(捌)

「お疲れ様」


「御苦労!」


「趙武将軍、雷厳校尉、お疲れ様です」


 趙武と、雷厳は、鎧を纏わず、軍装で、剣をき、それぞれの武器であるげき大刀だいとう(薙刀のような物)を持って、泉水の門をくぐる。2人の外見は、目立つ。周囲の視線が集中する。


 2人は、城門をくぐり、しばらく進むと、道からそれ、會清を待った。入る時程ではないが、出る時もある程度の、チェックをすることになっている。會清は、それを受けているのだ。まあ、趙武の直筆の通行許可証。ほぼ、素通りだろうが。



 しばらく待っていると、


「お待たせしました」


 會清が、歩いて来た。最近は、少しずつ小綺麗な服を着るようになっていたが、今日は、最初会った頃のような旅装だ。まあ、きちんと洗濯されていて、薄汚れた感じはないが。


「じゃあ、行こうか」


 趙武と、雷厳は馬に乗り進み。少し離れて會清が歩いて付いて行く。そして、街道の分岐点が来ると、川沿いの道に進路をとった。



 ある程度、泉水から離れると、人通りも少なくなってくる。すると、趙武達は、街道沿いの店舗に入る。ここは、ていと呼ばれ、飲食店兼宿となっている。


 趙武は、2階の宿全てを、貸し切ると、街道沿いの1室に入り、戸を少し開けた。見ると、泉水からの街道が良く見えた。


「さて、監視、開始だな。そう言えば、會清は、どうやって見分けたんだ? 僕も言われたら、視線の強さとか気配で、なんとなく分かったが」


「それは、染み付いた動きでしょうか。兵士だったら、ほんの少しですが、前かがみ気味で、すぐ剣を抜ける態勢だったり、周囲を警戒しているので、視線がせわしなかったりですかね」


「ふーん、だったら俺は?」


「雷厳は、見るからにだろ。それよりも、僕は?」


「そうですね。最初会った時に思ったのは、趙武様は、凄く自然体だったので、良い所のぼんぼんと、龍雲様は、その護衛かなと思いましたが」


「ガハハハ、あっているな」


「雷厳、あっては、いない」


「これは、失礼しました。ただ、趙武様に関しては、本当に読みにくくて。仕事柄でしょうか。人の動作や仕草で、相手の感情を察しているんですが、趙武様は、自然体なので」


「それじゃ、僕が馬鹿みたいじゃない?」


「いえ、逆に怖いかもしれません。普通、策士と言うか、そういうタイプの人は、感情を隠そうとするんですが、それがない。相手からしたら怖いですよ」


 すると雷厳は、


「ガハハハ、警戒するから怖いんだよ」


「確かに、そうですね。ハハハハ」


 會清も笑う。




 ぼんやりと窓の外を見つつ、時間が過ぎていく。食事は宿の人が持ってきてくれるし、夜は追跡が難しいので、普通に寝る。が、いかんせん動けないのが苦痛だ。雷厳は、たまに外に行って体を動かしているが、會清に見張りを頼んでいる以上、趙武は動きにくかった。こうして、数日が経過する。



 さて、どうするかだが、趙武は、頭の中で、今後について考える。他の都市まで考える余裕はないので、泉水だけだが。


 耀勝は、最小限の損害で、この泉水を取り戻す事を考えたんだろうな。そして、時間をかけて、兵士を民の中に紛れ込ませているのだろう。そして、タイミングを見計らって、軍を動かすと同時に、街中の兵士が、城門を占拠、軍を迎え入れると。


 考えて、趙武は、恐ろしくなった。策を考えるのは良いとして、それをサラッと実行に移してしまう、耀勝という人物に。天上から眺めつつ、まるで、兵を駒として、軍略囲碁を指しているような。


「僕には、無理だな」


「何が、無理何だ?」


 雷厳が、趙武の独り言を聞き、趙武に問いかける。


「耀勝のように、兵士を駒のようには、動かせないなと」


「いいんじゃねえか。少なくとも、俺は趙武を信頼している。駒として使われるよりは、考えつくされて、指示される方がいいや」


「そうか、ありがとう」


「ん」


 雷厳は、少し照れたのか、ゴロッと寝転がる。雷厳と出会って10年以上が経つ。どうやら、信頼してくれているようだ、有り難いな。友情って言うのかな?



 さらに、数日が経過した。昼の食事を終え、寛いでいる時だった。


「趙武様、来ました!」


「なに!」


「待て、雷厳!」


 慌てて、覗こうとする雷厳を押さえつけてから、趙武はそっと覗く。


「あれか?」


「はい、おそらくは」


 見ると、商人風の男が、空の籠を背負い、どこか近場まで仕入れで向かっているような、格好でこちらに歩いてくる。そして、そのまま、この邸の1階に入った。


「悪い。會清、下行って様子見てきてくれ」


「かしこまりました」


 會清は、そう言うと、お茶を沸かすように、置かれていた鉄瓶を持つと、階下に降りて行った。


 しばらく待っていると、會清が鉄瓶を重そうに持ちながら、戻ってきた。


「どうだった?」


「はい、もう1人男がいて、そいつと話していました。あまり近づく訳には、いかないので話している内容は、わかりませんが、宿の主人に、動きがあったら知らせて貰うことにしました。それで、良いですか?」


「うん。それで、良いよ。御苦労様」


「ようやく、この退屈な待ち時間も終わりか?」


 雷厳が、趙武に聞く。


「たぶんね。すぐ動けるように準備だ」


「おう」



 さらに、しばらく待っていると、會清が囁く。


「あの男、出て来ましたね。戻っていきます」


 見ると、背負っていた籠がいっぱいになった男が、街道を戻って行くところだった。そして、宿の主人が階段を上がってくる。


「あの、2人とも出ていかれましたが」


「そう、ありがとう」


 そう言いながら、趙武は懐から金貨を取り出すと、主人に渡す。


「いえ、すでに宿代は頂いてますが」


「そうだね。じゃあ迷惑料と、口止め料って事で」


「ありがとうございます。では、遠慮なく。気をつけてください」



 その言葉を背に、3人は外に出る。そして、會清が、ある程度距離をとって、泉水から来た男と会っていた男を、つけ始めた。


 趙武と雷厳は、馬に乗りゆっくりと進む。そして、とっぷりと、日もくれた頃、道ばたで會清が待っていた。


「こっちです」


 そう言うと、一軒の小屋の方に向かい中に入る。小屋の中には、青くさいような香りがした。


「北河で、魚を釣っている漁師の小屋です。借りておきました」


「そうか、ありがとう」


「で、あれです」


 そう言うと、會清は2人を窓に案内し、少し戸を開ける。すると、少し離れた場所にある漁師小屋に、明かりが灯っているのが見えた。


「あの小屋に入っていきました」


「そうか、ありがとう」


「で、どうするんだ趙武?」


「夜じゃはっきりしない。明日朝になってから、様子をみよう」


 というわけで、3人は真っ暗な小屋で、眠りについた。


 翌朝、人が動く気配で起きると、會清がそっと出て行くところだった。趙武も起き、外を見る。そして、おそらく中継拠点になっている小屋の方を見るが、まだ寝ているのか、動きはなかった。


 そして、しばらく監視していると、會清が戻ってくる。手には、陶器の入れ物を持っていた。


「粥を作ってもらいました」


 と、會清が言うと、いつの間に起きたのか雷厳が隣に座る、


「おお、これは有り難い。腹が減っては、戦はできぬってやつだな」


「會清、ありがとう」


 趙武もお礼を言いつつ、粥を受け取る。粥はやや黄色く、あわの粥だった。餡として、鯉の身を焼いてほぐして入れてあり、魚醤ぎょしょうがかかっていた。


 グルメな趙武にとって、美味しいものではなかったが、温かい粥は、体を暖めると共に、活力になった。そして、雷厳は、美味しそうに、凄い勢いで食べている。會清も、満足しているようだった。



 朝食を終え、監視していると、漁師小屋と言うくらいなので、北河の川岸にあるのだが、5人程の男が、外に出てきて焚き火を始めた。すると、岸に漁師の船が近づいて来て。接岸すると、やはり、5人の男が降りてきた。格好は漁師の姿をしているが、


「全員兵士ですね」


 會清曰く、だそうだ。


「さて、どうするんだ?」


 雷厳に言われて、趙武は考える。中継拠点を潰せば、おそらく対岸で見ている奴らは、計画がばれたと判断するだろう。そうすれば、泉水の兵士達に撤退を指示してくれるのが、一番だが。そうでなくても、何らかの動きがあるだろう。計画を早めて動き出すか、あるいは。


「よし、やるぞ」


「了解!」



 趙武と、雷厳はゆっくりと小屋に向かう。そして、雷厳は、手に持つ巨大な大刀を片手で振り回し、小屋の壁に向かって振る。


「ウォオリャー!」


すると、小屋の壁は弾け飛び、中にいた人間の2、3人の胴体も斬れて弾ける。中では、呆然とした、血にまみれた男達の、顔が見えた。


「ヒィー」


 小屋から飛び出して逃げようとした兵士を趙武は、あっという間に前に廻り込む。そして、1分とかからず、趙武と雷厳によって、小屋にいた兵士は討ち取られた。


「さて、帰ろう」


 振り返ると、會清が読経している。趙武も、片手を上げると拝む。



 こうして、趙武達は、およそ1週間ぶりに戻って泉水に入る。そして、趙武は、執務室に再び集めると話を始めた。


「とりあえず、中継拠点は潰してみた。これで、敵が、どう動くかだけど」


「今のところは、動きは無いよ」


 至恩が答えると、龍雲も


「ほぼ怪しい人物の特定も、終わりましたが、およそ3千人、結構多かったですね」


「そんなにか」


 趙武が、少し驚く。泉水も一応大都市だが、それだけの人数に潜入されてたとは、趙武は、専門組織の設立も考え始めた。


「で、怪しい人物に関しては、龍雲達に情報出して特定も終わったが、商店の方は、まあ、完全におかしいのは1軒だけだな。そこが斡旋して紹介したり、一番多く雇っていたり」


 呂亜と、陵乾が話を続ける。


「まあ、それも仕方の無い事かもしれません。ただ問題なのは、泉水一の大店おおだなな事と、耀勝の実家の支店だって事くらいですかね」


「耀勝の実家。そうだった、元商人だったね、耀勝」


 趙武は、さっと、今後についての考えをまとめると、


「後は、敵の動き待ちです。雷厳、至恩、龍雲。いつでも戦える準備を整えておいて下さい」


「おう!」

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