉水方面に戻り、北河を渡河し、帰っていった。


「ふ〜。どうにか、終わった」


「御苦労様でした」


 趙武は、典張と共に、城楼の上に、最後まで残り、如親王国軍の動きを、眺めていた。そして、如親王国軍が、完全に渡河し、消えると、安堵のため息を漏らした。


 趙武は、立ち上がり階段を降りる。階下からは、金槌や、ノコギリの音が聞こえる。すでに、復興作業が始まっているようだ。戦下の民は強いな。趙武は思った。


 さて、凱炎大将軍が急いで帰って来るだろうから、そしたら、報告しなきゃな。怒られるかな? 勝手に指示出したり、凱炎大将軍への早馬も遅かったし。まあ、後で考えよう。それより、寝よう。




 泉水攻防戦が終わり、街は落ち着きを取り戻した。凱炎大将軍への報告では、


「ハハハハ、俺がいなくて良かったな、ハハハハ」


 というわけで、お咎めなし、どころか、


「次回の大将軍の集まりで、陛下への良い手土産が出来たぞ、ハハハハ」


 だそうだ。そして、


「して、例の店への処分は、どうするつもりだ?」


「はい、直接の関係者は死んだようですし、それに」


「それに?」


「あの店の、取り扱う海産物は、最高なんですよね」


「ハハハハ、そうか、そうか。うん。趙武が、そう言うなら、処分しないでおこう」



 次は、趙武がやらないといけない、論功行賞だ。ただ、今回勝ったものの、獲得した領地などはない。だけど、例の店こと、廻船問屋耀家泉水店改め、廻船問屋泉水家は、処分されなかった事で、趙武に大感謝して、多量の御礼の品を送りつけてきた。なので、


「校尉至恩。此度の働き大変見事であった。よって、干しあわび一俵、鱶鰭ふかひれ一俵を与える」


「はっ、有難き幸せ」


 と言うことになった。だいたい、同じ褒美であった、ただ1人を除いて


「會清!」


「はい、趙武様」


「會清は、幕僚の従事中郎が空いてるんだけど、やる?」


「えっ! そうですね、趙武様の下で働いてみたいですが、わたしは、ただの旅の僧侶ですよ。それでも、よろしければ」


「わかった。では、會清、従事中郎に任ず。そして、諜報組織を作るから、それのおさもやってね。はい、これ」


 趙武は、ずっしりと重い袋を會清に渡す。


「なんですか?」


 會清は、受け取りつつ開く、すると、袋いっぱいの金貨が入っていた。


「それで、少し旅しながら、こう、いろんな所の情報が、入る機関作ってよ」


「趙武様は、わたしがこれを持って逃亡するとか考えないんですか?」


「ん? 逃亡したら、したで良いよ。それだけの働きしたし」


 會清は、ひざまずきながら、頭を下げつつ、


「かしこまりました。この會清、頑張ってつとめさせて頂きます」


「うん、頑張ってよ」


 こうして、全ては終わった。




 そして、半年が過ぎた。


 相変わらず副楼最上階、自分の執務室で、外を眺めていた。そして、そろそろ帰ろうかと、立ち上がった時だった。至恩が飛び込んできた。趙武は、気を引き締め直すと、腰を下ろした。しかし、


「えーと、趙武、仕事終わったか?」


「ん? 帰ろうかと思っていたところだけど」


「そっか。今日も飲みに行くのか?」


「行くよ」


「そっか。龍雲も一緒か?」


「一緒だけど、もし、内密な話あるなら、断るけど」


「いや、いいんだ。えーと、俺もついて行って良いか?」


「もちろん、大歓迎だよ」


 こうして、珍しく3人で、いつもの酒家に向かい、いつもの席に腰を下ろす。食事をしつつ、くだらない話をしながら酒を飲み、いい気分になってきた頃、至恩が、ポツポツと話始めた。


「あ、えーと、あのな。俺、妹がいるんだよ」


「知ってるよ、話したことないけど、結婚式で挨拶は、したし」


 龍雲もこくこくと、頷いている。


「そ、そうだったな。美人だろ?」


 趙武は、思い出しながら、返事をする。


「そうだね。ちょっときつい感じに見えるけど」


 また龍雲も頷いている。


「そ、そっか。で、今度泉水に来るんだ」


「ふ〜ん。で?」


「あ、ああ。会ってみてくれないかな〜って」


「はあ?」


「いや、妹。結婚相手として、いろんな人紹介して貰っていたんだが、その、何だ」


「ん?」


「わたしより、弱い人間とは、結婚しません! って、全員倒しちゃってさ」


「倒しちゃってさ、じゃないだろ。僕達にどうしろって言うんだよ?」


「頼む、会うだけ会ってくれないか。これだと、妹が行き遅れになっちゃうんだ、頼む」


 至恩は、床に土下座して、頼み込む。


「は〜。わかったよ」


 プライドの高い至恩の土下座、なかなか見れるもんではないな。趙武は、頭の中に焼き付けた。至恩の妹か、正直興味は無いが、龍雲は、興味ありそうだし、面白いこと起きそうだな。行ってみるか。


こうして、趙武と、龍雲は、至恩の妹に会うことになった。

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